20 過去と真実ー4
「しかし結婚して1ヶ月もしないうちにある事が判明してしまったんだ」
「ほう」
「母さんのお腹の中に亡くなった友人との子供がいたんだ」
「え?」
反射的に運転席の方に向き直る。計算ではなく無意識に。
「母さんは産むかどうか悩んでいた。まさか妊娠しているなんて考えもしなかったから」
「……妊娠」
「だが散々悩んだ挙げ句、母さんは産んだ。既にいなくなってしまった元婚約者の子供を」
「その子ってもしかして…」
「お前だよ、雅人」
「あ…」
言葉が出ない。何かを言わなくてはならないのに何を言っていいのかが分からなかった。
「最近の雅人を見てると思うよ。アイツによく似てるなぁって」
「えっと、じゃあ…」
「父さんとお前に血の繋がりは無い。今まで黙っていてすまなかったな」
「……そう」
「いつか話そうとは思っていたんだ。雅人が成人した時にでもな」
「うん…」
隣にいる父親はこの世界で唯一本物の肉親。ずっとそう思っていたがその認識は間違えていたらしい。
「今でこそこうして親子をやってるがな。雅人が産まれてきた時はそりゃあ複雑な心境だったぞ」
「どうして?」
「好きだった女性が、知り合いとはいえ違う男の子供を産んだんだぞ? 嫉妬しない訳がないだろう」
「あぁ、それで」
「出産した母さんと喧嘩してな。しばらくしてから離婚する事になったんだよ」
「……そうなんだ」
誰かと付き合った経験が無い人間にはイマイチ分からない。想像だけでは追いつけない世界だった。
「だが女手一つで子供を2人育てるのは大変だからお互いに1人ずつ引き取る事になったんだ」
「えっ!?」
「二卵生の双子だったんだよ、お前は」
「僕が双子?」
「あぁ。だから母さんがお前達を産む時はかなりの痛みを伴ったらしい。男の俺達では一生分からないような激痛だ」
「そ、それ本当なの!? 今の…」
必死に言葉を絞り出す。声を震わせながら。
「俺がお前を、母さんがもう片方の子を引き取る事になった。子育てなんかした事がないからいろいろ勝手が分からなくてな」
「その双子って…」
「けどまさかあの時に離れ離れになった女の子とこうして一緒に暮らす事になるなんて思ってもみなかった」
「……あ」
「雅人にもあの子にも、本当はもっと早くに打ち明けておくべきだったのかもしれない」
聞きたくなかった。受け入れたくなかった。耳を塞いでその事実を否定してしまいたかった。
しかし隣にいる人物はそんな心境を知る由もない。失態を打ち明けるように重たい口調で言葉を紡いだ。
「お前と一緒に産まれたその双子っていうのはな、華恋ちゃんの事なんだ」
「ん…」
絶句という言葉はまさにこういう状態を表すのだろう。手は震え、口の中は砂漠のように乾燥している。
自分が今どんな表情をしているのか。小さく顔を映したサイドミラーだけがその答えを知っていた。
「あぁ…」
今までの記憶が強烈に蘇ってくる。走馬灯のように。
思い返せばそうだった。彼女と初めて会った日も、ラブレターを貰っていた日も、告白された日だって。いつも華恋を前に特別な感情が渦巻いていた。
密かにそれを恋だと思っていた。認めたくはないが恋愛感情なんだって。
でもそうじゃない。ずっと感じていたこの気持ちはどこかで気付いていた家族に対するシンパシーだった。
「雅人が小学生になる前には母さんもちょくちょく会いに来てたりしてたな」
「……あ」
どうするべきか悩んでいると声をかけられる。穏やかな口調に。
「もしかして公園の砂場で遊んだりしてた?」
「うん? 父さんは雅人を預けて違う場所にいたから正確には分からないが、公園に連れて行ったとは言ってたな」
「そうなんだ…」
「もしかして覚えてるのか?」
「うっすらとね」
ならあの夢の中の女性が母親なのだろう。意識の奥底に存在している人物の正体が判明した。
「やっぱり聞かされてショックだったか?」
「そりゃあ、まぁ…」
「悪かったな。雅人の為とはいえ、ずっと内緒にしていて」
「うん…」
「でもな、これだけは覚えておけ」
「……何?」
「例え血が繋がっていないとしても、父さん達は紛れもない親子だ」
何かを覚悟したように父親が力強く言葉を発する。落ち込んでいる息子を励ますような内容の台詞を。
「はぁ…」
けれどその行動で心が晴れやかになる事は無かった。今の話の中にはあまりにも受け入れ難い事実がたくさんあったから。
自分の父親は別にいる事。その男性は既にこの世にいないという事。更には血を分けた双子がいるという事。そして自分と華恋が決して結ばれてはいけない関係という事が。
「む…」
それからしばらくは互いに無言。気まずい空気の中に身を委ねる事になった。
「寄るか?」
「いい…」
「……そうか」
コンビニの前を通りかかった時に話しかけられる。質問に対して窓の外を見ながら小声で返答。話し合いが終わった後はこれが唯一の会話だった。
「ただいま…」
家に帰ってからは部屋に籠城。いつもなら飯時に呼びに来る母親も今日は来なかった。恐らく父さんが気を遣ってそう促してくれたのだろう。
「華恋…」
彼女の顔を見るのが怖かった。対面しても何を言えばいいか分からなかったから。
父さんの話によればまだ彼女には双子だと打ち明けていないらしい。でも遅かれ早かれ告げるハズ。本人がこの家を去ってしまう前に。
「あ~あ…」
まさか他人だと思っていた人物が唯一血縁関係のある人間だったなんて。神様のイタズラを疑わずにはいられなかった。