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これからちょっとした与太話をしましょう.暇なら聞いていっても無視してくれてもかまいません.
なあに,大したことじゃあありません.ただ,世間になじめないひねくれものが暇なときにぼんやりと考えているその程度のことです.
ええ,ええ,お聞きなさる?それはそれは,ありがとうございます.
さて,私は時にこんなことを思うんですよ.
私って本当に存在しているのかな,とね.
大多数の人間は自身の存在について疑いを持たずに暮らしていらっしゃる.
今更自分が本当にこの世に本当に存在しているのか疑問に持つ輩なんぞ滅多にいないでしょう?
でもね,私はちょっと思ってしまうんですよ.
本当に私は存在しているのだろうか.実は幽霊のような存在なんじゃないかとか,「自分は生きている,この世界に存在しているんだ!」と錯覚しているだけなのではないかとか.または,この世界はバーチャルリアリティーのようなもので,私の本当の肉体は別のところにあるのではないだろうか.その場合は,私の存在は肉体のある側にあることになるのだろうか,それとも精神が存在している世界の側となるのだろうか.だって,同じものが同じ時に全く同じ場所にあるなんてことはあり得ないでしょう?それと同様に同じものが同じ時に別々の場所に存在するなんてことはありえないでしょう?だって「私」という存在は一つしかないのですから.でもそんな「私」って本当に存在しているのかって思ってしまうわけですよ.
そこで私はこう思ったんです.
私たちの存在ってのは密度の高い情報であり,その情報を第三者が観測・記憶することによって私の存在が成り立っていると.では,人から無視をされれば私は消えてしまうのか.それはNoである.無視をするということは,相手を認識したのちの判断の一つです.それは私が存在しているからこそ可能なことじゃあないですか.存在しないということは,他者から認識すらされずに誰の記憶にも残っていないということなんじゃないかってね.
でも逆に,観測している第三者に私という高密度の情報を認識・記憶させれば私という存在が第三者にとっては本物になるってことですよね.だって,存在していない,存在のないものを認識・記憶なんてできませんからね.
つまりあいつはこういうやろうだ,こいつはこういう特徴でこんな人柄で・・・っていうことを相手の脳みそに刷り込ませればいいってことですよ.少なくとも,あなたは今,私のことをなんぞよくわからん屁理屈を並べている社会不適合者って感じには認識してくれているでしょう.そういう私を認識して,そんな私が存在していると思ってこんな与太話を聞いてくださっているのでしょう?いやあ,ありがたいことです.
ありがたいついでに,もうちょっと話を聞いていってください.
ええ,この世界は互いが互いを認識,記憶しているからこそ私や貴方という存在が成り立ち続けている.でもね,それはあなたが完全に私を理解し,私があなたを完全に理解しているわけではないんですよ.何?そんなの当り前じゃないかって.へへっ.それはすいませんでしたね.でもね,これって実はとっても大事なことなんですよ.
なんでって?そりゃあ,あなたが私を完全に理解するってことは,言ってしまえばあなたの中にもう一人私というインチキ臭い社会不適合者の変人が入るってことですよ.そうなったらえらいことですよ.
なんでかっていうとね.言ってしまえば,器っていうのは限界があるんですよ.私たち人間でも猿でも虎でも熊でも,中に入る量っていうのはあらかじめ決まっているんですよ.え?何が入るのかって?そりゃあ,さっき言ってた,その本人に関するすべての情報ですよ.胡散臭い言い方をすれば魂のようなものですよ.これが限界を超えてしまうとね,風船の中に空気を入れ続けるのとおんなじことで,ばあん!と破裂してしまいます.ん?なんでお笑いになる?なになに?では私があんたを完全に理解したら体がバラバラになってしまうのか,ですか.ははは,そうなったら確かに面白いかもしれないですがね.実際にはそんなハードウェアの話じゃなくてね,中身の方なんですよ.
要するに,右も左も上も下も誰も何もがごちゃごちゃになって発狂してしまうんですよ.
でね?面白いことにここにある少女のことについてのすべてが書かれた一冊の本があります.ええ.そう.すべてです.生まれから外見,性格,好きな食べ物に嫌いな食べ物,好きな動物に趣味,その諸々・・・.その少女について何一つ余すことなく書かれています.さて,さっきの話からしたら,この本を読んだらどうなるんでしょうね?私?私は先ほど読み終わりましたが,元来頭が悪いせいか,何にもなりませんでしたね.
なになに?遠慮する.
ははっ,確かにこんな胡散臭い奴から渡される本なんて気味が悪いですよねえ.
さて,だいぶ時間もたったことですしここらで話を切り上げましょう.私もそろそろ娘のために夕食の準備をしないといけませんから.え?娘がいるのかって.何をおっしゃいますか,先ほどからあなたの後ろでずうっと遊んでいたでしょう?
え?何?ここには私とあなた以外は誰もいない?そんな馬鹿なこと.私は確かに娘を認識し・記憶しています.だから,あの娘はここにいるんじゃないですか.全く失礼な人だ.でもこんな与太話に付き合ってくださってあり・・・.あれ?もう行ってしまわれたのか?まったく,最近の人はせっかちなもんだ.じゃあ私たちも帰ろうか.おーい・・・.ってあれ,娘がいないぞ?
あれ?私に娘なんていたっけか?あれ?そもそも,誰かと結婚なんかしていたっけか?
まあ細かいことはいいか.私が認識する限り私の中ではあの娘は存在しているんだから.