一幕【監視対象】
【前回のあらすじ】
悠真の決意を聞き、フレイヤはオーディンに託されたSAチップを悠真に渡した。
不意を突く作戦が見事に成功し、ロキとの決戦は終了する。
ありすの秘められた思いも明かされ、新しい日常が始まろうとしていた……。
「これだな」
目的の資料を手にし、その者は眉をひそめる。
深夜の部屋で電気もつけず、その者は目的の資料を探しあてた。
資料を手に取り、中をパラパラとめくる。
目的のページを開き、さらに眉間にしわを寄せる。
それは怒りの表情だった。
「こいつ……いや、こいつらのせいで……」
静かに資料を閉じると、その者は部屋を立ち去った
◆◆◆
ラグナロク未遂。
ロキとの決戦から約一週間が過ぎた。
桂木悠真のひと夏の冒険は終わり、今では日常に戻っている。
「優斗!また宿題忘れたの!?君丈君に見せてもらったりしないで自分でやりなさいよ!それに君丈君も優斗の事甘やかさないで!」
新たなメンバーを二人加えた日常は、前よりも騒々しいものだった。
その一人目が姫野川ありす。
俺が神と関わる事になったきっかけの人物。
最初こそ険悪な雰囲気だったが、今では信頼している仲間の一人だ。
学校に転入したての頃はお嬢様のような雰囲気や話し方だったが、今では秘めたる思いの一件に決着がついたのもあってか素の喋り方に戻っている。
意外とアクティブで口うるさく、何より感情表現の豊かなのが本来のありすの性格のようだ。
俺は正直こっちの方が接しやすい。
長く綺麗な髪も切ってしまい、今では肩上くらいのショートヘア。
前髪も自分で切ったのを直したからかぱっつんのままだ。
最初こそ驚いたが、こちらも似合っているので俺はこのままでいいんじゃないかと思っている。
後は下賤な話ではあるが、学校のファンクラブが一つ増えたらしい。
もちろんありすのファンクラブなわけだが、今までは学年のアイドルは埜口縷々、俺の幼なじみが一強だったのが、ありすと縷々で二分化されているらしい。
しかも聞くところによると巨乳派と貧乳派という分け方もされているそうで……。
もちろんありすは貧乳派だ。
「ん?なんか今失礼な心の声が聞こえた気がするんだけど?」
ありすは神、オーディンの眷属だ。
だからなのだろうか、時々勘が鋭い。
「まあ胸がないのが好きな奴もいるんだ。気にすんなよ」
「は?優斗、殺されたいの?今すぐ殺されたい?ねぇ」
ありすが表情を無くして見つめるのは蒼希優斗。
こいつがありすの契約した神オーディンだ。
もう一人の新しい仲間が蒼なわけだが、どうにも適当な奴で性格を掴み切れない。
飄々とした性格は幼なじみの君丈と似ているが、君丈は根は真面目だが、蒼の場合は根が真面目とは腐っても言えない。
ありすはこの男のどこが好きになったのかわからないが、少し前までは恋心を持っていた。
だがそれも盛大に振られ、挙句に蒼に振り回されて恥ずかしい思いをするという恥辱まで与えられていた。
だがそれも今では吹っ切れたみたいで優斗にもいつもの調子と言うわけだ。
正直オーディンと言う神は俺が知る限り、もっと厳格な神のイメージだった。
だからこそ蒼がオーディンだと言うのは信じられていない。
神としての実力も力を失っている蒼しか見ていない為、今の所神様としては見れないのが現状だ。
「宿題くらい大目に見てやってくれありすちゃん……庇いたくはないけどよ、こいつはこいつなりにこの前の後処理とかやってんだよ」
新庄君丈、俺の幼なじみ。
昔からの仲だが、まさかこいつが雷神トールだとは最近まで知らなかった。
ロキの一件で俺の幼なじみ達が神だという事が露見したのだ。
