問十「カミロケロス」
私が辿り着いた時にはすでに地獄絵図だった。原型を留めていないもの、人間だったと分るもの、たくさんのもので溢れかえっていた。血と言う装飾を施しながら…
「こんなことって…」
このわずかな時間で何人が死んだ?これは現実なのか?そんな思いに飲まれ、強い血の匂いにむせながらも私が出来る事を考えていた。
何のために来た?ただ見に来ただけではないはずだ!終わってしまった生命に嘆くよりも、今まさに失われようとしている生命を拾い上げろ!!
私は、自分を奮起させてからこの現況を作り出した化け物を見た。何と表現したら良いのだろう?身体の表面は…サイに近いのか?だが、首が長く一番近いのがキリン?しかし、キリンのような愛嬌のある顔はしていない。怒り狂っているせいもあるのかもしれないが、平時でも可愛いと言う顔ではないだろう。
「何とか…しないとダメニャ!」
私は考える、あれはどうすれば静まるのか…そもそも静まるのか?いや、とりあえず…こっちに気を引ければ今地べたを這いつくばっている何人かは救えるかもしれない!何かないのか?何か…
そう思いながら周りを見ると、近くに大きめの石が落ちていた。
「これを顔に当てられれば…こちらに興味を移せるかもニャ!?」
これでも私は、高校時代は野球部だった。…ずっと補欠だったが、コントロールだけは自信があったのだ!コントロールだけは!!大事な事なので二回言ってしまった…
気を取り直して、私の腕力でもこの石が顔に届く距離まで移動する。ただ、逃げる事も考慮してそれなりの距離から投げる事にする。コントロールにだけは自信があるからな!
「この辺りかニャ?」
大丈夫だ、外すことは無いからな!だが、ここまで近づくと自分にも襲い掛かって来そうで恐怖を感じてしまう。落ち着け…落ち着くんだ…外したら意味がないんだぞ!
私は、深呼吸をしてから狙いを奴の顔の中央に定めた。・・・外したら、この肉球の手のせいにしていいですかね?投げる直前になって投げにくそうだと悟った私って…
などと思い悩んでる間にも、一人が踏みつぶされそうになっている!?ええい!やってやるよ!!
私は、意識を集中させ、振り被るのは無理だと断定し横からスライスするようなフォームで石を投げた!奇跡でも起きたのか、投げた石は私の想像通りの軌道を進み、奴の顔に当たる!と思われた寸前で奴がこちらに向き…
「あ…ごめんなさいニャ!?」
思わず謝ってしまったのは…当たるのは当たったが、奴がこちらに急に振り向いたせいで…目に直撃した!?
グルルァァ!?などと、叫びつつ怒りの形相でこちらを見た!?あ…これあかんやつじゃない?
「ニャァ!?みんな、今のうちに逃げるニャァ!!?」
私は、そう叫ぶのがやっとですぐに四つ足で逃げ出した。やっぱり速いし!何なんですか!?あの巨体でこの速度は!?
「作戦通り…作戦通り何だけどニャ!?」
最早、あいつは完全にこちらをロックオン!他など眼中にない様子でこちらを追ってきております、やったね♪何て、言える状況ではないだろ!?
「あんなのに追いかけられても嬉しくないのニャァ!!?」
またも命を懸けた追いかけっこ。いや、もしかしたらこうなるかも?とは思ったが、実際にその状況になったら躊躇って逃げるかもと思っていたのですよ。我ながら、度胸があるじゃないか!馬鹿なだけかもしれんが…
「あの巨体だし…持久力はないはずだけどニャ…」
とは言え、私も体力が無限なわけがない。このままではいずれ…そんな事が過ぎった時だった。
「あれは…」
視界の端に捕らえたのは、私にとっての最初のトラウマの森。同時に、帰るべき故郷がある場所でもあるのだが…
「あそこに…逃げ込んだら…追ってこれないかニャ!?」
少し息が上がって来た…いちかばちかやるしかない!!やると決めたら今の私の行動は早い!一直線に森へと向かって走り出した!
「やっぱり…諦めて…くれない…みたいだニャ!?」
思った以上の速度で追いかけてくる相手に結構本気で走って逃げているせいで、思ったより早くバテてしまいそうだ。私は、速度を落とすことなく森へと突っ込んだ!!
