10.黒の力
「おぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!」
怒声を上げ、俺はフォースレコードのスイッチを押し込んだ。
しかし、
《《ERROR》》
「え?」
起動と同時に流れたのは、「エラー」の音声。
困惑と焦りの中で、俺は何度も何度もフォースレコードの起動スイッチを押す。
だが、フォースレコードが起動することはなかった。
「なんでなんでなんで……」
あまりの焦りに体が震える。
なんで起動しない。不良品か? でもワザワザ不良品を渡すくらいなら、放っておくに違いない。だとしたら、なんで起動しない? なんで? なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで……。
クラクラする思考で俺は考える。
エネルギーが溜まっていない以上、融装の力で戦うことは出来ない。だが、かといってこの状況を生身で打開できるなんてことはない。力が必要なのだ。こうしている間にも、化け物の足音は迫ってくる。
最悪俺なんてどうでもいい。せめてあの子だけは、何とかして助けなくてはならない。拾われない者、報われない者の苦しみ、寂しさ、絶望、孤独感、全て俺の中にある。だからこそ、救わねばならない。あの子の世界に希望を与えないと、あの子の人生は俺に似通った暗く永遠にも感じられる迷宮と化してしまう。そんな思いはさせたくない。あんな苦しみは、俺だけで充分だ。
俺は全身を焦りと緊張で激しく震わせつつ、フォースレコードを握りしめる。
動いてくれよっ!!
その時だった。
グシャリ!
何かを押しつぶす音。
泥を踏むようなベタついた音が周囲に響いた。
「……え」
奴の進行方向に踏み潰すものなど、一つしかない。
それはーーーーーー
「あぁ……。あああ……、そ、んな……」
答えを知ると同時に、口から情けない声が漏れる。
バケモノの足元で大きく広がる紅い花は、もう還らぬ叫びを強く激しく訴えかけているように朱く緋く咲く。
悔しさ。いや、そんな言葉では言い表せない激情が、心の内からフツフツと湧き上がる。
還らぬ命に対する悲しみと、救えなかった叫びへの懺悔。
俺は自己嫌悪だけでは抑えられない上に、行き場の無い感情が込み上げ、歯をくいしばる。
数メートル先には、何かを踏み潰した違和感で立ち止まるバケモノが不思議そうに足元を眺めていた。
許せない。
まるで蟻を踏むかのごとく無意識に。無情に。何気なく。
さらには、殺したことすら気づかない。
許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない。
別に蟻を潰してしまうこと、己の無意識に弱者を押しつぶしてしまうことは仕方がない。でもそれは、生を全うするが故に進むべくして潰すことであって、けして何かを嬲るため何かを傷つけるための過程にあってはならない。
俺は強い怒りの中で、両腕の甲が熱を帯びるのを感じる。
熱さを通り越し僅かに冷たさすら覚えた時、俺はようやくその事実を認識した。
見ると、そこには久しく見ていなかった呪いの刻印が浮かび上がっている。
《……耐えきれなかったか》
リフリアのどこか諦めたような声。
刻印は、脈打つごとに熱さと重さを増していく。
俺は理解する。
しかし、拒みはしなかった。
……もういっそのこと、全て吹き飛ばしてくれ。
これはいけない。ダメだ。そう思うどこかで、僅かに芽生えた投げやりな感情が引き金となった。
刹那。
「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
俺は、絶叫というよりも、悲痛な叫びと呼ぶ方が相応しいであろう咆哮をあげ、両腕から「死の風」を解き放った。
数多の感情と同時に流れ出す呪いの波は、以前よりもずっと濃い黒として溢れ出す。
その時だった。
突然、俺の手の中に握りしめられるフォースレコードが、紫色の怪しげな光を放つ。
すると、途端に溢れ出した「死の風」が一斉にフォースレコードに吸い込まれていく。
そして
「これは……」
俺は、手の中で変化を遂げたフォースレコードをまじまじと見つめた。
透明色だった表面塗装は黒いメタリックカラーとなり、ところどころに脈動する赤いラインが走っている。
脳裏に、ガイアフィリップの「上手く使えよ?」という言葉がよぎる。
こういうこと……なのか?