だからと言って俺が接する態度は変わらないが、それでも聞かされた当初はかなり戸惑ってしまった。
君丈の力はロキ戦で見ている為、正直神と言うのなら君丈の方が神に見える。
神として戦う時は白く長い髪に変身するが、普段はサッカー部という事もあって短髪だ。
君丈はサッカー部のエースも張っており、女子人気も相当高い。
「ありすちゃん、この二人はある契約を結んでるんだよ~。神の処理を蒼君に丸投げする代わりに宿題を見せるって言う契約を~。縷々的には君丈君もちゃんと神の仕事をするべきだと思うな~」
少し間延びした話し方をするこの女生徒は埜口縷々、俺の幼なじみの一人だ。
縷々も神様で、フレイヤと言う神様らしい。
だが、君丈や蒼と違って縷々自体は人間らしい。
どうやらフレイヤという神は内的人格のような物で、二重人格や憑依の状態に近いらしい。
ちなみに男子人気の巨乳派はもちろん縷々の方だ。
胸の話しはともかく、縷々は元のありすと同じくらいの綺麗な長い髪で、少しくせっ毛のゆるふわ系女子と言う感じだ。
昔はこんなにふわふわして感じでは無く、むしろアクティブで俺と君丈を引っ張りまわしていたくらいだが、縷々も年頃になったのかいつの間にかすっかり女の子らしくなっていた。
「だって神の仕事とかめんどくさいし。別にいいじゃん、俺がいかなくたってオーディン様がいりゃ全て解決するんだからよ」
「そうやって言って、後で困るのは君丈君なんだからね~」
縷々は興味がなくなったのか、自分の席に戻って行った。
蒼はその間も必死に宿題を写していたが、もうそろそろHRの時間なのでその努力は無駄になる気がする。
というか神の力とか使えば問題ないのでは……?
「はーい、HR始めますよー」
「くそ、もう時間か……ここは魔法で時間を止めて……いや、いっそのことを宿題をなかった事に……」
「くだらない事言ってないで現実を受け止めろ。そして先生に怒られなさい」
結果、蒼はありすに引きずられ自分の席に戻らされた。
もちろんその後の授業で怒られたのは言うまでもない。
やはり蒼が神オーディンと言う現実が遠く見えてしまう……。
魔法のような物を使っているのは見ているので、普通の人ではないのだろうが、それならありすも似たような物だ。
ある意味接しやすくて良いと言えばいいのだが……。
そんなこんなで二人増えても俺の日常は継続されていた。
一週間前の出来事が夢だったんじゃないかと思うくらいには。
―ヴァルハラの戦神―
二章 一幕【監視対象】
と、思っていたのだが、その考えは唐突に現実に引き戻されることになる。
「よう人間」
俺は昼飯を買いに購買に向かう途中だった。
後ろから声をかけられ、一瞬他人が呼ばれているのではないとも思ったが、
その声が聞き覚えある声と喋り方だったのだ。
「お前、ロキ……!?」
目の前にはロキがいた。
俺は遠目でしか見ていない為、きちんと姿を見たわけではない。
だが、そのオーラと言うか謎に目の前の少年がロキだと言う確信が持ててしまうのだ。
きちんと記憶を辿っても、背丈が小さく、間近だとこれくらいの身長だろうと言うイメージと重なる。
前に対峙した時は王冠にマントと言う王子のような恰好をしていたが、今は普通に学校の制服だった。
「どうしてここにいるって顔をしてやがるな。そんなの決まっているだろ?俺様の計画を台無しにした貴様らに復讐しに来たんだよ」
不敵に笑うロキ。
その顔から冗談じゃない雰囲気を感じ、俺は一歩後ずさりをしてしまう。
そもそも天界に連れていかれたはずだ。
あれだけの事をしようとしたのに天界という所はロキを放置したって言うのか?
