五幕【信じる事】
【前回のあらすじ】
オーディンが見つかったことにより、幼馴染である埜口縷々を起こすことに成功する悠真達。
だが、縷々の中にいる神であるフレイヤも神器を奪われていた。
もう一人の三神、トールを探すが一向に成果は得られない。
そんな中、病室に現れた君丈が発したのは、自分がトールだという言葉だった……。
空気が凍りつく。
その言葉が似合いすぎるほどにその場は静寂していた。
君丈がトールの可能性は考えていた。
縷々が神だったんだから当然考える。
だがそれならなんで君丈はずっと隠していたんだ?
君丈は俺と蒼や縷々が関わっていたことを知っていたのに……。
―ヴァルハラの戦神―
一章 五幕【信じる事】
「トール……お前……」
背後から声がした。
それは縷々の声で、だがしかし縷々ではない。
いつの間にか縷々とフレイヤは交代していた。
「フレイヤも悪いな。俺の事黙っててくれてたんだろ」
そうだ、フレイヤが知っていたならそれもなぜ隠していたんだ。
知っていたならわざわざ探す必要などなかったんだから。
「まあトールの考えている事はわかるからな。何年の付き合いだと思ってる」
フレイヤの言葉から君丈も昔から神だという事がわかる。
俺はずっと二人に守られていたんだ。
「悠真……そんな顔をしないでくれ……今度ちゃんと話すからよ……」
俺は今どんな顔をしてるんだろうか。
自分ではわからなかった。
「待て……えっと……君丈、くんだったか……お前がトールならなんでずっと黙ってたんだ……」
「今の俺はラグナロクだのなんだのって話には正直興味ない。それを言うならお前だって三神のオーディンの使命を捨ててずっと放浪してただろ」
「それは……まぁそうだな……」
「俺が守りたいのは縷々と悠真だ。それ以外はどうでもいい。悠真が今回の事から手を引かない覚悟をしてるから俺は協力する事を決めたんだ。オーディン、お前達の為じゃない」
惹かれあう習性があるって言っていたくらいだから仲がいいのかと思ってたが、神は神で色々あるみたいだ。
「あはははは!本当に出てきた!ロキの読みは正しかったみたいだね!」
空気が険悪になっていた所に、フェンリルの時のような頭に直接響くような声が聞こえてくる。
辺りを見回すと、その声は病室の入り口、戸棚の上の白蛇の置物からのようだった。
その置物は徐々に置物から本物の蛇になっていき、大きく形を変えて行った。
「お前、ヨルムンガンドだな」
蒼が白蛇を見つめて言った。
それぞれが臨戦態勢を取っていく。
俺もSAを起動し、縷々を守ろうと縷々の近くに陣取った。
だが、そんな事必要あるのだろうか……。
「せいかーい!君達を見張っていればいずれトールが現れるって言うからずーっと見張ってたんだ~!でも、まさか本当に出てくるなんてね。僕が思っていたよりトールはまぬけみたいだ」
蛇は口を開けずに言葉を発していた。
その光景が違和感を感じさせ、妙に気持ちが悪くなる。
加えて、俺達は病室にいなかった。
どんな魔法か知らないが、先ほどまでいた病室ではなく、異空間のような周りが暗いのにお互いが認識できるような不思議な空間にいたのだ。
「ちっ……結界か……」
ここは結界という物らしい。
神に何ができるか俺には分からないが、蒼が焦るくらいにはこのヨルムンガンドと言う存在はやばい存在なのかもしれない。
「まあとりあえずさ、こっちの要求は一つだけ。神器ミョルニル渡してくんない?」
「もちろん断る。それに状況がわかっていないのか?お前は眷属、しかも一人だ。対してこっちは神と眷属を含めての5人だ。勝てると思ってんのか?」
「5人?笑わせないでくれよ。神器も持たない神が二人に、そのせいで弱体化してる眷属、それにもう一人は一般人。実質トール一人。それに僕の能力を知らないわけじゃないよね?」
ヨルムンガンドは俺らをゆうに超える巨体にまでなっていた。
その大きさは確かに一人でも充分に戦えそうな見た目だが、これ以上にさらに能力があるらしい。
「あんまり舐めてると痛い目見るぜ?」
強気な発言をする蒼の手には光でできた棒状の物が出現していた。
