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2.現実と悟り、そして力


 かくして俺は再度この言葉を口にしたい。


 で、どうしてこうなった。


「いいか! お前らは、ただの奴隷ではない! お前らは聖騎士様方の名誉ある囮だ! 本来ならただのゴミとして死する運命の貴様らに、名誉ある死が保証されたのだ! 誇れ! その誇りを持って、美しく散れ!!」


 如何にも熱血漢と言わんばかりの巨漢が、嬉々とした声で俺たちに戟を飛ばす。

 俺は、ゲッソリとした表情で自身の体を見下ろした。

 周囲には簡単な鎧を着せられた奴隷達が多数。しかし、俺の体には鎧の代わりに何重もの鎖ががんじがらめにしてある。そして、俺も彼らも誰一人武器を持たされていない。


 掻い摘んで説明すると、こうだ。

 俺は現在二週間ほど、奴隷兵として聖騎士団の囮として扱われている。

 やることは、囮として化け物の前に飛び出して引きつけるだけ。ただ、ちょっと引きつけるとかではなく完全に自分を襲わせる程度の仕事を向こうは求めている。

 さっきも巨漢が言っていたように、基本的に死ぬことが事実上の仕事完遂となるのだ。故に最低限の防具だけ支給され、戦う必要性が無いことから武器は渡されていない。

 実際にここ二週間で一緒にいた連中が15人ほど魔物に喰われたり、千切られたりした。

 俺は、なんとか現状を打開しようと逃走策や反逆作戦を決行したが、ことごとく失敗しそのたびに拘束具の数が増していった。

 そして、今の鎖がんじがらめ状態に至ると言うわけである。


《覆すといった割には、偉く難儀しておるようじゃのぉ?》


 脳内に響くリフリアの言葉が耳障りで仕方がない。

 あれから、リフリアはずっと俺の内側に潜んでおり、俺が失敗するたびにあざ笑い茶々を入れてくる。正直なところ、はらわたが煮えくり返るほど悔しい。しかし、怒ったところでどうすることもできない。

 俺は無視を決めこみ、苛立つ気持ちをなんとか抑え込む。

 ここでストレスを溜めて、負の感情を蓄積させてしまえば先日の二の舞である。

 もうあんな形での解決はしたくない。リフリアの呪いを受けている以上、奴の力を使わないわけにはいかないが、それでもせめてあの手だけ使わない。

 たしかに血なまぐさいこの世界では、命のやり取りは必須だろう。しかし、あそこまで無差別に無慈悲に命を奪っていいはずがない。

 俺は仮に命を奪うことがあったとしても、せめて自分の意思に基づいて責任をもって事にあたりたいのだ。それが例えどんな悪人が相手であったとしてもだ。


「いよぉうし!! 時間だゴミムシども! 行くぞ! ついて来い!!」


 いちいち声を張り上げる巨漢が、歩き出し奴隷たちはダラダラと歩き出す。巨漢の先には、強そうな白銀の鎧で身を包む十数人の聖騎士の姿。

 俺は小さくため息をつくと、がんじがらめの鎖をガシャガシャと鳴らしつつ彼らの後を追う。


 先日の一件の後、一時的にでも奴隷から解放された俺は、奴隷商人の馬車に残されていた金を使い数日間の休息をとる。とにかく寝て、しっかりと飯を食った。

 一応、奴隷として売られていた日々でも、少量ではあるが食い物は出されていた。しかし、それらは最低限の生命活動を維持できる程度のもので、日本のぬくぬくとした生活環境で育っている俺にとっては、とても耐えられたものではなかったのである。

