三幕【歪んだ敬愛】
【前回のあらすじ】
久しぶりに幼馴染と遊べる機会。
新たに加わった蒼とありすも含めた五人で遊び行く悠真達。
普通に遊んでいたはずだったのが気づいたら夜の教室で席に座っていた。
敵の幻術にかけられていたらしく、敵の正体もわからない。
そこにボロボロになったフェンリルが現れ……。
ロキが攫われた次の日。
俺達は放課後に魔術研究会に集まっていた。
そこには俺達五人の他に、元気がないロキ一派の三人、ヘル、フェンリル、ヨルムンガンドの三人がいた。
蒼が俺たちを集めたということは敵の情報や決戦の準備が整ったということだろう。
俺は昨日言われた、本当に守りたいものの答えは出ていない。
それでもロキの一件の時に俺はこいつらと本当の仲間になりたいと思ったんだ。
その思いは今でも変わっていない。
例え失うものがあっても、俺の存在が迷惑になったとしても、俺はこいつらと共に居たい。
自分勝手な答えだろう。
でも今までみたいに仲間外れになるのは嫌だったんだ。
その決断がどんな結末を迎えたとしても―
―ヴァルハラの戦神―
二章 三幕【歪んだ敬愛】
「それで?何かわかったのか?」
俺は皆が揃うのと同時に話を切り出した。
敵はわざわざ俺達を足止めするくらいだ、事態は急を要している可能性がある。
「敵の正体は未だにわからん。だが状況から神殺しの英雄が関わっているのは間違いないだろうな」
「でも集めたってことは何かしらの進展があったんだろ?」
「おそらく敵の結界らしきものの反応があった。その中で何かをしているのは間違いない。ロキを殺すだけならもう事は済んでるはずだが、敵はロキを使って何かをするつもりなんだろう」
「……そうか」
神に対しての知識が不十分な俺にはロキを使って何をするかなんて想像もつかない。
それに俺はまだロキの事を許したわけではなかった。
ロキを助ける意味はわからない。
だが蒼や神達の事情もあるんだろう。
「悠真、そんな顔するな。お前の気持ちはわかる。それを踏まえて、お前はどうするつもりなんだ?」
蒼が優しい笑顔で問いかけてくる。
俺の思っていることはお見通しなんだろう。
「……行くよ。俺も行く。ロキの事も、蒼が言った本当に守りたいものの事もわからない。でもここで俺は行かなかったらこの前の事はなんだったんだってなる。中途半端にはしたくないんだ」
「……………わかった。じゃあ敵の場所に乗り込むのは俺とありす、君丈と悠真、そしてヘルだ」
「おい、ちょっと待てよ!俺達にはいい子で留守番してろってか!」
蒼が決めたメンバーに食いついたのはヨルムンガンドだ。
能力を封じられているロキ一派を連れて行かないのは理解できる。
だがそれならなぜヘルを連れていく?
俺にはむしろそっちの方が疑問だった。
「悪いな、今のお前らじゃ足手まといだ」
「じゃあなんでヘルは連れてくんだ!てめぇも人質か!?あ!?」
「そんな物騒な事しねぇよ……。敵は幻術や結界に長けた相手だからだ。本当はフレイヤを連れていきたいところだが、そうなるとお前らの守りやいざという時の手立てがなくなる。それに幻術や結界に関してはフレイヤよりヘルの方が適任だしな」
未だに神達の優劣順序はわからない。
俺からしたら眷属のヘルより神であるフレイヤの方が力に長けているように思えるが、現実はそうじゃないらしい。
そういえばロキと戦った広い洞窟もフレイヤの神器とヘルの力を使ったと言っていた気がする。
そう考えると眷属ってのは神と同じような力を得られるのだろうか。
「那覇、落ち着いて。私は大丈夫だから。そもそもこれは私達の問題。遼平を……ロキを助けるのを手伝ってくれるならもちろん私は力を貸すわ」
「っ……でも、じゃあそこの人間はどうなんだよ!俺達が足手まといならその人間はもっと足手まといだろ!」
ヨルムンガンドの言う事は至極真っ当だ。
だからこそ俺はこの問題に口出しができない。
