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6.知らない感情、溢れた涙


「おい! おいおいおい見てみろよタツミ!! これ! ちょーグロい! グロすぎだろ! あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


 真昼間のにぎやかな街道に、ヘレッゼの異様な笑い声が響く。

 笑いながら差し出された紫色の芋虫を、俺は複雑な表情で受け取り曖昧な笑いを浮かべた。

 手に取った芋虫は、ボンレスハムのような太さと全長30㎝ほどの巨体をしていてキモイ。

 ギラギラと輝く色とりどりのイボを各所に携え、うねうねと蠢くその虫は「%×●▽:$#◎□!!」とワケの分からない声を上げて威嚇している。


 ……アイツ。よくこれ触ったな。


 俺は無言のまま、そっと虫を店頭の安売りカートに戻す。な、なんかネットリする……。

 カートの中では、ヘレッゼが取り出した以外にもさまざまな種類の虫がギャーギャーと喚いていた。

 店頭のカートだけではなく、その店は奥にも直視できないようなゲテモノが無数に陳列されている。……一体なんの店なんだ。

 そんな疑問を他所に、ヘレッゼは元気よく俺の手を引いて隣の店に連れていく。


「お!? これも面白そうだな!! あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


 人々の喧騒すらも凌ぐほどの声量で笑うヘレッゼにウンザリしつつも、俺は久々の開放的生活に心を躍らせていた。


 現在、俺とヘレッゼは、彼女の鍛冶屋のある街「ガレア」から二十分ほど先にある街「ウンデレリア」に来ている。

 ウンデレリアは、産業都市のガレアと異なり観光産業が栄えている面が強い。

 おしゃれな西洋風の街並みや、街中に植えられている木々と無数の水路が織りなす緑と青の芸術的な世界は、歩いて回るにはとても楽しい。

 また、人が全国から集まることもあって、ウンデレリアの商業区では全国から貴重な素材や品が集まるという。今回のヘレッゼの目的はそこにある。

 しかし、まだ注文した素材が届いていないということで、今はこうして二人で遊びまわっているのだ。

 美しい水路を行きかう小舟を眺め、俺は久しく忘れていた感情を思い出す。

 それは、ずっと昔、多くの人々の中で感じていた「温かみ」というか「安堵」というのか……。

 説明のつかない妙な安心感に包まれつつ、俺はヘレッゼに手を引かれるまま街を歩いた。


 その後、いろいろと店を回り、わけの分からないものをたくさん見た。その多くが気色の悪いものであり、ヘレッゼの趣味を疑ったものである。

 しかし、時折見せる女の子らしい態度や表情には、なんだか癒された。

 あまり女子との接点のなかった俺にとっては、このような機会は極めて貴重である。正直、異世界に来てからどころか、生きてきた中で一番幸せな瞬間である。

 時々聞かされる不気味な笑い声以外は……。

 よく勘違いされるのだが、俺はこの容姿だけにモテると思われがちだが、そんなことは無かった。

 というよりも、本来であればモテていたかもしれない。

 だが、現実は非情で寂しいものだった。

 問題は、俺の家庭。つまり、父にある。

 多くの人間が俺を血統に影響を受けた人間であると差別し、父と同じ人間として忌み嫌ったのだ。俺と接したことすらない人間が、俺の家族の表面的な一面のみを知り俺を判断する。

 

 残酷だった。

 

 不意にそんなことを思い出し、俺は少し哀しげな表情になる。

 すると、そんな俺を見てヘレッゼが立ち止まった。


「? どうし――――」


 バチン!


