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8. 選択


 雪。


 肌に触れた一瞬の冷たさで、俺は周囲の異変に気が付いた。

 ふんわりとした感覚とは裏腹に、痛みの如くピリリと皮膚を差す白き花びら。


《《SNOW EDITION》》


 その現象は、ブルーメネシスがガジェットを起動したと同時に発生した。

 起動音の直後、グッと気温が低下したのがわかる。

 そして、いつの間にか夕日に染まっていた世界は、曇天で薄暗い空間へと変容していた。

 春の気候にも関わらず、肌を突き刺すような冷たさとチラつく雪。

 俺は、目を見開いた。


「コイツは……、天候支配……か?」

《それだけでは……なさそうだが?》


 リフリアの言葉が終わるや否や、ブルーメネシスはガジェットを左腕に装着されている装填機器に押し込んだ。

 装填音が響き、ブルーメネシスが呟く。


『……カンソウ』


 その言葉にメネシスの正面に立つバケモノは、ピタリと動きを止めた。

 次の瞬間、


《《TRANS! THE・CHANGE・OF・MAGIC! SNOW・EDITION!!》》


 機械音とともにブルーメネシスの周囲にリング状のエフェクトが出現する。すぐさまパージされたメネシスの外部装甲が、空中に出現した白い装甲と入れ替わった。

 虚空に消滅する元のアーマーと、アンダースーツの周囲にセットされた白き新装甲。

 そのまま一瞬にして装甲は装着され、アーマーの隙間から激しい蒸気が吹き出した。


『ブルーメネシス―ブリザード・ユニゾン―』


 言うなり身構えたブルーメネシスは、右手を大きく後ろに引く。

 俺は直感的に悪寒を感じ取り、メネシスの直線状から飛び退いた。

 

 刹那。

 アッパーカットのように引いた右手を振り上げたと同時に、ブルーメネシスからバケモノに向かって無数の氷槍が出現する。

 大地から次々に出現する氷槍は、バケモノに襲い掛かった。


「ギュゴッ!?」


 一瞬にして無数の氷槍に串刺しにされたバケモノは、驚きの声を上げる。

 俺は、目前まで迫っていた氷槍に引きつった表情を浮かべた。


「SFなのか、ファンタジーなのかハッキリしてくれよ……」


 突き付けられたものが氷だけに、俺はその場に凍り付く。

 俺は氷の槍から視線を外し、バケモノを見る。

 バケモノはあれだけ激しく全身を貫かれているにも関わらず、まだ生きているようでブルブルと痙攣しつつ唸り声をあげていた。


『ズウタイダケデハナク、タイキュウセイモタカイ……カ』


 呟いたブルーメネシスは、左腕の機械のレバーを引く。

すると、装填されていた白いガジェットが飛び出し、メネシスはそれを荒々しく空中で掴む。


『……コイ』


 途端に空中にリング状のエフェクトが出現し、リングを滑る様にして一本のライフルが現れた。

 先ほどのアーマーチェンジで消えたメネシスのライフルが、再換装されたのである。

 ライフルを構えたメネシスは、再度バケモノが身動きが取れないことを確認すると、白いガジェットをマガジン部位に装填しようとした。

 俺の脳裏に先日の大爆発の光景がよぎる。


「まっずい!!」


 奴の必殺技、ブレイク・スティングの発動を確信した俺は、慌てて駆け出した。

 あいつバカだろ!? こんな街中で放ったらヤバいことになるだろっ!!?

 しかし、その思いが奴に届くはずもなく、メネシスは何の躊躇いもなくガジェットの端を装填部に引っ掛ける。

 その時だった。


 轟!!