きっと蒼達は俺を全力で守ってくれるだろう。
それに甘える気はないが、今俺がそういう立場だということは俺自身が一番わかってる。
「諦めなよ那覇。それにさ、そこの悠真?だかって奴は俺が命を握っているにもかかわらず不意打ちを食らわせようとした図太い神経の持ち主だ。ロキだってそいつの不意打ちでやられたんだろ?なら今の俺達より役に立つかもしれない。そういうことだよな、オーディン」
「お、おう、そう、だな」
突然のフェンリルのフォローによって蒼も驚きを隠せないようだった。
よくわからないが、フェンリルは少なからず俺のことを認めてくれているようだ。
「葉月まで………うぅ……くそぉ!わかったよ!待ってりゃいいんだろ!その代わり、絶対に遼平を助けて来いよ!おめおめ逃げ帰ってきたら、その時は俺様がてめぇら全員食い殺してやるからな!」
「あぁ、約束だ。ロキは必ず助ける」
「ふん」
「うちの那覇がごめんなさい……。あなた達には迷惑をかけたのに……でも、お願いします……ロキを……助けてください」
ヘルが頭を下げると、フェンリルもそれに続いた。
それを見たヨルムンガンドも嫌そうに頭を下げる。
ロキを助ける理由は俺にはわからない。
だが、目の前の素直な願いを無下にするつもりもない。
俺に何ができるかわからないが、今は全力でロキを助ける事に集中しよう。
「よし、じゃあ行くか。縷々ちゃん、神器を使わせてくれ」
「はいはーい!やっと私の出番だよ~!神器スキーズブラジリアンでちょちょいとゲートを作っちゃいまーす!」
「【スキーズブラズニル】な」
君武に突っ込まれながらも、縷々が大げさに手をあげると、目の前には長方形の扉のような空間が現れた。
そこは明らかに現実にはない空間で、パッと見て異次元空間とわかる。
と言うか眷属って神器使えるのか。
フレイヤは縷々の二重人格的存在だから使える……とか……?
今度そこら辺も詳しく聞いてみるか。
神殺しの英雄やら神器やら神と眷属の関係やら、俺には知らないことが多すぎる。
「縷々ちゃん、フレイヤと一緒にこいつらの事守ってやってくれ」
「まかされたり~!みんなも気を付けてね?あと、悠真君は無理しないように」
「わかってるよ。蒼が危険だって言ってるとこ連れてってもらうんだ。無理はしねぇよ」
「……約束だからね」
本当は縷々も一緒に行きたいのかもしれない。
いや、それ以前に俺に行ってほしくないんだろう。
でも縷々は俺に神の事を伏せていた事実がある。
だからきっと俺がこの件に関わる事に無理に反対できないんだろう。
縷々の気持ちは痛いほどよくわかる。
だからこそ、いや、だからなおさら俺は知らなきゃいけないんだ。
神の事、神の事情の事を。
これは俺のエゴだ。
こうでもしないと、俺はお前らと今後やっていけない。
そんな気がするんだよ……。
◇◇◇
ゲートを抜けるとそこは見覚えのある場所だった。
そこは俺がありすが因縁のある場所、考え事をしていたら迷い込んでしまった時に辿り着いた場所。
不良達が占領している廃工場だった。
敵は不良グループの誰かとも思ったが、その考えは一瞬で覆される。
「これはこれは先輩方。そんなたくさん引き連れて、今日は何の御用ですか?」
廃工場の瓦礫の上、かつての工場の残り物の山、つまりゴミ山の上でその人物は俺達を見下ろしていた。
そしてその横には魔法の文字のようなものがぐるぐると回り浮遊する半透明な球状の物体。
その中にロキは横たわっていた。
「まさかとは思ったが……お前だったのか」
君丈がゴミ山の人物を睨みつけそう言った。
「君丈の知り合いなのか?」
「サッカー部の後輩だ。名前は京極翔太。一年のエースだ」
サッカー部だと?
以前に蒼はうちの学校には何かがあると言っていた。
これもそのうちの一つなのだろうか。
俺の身近、幼馴染が二人とも神だった。
そこに一年生として転校してきていたロキ一派。
さらには神殺しの英雄と呼ばれる存在まで入学していた?