おそらくアリスが持っていた物と同種の物だろう。
だがありすの物とは違い、形がはっきりと視認できる。
ありすも手に持っているみたいだが、視認はできない。
眷属の力の方が上な事は無いだろうから、見えていても蒼の武器の方が強いのだろうか。
「じゃあ俺も久々に力振るってみますかねぇ~」
一歩前に進み出る君丈。
すると君丈の空気感が一瞬で変わって行く。
周りに電気のような物が現れ始め、何かをしようとしているのだけは俺にもわかった。
「兵装」
その言葉と同時に君丈の髪が白く、広がるように長く伸びていく。
長さは腰まで届き、先程より周りに放出する雷が増えている。
手には小槌のような先に、柄だけ長くしたような長いハンマーのような物を持っていた。
おそらくあれがミョルニルと言う神器だろう。
「いいのかい?ミョルニルを見せて。奪いやすくしただけだぜ?」
「見せたってそう簡単に奪えるものじゃねぇよ。やりたきゃやってみな」
それがお互いへの合図となった。
トールとなった君丈、そして蒼がヨルムンガンドへ向かっていく。
ヨルムンガンドはそれを悠然と待ち構えるが、いつの間にか足元にはたくさんの白蛇が出現していた。
その白蛇はヨルムンガンドと違い。あらゆる方向からこちらへ迫ってくる。
どうやら狙いは君丈と蒼だけではなく、俺達のようだ。
これがさっき言っていたヨルムンガンドの力だろうか。
「ありす!フレイヤ!雑魚は頼んだぞ!」
蒼と君丈も目の前の白蛇は無視してヨルムンガンドに突っ込んでいった。
ありすも人間離れした動きで次々と白蛇を狩っていく。
フレイヤは元のベットの位置から動こうとしていない。
だが、俺とフレイヤの周りにはベットを囲むように半円状のバリアのような物が張られていた。
おそらくこれはフレイヤが作ったものだ。
「……………」
俺はまた何もできないで見ているだけだ。
持っているSAチップで白蛇を倒す事もできるかもしれないが、逆に皆の足を引っ張るだろう。
「悠真は何を思う」
一人悔しい思いをしていると、それを見透かしたようにフレイヤが声をかけてきた。
「何をって……俺はもう何が何だかわからねぇよ……」
状況が、日常が変わりすぎていた。
俺が二人を守ろうと決意してSA手術を受けた。
だがそんな必要なんてなかった。
むしろ俺は二人に守られていた。
神の戦いに参加できるほど俺は強くない。
なんならまだ誰が敵で誰が味方かも計りきれていない。
俺は身体も心も弱い。
「真実を話さなかった縷々や君丈を恨むか?」
「恨んだりしねぇよ。別に隠したい事の一つや二つはあって当然だ。俺だって今回の話しを君丈に話す事は出来なかった。俺は……別にそんな事を怒ってるわけじゃねぇ……」
「ならば力がない事を悔やむか」
「………どうなんだろうな」
フレイヤの言うとおり、それは俺の図星でもあった。
でも本当にそれだけだろうか。
俺は自分の事もすでに分からなくなっていた。
それほどまでにこの数日間の出来事は俺の日常を変えた。
俺は何がしたいのか。
その答えこそ俺には今必要なんだろう。
「一つだけ言わせてもらう。私達は確かにこれまで神の力を隠していた。その力で悠真を守った事もある。だが、私達は悠真がいたから強くあれたのも事実だ。悠真との日常を守る事に全力だったんだ。それだけは嘘じゃない」
それはわかっている。
君丈のさっきの言葉が嘘だなんて微塵も思わない。
この二人は俺と同じように三人の関係がこれからも同じように続くのを願っていたんだ。
「それに、信じる事も力だ。悠真が信じてくれたら、私も君丈も、今までより力を発揮できるだろう」
「………俺だって」
(そう【だったよ】)
わかっているんだ。
自分が弱い存在だって事くらい。
二人がいるから俺も強くあろうとした。
二人の力強さに、その眩しさに、俺はついていくのが必死なだけだったんだ。
だからSA手術を受けた時は二人を守れると思った。
二人の為に俺も行動できると思った。
俺は今も昔も、二人の影に隠れて何もできない少年なんだよ。
ズドン!!