 そうこうして数日が経った時、俺は何故か唐突に捕まった。

 いや、正しくは運が悪かったのである。

 俺はあの一件のあと、あることを見落としていたのだ。

 それは、あそこにいたのは奴隷商団の一部であったということ。つまり、あの場に俺を捕まえたリーダーはいなかったということ。

 簡単に説明すると、俺は運悪くあの男に遭遇してしまい再び捕まえられてしまったというわけだ。

 そして、今度はすぐさま近隣にあった聖騎士団の奴隷兵担当者に売り飛ばされて今に至る。


 俺は再度嘆息しつつ、ズリズリと鎖を引きずる。

 引きずる鎖が素肌に食い込み、皮膚を挟み身震いするような痛みが各所に走った。

 歯を食いしばり踏ん張る俺は、なんとか周りに遅れないように歩き聖騎士たちの前まで到達する。正直、これだけずっと鎖に巻かれていると痛みというものにも鈍くなっていた。

 確かに痛いし、身震いもするが、それが習慣と化せば感覚の中では下位の位置づけとして脳では処理されてしまう。

 結果として、俺は感覚で感じる以上に身体を傷つけていることになる。今頃、鎖の下は痣だらけとなっているはず……。


「聖騎士殿! 連れてまいりました!」


 巨漢の言葉に、待機していた聖騎士たちは興味なさそうにチラリとこちらを一瞥するだけで反応はない。


 よくもまぁ、あんな態度できるぜ。


 俺は、内心毒付きながら聖騎士たちを睨む。

 全ての聖騎士が同じかどうかは知らねーが、少なくともここの聖騎士たちはプライドだけで何の実力もないボンボン育ちばかりだ。

 何度も戦場に出ていれば、こいつらがどんなもんかは嫌でもわかる。

 まるで剣筋もなってないどころか、連係に際するコミュニケーションすらきちんと取れていない。魔法も大した出力出せない上に、無駄にプライドと家柄や名誉ばかり気にして、まともに戦えていない始末である。

 要するにこいつらは、俺たち奴隷兵を盾にでもしければ、例え三十人の聖騎士が寄っていたところでドラゴンの一匹も倒せないのだ。

 そんな実力でいてあの態度なのだから、お笑いもいいところである。

 正直、聖騎士と聞いたときは、いったいどんなファンタジックなヒーロー戦士が現れるかと思ったが現実は残酷だ。


「管理人殿。ご苦労」


 シラケた態度で立ち呆けていると、巨漢の前に一人の騎士が進み出る。


 ……でた。


 現れた男を見て、俺はススッと他の奴隷たちの影に隠れようとする。

 しかし、


「いやぁ、今日もまた一段と頑丈に拘束されたものだな。ユガ・タツミ」


 若い男はそう言って、逃がさんとばかりに俺から垂れている鎖を踏みつける。

 ピンと張った鎖の先で動けなくなった俺は、ゆっくりと振り返り男を睨む。


「……柚賀(ゆが)辰海(たつみ)です。英語っぽく言うのやめてもらえます? ベイラー卿」


 落ち着いた調子で放ったつもりが、酷く冷ややかな声になってしまう。

 そんな俺の言葉に、目の前に立つ騎士はその綺麗な顔で小さく微笑む。


「はて。エイゴとやらが何かは知らぬが、少々発音が違ったかな?」

「……まぁ、そんなとこっすかね……つーか、いちいちスカした態度がムカつくんで構わないでもらえますかね」

「本当にかわいくないな君は」


 俺の露骨なまでに機嫌の悪い態度に、ベイラー卿は渋い顔で鎖から足を上げる。

 いきなり解放されたことでバランスを崩しそうになった俺は、なんとかその場にとどまりドサリとその場に腰を下ろした。


「生憎ですけど、かわいくある必要がないんでね」


 言ったきり心底機嫌悪そうにそっぽを向く俺に、騎士様はどこか満足そうな表情をする。なんというか、めちゃくちゃ気持ち悪い。


 このベイラー卿という男は、この聖騎士団を率いるいわば聖騎士の教官のような存在だ。

 まぁ、団長と言うだけに、他の連中に比べたら強いのは強い。

 本気の力量は不明だが、少なくとも剣の一振りで大地が隆起するほどの漫画じみた力はある。

 基本的に他の聖騎士にチャンスやいいところは譲っているが、ピンチになると大体コイツが一撃入れて隙を作っている。正直認めたくはないが、このゴミ騎士団から聖騎士の死人が出ないのはコイツの実力が故だというのは間違いない。

