六幕【ロキ決戦】
【前回のあらすじ】
トールである君丈を仲間にし、ヨルムンガンドを倒した悠真達。
蒼の調査によって魔術研究会という謎の部活が本拠地だとわかった。
乗り込むとそこにはロキの眷属フェンリルが……。
辛くも勝利する悠真達だったが、その部屋の奥には黒幕、ロキが待ち構えていた……。
「ようロキ、グングニル返してもらいに来たぜ」
「残念だがこれは返せない。俺様の崇高な使命を果たすために必要なんだ。君たちこそ早くミョルニルを渡してくれないか?」
「今更ラグナロクでも起こそうってか?時代遅れだと思うぜ?」
「そうだね。俺様だってそんなものには興味ないね。俺はただこの世界をぶっ壊して楽園を作りたいだけさ」
「へぇ、それは大層な計画だな。その楽園には俺達の席はあるのか?」
「もちろん三食昼寝付きの素晴らしい待遇でお出迎えしてあげよう。まあ犬の様に這いつくばって生活してもらうけどね」
「じゃあお断りだ。俺は今の生活も気に入ってるんでね」
「それは残念だ。じゃあ戦争だ」
ロキの瞳が怪しく光る。
蒼とロキは軽口を叩きあっていたが、そこに何か意味はあったんだろうか?
俺には何か二人にしか伝わらない意味があるように感じてしまった。
だが、そこに何の意味があろうとも、ロキのやつはぶっ飛ばさなきゃいけない。
世界の平和の為?
いや、縷々にひどい目を合わせた相手としてだ。
―ヴァルハラの戦神―
一章 六幕【ロキ決戦】
ロキの言葉を最後に蒼と君丈とありすはロキに向かって一直線に走りだした。
君丈は兵装と言う変身をし、右手にはミョルニルを。
蒼とありすは先ほどまでより強い光を放っている光の槍を。
ロキはその光景を見てゆっくりと立ち上がり、右手を振りかざす。
すると何もなかったはずの場所から炎に包まれた剣が現れた。
「かなり離れているから多少は大丈夫だとは思うが、ここから動いては駄目だからな」
縷々から変わっていたフレイヤが俺を制止した。
俺もそこまで馬鹿ではない。
さすがにこの状況で前線に出ようとは思わなかった。
「蒼達は勝てるのか?」
「……おそらく五分と言った所だろう」
こちらには人数のアドバンテージがある。
だがそれでも五分という事はロキの実力は相当なものだろう。
考えている内に蒼達がロキの元に辿りつき、最初の剣戟を交わした。
剣と槍がぶつかった瞬間、大きな衝撃波が生まれ、大地が割れる。
洞窟の至る所がひび割れ、そこから火柱のような物が溢れ出た。
その光景はまさに最終決戦と言う様相だ。
「おい……今までと違いすぎるぞ……大丈夫なのかこれ……このままだとこの洞窟崩壊するぞ」
この場所が本当にある場所なのか、結界の中なのか判断はつかない。
だが明らかにすぐに避難しなければいけないレベルで洞窟が壊れ始めている。
「ロキの持つ神器【レーヴァテイン】の影響だろう。ここは結界の中だ、崩れる心配もない」
「レーヴァテイン?君丈のミョルニルみたいなものか?」
君丈の持っているミョルニルは、ヨルムンガンドとの戦闘の時に見た。
あの時は雷を纏ったハンマーと言った程度で、こんな天変地異を起こせるような雰囲気は微塵も感じなかった。
だがあの時は手加減していたのか、今目の前で戦っている君丈は雷そのものかと見間違えるような一撃をロキめがけて振り下ろしている。
それを難なく捌いているロキの力は一目瞭然だ。
「そうだな。神器と言うのは神が絶対に持つ神具だ。神器一つで世界を変えられるほどの強大な物ばかり。ロキの持つレーヴァテインは本来私達三神の神器を全て合わせて初めて顕現する神器の中でも秘宝のような代物だ。未完成とは言え、大地を割り火を噴かせるくらい容易い」
俺は蒼達とロキがぶつかった衝撃の惨状だと思っていた。
だが実際はこの光景全てがロキの力だと言う。
「そんな相手に勝てるのか……?」
不安は絶えない。
だが蒼達はロキに対して劣勢になっている様子はなかった。
人数の優位を使い、上手くコンビネーションで攻撃を仕掛けているようだ。
「その力を正しく振るえばどんな困難も乗り越え、世界を救う刃だ。だがロキはその力を世界を壊すために使ってしまった。故の形のない炎の剣レーヴァテインなのだ。他の物があの剣に触れればたちまち体が燃えてしまう」
「ロキは大丈夫なのかよ」
「……それだけの業を背負っている……という事だ。神器はそれ一つで世界を変える事ができるが、神器に求められなければ他者に扱う事などできない」
「世界を壊す事があいつの業で使命だって言うのか?そんなのおかしいだろ」
「そうだな……だからこそ私達はロキを止める。それもまた私達の業なのだ」
神にしか知りえない話なのだろうか。
何があったのかはわからない。
だが、フレイヤの顔からは悲しさのような悔しさのような、そんな後悔の表情が見て取れた。
言い伝えられているような神話の話しは実在したのか?