 突然ヘレッゼの両手が、俺の頬を叩くようにして挟む。

 俺は顔を両手に挟まれて、タコのような状態になる。

 困惑する俺に、ヘレッゼは言った。


「暗い顔すんなぁああああああああああああああああああああああああああ!!」


 放たれた言葉に、俺はハッとして目を見開いた。

 ヘレッゼは俺の顔を自分に引き寄せると、頬を膨らませる。


「お前が奴隷だったころに何があったか知らねーけどよ。今は今だろ。いちいち思い出して暗い顔してんじゃねーよ。楽しめ! こんな美女とデートできることを喜べ!! 俺は楽しいぞ! スーパー美少女みたいな男子とデートできんのはレアだからな!! あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


 せっかくグッと来たのに、最後に不気味な笑い声をあげたことで一気の俺の気持ちはダダ下がる。

 気持ちを察してくれたのはありがたいが、その笑い方やめて。あと、俺が考えていたのは奴隷以前のことなんだけどな……。というか、これデートなのな。

 俺は、顔を挟まれたまま困ったような顔をした。

 そんな俺を見て、ヘレッゼは笑いを止め少しだけ柔らかい口調になる。


「まっ、でも、辛かったことは仕方ねーな」


 ……え?


 その声の温かさに、何故か俺は内から何かが込み上げてくる感覚に見舞われる。

 次の瞬間、ふわっとした風が俺を吹き抜け、気が付けばヘレッゼは俺を抱きしめていた。

 往来で発生した唐突な抱擁行為に、一瞬周囲の視線がこちらに集まる。

 しかし、民衆はすぐに目を逸らすと各々の目的地へと歩みを進めていく。

 俺は、頭が真っ白になった。


 何かが違うのだ。


 そう。何かが違う。

 この抱擁は、これまでのスキンシップとはどこか雰囲気が違った。

 それは、フザけた感情でも、恋愛的感情でも、友情的感情でも無い。

 何故か懐かしい。温かい。

 俺は、感じたことのない奇妙な感情と、内側から溢れるいくつもの名状しがたい思いの荒波に、硬直してしまう。

 ヘレッゼは、俺を優しくギュッと抱きしめる。

 その瞬間に、俺は生まれてこの方塞き止めてきた多くの感情が一気に流れ出ていくのを感じた。


 哀しい。寂しい。理不尽。痛い。うるさい。殺意。憎しみ。我慢…………。


 俺は、何もわからなくなった。


 わからない。


 でも、これは以前に感じた「わからない」とは、あきらかに違う。

 抑え込むことで込み上げるものではなく、解き放つことで込み上げる何か。

 気が付くと、俺は涙を流していた。


「……ちょっと休むか」


 ヘレッゼの言葉に俺は小さく頷き、彼女の温かい首元に顔をうずめた。

 そんな俺にヘレッゼは、優しい表情で小さく息をつきヨシヨシと頭を撫でてくれる。

 俺はヘレッゼと手をつないだまま、少し離れた水路沿いにあるベンチへと向かった。


 その時ふと、

 お母さんがいれば……こんな感じだったのだろうか。

 と、顔も知らぬ母のことを考えてしまう。


 俺は母を知らない。

 父の話では、俺が生まれてすぐに行方不明になったそうだ。原因も、手がかりも何も残っていないそうで、警察の捜査も入ったと聞いたが、何もわからなかったと言う。

 故に俺は母の温もりを知らない。

 小さいころ、母親に連れられて歩く子供たちを見て何故かとても遠い世界のモノに見えたことは、今でも忘れない。

 しかし、そんなものには慣れた……そう、思っていた。


 取り繕うように乱雑に涙を拭うが、あふれ出る心の雫は止まることを知らない。