俺が自分の不甲斐なさに失望している間にヨルムンガンドとの決着はついていた。
最後の瞬間だけが目に入ったが、君丈のミョルニルがヨルムンガンドを直撃したみたいだ。
ヨルムンガンドが大きな音と共に崩れ落ち、辺りの光景が病室に戻って行く。
大きかったヨルムンガンドの身体も縮んでいき、人の姿になっていった。
「さすが俺。余裕だったぜ」
「何言ってんだ。俺のアシストがあったからだろ」
君丈と蒼がこちらに向かって戻ってくる。
先程まではぴりぴりしていたはずだったが、ヨルムンガンドの出現でそれもうやむやになったのかもしれない。
人の姿に戻ったヨルムンガンドの方を見ると、俺達と同じ格好をしているのがわかる。
それは成神第一高校の制服だった。
「こいつ男……だよな?制服も男ものだし」
蒼が不思議そうな顔で皆に同意を求める。
ヨルムンガンドの人の姿はまるで女のような顔立ちで、一見すると美少女だ。
背格好も身長は高くなく、なんなら中学生かと思うような見た目をしている。
うちの学校は校章が学年毎に分かれていて、ヨルムンガンドは一年生の校章をつけていた。
「うちの生徒って事はやっぱりロキも学校に潜んでそうだな。とりあえずこいつは俺が預かってくぞ」
蒼が軽々とヨルムンガンドを持ち上げる。
それを見てありすは若干引いた顔をしていた
「優斗……連れ帰って何するつもり……?」
「ちょっと記憶を覗くだけだよ。まあ力も少し借りさせてもらうけどな」
ありすは優斗の言葉を聞いても少し疑わしそうな目で見ていた。
神にどんな力があるかわからない俺からしたらそんな事ができるんだなくらいにしか思わないが、ありすからしたらまた違うのかもしれない。
早々に撤退の準備をする蒼とありすを背に、俺と君丈と縷々は何とも言えない空気になっていた。
「あー、なんだ。まあ、うん。すまん」
君丈から曖昧な謝罪が飛んでくる。
謝って欲しいわけじゃない。
それは君丈だってわかってるはずだ。
だから何を話せばいいかわからないんだろう。
「別にいいよ。逆に聞くけど、俺達の関係はお前ら二人の秘密を知ったら終わる関係なのか?」
「そうだよー!私達はそんな柔い関係じゃないよ!」
縷々が賛同してくれる。
正直、自分の口からそんな言葉が出てくるとは思ってなかった。
言葉は本物だ。
でも俺が俺自身どうしたらいいか迷いがある。
そんな中俺はこんな偽善の言葉を吐ける人間だったんだと心底自分の事が嫌になる。
「……そうだな。俺らの関係は変わらねぇよな。俺は正直不安だったんだ。お前を理由にして皆に知らせるのを恐れていた。悠真が本当の事を知ったら俺達から離れるんじゃないかって……それしか考えてなかったよ」
苦笑いをしながら正直に話せる君丈は、やっぱり強い。
だからこそ俺はお前らを追っかけたんだ。
「そんな事はしない。それに今は目の前の事に集中しようぜ。ロキを倒すんだろ?」
「そうだな。縷々にひどいことした奴をぶっ飛ばさなきゃな」
「あぁ」
色んな思いを抱えたまま、その日は解散となった。
その日の夜はうまく寝れなかった。
◇◇◇
「結果から報告すると、昨日のヨルムンガンドはうちの一年生で、魔術研究会って部活に所属しているらしい」
時間は昼。
いつもの屋上だ。
メンバーは俺と君丈、昼前から戻ってきた縷々、蒼とありすの五人だ。
「そんな部活合ったか?君丈を探してた時に色んな部活とかも調査したはずだろ?そん時にそんな怪しい部活があったら気づいてると思うが……」
学校内が怪しいとして学校の事は色々と調べまわっていた。
部活に入っていれば人間離れした行動をしている人がいるかもしれない。
だから全ての部活も調べたはずだったが……。
「悠真が言うとおり正規の部活には存在していない。魔術研究会は部活の申請も出してないからな。それに普通に探しても神の力で隠されてたからわかるわけがないってわけだ」
それなら見つからないはずだ。