俺はとりあえず周りを確認した。
辺りは普通の学校の昼と変わらない。
つまりここは結界内ではないという事だ。
「復讐ってどうする気だ……今度は一般生徒まで巻き込もうって言うのか」
「はっ!一般生徒?俺様がそんなの気にするかよ!もちろんみなごろ――」
言いかけた所でロキの頭ががくんと下に下がった。
頭には拳がぶつかっている。
ロキの背後からげんこつをかましたのは蒼だった。
「ってぇなオーディン!俺様に向かってなんてことしやがる!?」
「なーにが俺様だ。お前負けたくせに。いい加減認めろ」
「あれが負けだと?俺様の計画はまだ続いている。これで終わりだと思ったらっ―――」
また一つげんこつが飛んだ。
ロキは頭の痛さに身をかがめて頭を押さえている。
「すまんな悠真、驚かせて。ちょうど昼飯の時に言おうと思ってたんだが、ロキ達は俺の監視のもと、こっちの世界に戻されることになったんだ。今のこいつは力も制限されてるから害はない。安心してくれ」
「そう……なのか?」
それにしてはかなりの大口を叩いていた気がするが……。
本当に大丈夫なのだろうか……。
「生ぬるいなオーディン。俺様がそれしき程度の事で策が尽きると思ったか」
「お望みならもっと制限つけるが?いいのか?後、学校でオーディンはやめろ、【水野遼平】君」
「貴様こそ、その名で呼ぶな。俺様はロキだ。それ以外の名は持っていない。やがて世界を支配する神、それが俺様ロキだっ――――」
またげんこつが飛んでくる。
確かに以前のような強そうな感じはなさそうだ。
なんなら俺でも勝てそう。
「おいてめぇら!遼平をいじめんな!締め上げて息の根とめっぞ!」
蒼の背後にもう一人の人物がやってくる。
その見た目には見覚えがある。
ロキの眷属で、大蛇の力を持ったヨルムンガンドの人の時の姿だ。
もう一度見てもやはり女の子のような中性的な見た目をしている。
だが声的にも、服装的にもこいつは男なのだろう。
「よく来たな那覇。いや、我が眷属ヨルムンガンドよ。さあその力を示してこいつらを締め上げてしまえ」
「よっしゃ!やってやるぜ!覚悟しろオーディン!」
段々と呆れてくる俺と蒼。
まあ元気なのは十分伝わった。
だがしかしこれはこれで迷惑ではなかろうか。
「こら!遼平!那覇!これ以上変な揉め事起こさないの!どうせ何もできないんだからいい加減諦めなさい!」
さらに後ろから一人。
だがこの生徒は見覚えはない。
二年生の校章をしている事から、俺と同年代だが、見覚えがないという事は隣のクラスの人だろう。
だがこの女生徒、二人にそんな態度をとると変にいじめられたりしないだろうか……。
「よくきたな椿。これで戦況は三対二。俺様達の方が有利だ!」
「もうこれ以上変な事しないで!ほら教室に帰って!」
ロキこと遼平を引っ張って行こうとする女生徒。
どんな関係かわからないが、少し冷や冷やしてしまう。
力を失ったと言え、こいつはあのロキなのだ。
それをそんな子供をあやすように……。
いや、待て、今味方っぽい発言をしていたような……。
「えっと、君は誰だっけ?遼平君の知り合いかな?」
蒼が見かねて尋ねた。
すると予想外の答えが返ってくる。
「あ、えっと……その……ヘル……です」
ヘルと言えば目深にフードを被り、ロキの所まで案内したロキの眷属だ。
だがあの時と雰囲気が違いすぎる。
ヘルとして出会った時はもっと暗く、大人しそうな雰囲気だったのだが……。
「あー、そういう事か。確かヘルは兵装すると感情表現がしずらくなるんだったな」
よくはわからないが、神の力のせいらしい。
だがそんな欠陥的な力……いや、欠陥でもないのだろうか……。
「さあ戻るよ!いつまでも迷惑かけないの!戻ってこれたんだからせめてちゃんとしてよね……」
ロキの方が主人でヘルの方が従者の関係のはずだが、ヘルと名乗った椿と言う少女はロキとヨルムンガンドを引きずって退散してしまった。
主従関係として大丈夫なんだろうか……。
まあ今回は助かったが……。
……そういえば主従関係が逆転してそうな神と眷属が身近にもいたな。
俺は横の蒼を見ると、蒼がにっこり笑い返してきた。
それはどういう意味の笑顔だ。
「あいつら、本当に放っておいて大丈夫なのか」
「心配ねぇよ。ロキは今力を制限されてる。緊急時に少し力が出せる程度だし、何かあれば俺に知らせが来るようになってる。そう簡単に問題を起こすような事はできねぇよ」