俺には知らないことが多すぎる。
戦局は相変わらず拮抗している。
いや、むしろ蒼達の方が押されているようにも見える。
ロキの一撃はその全てが強力で、剣を一振りするたびに蒼達は吹き飛ばされている。
「心配か?」
「当たり前だろ」
そんな当たり前のことを聞いてフレイヤは何がしたいのだろう。
見た目は縷々、だがその中身が違うフレイヤの考えがまるでわからなかった。
「何の心配をする。いや、誰の心配をしているんだ?」
「誰の……?そんなの皆に決まっているだろう」
蒼とありすは出会って間もない。
だが二人はすでに関係ない人物ではない。
友達と言えるかまではわからないが、それでも見捨てる気になどなれない。
「私にはわからないのだ。悠真、お前にとってありすやオーディンはお前を巻き込んだだけにすぎない。関わらなければ悠真が襲われることもなかった。だからこそトールは最後まで存在を隠し、悠真を守ろうとしていたんだ」
縷々や君丈は俺を守るためにずっと神の事を隠していた。
その気持ちはわかる。
俺がそれで隠されて不満を持つのも子供だという事も理解している。
だけど、それでも、俺はここにいる事を後悔はしたくなかった。
「最初は縷々のため、いや、俺の為か。お前らを守れるようになりたかった。俺はお前ら二人に認められたかったんだと思う。それは今でもそうだ。だからこそ蒼が俺に意見を求めてきた時、俺は正直嬉しかったんだ」
魔術研究会に乗り込むとき、俺は当然居残るものだと思っていた。
だが蒼は俺に自らの意志を確認してきた。
「俺はその後フェンリルとも戦って、決心した」
自分には何もできないと思っていた。
それでも役に立てた事もあった。
それは結果論だし、正直ついていかない方がもっと簡単に終わっていただろう。
それでも俺は後悔していない。
「俺はお前らの仲間になりたい。一人の幼なじみで守られる存在なんて嫌なんだよ。俺は本当の意味でお前ら二人と仲間になりたい。もちろん蒼とありすともだ」
フレイヤの目が驚きの目に変わる。
その奥には縷々の瞳もあるような気がした。
縷々は最後まで俺がここに来るのを嫌がっていた。
俺だって逆の立場なら同じことを言うかもしれない。
だからこそわかる。
縷々が本気で何かをしようとした時、俺は止める事は出来ない。
「すまない……余計な事を言ったようだ……。私にとって……いや、私達にとって悠真はもちろん仲間だ。それは私が保証しよう」
「わかってくれれば……それでいいけど……」
なんだか急に気恥ずかしくなって顔を背けてしまう。
本心を言うってのは勇気がいる事で、とても恥ずかしい事なのだ。
それが恥ずかしいと思ってしまうのは、まだ俺が子供だからなのかもしれない。
「オーディンからだ、受け取れ」
フレイヤの手の上には一枚のカードチップがあった。
それはとても身に覚えがある。
「SAチップ?なんでオーディンがそんな物持ってんだ?」
「トールを探すついでに作ったらしい。何かに使えないかと試していたらしいが、あんまりいい成果は得られていないみたいだ。これは本来この戦いが終わった時に渡してくれと言われていたんだがな……」
SAチップは個人でも作成可能だ。
オリジナルのプログラム言語と、SAの特性を理解していれば素人でも作れる。
だが、作れるのと実際作るのは大違いだ。
プロでもチップの製作は一か月はかかると言う。
そんなものを簡単に作ってしまう蒼は何者なんだろうか。
「どうやって作ったんだ……?そんな簡単なものじゃないはずなのに……」
「私も詳しくは知らない。だが神の力、まあ魔法を使って作ったんだろう」
フレイヤからチップを受け取ると、確かにそのチップは使用できる状態になっていた。