 突然真っ白な炎がバケモノの背後から飛び出し、ブルーメネシスを攻撃した。


『ナニッ!?』


 慌てて飛び退いたメネシスと、石の敷き詰められた街道を焼き焦がす白炎。

 

「……つ、次はなんなんだ……」


 建物の物陰に退避した俺は、バケモノの後方から歩いてくるスラリとした体躯の青年を見た。


『キサマ……ドウイウツモリダ。……シラナミッ!!』


 ブルーメネシスの言葉に、現れた青年は「ふっ」と無表情で鼻を鳴らす。

 青年の身長は190cmほどあり、細身だが引き締まった筋肉が服の上からでも見て取れる。年齢は20代後半くらいだろうか? かなりのイケメンである。


「……面識はないつもりだが。知っているということは、国の連中か」


 青年はそう言って、小さく息を吐く。

 黒くて丈の短いジャケットを着たその青年はジャケットの袖を捲り、その両手に白い炎を纏う。


「どういうつもりもなにも、俺たちは一度も国に媚び売ったつもりは無い。うちのトップがやると言ったからやる。それだけだ」

  

 その言葉に、ブルーメネシスはため息をついた。

 

『ヤダムラノヤツメ……。トイウコトハ、コノゲテモノモ、イチレンノソウドウモ、……キサマラノシワザトミテイインダナ?』

「結構」

『ナラ、シネ』


 言うなりブルーメネシスは、ライフルを投げ捨て、右手を引く。

 また、あの大氷結による槍攻撃だ。


「そんなもの……」


 シラナミと呼ばれた男は、メネシスが右手を振り上げた瞬間に左手を突き出し白炎を放出した。

 凄まじい衝撃波と爆音が轟き、氷の(つぶて)と白い火の粉がはじけ飛ぶ。

 ぶつかった二つの力は拮抗し、恐ろしいほどの威力を生む。


「うっあぁあああ!?」


 崩壊する家屋の瓦礫を目前に、爆風で吹き飛ばされた俺は宙を舞う。

 そのまま水路に落下した俺は、急いで水面から顔を出す。


 あの男、ブルーメネシスと互角だった。騒ぎの元凶と思われるが、俺がどうにかできる相手ではない。ここは、ブルーメネシスが戦っている間に距離を取るのが最善であろう。どっちにせよ。奴と一緒にいれば殺されるに違いない。これは不幸中の幸いだ。この状況うまく利用させてもらうぜ。


 思い立ったが吉と、急いで彼らとは反対側の街道に上がった俺は全力で駆け出した。


 しかし、ここで一つ疑問があった。

 バケモノが暴れているタイミングで現れたから、ブルーメネシスはてっきり奴らの仲間と思っていたがそうではないらしい。あのシラナミという奴とは知り合いだったみたいだが……。ん? いやまてよ。さっき国が何とかって言ってたような……。