俺はキッと表情を引き締めると、顔を上げた。
バケモノは、突然の出来事の連鎖に動作を停止している。おそらく様子を伺っているのだろう。
ゆっくりと立ち上がった俺は、左腕に装着してあるデバイスと、手中のフォースレコードを交互に見やる。
俺の心は冷えきっていた。
おかげで今俺が一番自身に求めている行動、つまり無駄なことは一切ない単純な目的が、ハッキリと理解できた。
「殺してやるよ」
冷ややかに響く一言を呟き、俺は前方に突き出したフォースレコードを起動させる。
《《AVENGER》》
低く濁った電子音声が響き、フォースレコードから赤い雷が迸る。
俺は無表情のまま、フォースレコードを新型らしいそのデバイスに装填した。
《《SLOT ON》》
エレキギターをかき鳴らしたような激しい電子待機音が鳴り響き、俺はデバイスの側面にあるレバーに手を添えた。
前方のバケモノは、まだこちらの様子を伺うように硬直している。
俺は鋭い視線で化け物を真っすぐに見つめ、戦いを告げる言葉を口にした。
「力装」
《《BURST》》
引いたレバーに合わせて鳴り響く音声。
デバイスから身体に流れ込んだエネルギーの振動が、俺の身体を震わせる。
ドクンと何かに殴られたような激しい振動と同時に、肉体に激しい赤雷が放電を始めた。
これまで以上に激しいエネルギーの流れが、俺の全身を駆け巡る。
まるで全身の血管という血管を無理やり押し広げられているような、凄まじい激痛が俺を襲う。
「うううぅぅぁぁああああああああああああああああああああああああ!!!」
《《NEO・TRANS! THE・UNITE・OF・MAGIC! FORCE・AVENGER!!》》
俺の絶叫とシンクロするように電子音が響き、放電する赤雷がハッキリとしたエネルギーのエフェクトを形成する。
エネルギーエフェクトは二重のリングの形をとり、俺の身体の周囲に漆黒の装甲を出現させた。
「ああああああああああああああああああああああああ!!」
激痛の続く身体に、俺は絶叫を上げ続ける。
体表に形成されていくアンダースーツは、俺から溢れるエネルギーに耐えきれず粉々に崩壊してしまう。
「うらぁああ!!!」
痛みを振り切るように、気合の一声を上げた瞬間、俺の身体に装甲が直接装備された。
刺々しい悪魔を彷彿とさせるその姿は、ギラリと煌き怪しく佇む。
装甲面の奥で低いうめき声を漏らす俺は、ゆっくりと顔を上げた。
その瞬間、バケモノが動く。
その行動は攻撃ではなく退避。
何かを感じ取り、背後に飛び退いたバケモノだが、俺はすでにその背後にいた。
「おせぇなぁ」
「!?」
気が付いたときには背後に移動していた俺の存在に、バケモノが目を剥くのがわかる。
俺はその背中を躊躇なく蹴り飛ばした。
衝撃の風圧と、ソニックムーブの如く吹き飛ばされたバケモノが、民家の壁に叩きつけられる。
そのまま壁を貫通したバケモノは三軒ほど民家を貫通し、ようやく止まった。
土煙の中でグッタリと四肢を投げ出すバケモノを見て、俺はコキリと首を鳴らす。
「立て。こんなもんじゃねーだろ……」
俺はそう言って、自身の顔の前で拳を握りしめた。
×××××
『ナンダ……アレハ……』
ブルーメネシスは眼下に広がる光景に、そんな呟きを漏らした。
街を一望できる塔の上に、ブルーメネシスはゆっくりと腰を下ろす。
眼下では、黒い鎧を纏った少年がバケモノと戦っている。
ブルーメネシスにとって、あの黒い鎧が何かはおおよそ想定できるものであったが、あの異常なまでの戦闘力飛躍と性格の変容は記憶に無いものとして写った。
『おやぁ? もう再装着できるまで回復したのかぁ。やるねぇ。さすがは相棒ぅ』
不意に響いたガイアフィリップの声に、ブルーメネシスは小さくため息をつき振り返る。
『シラジラシイ。キサマノヨコシタ、ポーションノチカラダ。ココマデキュウゲキナカイフクリョクヲモツモノハシラナイ。 ナニヲノマセタ?』
『さぁねぇ? 何のことだかぁ』
