19 デレとデレー6
「華恋…」
公園の入口に1人の少女が立っている。自宅にいるハズの同居人が。
「噂をすれば何とやら、ね」
「……何しに来たんだろ」
立ち上がって側へと接近。しかし声をかけようとしたその瞬間、無に近い表情を見て全身が凍り付いた。
「珍しく休日に朝早く出掛けたと思ってたら…」
「……え?」
「こそこそ女の子に会いに行くとか何考えてんのよ、アンタはっ!」
「ぐわっ!?」
彼女が勢いよく手を伸ばしてくる。シャツの襟首へと。
「一緒に帰るのやめようとか言い出すのおかしいと思ってたら、こういう事だったのね」
「く、首……息が出来ない」
「アンタを信用した私がバカだったわ。もっと注意しておけば良かった」
「とりあえず離して。苦しい…」
狼狽えながらも手首にタップ。そこで喉元を締めてつけていた力から開放された。
「ゲホッ、ゲホッ!」
「……はぁっ、はぁっ」
崩れ落ちるようにその場にへたれ込む。尻餅をつく形で。
「ちょっと何やってんのよ、アンタ達!」
「うぅ…」
「雅人、大丈夫?」
「な、なんとか…」
「あのさ、詳しい事情は知らないけど白昼堂々こんな場所で喧嘩なんかしなくても良いんじゃない?」
遠目から見ていた友人もすぐに異変を察知。駆け寄って来て肩を貸してくれた。
「いきなり何するのさ。どうして怒ってるの?」
「む…」
「僕、何かしたっけ? 別に変な事してないよね」
「……私に内緒でこの人に会ってたじゃない」
「え?」
問い掛けに対して華恋が冷静に答える。隣にいる人物の顔を指差しながら。
「ちょ……この人って言い方酷くない? アタシ達、友達でしょ?」
「じゃあ、この女」
「はぁ!?」
そして続けざまに発せられた一言に本人が激怒。声を荒げて喋り始めた。
「さっきから何なのよ! アタシが何かしたっての!?」
「さぁ? 別に」
「だったらどうして喧嘩売ってくるわけさ。アタシ、あんたを怒らせるような真似した覚えないんだけど」
「……白々しい」
「あぁ!?」
一触即発。普段、親しくしている2人が互いに臨戦態勢に。
「ふざけんじゃないわよ! アタシは雅人と一緒に公園で遊んでただけ。アンタに文句言われる筋合いなんか無い」
「ちょ……落ち着いてって」
「これが落ち着いていられるか!」
「智沙がカッカしてどうするのさ。喧嘩を仲裁しに来たんじゃないの?」
「……うぅ~」
状況が理解出来ない。なぜ彼女達が言い争う形になっているのか。
「と、とりあえず2人とも冷静に話し合おう」
「アタシは落ち着いてるわよ! 向こうが喧嘩売ってくるんだってば」
「分かってる。でも頭を冷やそう? ね?」
友人の肩を優しく叩く。触れる行為さえ躊躇ってしまうような心境だった。
「アタシが雅人と内緒で会ってた事に怒ってんのよ、この女は。バカじゃん」
「そういう言い方はやめようよ。これ以上刺激しないでくれ」
「ねぇ、そうなんでしょ? 華恋」
「む…」
質問に対して本人が黙り込んでしまう。何かを堪えるように歯を食いしばりながら。
「別にアンタが思ってるような事なんか何にもないわよ。早とちりもいいとこ」
「……じゃあ、ここで何してたのよ」
「だから一緒に遊んでたんだってば。なんならアンタも一緒にブランコ乗る?」
「ふざけないで。私は真面目に聞いてるの」
「ふざけてなんかない。本当に2人で遊んでたんだってば。だよね、雅人?」
「え? ま、まぁ…」
確かにその通り。今の言葉には嘘偽りが微塵も含まれていない。ただこの状況でその説明が信憑性を高めてくれるかは怪しかった。
「からかってるんだったら本気で怒るよ。例え相手が智沙さんだとしても」
「ふ~ん、一体どんな風に怒るのかしら? 興味あるわ」
「ちょ…」
「ぜひ御披露目してほしいものだわね。華恋さんのお怒りモードとやらを」
そして返ってきたのは予想通りの反応。疑いの念を強く持った発言。
「やめなって! 智沙まで喧嘩腰になってどうするのさ」
「……たる」
「は?」
「ぶっ飛ばしたるわああぁぁ!!」
「う、うわーーっ!?」
さすがに間に入って仲裁する事に。その瞬間に片方が右手を大きく振り上げた。
「や、やめ…」
「こんのっ!」
「キャーーッ、怖い。ぶたれちゃう」
「落ち着いて、暴力は良くない。女の子が拳を使うのは良くない」
体を張って華恋の猛攻を阻止する。説得の言葉を口にしながら。
「だって、だってコイツ…」
「2人は友達なんでしょ? いい加減にしなって」
「たった今、絶交よ。こんな女!」
「なんでそうなるんだよ。本当にどうしちゃったのさ」
「絶対、私の事バカにしてる。上から見下してきてる…」
「智沙はそんな奴じゃないってば。普段仲良くしてるんだから知ってるでしょ?」
「何が何でも雅人は渡さないからね。アンタみたいな女に取られてたまるかっ!」
「えぇ…」
羽交い締めにしたが彼女が更に大暴れ。そのまま恥ずかしい主張を大声で喚き散らした。
「雅人はねぇ、私に向かってちゃんと好きって言ってくれたんだよ。アンタは言われた事あんの?」
「うおぉぉい!」
「もし無理やり奪い取るってんなら私を倒してからにしなさい」
「漫画の読み過ぎだって。少し冷静に」
落ち着かせようと口を塞ぐ。攻防戦を繰り広げていると今度は友人が何かを呟いた。
「……さっき言ってたのマジだったんだ。半信半疑だったのに」
「え? 何が?」
「雅人がこの子に告白されたって話。まさか本当だったなんて」
「そんな事より止めるの手伝ってくれ。1人じゃキツい」
「ん、任せろ」
返事代わりに救援申請を出す。しかし彼女が伸ばした手の先にあったのは自分の体だった。
「ちょ……何やってるのさ。離れてよ!」
「あれ? 違った?」
「こっちだよこっち。華恋を止めるのを手伝って!」
「あ、そっちか」
どうやら悪ふざけを仕掛けてきたらしい。背中に抱き付く形で接近。その様子を見て猛獣が更に激しく暴走し始めた。
「ぬがああぁぁぁっ!!」
「いててててっ、首が変な方向に曲がる!」
「あはははは、面白~い」
公共の場所でよく分からない言い争いを繰り広げる。そしてかなりの体力を犠牲にして平和を取り戻す事に成功した。