 俺は全力疾走の中で、そんなことを考えるが如何せん急なことで混乱していて思考がハッキリしない。

 考えるのをやめた俺は、とにかく人々が逃げていく方向へと走り、その場を後にした。



×××××



『ニゲラレタ……』


 走り去る柚賀(ゆが)辰海(たつみ)を睨み、悔し気な声を漏らすメネシス。

 そんな彼に白波は、口元を拭う。


「アレが、例の同胞って奴か……。お前もアイツが目的なのか?」

『オマエモ、トイウコトハ、キサマラハアノガキガモクテキカ』

「いや、目的は試験運用だ。アイツは可能ならばって程度のオマケだ」

『シケンウンヨウ?』


 怪訝な声を漏らすメネシスに、白波は薄く笑う。


「そぅ。こいつらのな」


 すると、白波の前に氷槍から解放されたバケモノが飛び出した。


「ンギュンギュ!! ゴギュゥ!!」


 謎の声を漏らすバケモノ。

 その全身は傷こそ残っているものの、貫かれた部位は全て塞がっており動きも好調そのものであった。

 左右にゆらゆらと揺れ出すバケモノを見て、白波は満足そうに笑った。


「いいねぇ。期待以上じゃないかな?」

『サイセイノウリョクガアルノカ……、コイツラハナンダ? マモノデモ、ニンゲンデモナイ。ナニカノノウリョクノイッタンカ?』

「答えると思う?」

『……オモワンナ』


 その直後、再びぶつかり合う氷と白炎。

 爆風の中、全く微動だにしないバケモノは小さく「ゴキュ」と声を漏らすのであった。



 ×××××



「やっと、見つけたっ!! タツミっ!!」


 人ごみに紛れて走る中、不意に手を掴まれた俺はギョッとして声のした方を見た。

 そこにいたのは、ヘレッゼであった。

 パニックとなった群衆の中で、再会を果たした俺はホッとつかの間の安堵を覚える。


「おまえ! ボロボロじゃねーか! 大丈夫か!?」


 ヘレッゼと向かい合った俺に、彼女は驚きの声を上げる。

 すごく不安そうな表情で立ち止まる彼女に、俺はハッとして自分の体を見た。

 確かに各所に傷があり、せっかくもらった服もボロボロだ。先ほど千切られて再生した腕に至っても、千切れた袖の裾が血まみれになっている。


「あぁ。ありがとう……ございます。大丈夫……です。そ、それより今は、と、とにかく逃げないと」


 俺は、ぎこちない敬語でそう答えるとヘレッゼに避難を促す。

 すると、彼女はうんうんと頷く。


「わかってる! この先に商人専門の門があるから、そこから抜けるぞ。行きに使った馬車がもぅ準備してある。行こうぜっ!」

「了解」


 俺はヘレッゼとともに、大通りの人ごみから抜け出すと裏路地を駆けた。

 そして、数分もしない内に、少し大きな商業区の通りに出る。

 通りには人が一切見当たらず、大通りのパニックが嘘のようだ。


「この先だ!」


 ヘレッゼの言葉に、俺は先に見える巨大な門を見た。

 門は開け放たれており、その前には投げ出された積み荷がところどころに散乱している。

 おそらく商人たちが、慌てて退避したのだろう。


「おい! こっち!!」


 見ると、少し先を走っていたヘレッゼが馬車に飛び乗る姿が見える。

 俺も急いでその荷台に飛び乗ろうとした。

 すると、


 ――たすけて――


 !?


 突然、どこからか声ではない何か念のようなものが俺の内に響く。

 その時だった。

 激しい破砕音とともに、民家が崩壊してその中から一匹のバケモノが飛び出してきた。

 微妙に体格と目の形が違うが、さっきの個体とほぼ同じ容姿をしている。


「来やがった!! はやく乗れっ!!」


 馬の鞭を握り、叫ぶヘレッゼ。

 しかし、動けなかった。


 ……いったいどこだ。どこからだ。


 その瞬間、俺はバケモノのすぐそばの瓦礫の影に祈りの主を見つけた。


「……たすけて」


 涙を瞳いっぱいにためて俺を真っすぐに見るのは、小刻みに震える一人の少女だった。

 年は十歳にも満たないほどの小さな女の子である。


「ヘレッゼ!! 女の子がっ!!」


 俺の言葉にヘレッゼも、女の子を確認する。


「……っ! む、無理だ。俺たちが助からない」

「でもっ!」

「だ、大丈夫。さっき国の兵士たちが戦っていたのが見えた。きっと、すぐに彼らが駆け付ける。きっと、あの子は誰かが保護してくれる! だから、はやくっ!!」


 誰かが?


 不意に俺は時が止まったような感覚に陥る。

 ふと、バケモノから少女に視線を移すと、そこにある怯えた表情はどこかで見たことのあるものだった。


 何かに似ている。


 瞬間的にそう感じた俺。

 思い起こされるのは、過去の記憶。

 俺は、スッと全身が冷えていくような奇妙な感覚を覚える。

 

 十年前、親父が錯乱し、親戚にも見放され、学校でいじめられはじめた俺。

 傍観したものは皆口をそろえて言った。

「かわいそうに……だれか相談所に」「アレいじめじゃないか。だれか何とかしろよ」「……だれかがなんとかするだろ」「誰か来いよ……」「だれか……」「ダレカ」「だれか」

 みんなそう言った。

 そして、実際に手を差し伸べてくれるものなど、誰一人としていなかったのだ。


「だめだ」


 無意識に呟いた俺は、焦りを露にするヘレッゼに振り返った。

 俺は今、どんな顔をしているのだろうか。きっと、とても悲しい顔だ。

 そう思った俺は、無理やりに笑顔を作り、俺を見ている彼女に言った。


「ごめん」


 言うなり、俺はバケモノ目がけて駆け出した。

 幸いにして、バケモノはまだ少女には気が付いていない。

 何とかして、奴を突破してあの子を保護する。

 背後で悲鳴にも似たヘレッゼの叫びが聞こえた気がしたが、今の俺には届かない。


 だれかなんて来ない。

 それは俺が一番よく知っている。誰しも善悪分別の心は持っているが、今この瞬間その場で起こっていることに対して手を差し伸べられる人間は少ない。

 あの時、誰かが俺を救ってくれたなら、どれほど俺の世界は変わっていただろうか?