 しかし、それだけの実力があるなら、俺たち奴隷兵も助けてほしいんですけどね。見てただけでもアンタ6人は見殺しにしたぞ。


 俺が小さく舌打ちすると、ベイラー卿は薄く微笑んだまま俺の耳元でささやく。


「それで。いつになったら私の誘いを受けてくれるのかな? 私としては、君のようなかわいい子を見殺しにはしたくないんだがね?」


 その少々艶やかな物言いに、俺は吐きそうになる。


「悪いっすけど、これ以上ホモに掘られる気は無いんで、他あたってもらえませんかね?」


 あらん限りの全力で嫌悪感丸出しの表情を見せる俺に、彼は肩をすくめてスタスタとその場を後にした。

 その場に残された俺は、周囲でぼんやりと力なく佇んでいる奴隷たちを眺め大きくため息をつく。


 そう。何を隠そう、俺はあの男が嫌いだ。


 何が嫌って、アイツガチホモなんだよ。いや、正しくは両方いけるクチってやつだが、とにかく気持ちが悪い。俺が買われた理由も九割アイツの趣味が大きい。何というかアイツは可愛ければ性別は関係ないらしい。

 確かに俺は、まるで女子のような容姿をしているし、一般の女子と比較しても割かし可愛い部類にあたると思う。だが、だとしても、男であることには変わりない。マジ怖い。

 まぁ、古代王朝では王様がホモだったのは割かし当たり前だったとか聞くし、こっちの世界の常識がもしそれに近しいのであればアイツがホモなのは頷ける。だが、それは双方理解の上でなくてはならない。もちろん。俺は理解しません。他人の同性愛は理解しても、自分が対象なのはマジでごめんだわ。

 それにただ両方好きってだけなら、まだ許せるがアイツのエグイところは肉体関係迫ってくるところなんだよ。先日恐ろしいことがあったばかりで、そんなこと言われてハイハイなんて言えるかってんだ。ヴォエ。

 しかも質が悪いことにアイツは、俺がもし誘いを受け入れた場合、奴隷から解放するって言いやがる。大事なもん失うか、モンスターと戦うか、なんて酷い選択肢なんだ……。

 もちろんどっちもごめんだ。故に俺は誘いに乗らないし、モンスターからも逃げる。で、その末路が今の鎖グルグル巻きである。


《誘いに乗ればいいだろうに》


 リフリアの声が脳内に響き、俺は眉間にしわを寄せた。


「……死んでも嫌だね」

《自殺した小僧がよくもまぁ、「死んでも」だなんて抜かすものよのぉ》


 確かにそう言われてしまえば、何も言えない。しかし、それでも嫌なものは嫌である。もう、先日のような辱めと苦しみはごめんだ。

 俺は脳内でケラケラと笑うリフリアからなんとか意識を逸らそうと立ち上がり、ワザと鎖で皮膚を強く挟む。


「いっ!!」


 苦痛の声を上げた俺は、キッと前方の聖騎士たちを睨みつけると誓う。

 今日こそは、何とかして逃げ出してやる! ……と。



×××××



 ギィエエエアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!


 凄まじい咆哮を上げるドラゴン。

 俺は咆哮の風圧に吹き飛ばされそうになりつつも、地面に手をついてなんとかその場に留まった。

 すぐ前方に立つ全長30mはあろう白銀の巨体は、ゆっくりと俺たちの方を向くとギラつく瞳を見開き真っ赤な口内からチロチロと火の粉を散らす。

 既に咆哮に耐えられなかった奴隷たちが吹き飛ばされて、木々に叩きつけられている。何人かは叩きつけられたショックで絶命し、無事だった者もどこかしらの骨がイカれてしまったのか激しく悶絶している。

 俺は、咆哮が止むと同時に駆け出して、ドラゴンの視線を自分に誘導するようにワザと大回りに正面を迂回して森の中へと飛び込んだ。

 木々に囲まれた岩場を住みかとするこのドラゴンだが、移動は主に翼を用いるという。ならば、普段奴の用いない足を使って追わせた方が慣れていない分、こっちにも地の利がある。

