19 デレとデレー7
「はぁ…」
「落ち着いた?」
宥めるように華恋をベンチに座らせる。萎縮して縮こまった体を。
「単純なんだよ、本当に。こんな分かりやすい嘘に騙されるなんて」
「だ、だって…」
「いやぁ、まさかこんな簡単に引っかかってくれるとは思わなかったわ」
「調子乗らない」
「あたっ!?」
友人がヘラヘラと薄ら笑いを開始。お仕置きの意味も込めて頭に軽くチョップを喰らわせた。
「昨日した話と同じ話をしてたんだよ」
「……本当に?」
「うん。華恋に好きって言われた事も言ったし、それを父さん達に内緒にしてる部分も伝えた」
「ん…」
「ただ華恋と同じで打ち明けてしまえと言われたけどね。思考が似てるんだって、2人共」
状況を詳しく説明。その言葉に反応して女性陣が互いの視線を交わらせた。
「本当よ。それだけ」
「そうなんだ…」
「しかしまたとんでもない勘違いをしてくれたわね。アタシと雅人がそういう関係とか」
「有り得ないよ」
「まったくだわ」
今度は自分が友人と顔を見合わせる。場の嫌な空気を吹き飛ばすように2 人で高笑い。
「言っちゃ悪いけど雅人に男としての魅力を感じないもん」
「……そこまでハッキリ言わなくても」
「へたれだし、意気地なしだし、根性ないし」
「いやいや…」
「もし兄弟や彼氏だったらビンタでも喰らわせて性格を叩き直してやる所だったわよ」
「うっ、うぅ…」
「ん? 何でアンタ泣いてんの?」
何故だか涙が止まらない。服の袖で瞼を強くこすった。
「それよりアタシはこの子の豹変振りに驚いちゃったわよ。普段と全然違う態度だったじゃない」
「そうか、智沙は見るの初めてだっけ」
「何が?」
「家ではいつもこんな感じだよ。家でっていうか僕の前だけでは」
「へぇ~」
暴露話に対して驚きの声が上がる。どうやら同居人は親しい友人達の前でも上品に振る舞っていたらしい。
「じゃあ普段は尻に敷かれてるんだ。おもしろ」
「別に敷かれてたりは…」
「してないの?」
「……してます」
悔しいがその意見は否定出来ない。直後に本人が両手を伸ばしてしがみついてきた。
「い、言わないでぇ…」
「いや、もうバレちゃってるし」
「うわぁぁぁ~ん!」
「諦めなって。もう手遅れだからさ」
「何々、なんか面白そうじゃん」
状況がてんやわんや。1人はパニックに陥り、1人は愉快そうに大笑い。
「ぷぷぷ、華恋にまさかこんな一面があったなんてねぇ」
「あぅ…」
「皆には黙っといてあげるわよ。感謝しなさい」
「ほ、本当?」
「こんな狂暴な性格だってバレたらクラスのアイドルポジションから転落しちゃうもんね」
「……それは別に構わないんだけど」
2人が密約を交わす。先程までの険悪ムードが嘘のように。
「え? 良いの?」
「そういうのあんまり気にしてないから」
「ふ~ん、クラスの皆には勘違いされても雅人にだけは嫌われたくないって事か」
「うぅ…」
「でも肝心のコイツにはもう知られちゃってるじゃない。隠そうとする意味なくない?」
「だって私がこんな性格だって知られたら雅人にも迷惑かかっちゃうし…」
「あぁ、そういう事か。健気だねぇ」
「……ん」
もし今の発言が本当なら嬉しい。それだけ強く想ってくれているという証なのだから。
「家だと呼び捨てなの?」
「そうだよ。呼び捨てアンドため口」
「いろいろ大変ね。アタシなら面倒くさくて隠せそうにないや」
「裏表ないもんね、智沙は。いつでも素だもん」
「いやぁ、照れるわね」
「別に誉めてはないよ」
「それで本題に戻るけど、アンタ達これからどうすんの? 皆に打ち明けるの?」
友人が話題を切り替えるような一言を放出。その言葉でふざけあっていた空気が再び固苦しいものへと逆戻りした。
「やっぱりそうするしかないのかなぁ…」
「コソコソ隠してるのが嫌なんでしょ? ならとっとと言ってしまいなさいよ」
「いや、そうやって簡単に言うけどさ。いざ白状するとなるとなかなか難しいよ? 怒られる可能性だってあるし」
「打ち明ける前から弱気になってどうすんの! 男なんだから強気でぶつかっていきなさいよ、強気で」
「ぶつかって…」
「そう。そして当たって砕けてしまいなさい」
「……やだよ」
励ましてくれたと思ったらすぐにジョークを投下。その口からはふざけといるとしか思えない台詞が飛び出した。
「長く引っ張れば引っ張るほど言い出しにくくなるわよ。こういうのは早い方が良いって」
「そうだよね、そうなんだよね。理屈ではそう理解してるんだけど…」
「ん?」
「はぁぁぁぁ…」
ベンチに座って頭を抱える。何度目になるか分からない溜め息をつきながら。
「かおちゃんにも言ってないの?」
「もちろん」
「先にあの子に言ってみると良いかも。予行演習として」
「えぇ……恥ずかしいなぁ。絶対からかってくる」
「だから良いんじゃないの。おじさん達に言うよりかおちゃんに打ち明ける方がまだ楽でしょ?」
「そりゃあ、まぁ…」
「まずはあの子に打ち明けて味方に引き込んで、それからおじさん達を攻め落とせば良いのよ」
「……なるほど」
まるで国盗りゲームのような戦略。考えていない方法だった。
「華恋」
「……なに?」
「今夜、皆に打ち明けてみるよ。華恋の事が好きだって」
「え!?」
立ち上がって相方の名前を呼ぶ。そのまま固めた決意を言葉にした。
「父さん達には何て言われるか分からない。正直、上手く伝えられる自信もない」
「うん…」
「でもこのまま隠しててバレるぐらいなら先に打ち明けた方が印象は良い気がする」
「……私もそう思う」
「失敗したら怒られるだけじゃ済まないかも。最悪の場合、どちらかが家を追い出されるかもしれない」
「それは嫌…」
彼女の声が震えている。不安な心境を表すように。
「でももし上手くいったら…」
「いったら?」
「今度はちゃんと付き合おう。恋人として」
口にしたのは数日前までずっと拒絶していた単語。その台詞は目の前にいる人物の表情を明るい物に変えてしまった。
「うん!」
「うわっ、ちょ…」
「雅人っ!」
「こういうのやめようって。まだ成功すると決まったわけじゃないんだから」
バランスを崩して倒れそうになる。全力の抱擁を喰らった影響で。
「うわぁ……アタシの見てる前でよく堂々とそんな真似出来るわね」
「み、見ないでぇーーっ!」
「よし、写真と動画撮っておく」
「ぎゃあぁあぁぁぁ!?」
友人がその光景をケータイで撮影してきた。いやらしい笑みを浮かべながら。
「大丈夫かな、これ…」
まだこれから正念場を迎えなくてはならないというのに。早くも先行きが不安になってきてしまった。