チップ自体は安価で売っているが、中身のデータが構築されていると一部の色が変わるような仕組みだ。
きちんと動作するかは別としても、この中には何かしらのデータが入っていることになる。
「中身はフレイムアロー。単純な火の矢を打ち出す簡単な魔法だ。正しく魔法が発動すれば、空気中の元素や魔力から火の矢を生成し、相手に高速で発射することができる」
SAには火を噴射する機能はある。
それも科学の粋を集めた技術なため、空気中の元素等を使って強力な火を出すことは可能だろう。
だが火で矢を作り、それを発射するなど魔法でしかありえない。
「確かに本当にそんな事ができるSAなら魔法で作ったとしか言えないかもしれないが……これで戦えって事か?雀の涙にしか思えんが……」
ロキにこれで攻撃したとして、すぐに弾かれて終わるだろう。
あいつの攻撃は全てをなぎ倒せるような威力だ。
そもそも当たったとしてそんなもので倒せる相手なんだろうか?
「これでロキにダメージを与える必要はない。それに正直威力に関しても力を失っている私が攻撃した方がマシだろう」
「じゃあ意味ないだろ」
「いや、だからこそだ。その魔法は正しく動作すれば速さは私の魔法と同じ速度。それは不意を突けば確実にロキに当てる事も可能だ。私が魔法を放とうと思えば、魔力反応で察知されてしまう。だがこれは魔法であって魔法じゃない」
「魔法じゃない?いや、魔法だろ」
火の矢を放つなど魔法以外の何物でもない。
「オーディンが言っていたんだ。SAで作られた魔法には魔力反応がないらしい。警戒していれば気づけるだろうが、攻撃してくると思っていない悠真の一撃が最大の隙を作る事ができる」
つまりは先ほどのフェンリル戦と同じというわけだ。
あの時も人間離れした速度の裏拳だから不意をつけた。
魔力反応という物はわからないが、ロキに俺の攻撃は察知できないんだとしたら、確かに隙は作れるかもしれない。
「機会は一度きりだ。二度目は確実に警戒される。ロキの攻撃は大振りだからその間を狙えば確実に当てることは可能だ」
確かにロキの攻撃は一撃が重いだけの単純な攻撃だ。
だがその威力が大きすぎて蒼達はその隙を狙う事が出来ずにいる。
そこに1秒でも隙を作る事が出来れば、フェンリルの時のようにどうにかしてくれるかもしれない。
これは完全に相手を信用していないと意味を成さない作戦だ。
でもフレイヤはこの一撃が必勝となると信じているんだろう。
「わかった。やってみる。【フレイム・アロー】インストール」
俺はもらったチップを腕のチップ挿入口に入れた。
SAが反応し、中身をインストールし始める音が聞こえる。
すぐにインストールは終わり、俺はそのまま起動準備に入った。
「【フレイム・アロー】起動!」
起動させると、手の甲から炎の弓が伸びてきた。
その炎はなぜか熱さを感じず、弓の長さも調節できるようだった。
弓と言うよりは腕を使ったボウガンに近いかもしれない。
この魔法の事は知らないのに、俺にはこの魔法の知識が流れ込んできていた。
弦を引くと、魔法円の照準が現れ、敵を捕捉する。
このまま弦を離せばロキの元に飛んでいくはずだ。
「タイミングは私が指示する。ロキを照準の真ん中に捉えておけ」
俺はフレイヤの言うとおり、ロキに狙いを定めた。
全ての元凶ロキ。
大した一撃にならずとも、散々やってくれた恩はここで返させてもらう。
「今だ!!!」
フレイヤの声が飛ぶ。
ロキは大振りの攻撃を放った直後。
俺の頭に流れてきたこの矢の速度なら充分に当てられるタイミングだ。
「いっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!」
俺が弦から指を離した瞬間、炎の矢は超高速でロキの元に飛んでいく。
だがロキも神だ。