神の事情は俺にはさっぱりだ。
だが、蒼の言い方的にはこれは異常なんだろう。
「あぁ、君丈先輩も来てくれたんですね。嬉しいなぁ……憧れの先輩に僕の勇姿を見て貰えるなんて」
君丈を見て嬉しそうにする京極翔太。
あまりにもその光景は異常だった。
憧れと言ってはいるが、明らかにこっちの意思は尊重してくれそうにない。
こいつは、歪んでいる。
「翔太、何の目的でロキを捕まえた」
「何の目的?」
君丈の言葉に京極はぽかんとあっけにとられた表情をする。
そこからの京極は異質そのものだった。
「先輩言ってたじゃないですか。全国大会よりも優先すべきことがあるって。それってこいつのせいですよね?こんなのが先輩の邪魔をするから先輩は大会を諦めたんでしょう?でも大丈夫ですよ先輩。僕が邪魔者は排除しますから。」
理解不能だった。
こいつが神殺しの英雄ということは神の関係者ということだ。
だからロキを狙ってるんだと思っていた。
だがこいつは君武がサッカーの大会に出ないといったからロキを殺すと言っているのだ。
それは手のひらを返せば君丈のせいでロキは犠牲になるという事だ。
ロキは確かに俺達に迷惑をかけた。
被害こそ最終的になかったが、それでも俺はその事でロキを許すつもりはない。
だけど、それは俺らの問題であって、こいつに何かを言われる筋合いはない。
しかも京極が言っているのは自分の思った通りに行かないからという、ただの子供の駄々っ子じゃないか。
それはあまりにも理不尽すぎる。
「お前ふざけんなよ。君丈の後輩だか一年のエースだか知んないけどな、そんな理由でこんな事するのはおかしいだろ。それに君丈は君丈だ。お前が君丈の行動を決めてんじゃねぇよ。お前のはただの押し付けだろうが!」
「悠真!危ないから下がって!」
つい怒りに身を任せて前に進んでしまった俺をありすが止めに来る。
ありすが止めなければ俺はこいつを一発ぶん殴りにさらに前に出ていたかもしれない。
「はぁ……あのですね、あなたは君丈先輩がどれだけの才能にあふれているか知らないんですよ。君丈先輩はいずれ世界にも進出できる人材……だからこそこんな所で止まっては―――」
「悪いな、俺は世界なんぞに興味はない。サッカーだって今しかやるつもりはない。お前の望みは元々叶わないんだよ」
君丈の言葉に京極の顔は驚愕に染まっていった。
「な、なにを言っているんですか!あなたは世界に出なきゃ駄目だ!僕がこうやって興味のない神の力まで使っているんですよ!?それを無駄にするんですか!?」
君丈の為、なんて言ってはいるが、どこまでもこいつは自分の事しか見えていない。
俺はさらに腹が立ってきた。
「僕のこの力、ジークフリートって言う力らしいですね。昔変な宗教の団体みたいな人達が言ってました。でも僕は今まで興味すらなかった。生きているのすら何の意味があるのかわからなかった。僕は何のために生まれたんだろうって。もしかしたらこの力のせいなのかもしれないですね。でもそんな時です。僕は君丈先輩に出会いました。あなたがこの神として存在するのが無価値な世の中でサッカーをする姿が輝いて見えたんです!あんなに楽しそうに、そして感動すら覚えるプレイはまさに希望となりえた!あぁ、僕はこの世界で生きていていいんだ、楽しんでいいんだと心からあなたを見て思ったんですよ!あなたは僕のような存在の希望となりえる!いずれ世界に羽ばたいて皆の希望になりえるんですよ!?だから僕はあなたの邪魔をするものを許さない!僕はあなたの味方なんです!このロキとかいう神は君丈先輩を困らせたんですよね?こんなやつが君丈先輩の何になるというんです!?こんなやつ殺してしまった方がいいんですよ。なのに……なのになんでこいつを庇おうとするんですか!こいつは敵ですよね!あなたを邪魔する敵だ!だから僕は―――」
「翔太、もう一度言う。俺は今しかサッカーをやるつもりもないし、ロキを排除しろと頼んだ覚えも、そんなことしてほしいとも思わない。むしろ俺の事を思うなら今すぐロキを解放しろ」
京極翔太は狂っていた。
それは敬愛なのかもしれない。
でもそれは歪んだ、あまりにも歪んだ敬愛だ。