バキバキと言う音と共に、巨大な追跡者も森へと入って来た!?周りの障害物など意にも介さないようだ。
「目に…当たったのは…事故ニャ…いい加減に…諦めて…欲しいニャ!」
本格的に体力がやばい!と思った時、私のレーダー?に別の生き物の反応を捉えた。この森に入る事に対して、私が最も気を付けなければならない事が他の生物の存在だ。何せ私は、この森に置いては最弱の生き物と言っても過言ではないのだから…
よって、逃げながらも警戒をしていたわけだが、それにかかった…反応があった?表現が難しいがそう言う事だ。ならば、私に出来る事は…
「って、正面から…来たニャ!?」
襲撃者に対して、ほぼ横っ飛びで何とかかわした!今度は猫らしく着地も決まった!10点!!何て言ってる場合か!?
すぐに襲撃者の方を振り返った!?すると…
「あの蛇は大バカなのニャ…いくら私が逃げたからって…あの怪物に飛びかかる何て…自殺行為ニャ」
とりあえず、周りに気を配りながらそっと茂みへと隠れて成り行きを見守ることにした。結果を見てから、更に逃げるかを決めるために…
このまま逃げるには体力的にも厳しいし、何よりまた迷って奥へ進んでしまったら本末転倒だからな…
巨大蛇VS怪物の勝負の行方は…期待を裏切ってくれることはなく、怪物の圧勝だった。巨大蛇も、その体躯に似合わない速度で怪物に巻き付き絞め殺そうとしていたみたいだが、振りほどくのが難しいと悟った怪物は、思い切り岩に体当たりし蛇をつぶして見せた!その後は一方的な虐殺となってしまった。
少しは怪我を負わせてあれが去ってくれるのを期待したんだけど…どうする?ここでやり過ごせれば…な!?
私は今、目の前の怪物から目を離せなくなっていた。何故なら、その怪物が怪物であると知らしめさせられたからだ。私の心は今、恐怖に塗り染められている…
目の前の凄惨な状況は最初に私がこの怪物と出会った時と似ていた。違うのは、その肉塊が全て大型の生物…恐らく、デモニオと呼ばれる危険な生物だと言う所だろう。
この化け物に何故無謀にも群がって来たのか分からないが、敢えて予測を立てるなら人間の返り血を浴びていたからだろうか?そんな事は正直どうでもいい…問題なのは、その危険生物たちでも返り討ちに遭ったと言う事だ。
正確には数えていないが、30体は挑んでいたのではないだろうか?だが、それらは全て、弾き飛ばされ、叩きつけられ、踏みつぶされ…大きいだけに原型は残っているものもいるが、それでもほとんどは肉塊と化すほどの執拗な攻撃にさらされた。
なぜ今これほどまでの恐怖に支配され、動けなくなっているかと言うと…私は人間の脆さを知っているからだ。だから、最初の状況では恐怖よりも使命感で何とか誤魔化せたのだろうと思う。
しかし、現在は人間なんて比べ物にならない強固な個体であるデモニオたちが同じような凄惨な死を積み上げられていく様を見てしまったせいで…目を離す事すら出来ないほどの恐慌状態になっている。
私はただただ祈る…あれがこちらを見ない事を…あれがこちらに気が付かないことを…あれが早くここから去ってくれるのを…
次に気が付いた時、私の視界から怪物が消えていた。・・・どうやら、私は怪物を見続けていたつもりで…いつの間にか気を失っていたようだ。全身が気持ち悪いくらい汗をかいている…恐らく、涙や涎も出していたかもしれない…情けない話だが、失神に近い…いや、失神だったんだろう…
あれだけのデモニオの死骸が近くにあるのは危険だが、幸い近くに生物の気配を感じない。だが、いつまで同じ状況が続く代わらない…逃げないと…
ドコニ?アノバケモノハドコニイッタ?ウゴイチャダメダ…
動けなかった…まだ恐怖が全身に纏わりついている。ここに居ても危険だと分かっているはずなのに、身体が全く動かない…よく聞く身体と心がバラバラになると言う表現が当てはまるのではないかと思うくらいに…
それからしばらく恐怖で動かなかった身体だが、近付いて来る生物の気配に無理やり押され、何とか這いつくばる様に動くことが出来た。
それから、他人が見たら笑うであろうような情けない動きで必至に森の外へ向かった。その間も恐怖が身体を硬直させ続けたからだ。
振り向けばそこにあれがいるんじゃないかと言う恐怖。上を向けがあの巨体の足が自分を踏みつぶそうと落ちてくるのではないかと言う恐怖。近くに生物の気配はないのに、ずっとこちらをあれが観察しているんじゃないかと言う恐怖で一杯だった。
それと同時に後悔していた。何故、あの怪物の気を引こうと思ってしまったのだろうか?と。見捨てれば良かった、きっと誰も咎めたりしないだろう…何せ、今は子供なのだから。そうしたらそうしたで後悔したのだろうが、こんな恐怖で這いつくばって移動するような惨めな姿にならずに済むのならそうしただろう。まあ、本当に情けないのは今になってこんなことを考えている事自体だな…ハハハ
しかし、すでに選択してしまった事だ…どうしようもない。私は、ただただ自分の作り出した恐怖心と戦いながら森の外を目指して進むしかなかった・・・
移動に時間が掛かったのか、気を失っていた時間が長かったのか、どちらにしろ随分と時間が経過していたようで、森の外が見えた時はすでに日が傾き始めていた。
そんなに時間が経過していると言うのに、この茂みから外へ出る勇気が私にはまだなかった。自分を隠すものが無くなるのが、こんなにも怖い事だと思う日が来るなんて思いもしなかった。
私の視力では、遠くに微かに町の外壁が見えた。・・・走るんだ!それしかない!!ここを乗り切ればきっとこのトラウマも笑い飛ばせるようになる!!