明確な攻撃にはさすがに気づいたようだ。
「ちっ……余計な真似を……」
だが気づいてももう遅い。
すでに矢は必中距離だ。
むしろ気づいてしまった分、矢はロキの目にクリーンヒットする。
「っっ………」
想定通り大したダメージではない。
だがそこの見逃す蒼達ではなかった。
「今だ!!」
いち早く反応したのは君丈だった。
ミョルニルを大きく振りかざし、ロキにとどめの一撃を放つ。
だが、ロキもそのままやられる気は無い様だ。
レーヴァテインでミョルニルを受け止める。
それは今回の戦いで初めてといっていい鍔迫り合いだった。
「ぐっ……神風情がぁぁぁぁ!!!」
それは神器の力の差か、それともロキの執念か。
君丈はミョルニルごと弾かれ、吹っ飛ばされてしまう。
だが、大きく弾いたせいで大きな隙も生んでしまう。
「いけ!グングニル!!」
蒼はフェンリルの時の様に光の槍をロキめがけて一直線に投げ飛ばした。
さすがのロキもそれを避けれる手立ては残っていなかったようで、轟音と共にロキは地上に突き刺さった。
「私達の勝ちよ。それともその槍を引き抜いて戦ってみる?」
ロキの元に降り立ったのはありすだ。
ありすの槍をロキに向け、警戒は解かずにロキに降伏宣言をした。
「降参降参。まいった。こっちにはもうそんな力はないよ」
手をひらひらとさせて降参をアピールするロキ。
蒼の槍を受けたフェンリルはぐったりとして意識を失っていたはずだが、さすがの神と言った所か、普通に話す事はできるようだ。
ともあれ、ロキとの決戦はここに終結した。
「俺はロキを天界に連れてく。トールとフレイヤも手伝ってくれ」
「うへ~めんどくせぇ~」
めんどくさがりながらも君丈は蒼の元に近寄って行く。
蒼は何やら呪文を唱えると、魔方陣を地面に展開させた。
「トール、これも神の仕事だ」
「そんな仕事受けた覚えはないね」
そんな会話をしながらフレイヤも蒼の元に足を運んでいく。
残されるのはありすと俺の二人だ。
ふとありすの方を見ると、顔を伏せて唇を噛んでいた。
「……また置いてくの?」
ぽつりと呟くありす。
その言葉は蒼に向けての物だろう。
蒼はこちらを振り向かず沈黙していた。
「ねぇ、優斗……また置いてくの?」
暗い表情のありす。
ありすはこの街に蒼を、オーディンを探しに来たのだ。
今まさに去ろうとしているオーディンに不安を感じるのも無理はない。
「……………」
オーディンは何も語らない。
「すぐ戻ってくるんだよね?」
少しずつ上を向くありす。
その頬には涙が一筋流れていた。
ありすと蒼の関係は不明だった。
だが、数日見ていただけでその気持ちは一目瞭然だった。
ありすは蒼の事が好きなんだ。
「ねぇ……答えてよ……」
またうつむいてしまうありす。
ありすが泣いている事は声色でわかるだろう。
だとしたら何故蒼は何も喋らないんだ。
「私、待ってたんだよ?ずっと……優斗の答えを聞くために……」
「……………」
蒼は何も語らない。
「優斗!答えてよ!」
ありすが涙でぐちゃぐちゃの顔をあげる。
その光景を見て君丈も蒼に小さく呼びかけていた。
だが蒼はこちらを振り返る事もない。
「私、優斗が好き!今答えを聞かせてよ!ずっと待ってた!あの日から……ずっと……」
ありすが蒼を探していたのはその答えを聞くため。
最初に蒼と再会した時も何かの答えを欲しがっていた。
それは今の現状ではなかったんだろう。
ありすが聞きたい言葉は蒼の返事一つのみだったんだ。
「せめて………いなくなる前に答えてよ!」
「……………トール、フレイヤ、いくぞ」
「おい……お前……」
「いいんだ」
君丈が引き留めようとするが、蒼は魔法を作動させた。
目の前には光の扉。
その奥は天界なんだろうか?