 俺は、泣いた。

 18歳にもなって、年甲斐もなく涙を流し、母のことを考えてしまうとは情けない。

 これまでいくつものことに耐えて来たのに、こんなことで涙するとは情けない。

 俺はそう思いつつも、流れる涙を止められない。

 そして、俺は手を引くヘレッゼの手をぎゅっと握ってしまうのであった。


 ……あったかい。


 俺は、握り返されたその手をそっと包む。

 ベンチに腰掛けた俺とヘレッゼは、そっと寄り添い合う。

 恋愛とか、異性だとか、そんなことは意識できなかった。

 何かにすがり、包まれたい。その一心で、俺はヘレッゼの優しさに溺れる。

 どれだけ泣いただろうか。

 いいや、それほど泣いていない。いや、凄く泣いた。

 涙の枯れた俺は、そっと顔をあげるとヘレッゼを見つめる。

 ヘレッゼは、情けないであろう俺の顔をみて小さく微笑むと、再び俺の頭をそっと撫でてくれた。

 はたから見れば、小柄の女の子が姉に慰められているように見えるだろう。

 そう言う点からすれば、女子のような外見が今回ばかりは少しだけ救いである。

 そんなことを思いながら俺は、握りしめたヘレッゼの手を胸に抱く。

 

 そして、俺はヘレッゼの肩にもたれかかるようにして、ゆっくりと目を閉じたのであった。



×××××



 薄暗い研究室にて。


「グレイデル大尉。用意が整いました」

「ご苦労」


 部屋の入り口で報告を述べた軍人に、白衣の青年はコクリと頷く。

 白衣を翻し、実験機器の電源を落とした彼は、机の上に置いてある薄い箱型のデバイスを手に取った。

 彼がデバイスを左腕に乗せると、デバイスからベルトが出現しそのまま固定される。

 左腕に装着されたデバイスを確認したグレイデルは、デバイスのレバーを押し上げる。


《STANDBY》


 電子音声とともに、流れ出す待機音声。

 その独特のリズムを楽しむかのように、青年はニンマリと微笑を浮かべポケットからコバルトカラーのフォースレコードを取り出す。

 青年は続けて、フォースレコードの右端にあるスイッチを親指で押し込む。


《《BLUE・AURA》》


 デバイスとは異なる種類の電子音声が響き、青年はそのままガジェットをデバイスのスロットに差し込む。

 そして、


力装(りきそう)


 青年が唱えたその直後、デバイスから青い雷が放電する。


《《TRANS! THE・ARMED・OF・MAGIC! BLUE・AURA!!》》


 デバイスから響いた電子音声とともに、雷から出現した青きアーマーが空中に浮遊する。

 雷はそのまま青年の肉体に黒いアンダースーツを纏わせ、最後の空中のアーマーが一斉に全身に装着された。

 装着が完了されると同時に、アーマーの隙間から吹き出す蒸気。

 変身を完了させたブルーメネシスは、首に手をやりゴキリと鳴らした。


『サァ。イコウカ……』


 そう呟いた彼は、深々と礼をしている軍人の隣をかすめ、部屋を出る。

 部屋の外は、巨大なフロアとなっており無数の人の気配がした。

 フロアには、報告に来た軍人と全く同じ軍服に身を包む者たちが一堂に会し整列している。


「グレイデル大尉に敬礼!!」


 部屋を出た瞬間、どこからか叫ばれた号令に、軍人たちが一斉に敬礼した。

 その様子を見て満足そうに頷いた彼は、高らかに宣言する。


『コレヨリ、イセカイジンノトウバツヲカイシスル。ヒョウテキハ5メイ。ヒトリハカジヤノオンナトイルソウダ。ヨウチュウイハ、アトノ4メイダ。クワシイジョウホウハ、オッテキョウユウスル。……イケ!!』