 すぐさま、ドラゴンが俺に向かって走りだしたのが分かる。大きな地鳴りとともになぎ倒される木々と、迫ってくる巨大な影。

 戦闘前に全体の九割ほどの鎖を外してもらったおかげで、動く分には幾分かマシになったものだが、正直このままゴミ騎士どものもとまでコイツを誘導できる気がしない。その前に殺される。

 それにただ誘導してしまえば、俺は奴らのいい道具で終わってしまう。どうにかして逃げるか一杯食わせるかの算段を整えなくては……。

 俺は、そう考えつつ己の腰に結ばれている一本の鎖を忌々しげに睨む。

 鎖は真っすぐに森の奥まで伸びており、一切のたるみも見せない。

 これは、あのホモ騎士団長によって魔法の施された鎖であり、俺が逃げないように繋いでおくモノだと言う。逃げれば、鎖の力で無理やりにでも握っている者のもとへと引き戻されるという。

 さらに魔法による効果で長さも無限な上に、ちょっとやそっとでは破壊できないような強化魔法まで付与してあるらしい。厄介なこと極まりない。


「あのホモがぁあああああああああああああああああああああああああ!!!」


 俺は、叫びつつ走り続ける。


 あれから二時間。

 俺はドラゴン狩りの最中にいた。

 いや、正確には「ドラゴン狩りの囮としての活動の最中」である。

 これまではベヒモスやらミノタウロスやらと、割かし単純な行動をとるモンスターとの戦いが多かったのだが、今回はいきなりグレードアップしてドラゴンの相手だ。炎のブレスは吐くし、飛ぶし、賢いしと、いきなりとんでもない奴にぶつけられてしまった。しかも、聞き間違いでなければ、コイツ「アーゲルデ」って言う近隣地域では超危険クラスのドラゴンだったような……。


 俺は、すぐ背後で振り下ろされた鉤爪に冷や汗をかきつつ、必死に走る。

 そして、唐突にその全容を思い出す。


 アーゲルデ。近隣地域に住む雑食性のドラゴン。ドラゴンの中でも極めて高い飛行能力と硬い鱗が売りで、別名「鉱翔竜」。

 凶暴性よりも、その防御力と強靭な爪による斬撃が凄まじく、二十分もあれば都市一つ滅ぼせるとも言われていた。

 奴隷として売られている間もちょくちょく耳にした名前だが、こんなにとんでもないドラゴンだったとは……。

 初撃を見て、攻撃前の予備動作を確認していなかったら今頃ミンチにされている。まぁ、初撃を様子見したおかげですぐ隣にいたやつが初撃の餌食となって弾け飛んで行ったが、こればっかりはやむなしだ。


 バキバキと巨木を次々になぎ倒しながら迫りくる化け物は、ゴゥゴゥと荒い息を漏らしている。

 時折、風圧に乗せられて肌を撫でるその灼熱の吐息は、俺の身を恐怖で縮こまらせた。

 それでも、止まれば死ぬ。

 俺は本能的に委縮する筋肉をなんとか奮い立たせ、一歩に力を込める。

 しかし、その瞬間ある思考が俺の世界を静止させる。


 こんなの普通じゃない。


 唐突によぎった常識的な思考に、俺は時間が止まったような錯覚を覚える。

 思考はただ純粋無垢に俺の弱音を正直に吐き出していく。


 もはや数週間程度で習慣化してしまったモンスターとの戯れだが、どう考えても普通じゃない。理不尽である。

 そもそもおかしいことばかりである。異世界に飛ばされて売られて、苦しんで、挙句にモンスターの的にされるなんて、普通の高校三年生の生活ではない。

 なぜ自分がこのような扱いを受けねばならないのか。何故今なのか、何故自分なのか。どうして奴隷なのか。

 いや、それ以前にどうして奴隷というものがあるのだろうか。どうして、人間の命に優劣がつけられているのだろうか。どうして俺たちは、切り捨てられるために戦わねばならないのだろうか。