「……………………………あぁ、そうですか。そうなんですね。君丈先輩の周りがそうさせるんですよね。だから思ってもない事を言ってしまうんだ。やっぱり幻術にかけた時に殺しておけばよかったかなぁ。なぁ、桂木悠真だっけ?お前だよな?君丈先輩に余計な事を吹き込んでさぁ。ただの人間のくせに。先輩の周りをちょろちょろと。君丈先輩の横には僕がふさわしいんだよ」
―お前、死ねよ―
矛先が俺に向いた。
先ほどまでと違って後ずさりしてしまいそうなほどの圧迫感。
俺を邪魔者の一人として神の力で排除する気なんだろう。
「おい、俺の事言う分には何を言ったってかまわない。だが俺の親友の悠真を侮辱したり手を出そうってんなら話は別だ。お前の根性叩き直してやるから今すぐ下に―――」
バチッ。
電気のような音がした。
君丈は俺を守るために近づいてこようとした。
だが先ほどの位置からさほど変わっていない。
見えない何かに阻まれたのだ。
「結界だと……?でも悠真とありすは……」
蒼が君丈の様子を見てすぐに目の前を確認し始めた。
どうやら俺とありす、蒼と君丈とヘルの間には結界の壁があるようだ。
つまり俺とありすだけが結界の内側にいる。
困惑する俺達を見て京極は笑ってみせた。
「あははははは!!無理ですよ!あなた達神がここに来ることを想定していないとでも思ったんですか?これは神だけが通れない結界ですよ!あ、ちなみに無理に壊そうと思わない方がいいですよ?この結界、あなた達が助けようとしているロキの命で作ってるので。つまりそれを壊すとロキも死んじゃうんですよ!まあどのみち僕が殺すんですけどね!あはははははははははは!!!!」
あざ笑う京極。
俺と君丈は怒りで血が上っていたが、蒼は冷静に結界を触って確かめていた。
「あいつ、俺の知ってるジークフリートとは違いすぎる。昔からジークフリートは変わったやつが多かったが、あいつは異常だ。悠真、ありす、こっちに戻ってこい。あいつは危険すぎる」
俺とありすは京極を警戒しつつ結界の外に出ようとした。
だがそれを京極はさらにあざ笑った。
「あはは、無理ですよ!この結界、入ったらロキが死ぬまで出れませんよ。あ、それと、そこの悠真とか言う人殺すことにしたので。まぁ、止めたいなら……ロキを殺してください」
京極の顔は歪んだ笑みでいっぱいだった。
本当に君丈の為と思っているのか、俺達とは考えている常識があまりにも違いすぎる。
「オーディンの眷属のありすさんが入れるなら私も入れるはずです!私も一緒に戦います!」
「待ってくれ。君も力は制限されてるんだ。それよりヘルの力でこの結界を解析して解除する方法を見つけてくれ」
「……わかりました」
「それと悠真、これを受け取れ」
蒼はポケットから小さな何かを取り出し、俺に投げた。
結界に一瞬弾かれそうになったのか、少し軌道はずれたが、無事俺はそれを受け取る。
「SAチップ?またフレイムアローみたいなやつか?」
「それは簡単に言うとオーディンチップだ。俺の力を一部封じ込めた。それを使って少しの間耐えてくれ。ありすと同じ眷属用の防御結界も入ってるからそう簡単にやられたりしないはずだ」
俺は即座にスロットにチップを差し込んでインストールを試みた。
「オーディンチップ、インストール。オーディンチップ起動」
インストールは即座に終わり、そのまま起動させると、蒼が持っていた槍に似たものが現れる。
以前見たものは光っていた槍だったが、俺の手元に今あるのはきちんと形がある鎗だ。
オーディンの槍、グングニルはたぶん力を奪うような能力があったはずだ。
ロキ達と戦った時に槍が刺さっても傷はなく、だが蒼は回復した的な事も言っていた。
つまりグングニルは敵の力を奪う槍。
だがこの槍に同じ力があるのかはわからない。
槍と同時に自分の体が軽くなる感覚と、何かに守られているような力を感じる。
これがおそらく防御結界だろう。
「何をしても無駄だとは思いますが。まあすぐに死んでしまっては面白くないですし。せいぜいあがいて頑張ってみてくださいよ」
ゆっくりとゴミ山から下りてくる京極。