「「「「「「「「「「はっ!!」」」」」」」」」」


 数万人の軍人により、野太い返答の怒号。

 勢いよく開かれた軍人たちの背後の扉。

 美しく揃った踵の廻らせ方は、彼らが極めて高い訓練を施された兵であることをうかがわせる。

 軍人一人一人が纏う魔力もまた、通常の人間を遥かに逸脱したものかつ精錬されたものであった。

 ブルーメネシスは呟く。


『デハ、ツイデニタメサセテモラウトシヨウカ…………ガイアフィリップ』


 そう言って彼は、左手に握る白いフォースレコードを見つめたのであった。



×××××



「ねぇー! なんで寧音子(ねねこ)白波(しらなみ)だけなのダ?」


 ウンデレリアを一望できる丘にて、そう呟いた寧音子。

 崖に腰掛け足をバタバタとさせる彼女に、白波は短く回答した。


「奴らの能力は、奇襲には向いていない」

「えー。でもでもー、矢田村もヘルガも強い魔法使えるじゃーん」

「魔法を使うならば、尚更長期戦は向かないだろう」

「……確かに」


 納得した寧音子はプクーッと頬を膨らませ、その長めのツインテールをブンブンと振り回す。

 すると、白波は小さく欠伸をして、付け加えた。


「それと、今回は俺たちがどうこうするよりも……コイツの実地テストが重要だ」


 そう言って、親指で背後を指す白波。

 彼の後ろには巨大な影が四つ。


「ンギュ……ロジュ…………ボレ……」


 謎の声を漏らす四つの影に、寧音子は「うぇぇ」と気持ち悪がるような声を漏らした。


「確かにー、今回の話は魅力的だし、支援してもらえるのは助かるんだけどー。その子達使わなくちゃいけないのが気にくわないヨ!! だって、可愛くないもん!!!」


 言うなり、立ち上がった寧音子は背後に立つ影の一つに「えいえいっ!」軽いパンチを入れた。

 しかし、影は動じるどころか身じろぎ一つしないでその場に直立している。

 白波が言った。


「やめろ。変なことしてエラー起こされたら面倒だ。ほぼ完成品と聞いたが、あくまで試験体らしいからな。使う前にあまり刺激するな」

「はーーい」


 ちょっと残念そうに返事をした寧音子は、腕時計を確認する。


「あ。そろそろ時間だネ!!」

「だな」


 寧音子の言葉にコクリと頷いた白波。

 時刻は夕刻の18時。

 日の沈みかけたウンデレリアだが、この場所から見ても多くの人間が往来している。

 白波は、ゆっくり振り返ると背後の影たちに声をかけた。


「時間だ。指示した通りにやれ」


 その直後、その場から掻き消えるようにして宙に飛び上がった四つの影は、一斉にウンデレリアに向かって崖を下っていく。

 彼らの様子を確認した二人は、目配せしタッチを交す。


「それじゃっ! 二時間後ネ!!」

「あぁ。二時間後だ」


 言うなり、白波は真っ赤な炎に包まれてその場から消える。

 寧音子は、きゅっと口角を挙げた。


「よーし!! 寧音子も、いっくヨォ!!」


 刹那。

 地面が隆起して、その深くから一体の真黒の巨人が這い出して来る。


 ンンンンンモォォオォォオォオオオオオオオッォオオォオオオオオオ!!!!


 地鳴りのような重低音で吼えるその巨人に口は無い。全身に白線で描かれたラインが走ったその異様な姿には、巨大な眼球が各所に埋め込まれており、ギョロギョロと周囲を見回している。


「ミミは今日もかっわいいねぇええ!! だいっすきだヨ!!」


 叫んだ寧音子は、愛くるしそうに身をよじり巨人の腕に抱き着いた。

 ミミと呼ばれた巨人は、うれしそうに首を上下に動かすと街の方を見て「ンゴンゴ」と何か訴えかけてくる。

 その言葉らしき音を聞いた寧音子は、うんうんと頷いてニッコリとほほ笑んだ。


「そうだネ! はやく行こう!!」


 寧音子はピョンとその背に飛び乗ると、その不気味な巨人とともに崖を勢いよく下って行ったのであった。



 夜はすぐそこに迫っている。




どうも。甲賀 蔵彦です。

話は浮かびますが、浮かびすぎてどこにどう挟み込むか迷って、筆が進みません。

辛いです。今回の話、急いで書いたので誤字がたくさんあると思います。見つけたら、教えてください。

明日も頑張って一話出します。その後は、一週間休みください(笑)

では、また次回。


Twitter→甲賀 蔵彦@ラノベ作家志望(@soltdayo117114)



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