「優斗!!!」
ありすの叫びに、歩みを進めていた蒼が止まった。
だがその顔を少しこちらを振り返るだけ。
「この意気地なし!ぽんこつ!振るなら振ってよ!女一人振れなくて何がオーディンよ!」
蒼はその言葉でまた前を向く。
そしてありすに非情な言葉を投げかけた。
「俺とお前では住む世界が違うんだ。すまんな」
そう言い残すと、今度こそ光の扉の中に入って行く。
君丈とフレイヤも気がかりな表情を見せつつ扉の中に入って行く。
ありすは最後までそれ以上何も言わず、最後まで下を見ていた。
「ありす……行っちまったぞ……」
うつむくありすの目からは絶えず涙が流れていた。
正直俺もどうしたらいいかわからない。
「うぅ……………うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
唐突に大声で泣きじゃくるありす。
膝から崩れ落ち、ちょこんと女の子座りで泣き喚くありすは、本当に子供に戻ってしまったかのように見えた。
最初こそ仲違いした俺とありすだったが、途中からはその存在は頼もしく見えていた。
それが今では一人の女の子、いや、小さな女の子に見える。
どうしたらいいかわからず、抱きしめてみたりあやしてみたり、いろいろ試した挙句、ありすが泣き止んだのは時計の針が一周した後だった。
◇◇◇
「ごめん……みっともない姿見せて……」
背中から声がする。
あの後泣き止んだと思えばありすはそのまま寝てしまったのだ。
しょうがなく俺はありすを背負い、結界の通路を抜けて学校へ戻った。
時間は日が暮れはじめていて、学校の大半の生徒も下校した後だ。
魔術研究会に放置されていたフェンリルや案内してくれたヘルの姿もなく、俺は学校が閉められる前にとりあえず自分の家にありすを背負いながら帰っている所だ。
「起きたか。別にみっともなくなんてないさ。俺はそんな泣くほど好きな人ってできたことないし……何も言えないけどさ……なんかこう、青春だなって感じたよ」
「青春なんて……そんなもんじゃないわよ……」
ありすがどんな人生を送ってきたかはわからない。
でも蒼と一緒に神の世界に生きてきたなら普通の人生ではないのかもしれない。
「まあさ、ありすは蒼の眷属なんだろ?ならすぐまた会えるだろ。根拠とかはないけどさ……なんかあいつの性格ならまたひょっこり現れそうじゃねぇか?」
蒼の事を探そうとした時も次の日にいきなり現れたくらいだ。
それくらいは普通にしでかしそうな気がする。
「悠真の中で優斗のイメージってモグラかなんかなの?」
「いや、そういうわけじゃないけどさ……」
なんとか励まそうとしたのだが、逆に和まされてしまった……。
「もしあいつがモグラなら次はひっつかんでボコボコにしてから穴に戻してやる!」
だんだん腹立ってきたと背中で暴れだすありす。
正直あんまり暴れないでほしいのだが、ここは受け止めておくことにした。
「背負わせてごめん。ここでいい」
そういうとありすは俺の背中から飛び降りた。
「とりあえず俺の家の方向に向かってきちまったが……反対方向だったらごめんな」
「大丈夫、こっち側よ。ま、今日の事は忘れて。私もあんまり泣いてる姿とか思い出してほしくないし………じゃあ、また明日」
少し腫れぼったい目でありすは笑顔を作り、俺の家の方角と違う道を歩いていく。
俺も軽く手を振ってから自分の家に向かった。
すぐに気分を変えるのは難しいかもしれないが、あの調子なら大丈夫だろう。
だが正直羨ましくもある。
俺もいつかそんな気持ちを持つ事があるのだろうか……。
◇◇◇
日が開けて次の日。
「おはよう」
教室の扉を開けたありすは俺を見つけて挨拶を交わしてきた。
だがその姿に教室は大騒ぎだ。