「なら……いいんだけどよ」
確かに今目の前のやり取りを見てると信憑性はある。
だが、それでもあれだけの事を起こしたロキを放置するのはいかがなものかと思う。
それに俺は個人的に縷々の件をまだ根に持っている。
さっき一発殴っとけばよかったかもしれない。
こうして新たな蒼とありすの他に、日常を騒がす者達が増えたのだった。
本当に何事もなければいいのだが……。
◆◆◆
走る。走る。走る。
ひたすらに走ってゴールを目指す。
戦いも嫌いと言うわけではない。
だが今は平和な世の中なのだ、わざわざ神の荒事に関わる必要はないと思っている。
そう思うくらいに俺は今充実していた。
それは今参加している部活の事もそうだし、今までとは違う平和な世の中だからできた幼なじみの存在もでかかった。
俺はあいつらと馬鹿やっていればそれだけで満足なんだ。
今更神の使命だなんだと言われても困る。
自分の鬱憤を晴らすようにボールを蹴った。
ボールは思った通りの軌道を描いてゴールに吸い込まれていく。
悠真も運動部に入ればいいのに。
いや、それなら縷々の方が適任か。
なんにせよ、こうやって汗を流すのはいい事だと思う。
悩み事も体を動かしていれば自然と晴れていく。
まあ縷々の場合は女の子として見てほしいってのはあるんだろう。
じゃなきゃ文化部より運動部に入っていたと思う。
応援してやりたい気持ちはあるが、正直今の俺らの関係性だとちょっと難しいかもしれないが……。
そういうのも今までの俺らには経験できなかった体験だと思う。
だからこそこの時間を大切にしたいんだ。
「君丈先輩、タオルです。やっぱり先輩はすごいですね!さすがサッカー部のエースです!」
一人の後輩が近寄ってくる。
京極翔太、サッカー部の後輩だ。
「翔太も充分強いだろ。今日のシュートもさすがだったぞ。その調子で全国予選も頑張ってくれよ?」
翔太は一年生で、まだ入ったばっかだったが、実力は次のエースと言われてるくらい優秀だ。
実はこの成神第一高校はサッカーの強豪校でもある。
むしろ今はそれくらいしか取り柄がないともいえるが。
その中でも優秀な翔太だ、次の全国対戦の予選くらいは楽々突破してくれるだろう。
「先輩……その話なんですけど……」
翔太は暗い顔をしてこちらを見ていた。
言いたい事は予想がついている。
「なんで君丈先輩、メンバーから辞退しちゃったんですか……」
全国大会の予選は間近に迫っている。
本来ならば俺も出場する予定でいた。
皆の期待を裏切る形になってしまったのは本当に申し訳がないと思っている。
翔太と俺が組めば全国優勝にチームを導くことも可能だっただろう。
だが俺は唐突にそのメンバーを辞退した。
理由はもちろん悠真だ。
正確には神の一件に悠真が関わってしまったからだ。
悠真に神の事がばれてしまった以上、悠真は俺達と行動を共にするだろう。
それを止めるつもりはない。
むしろ悠真と一緒に行動できる事は俺としては嬉しい限りだ。
だからこそ危険がまとわりつく。
今後はロキの監視もある以上、部活をしている場合じゃなくなったと言うわけだ。
「別に。他にやりたい事ができただけだ。まあ、突然で悪かったとは思ってるよ」
「全国大会よりもやりたい事ってなんですか……そんなに重要なんですか……」
「俺には最優先事項だ」
もちろんサッカーは続けたい。
学校の時間の延長でやっている分には問題ないだろう。
だが、遠くに行かないといけなかったり、試合を途中で抜けれない大会には参加していられない。
悠真に話したらきっと怒るだろうが、俺には悠真との日常を守る事の方がはるかに大事だ。
その為なら少し面倒だろうがロキの監視だってする。
「そうですか……じゃあ僕が――――」
翔太から受け取った水を頭から被っていたせいで言葉を聞き逃してしまう。
聞き返そうと思って翔太の方を見るが、目の前にはすでに姿は無く、見当たる場所にいなかった為、聞き返すのはやめた。
「……まぁいいか」
◆◆◆
二章
一幕【監視対象】
―完―
どうも、零楓うらんです。
ついに二章開幕いたしました。
いなくなったはずのロキの復活、そして謎の人物の怪しい行動、悠真の日常がまためまぐるしく動き始める!?
という事で、やっと始まりの章とも言える二章です。
一章では活躍どころの少ない悠真でしたが、二章ではどうなるでしょうか……。
次の話しもこうご期待!