 どうにもならない。どうしようもできない疑問が脳内に溢れ一気に膨張していく。

 その内なる声が響く奥で、リフリアがクスクスと笑い声を漏らすのが聞こえた。

 リフリアが笑っている。リフリアが笑っていた。リフリアが――――――。


 ――リフリア?――


 その瞬間、怒りと同時に全ての思考が掻き消えた。


「てめぇ! こんな時に揺さぶりかけてんじゃねぇぞ!!」


 突然の怒号にリフリアが息をのむ。

 俺は時間を取り戻し、より一層強く地を蹴り加速した。


《何……?》


 彼女の動揺したような声に俺は言い返す。


「いい加減、飽きてんだよ! テメェの小物みたいな安い揺さぶりなんざ効くかってんだ! どんな魔法か知らねーが、負の感情いじくってんじゃねーぞ!!」

《ありえん……》


 俺は覆いかぶさるように迫ってくる影に反応し、すかさずその場から飛び退く。

 直後、振り下ろされた鉱翔竜の鋭爪が地を叩いた。

 隆起する大地と飛び散る岩石や木片。

 その間を縫うようにして駆ける俺は、叫ぶ。


「いいか!! 疑問とか不満なんて考えるだけ無駄なんだよ!」


 そう。環境を恨んでも、世界を憎んでも何も変わりはしない。


「俺は親父のせいで人生がぶっ壊れたが、親父を呪っても自分を呪っても、考えても苦しんでも何も変わらなかった!!」


 竜の咆哮が響き、その直後、爆炎のブレスが木々を真っ赤に染め上げる。

 直撃は免れるものの、業火の熱風が俺に襲い掛かる

 俺は巨大な円状の葉を掴み上げ、マントの様に被ることで熱風から身を守った。

 しかし、熱風のあまりの強さに、俺を守った厚い葉はあっという間に焦げてしまう。

 葉を投げ捨てた俺は、懸命に走る。


 そうだ。結局世界は何も変わらずに回っている。どんなに苦しもうと、悩もうと自分の本質も世界の本質も変化しない。確かに絶望はするし、不満も積もる。

 しかし、それらは意識してもするだけ時間の無駄なのだ。なぜなら、その全ての事象は意識したところで変わることは無く、考える時間だけがただ過ぎていき、俺たちの生きる時間は浪費されていく。

 では、どうすれば良いのだろうか。


 そんなこと、俺もみんなもきっと解ってる。わかっていてもそれをすることから逃げているだけなんだ。

 何かがうまくいかないのは、何か理由があるせいで、それは自分であったり世界であったり、何かしら原因があるから上手くいかない。そんな言い訳を用意するために、俺たちはその答えから目を逸らす。逸らしているから、本質が見えないんだ。


「何も変わらないのは、本質から目を逸らしているからだ! 人生は俺たち一人一人の主観の世界。ならば、受け身をやめるんだ! 誰かの世界にすがるのはやめろ! 誰かの価値観に頼るのはやめろ! 今ある現実に身をゆだねるのはやめろ!」


 確かに、現実を受け止めることは大切だ。しかし、それは全てを委ねるというわけではない。かみ砕き、自分の糧とすることなのだ。現実を理解し、その上で打開しようと自分の力であがくことが本当の意味で「現実を受け止める」ことなのだ。


 俺は、乱れた呼吸の中であらん限りの渾身をもって声を張り上げる。


「いいかリフリア!! 人は誰しも自分の世界を持っている! それはとても悲しい世界かもしれないし、とても楽しい世界かもしれない。だが、どちらにせよ! その世界は生きているだけじゃ、変えられない!」