「おはよう……どうしたんだそれ……」
ありすは長く綺麗な髪を肩上まで切り落としていたのだ。
「まぁ、べたなんだけどさ……失恋には髪を切る事かな……って、ね。どう?似合う?」
ちょっと照れるように自分の髪を触りながら聞いてくるありす。
だが俺の心情は正直複雑なものだ。
「えっと………なんていうか……自分で切ったのか?」
「あの時間にやってる美容室があると思う?もちろん自分で切ったわよ。おかげでお風呂場詰まっちゃって大変だったんだから」
女心を察するなら褒めるべきだ。
だがあまりにも褒めれない状態だった。
「斬新……ですね……」
前髪も後ろ髪もぱっつん。
しかも斜めに、不揃いな形なのだ。
切り方さえ気にしなければ似合っているとは思う。
「何?切り方が下手くそって言いたいわけ?」
「滅相もございません……」
ありすに問い詰められ、そっぽを向いてしまう。
と言うか学校ではお嬢様のキャラだったんじゃないのか。
あまりにもフランクで、今までのありすとも少し違うような雰囲気を感じる。
もしかしたらこれがありすの素なのかもしれない。
「ま、いいのよ。明日からの休みの間にちゃんとした所で整えてもらうし」
少し怒っているようにも見える。
だが整えてもらった後なら自信を持って似合っていると言えるだろう。
「ほう、髪は切らないのを勧めてたが短いのも似合うじゃねぇか」
聞き覚えのある声がありすの後ろから聞こえた。
ありすがその声に振り向き、俺もその人物を見て固まってしまう。
「ん?なした?幽霊でも見るような顔して」
声をかけてきたのは、昨日いなくなったオーディン、蒼希優斗だった。
「お前、帰ってこないんじゃなかったのか?」
固まってるアリスの代わりに聞きたいであろうことを質問してやった。
すると蒼はきょとんとした顔で答える。
「そんな事言ってないけど?」
確かに言っていない。
言ってないが……。
その言葉に当然納得しない者がいた。
「な、何が言ってないよぉぉぉぉぉ!!昨日あんな態度とっておいて!!あぁぁぁぁぁぁ!!」
昨日の事を思い出したんだろう。
それに加え勝手に思い込んで髪まで切ったありすの心は複雑そのものだろう。
ありすの顔を真っ赤に染まり、しゃがみこんでぶつぶつと独り言をつぶやき始めてしまった。
「なんとも趣味が悪いよな。オーディンさんは」
そこに君丈と縷々も登校してくる。
「いや、なんていうかな……意地悪するつもりはなかったんだけどな?すぐ戻るとか言いずらい雰囲気だったし……まぁ、俺も恥ずかしかったと言うか………」
最後にてへぺろ♪と舌を出す蒼。
俺は精一杯の嫌な顔で返してやった。
「ゆ、優斗が……優斗が私の事振った事実は変わらないんだからぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
捨て台詞を吐きながらありすは教室を飛び出していった。
もうHRも始まるのにいいのだろうか?
だが何事もなくこうやって戻ってきたのは単純に嬉しい事だ。
俺は蒼とありすも含めたこの五人の関係が案外気に入っていた。
これからもこの五人で仲良くできたら俺の日常は楽しいものになるだろう。
もう少ししたら夏休み。
今年の夏は騒がしくなりそうだ。
一章
六幕【ロキ決戦】
―完―
どうも零楓うらんです。
一章完結いたしました。
序章の序章ともいえる一章、どうだったでしょうか。
この章は各キャラの説明の章でもあり、悠真の考えや価値観が根本から崩れる章でもあります。
この先悠真は何を感じていくのか、どう行動していくのか……。
二章も是非よろしくお願いします!
二章は少し短い賞なのですが、かなり動きがある章でもあります。
楽しみに待っていてくれると嬉しいです。
では次のお話で会いましょう!