如何にもと言わんばかりのはぐらかしに、ブルーメネシスは首を捻った。
『マァ、イイ。ソレヨリ、ナンダアレハ?』
そう言ってブルーメネシスは、親指でクイと眼下の少年を指す。
ガイアフィリップは、眼下で咆哮をあげる柚賀少年を見る。
少年は、民家に突っ込んだバケモノを無理やり引っ張り出すと、その腕を掴んで振り回し地面に叩きつけた。
激しい破砕音と、砕け散り舞い上がる路面。
柚賀少年は「オラ、どうしたぁ!」と苛立ちの篭った声でそう叫ぶと、バケモノの腕をアッサリ引き千切る。
声にならない絶叫をあげるバケモノを蹴り飛ばし、少年は引き千切った腕を投げ捨てた。
少年は五月雨の如く降り注ぐ鮮血を被り、どこか心地良さげな表情を浮かべる。
実に体格差6倍の相手に対し、これほどまでに圧倒的な戦いを見せる少年は、はたからみれば悪魔以外の何者でもない。もはや、狂気の存在であった。
そんな光景に、ガイアフィリップは「フッ」と笑い声を漏らす。
『俺が柚賀の坊やに渡したのは、新型のマジェストランサーシステム「ヘイトダイバー」だぁ。お前はおそらく、俺たちの使う「フォースアクセラレータ」の後継機を想像してたんだろうが、あれはそんな生温いシステムじゃぁない』
どこか嬉しそうなガイアフィリップは、視線の先で戦う少年を見る。
柚賀少年は、振り下ろされた拳を片手で受け止めると、あっさりと押し返す。
押し返されたバケモノは、再度壁に衝突。
凄まじい衝撃が、瓦礫を散らし土煙をあげた。
間髪入れずその目前に迫った少年は、化け物の頭をつかみ地面投げつけるようにして叩きつける。
地面にめり込むバケモノと、陥没する大地。
咆哮をあげる少年にパチパチと拍手をおくり、ガイアフィリップは続けた。
『「ヘイトダイバー」は、フォースレコードの力を無理なく調整して装備する元来のものとは違って、フォースレコードの全エネルギーを肉体の負荷に関わらず感情のままに引き出し融合させるシステムだぁ。まだ、未完成だから少しだけアンダースーツが見えたような気がしたが、完成した姿はあの通り肉体に直接アーマーが纏われているだろぉ? アンダースーツは、アーマーから流れ込むエネルギー量を肉体に負荷がかからない程度に調整する役割があるからなぁ。スーツを取っ払い、アーマーの安定性を向上させた結果、あぁなるわけだぁ』
自慢げに話すガイアフィリップを、一瞥しブルーメネシスは嘆息する。
『ホゥ。デ? ドウスルツモリダ? ドウミテモ、アレ。ボウソウシテルダロ。アキラカニジンカクガクルッテヤガル』
その言葉に、ガイアフィリップは声をあげて笑う。
『おやぁ? まさか、お前。あれを止める手段を考えてんのかぁ? よく見ろよぉ。まだ、決着はぁ、ついてねぇぞ?』
次の瞬間。
凄まじい轟音が響き、柚賀少年が弾き飛ばされる。
!?
ブルーメネシスは、何事かと身を乗り出す。
弾き飛ばされた柚賀少年は、空中で体勢を立て直し壁を蹴る。
しかし、突き出した拳はアッサリとバケモノに受け止められてしまう。
『はじまったかぁ』
ガイアフィリップの言葉と同時に、不意にバケモノの背中にひびが入る。
そして――――――――――――――
「wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!」
野太い声をあがり、バケモノの亀裂が広がったかと思うと、そこから全身紫の阿修羅観音のような生き物が脱皮する。
危険を察したのか、大きく後退する柚賀少年。
皮を脱ぎ捨てた阿修羅観音もどきは、三つある頭をそれぞれゴキリゴキリと捻る。
「……みえる……きこえる」
その口から放たれた言葉は、僅かなぎこちなさは残るものの、確かに人のそれと同じものだった。
ガイアフィリップは、両手を広げて歓喜の声を上げる。
『実験は、成功だぁ!!!』
久々の投稿です(^^♪
うん。この篇は、あと一話くらい続きます。
Twitter→soltdayo117114