いや、もう目の前の人物はただの学生ではない。
神殺しの力を持った英雄、【ジークフリート】と呼んだ方がいいだろう。
「来いよ、バルムンク」
ジークフリートが名を呼ぶと、手には一本の剣が現れる。
それを見てありすも態勢を整えた。
「兵装!」
ありすがそう叫ぶと、ありすの体が一瞬光に包まれ、軽装の鎧を纏った騎士の姿に変わった。
手にはオーディンのものとはまた別の槍。
それに加え、切ったはずの髪が伸び、茶色がかった髪が透き通るような金髪へと変わっていく。
君丈の兵装や、フェンリルやヨルムンガンドが見た目を変えて戦っていたのは以前にも見ている。
だがありすの兵装は初めてだった為、少し目を奪われてしまった。
「……何見てるのさ。あ、髪が前のまんまか。ってそんな事より来るよ」
ありすの声で俺は気を引き締める。
ジークフリートは一気に距離を詰め、俺とありすに同時に斬りかかってきた。
俺はそれをかわし、振りかざされる剣をなんとか槍ではじき返す。
SAを持っているからと言って戦闘訓練をしたわけではない。
というかそもそも戦闘に使うものでもないのだが。
それでも俺の体は不思議とジークフリートの動きに合わせて反応し、持ったこともないはずの槍できちんと応戦できている。
これもオーディンチップの力なんだろうか。
「ははっ!いいよ!やるじゃん!これなら少しは楽しめそう!」
縦に、横に、容赦なく振り下ろされる剣を、距離を保ちつつ槍で捌いていく。
俺は自分を守るのに必死だが、ありすは隙があれば攻撃を仕掛けていた。
だがジークフリートは余裕の笑みで全てを捌ききっている。
つまり実力差は明白だ。
そもそも【神殺し】なんて言われる力を持っているジークフリートに眷属であるありすと、神の力を借りているだけの俺の二人じゃ敵うはずがない。
結界の外では歯痒そうにしている蒼と君丈。
そして結界を必死に解析しようとしているヘルが見える。
俺とありすは何もこいつに勝つ必要はない。
ヘルが結界を解析してどうにか蒼と君丈がこの中に入れればいい。
それまでの時間稼ぎだ。
「ねぇ先輩。君丈先輩と離れてくれるなら、あなただけは見逃してあげてもいいですよ?」
ジークフリートのバルムンクと俺のグングニルもどきが交差し、つばぜり合いになった時、ジークフリートはそう呟いた。
だが俺はそれを全力ではじき返し―
「お前の言う事なんて聞かねぇよ。俺も君丈も自分の事は自分で決める。お前の思うとおりになんでもかんでも事が運ぶと思うな」
俺はジークフリートに槍を何度か仕向けた。
余裕の表情でそれを難なくしのぎ切るが、その油断のせいで隙は多い。
「ありす!」
「わかってる!」
ありすが背後からジークフリートを強襲。
それが弾かれることも折り合い済みだ。
だが俺の槍がグングニルに似た性質を仮に持っていたとしたら、当たれば少しは相手の力を奪えるはずだ。
槍の一撃はこちらの意図に気づき、間一髪で避けたジークフリートの頬をかすめる。
距離を置いたジークフリートの頬からは一筋の血が流れ出ていた。
「いたいなぁ。あは、楽しくなっちゃって障壁張るの忘れてた。あはは」
言葉は笑っているが、その表情には笑みはない。
滴る血を舐めとり、口元だけ笑って見せるジークフリート。
攻撃を当てたことにより少し怒らせたようだ。
気迫を抑えることもなく、むしろ増していく気迫。
俺の予想は外れていたのかもしれない。
よろよろと不自然に体を揺らめかせた次の瞬間、ジークフリートはありすに猛突進していく。
ありすはなんとかそれを受け止めるが、その衝撃と勢いでありすは押されていく。
壁にぶつからずになんとか踏みとどまったが、俺との距離は離されてしまった。
俺はありすの救援に向かった。
◆◆◆
このままじゃやばい。
優斗がオーディンの力を分け与えたとか言ってたからグングニルの一撃は有効だと思っていた。
だが頬をかすめたジークフリートはむしろ力を増してきた。
あの槍には力を奪う能力がないのか、それともジークフリートがそれを上回る力があるか。
どちらにしろ作戦は失敗だ。
悠真の力は私と同等くらい。
だが悠真は戦闘訓練を受けていない。