 そんなこと今更言っても仕方のないことだが、それならばせめて今目の前で同じように「救い」を求める者には手を差し伸べるべきだ。

 例え無謀であっても、この行動が彼女にとっての救いであればいい。せめてあの子には、「君は捨てられていないのだ」と希望を持ってほしい。だからこそ、目を背けることはできない。

 俺は、ヘレッゼに救われた。

 彼女の温もりは、俺の心を優しく包んでくれた。特別なことじゃない。あれは彼女なりの善意と言う名の「救い」なんだ。

 救われた以上、俺が人を見捨ててよい理由など無い。

 ヘレッゼには、申し訳ないがこれしか無いのだ。


 俺はあらん限りの全力で声を張り上げた。


「力を貸せぇええ!! リフリアァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 刹那。

 眩い光が世界を包み、紅の雷が迸る。


「おおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 怒声を挙げた俺の両手の中に、一本の長い柄が出現する。

 柄は見る見るうちに刃をつけ、スラリとその刀身を伸ばしていく。

 俺は勢いよく地を蹴り、バケモノの顔面の前で大きく振りかぶる。


異端ナル魔女ノ纏威ゲルド・マジェス・マキナ!!」


 俺はその名を口にし、渾身の力で完成した太刀を振り下ろす。

 太刀から凄まじい量のエネルギーが流れ出し、先ほどの閃光に立ち尽くすバケモノを捉えた。

 アッサリとした感触が腕を駆け抜け、太刀が敵対象を完全に両断する。


「だぁっ!!」


 気合の声を上げた俺は、両断されたバケモノの間を抜け、空中で一回転する。

 地響きをあげて崩れ落ちるバケモノを背に、俺はズッこけつつもなんとか着地し少女に駆け寄った。

 呆気に取られている少女を、俺は優しく包むようにして抱き上げる。


「だ、大丈夫?」


 その言葉に、ハッと我に返った少女はコクコクと大きく頷いた。

 頷くたびに散る少女の雫がキラキラと宙を舞う。

 俺は、フゥと息を吐くと急いで馬車の方に振り返った。


 しかし――――――


「ギュゴッ! ゴッツ! ゴゴギュゴ!!」


 崩れ落ちたはずのバケモノがうめき声をあげ、見る見るうちに再生していく。


「やっぱり……か」


 先ほどのブルーメネシスとの戦闘でも、あれだけの攻撃を受けても生きていたことから、予想はしていた。しかし、まさか、両断されても生きているとは思わなかった。

 苦笑いを浮かべ、俺はギュッと女の子を庇う様にして抱きしめる。

 女の子はヒシとしがみ付き、顔をうずめていた。

 左手に握る太刀を見ると、すこしその刀身が消えかかっている。

 やはりまだ、上手には出せないようだ。

 

「控えめに言っても、……大ピンチってところかな?」


 その言葉と同時に完全に再生したバケモノが、むくりと起き上がる。

 拳を打ち合わせるバケモノに、俺は歯を食いしばった。

 正直、勝てる気がしない。太刀も左手の紋章も消えかかっている。こんな不完全な状態で、再生能力を持ったバケモノと戦うなんて不可能。ましてや、腕の力が強化されているとはいえ、女の子を抱えて守りながら戦うなど経験も無い。

 控えめどころか、どう考えても絶体絶命的状況である。


 しかし、俺はニヤリと笑みを浮かべた。


 確かにこの状況は、無謀どころじゃない。

 だが、それは諦めていい理由じゃない。投げ出していい理由でもない。

 ならば、今口にする一言は決まっていた。


 俺はスーッと息を吸うと、太刀を構えバケモノを睨みつける。

 そして、定められたその言葉を口にした。


「この子の運命も、俺の運命も! 俺の手で覆す!!」


 戦場に小さな決意が、凛として舞う。


どうも、甲賀蔵彦です。

年末年始企画から約一週間、ようやく最新話です。お待たせしました。

今回から、また週一投稿を再開します。

今後もよろしくお願いいたします。


Twitter→甲賀 蔵彦@ラノベ作家志望(@soltdayo117114)


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