20 過去と真実ー3
「おう、待たせたな」
「お疲れ様。もう終わったの?」
「あぁ、父さんの人生は終わったよ」
「……何やらかしたの」
翌日、仕事終わりの父親を出迎える。職員専用の出入口で。
「華恋ちゃんの事、母さんから何か聞いたのか?」
「親戚の家に引き取られる事が決まったって話だけ。あとは父さんに聞けってさ」
「そうか…」
「母さんが言ってた。華恋を引き取ったのには特別な事情があるって。どういう意味なの?」
日曜日なので辺りが騒がしい。乗用車に乗った後は数多くの人が行き交う道路を走り始めた。
「雅人は前の母さんの事は覚えてるか?」
「え? 覚えてるわけないじゃん。離婚したのって僕が物心つく前でしょ」
「まぁ、そうだな」
「それが何か関係あるの?」
「関係あると言えばある、かな…」
質問に対して返ってきたのは濁すような内容の言葉。その反応で脳裏にある考えがよぎった。
「……もしかしてその親戚ってのが母さんの事なの?」
だとすれば華恋は前の母親の親戚。つまり自分と華恋も遠い関係者という事になってしまう。
「ん? あ、あれ…」
ただ父さんと前の母さんは既に離婚している状態。その場合はどうなるのか悩んでいると隣から声をかけられた。
「華恋ちゃんを引き取ってくれる事になった人達というのは前の母さんの親戚なんだ」
「あ、やっぱり。なら華恋は元々身内みたいなものなんだ」
「……そうだな」
「母さんが言ってた特別な理由ってそういう事なんだね。前の母さんと華恋の母親が親戚って事なんだよね?」
「いや…」
「ん?」
話を進めるが思った答えが返ってこない。推理に対する正解発表が。
「父さん達が離婚したのはな、ある事を知らずに結婚してしまったからなんだ」
「ある事…」
「母さんには結婚する前に親しくしている人がいたんだ。大学生の時からずっと付き合っていた人が」
「その相手って父さんなんじゃないの?」
「いや、違う。父さんと母さん、どちらともに面識がある共通の知人だ」
「その人がどうしたのさ」
戸惑っていると父親が別の話題を持ち出してくる。関係があるとは思えない内容の話題を。
「その男と母さんは本当に仲が良かった。何をするにも2人でくっ付いていて」
「……うん」
「今の母さんとも知り合いだったんだぞ。年齢こそ違ったが互いに良い友人関係を築いていた」
「青春ってやつですかい」
「そして2 人は大学を卒業するのと同時に籍を入れる約束をしていた。2人の関係を知っていた父さん達はもちろんそれを祝福した」
「ふ~ん」
今のエピソードが本当だとするならば自分を産んでくれた母親は2回結婚している事になった。その男性と、隣にいる父親と。
「だがある日、予期せぬ事が起きた」
「ん?」
「母さんと婚約していたその男が追突事故に巻き込まれ亡くなってしまったんだ」
「えっ!?」
「妙な胸騒ぎはあった。天気が芳しくない時にバイクで飛び出して行こうとしていたから」
「ど、どういう事故だったの? 追突って事は車との接触事故?」
軽い気持ちで聞いていた話に突然訪れたのは人の死という出来事。日常生活で考え得る最悪のハプニングだった。
「その友人が交差点で信号待ちをしている時にな。赤信号に気付かない乗用車が後ろから勢いよく突っ込んできたんだ」
「えぇ…」
「跳ね飛ばされた影響で交差点のど真ん中に移動。更に横から走ってきたトラックと衝突」
「……嘘」
「即死だったそうだ。目撃者の話によれば、バイクごと宙を舞った体は20メートルも飛ばされたらしい」
「うぇ…」
事故現場を想像してゾッとする。フィクションでしか見た事のない世界を。
「連絡を受けた知り合いは次々に病院に駆けつけた。しかし彼が既に生存していない事を知るとその場にいた全員が泣き崩れた」
「……ん」
「父さんと母さんは医学を学んでいただけに悔やんでも悔やみきれなかった。人を救う為に医者を志していたのに、たった1人の友人さえ救えなかったなんて」
「だね…」
父親の口調がいつもより暗い。普段の陽気な性格からは感じない切なさが滲み出ていた。
「自分達の無力さを思い知るのと同時にどうしようもないぐらいの悲しみに襲われた。まるで大切な家族を失ったみたいに」
「うん…」
「だが一番ショックを受けていたのは父さん達ではない。結婚の約束を果たそうとしていたお前の母さんだ」
「……そっか」
それは両親が学生時代に経験した出来事。けして踏み入れる事は無いと思っていた生前の記憶。
「大切な婚約者を失った母さんはかなりのショックを受けたみたいで毎日部屋に引きこもるようになってしまった」
「へぇ」
「目もうつろで、とても少し前まで希望を胸に生きている人間とは思えなかったんだ」
「普通はそうだよ…」
「心配した父さん達が毎日様子を見に行ったんだが、なかなか立ち直ろうとしなくてな。大学を卒業間近にとうとう自主退学してしまったんだ」
「え?」
「そして事故から1ヶ月程しか経ってない頃、父さん達は自然と一緒にいるようになっていた」
「……まぁ何となくそうじゃないかとは思ってたけど」
共通の知人を亡くしてしまったショックがキッカケだったのだろう。お互いに慰めあっているうちに親しくなっていったのだ。
「そして2人が結ばれるのにそう時間はかからなかった。元々母さんは婚約していたし、周りも悲しい出来事があった後のお祝い事だからな。反対せずに祝福してくれたよ」
「昼ドラみたいだね」
「ははは。周りの人達から見たら父さんが都合良く寝取ったように思えるかもな」
「あ、ごめん。別にそういう意味で言ったわけじゃ…」
「だが誰にどんな風に思われていても良かった。本人が幸せだったから」
隣を見ると憂いを含んだ笑みが存在。昔の思い出を想起しているような表情が。
「毎日が幸せだった。友人を亡くしてしまった事は悲しかったが、お互いの存在がそれを忘れさせてくれていた」
「よ、良かったじゃん」
「2人で小さなアパートを借りて同棲していた。テレビもない質素な部屋でなぁ。今から思い返せば凄い貧乏な生活だったと思う」
「はは…」
その頃の父親はまだ20代前半のハズ。5、6歳しか違わない年齢で自立していると聞くと自分が酷く子供に思えてきた。