私も実践の経験はこの前が初めてだ。
そんな二人が目の前の神殺しに勝てるだろうか。
無理だろう。
おそらくジークフリートだってこうやって戦ったことなんてないはずだ。
だが力が圧倒的に違いすぎる。
ヘルガ結界を解析するのが先か。
私達が力尽きるのが先か。
圧倒的後者だ。
だが悠真だけは守らなくては。
巻き込んだのは私なんだ。
責任は取らなくてはならない。
ジークフリートが私に集中してくるならそれはそれで好都合。
意識が朦朧としようと、体が動かなくなろうと、悠真だけは守り切って見せる。
ジークフリートの剣を受け止める中、私は心の中でそう考えていた。
そんな中、ジークフリートはこう語りかけてくるのだ。
「ねぇ、面白いこと思いついたんだけどさ」
「それはきっと、私達には面白くないことね」
狂気じみてる敬愛を見せるジークフリートの【面白い事】。
それはきっと私達には絶望につながる行為だと容易に想像がつく。
そもそもジークフリートは神殺しの英雄。
いま私達が戦えているのはこいつの気まぐれにすぎない。
この上で何かをしようとして止められる力は私達にはない。
今だって剣を防ぐので精一杯だ。
今の一撃で全身が悲鳴をあげているくらいなのだから。
「悠真先輩だっけ?あれさ、最近のSAとかいうやつだよね?それでなんで神の力を使えるのか知らないけど、その力の源があの右手のSAならさ……それ、ばっさり斬り落としたら、どうなるだろうねぇ?」
気味の悪い笑顔で平然とそう言いのける。
自然と私の顔から冷汗が流れた。
焦りを隠せない。
必死に表情を押し殺そうとする。
だが目の前のジークフリートの顔はさらに笑みを深くした。
おそらく私の顔は驚愕と悲壮感を合わせた顔をしているだろう。
悠真が危ない。
そう思ったのも束の間。
先ほどの鍔迫り合いが嘘のように何倍もの力で私は弾かれる。
私は後方にあったコンテナに思いっきり叩きつけられてしまった。
「かっ……はっ……………ゆう…………ま………」
身体が軋む。
とっくに限界を超えている。
でもここで倒れるわけにはいかない。
だが私が吹っ飛ばされたのを見て悠真はさらにジークフリートに一直線に突っ込んでいく。
その気持ちは嬉しい。
でもそいつの狙いは悠真、あなたなの。
だからやめて。
それ以上近づかないで。
悠真、逃げて!!!
言葉は発せられることはなく。
祈りも届かない。
悠真はジークフリートに斬りかかった。
だがそれを平然と避け、剣を構えるジークフリート。
優斗の叫ぶ声が聞こえる。
君丈君の叫ぶ声が聞こえる。
驚愕に震えるヘルの表情が見える。
悠真の右手は、肩からばっさりと斬り落とされてしまった。
「ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
叫んだのは悠真ではない。
私だ。
軋む体を奮い立たせ、ジークフリートに突進していく。
だがそれをものともせずにまた強烈な力で払いのけられてしまう。
私の体は倉庫の壁にぶち当たった。
「がっ………っは…………」
身体が動かない。
神の力で守られているとはいえ、限界はある。
それに相手は神殺し。
私のヴァルキュリアの守護にどれほどの効力があるだろうか。
生暖かい液体が体を這う。
地べたに横になった私の身体は、指先までも力が入らない。
霞む目で見えるのは悠真の近くで高笑いをするジークフリート。
悠真は斬られた腕の痛みで失神しているようだ。
悠真の下には大量の鮮血。
今すぐにでも強力な回復魔法を使わない限り、悠真はもう助からないだろう。
結界は……まだ解かれていない…………………。
二章
三幕【歪んだ敬愛】
―完―
どうも零楓うらんです。
諸事情でまた更新が止まっていました。
週一の更新が今後できるかは少しわかりませんが、更新した際には見ていただけると幸いです。
神殺しの英雄の正体は君丈の後輩、しかもロキをさらった理由は理解できない敬愛からくるものでした。
やっとまともに戦えたと思ったら無残にやられてしまった悠真。
悠真は助かるのか、ロキを救えるのか、ジークフリートは倒せるのか……。
次回二章最終幕!