そう言って聞かせて走れる状態に持って行こうとしたが…中々身体の恐怖による硬直はなくなってはくれなかった…
結局、私ってやっぱり夜目が利くんだな。などと言う下らない事を思えるまでには時間が経過してしまっていた。それでも、上手く走れるか分からない程度の感覚の差異が身体に見られたが…
「いい加減に覚悟を決めるニャ!もう…あれはいないニャ!!」
これだけ時間が経っても現れなかった…つまり、もうあれは近くにいないんだ。
ホントウニ?
心の中の恐怖が生み出す疑問を頭を振って否定する。何度自問自答したところで結果は変わらないのはもう分かっているはずだ!それなら…
「無様でも…進まなければ始まらないニャ!!」
そして、やっとの事自分を無理やりに納得させて走り出した。いや…自分では走っているつもりだが、実際はボロボロになった人物が這う這うの体で逃げる時の姿になっているだろう。
実際に、町が全然近付いて来ない。私が本当に走れていればこんなに遅いわけがないからな…いや、時間がゆっくりと過ぎていると錯覚している可能性も…ないか。
そうやって、ゆっくりゆっくり町に向かって進んだ…私としては、全力で進んでいるつもりだから正直に言うと疲労が酷かったが、なりふり構っている余裕はなかった。
余計な知識などが私の恐怖を煽って来る。町に近付けば近づくほどあれがご苦労様と笑って現れ踏みつぶすのではないかと。助かったと思ったと同時に恐怖しながら殺されるあれだ。漫画やアニメみたいな現状から考えたらないと否定しきれないのが余計に怖かった。
「大丈夫ニャ…もうちょっとニャ!」
さっきから何度同じセリフを繰り返しただろうか?だが、何かしていないとまた動けなくなってしまいそうだった。簡易な英雄劇をやろうとした付けは、自分の精神に多大なる疲労を与えただけという喜劇に変更される形で現れた。
「もうちょっと…もうちょっとニャ…」
そう、やっと自覚出来るほどに進めた!門が見えた!夜目の利かない相手からは見えないだろうが、門番の二人も見えた!
さらに前に進み続けた。その度に相反する気持ちが心を激しく圧迫し続ける。助かると言う安著の気持ち。近付いたら何か起こるのではと無いかと言う不安の気持ち。近づけば近づくほど、その気持ちの振り幅に心が翻弄され続け、もう自分でもどうにも出来ないほど色々な感情があふれ出し制御出来なくなっていた。気分は…最悪だ。
夜目が利くはずの目は、ぼやけるだけではとどまらず、ついには激しく世界が回り始めた。そうなると、頼りなかった足元はすぐに崩れた。お尻をそれなりに打ったはずなのに痛みは感じない…何故なら、もう全身が気持ち悪かった。何が何なのか全く分からない…揺れる視界、全身は汗で濡れている、呼吸が上手く出来ない…
どうしようもなかった。きっと、私の心が弱かったのだ。それを認めた瞬間、私の意識は闇へと飲まれていった。遠くから何か聞こえたような錯覚だけを残して・・・
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
気が付いたら2週間過ぎていました…いつも遅くなってすみません。
次はなるべく明日に上げるつもりです。そこまでが、作者としては序章みたいな感じです。
次話もよろしくお願いします。