 ドラゴンの角が肩を掠め、一瞬で皮膚が裂ける。

 激痛を噛みしめ、吹き出す血液を押さえつけた俺は、フラつく足に力を込めた。

 角を引いたドラゴンが咆哮をあげ、俺は風圧に吹き飛ばされて宙を舞う。

 俺はすかさず、千切れた腕の鎖を巨木に引っ掛けることで大地への激突を免れる。

 前転しつつ受け身の体勢で着地した俺は、俺の姿を探しているドラゴンを他所に再び走り出す。


 生きているだけじゃ変わらない。現実に流されるだけじゃ変わらない。悩んで立ち止まるだけでも変わらない。自分を責めても変わらない。

 しかし、俺は諦めない。

 変えられるはずだ。

 今こうして、これまで何もしようとしてこなかった自分が、現実に流されていただけの自分がこうして何かを変えようと足掻いている。

 でも、今のままでは変えられない。

 確かに成績は修めたし、表面的なことは確実に積んできた。しかし、自分の在り方を変革させるような一歩を踏み出すことはしてこなかった。


 どうして今気が付いたのだろう。

 どうしてもっと早く気が付かなかったのだろう。もっと早く気が付いていればあるいは…………いや、そうではない。

 今だからこそ、今の自分が気づくべくして気が付いたことなのだ。


 つまり、この運命を変えられるとするならば――――。


「変えられるとするなら、今を受け止めその先に一歩踏み出すこと! 振り返って悩むだけ自分は過去に囚われる。過去を憎むことは自分を否定することなんだぞ。そんなことしてたら明日は見えねぇ! 人生ってのは! 受け身でも流されてもいけねぇ。自分の足で、自分の心で明日を選ぶことなんだっ!!」


 その瞬間だった。


 突然、俺の左腕の甲が眩い光を放った。


《こ、これはっ!!?》


 光は一層強く輝き、脈打つたびにその強さを増していく。

 視界の隅でドラゴンが動きを止めたのが分かる。

 見ると、俺の左手の甲にある「不死の呪い」の刻印がゆっくりとその形を変えていく。

 青白かった輝きも優しい黄金の輝きに変わっている。


《契約印!? 何故人間ごときにっ!? さっきといい、いったい何が!?》


 変化した刻印に対しリフリアが驚愕の声を上げ、ひどく動揺した様子を見せる。

 すると、俺の中にその刻印から強い「何か」のイメージが伝わってきた。


 これは――――――。


「うぉおおあああああああああああああああああああ!!」


 刹那。

 俺の両手の中に輝く長くて鋭いシルエットが出現する。

 強いイメージに弾かれたようにそのシルエットを強く両手で握った俺は、その名を叫ぶ。


「――異端ナル魔女ノ纏威ゲルド・マジェス・マキナ――」


 輝く光は解き放たれ、業火の中で煌くは漆黒の太刀。

 降りぬく刃と流星のごとく瞬く金色の軌跡。

 黄金の刻印を携え、その漆黒の切っ先を運命へと突き立てんとする俺は、迸る赤雷の中で、その覚悟を秘めた魂の言葉を口にする。



「俺の運命は、俺の手で覆す!」




どうも、甲賀蔵彦です。一話が長くてすみません。ちょっと力入れたらスタンド超えました。

前回の投稿の後「IDECCHI」さんと「通りすがりの匿名ライダー」さんに感想をいただき、とても喜んでおります。ありがとうございました。また、現時点でブックマーク者が三人と、まずまずの出だしを切ることができています。これもみなさんの応援のおかげでありまして大変感謝しております。

さて、最新話でしたがいかがだったでしょう? 主人公がホリホリされているだけでなく、ようやく主人公らしくなりましたね。剣(?)も出てきましたし。

次回も、更なる急展開とバトル要素が多数盛り込まれた濃厚な一話になる予定ですので、ぜひともお付き合いください。

それでは、また次回お会いしましょう! 今後もよろしくお願いします!


Twitter→ 甲賀 蔵彦@ラノベ作家志望(@soltdayo117114)


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【人物紹介2】

・リフリア ?歳 女

  世界最凶の魔女と恐れられる無情にして冷徹の女。人の感情を弄ぶ。数多の魔法と呪術を習得している。恐ろしく美しい容姿をしており、何度も同じ世界で転生を繰り返している。一つの体につき30年ほど使っては次の体に生まれ変わっている。

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