神の力で隠してたって事は学校からしていた微弱な神の気配はそれのせいだったのかもしれないな。
「俺は今日中に乗り込もうと思ってる」
「待てよオーディン……いや、蒼希……君?」
「蒼でいいぞ」
「じゃあ蒼。さすがに乗り込むのは早急すぎないか?相手は俺のミョルニルがある限り行動は起こせないはずだろ?」
「君丈君が言うように俺らにはミョルニルがある。だがいつまでも後手に回るのもいけ好かんだろ?逆に俺達はミョルニルを奪われたらもう後がない。あっちが動く前に動いた方が得は多いと思う」
「話は分かった。でも君丈君は気持ち悪いからやめてくれ」
微妙な距離感の二人。
神と言うのは胡散臭いし、正直蒼の事を信用するかは迷っていた。
だが君丈も神と分かった今、俺はこの二人を複雑な目で見ている節がある。
「で?乗り込むって具体的にどうするの?まさか正面から全力で叩くとか言わないわよね?」
「さすがにそこまで策なしではないさ。だが賭けではあるな。俺とありすで魔術研究会に乗り込む。仮に負けたとしても俺達は勝利条件を失わないし、敵のアジトも確定するわけだ」
蒼の作戦は悪くないように思える。
だが、それは蒼とありすの犠牲を容認して初めてその作戦が実行できる物だ。
信用するか決めかねていても、そこまで非情に慣れるほど見放す気にはなれない。
「待て、それなら全員で乗り込んだ方がマシだ。オー……蒼はまだしも、ありすちゃんは眷属って言ったって人間だろ?しかも力が弱まってる二人に普通の眷属すら相手にできるか怪しいもんだろ」
二人を犠牲にしたくないのは君丈も同じらしい。
神だから見放すと君丈が言いはじめなくて、正直ほっとしている。
「そこは大丈夫だ。まあ万全ではないが、昨日ヨルムンガンドの力を奪って俺の力を少し回復させた。ロキ相手ならわからんが、眷属相手なら俺とありすで充分戦える」
「何も大丈夫じゃねぇよ。お前、眷属の事を道具みたいに考えてんじゃねぇだろうな?」
蒼と君丈はもしかしたら相性が悪いのかもしれない。
普段は飄々としている君丈も、根はかなり真面目だ。
対して蒼の事は知らないのもあるが、考えが少し読みにくい。
オーディンだから、トールだから、と言ってわかりあっているわけではなさそうだ。
「君丈君、私の心配をしてるならいらない心配よ。私は蒼に命を預けたオーディンの眷属。蒼がそれで大丈夫と言うなら私はついていくわ。もちろん死ぬつもりもないけど」
「っっ…………そうかい」
君丈はありすに何か言おうとしたが飲み込んだようだ。
俺達には蒼の事はわからないが、ありすと蒼には確かな絆がある。
普段の二人を見ていてもそうだ。
ありすは普段お嬢様の所作で学校生活を過ごしているが、蒼と喋っている時は素がかなり出ている。
この二人に関しては部外者なのは俺たちだ。
「それで?悠真はどうする?」
不意に蒼が俺に問いただしてきた。
その瞳は真面目だった。
決してふざけて聞いてるわけではない。
俺に大した戦力がないのは百も承知だろう。
なのにその問いをするという事は、きちんと俺の意見で道を決めろという事だ。
「ねぇ蒼く~ん?それを悠真君に聞くのは酷だと思わないの?」
割って入ってきたのは縷々だ。
表情は笑いながらも、静かな怒りを感じる。
縷々の言いたい事はわかる。
俺が二人を守りたいように、縷々も俺と君丈を守りたいはずだ。
なんならここにいる事が場違いなのは俺の方だ。
「縷々、やめろ。お前の気持ちもわかる。でもこれに関しては俺は蒼の肩を持つぞ。その覚悟があると思ったから俺は自分がトールだと明かしたんだ。これは他人が決める事じゃない、悠真自身が決める事だ」
「………でも……」
心配そうに見る縷々。
気持ちは痛いほどわかる。
俺も縷々が倒れた時は心が張り裂けそうだった。
でも俺は………。
「俺は蒼とありすについていきたい」
「悠真君!!」
「ごめん縷々。俺は俺が選んだ結果を最後まで見ていたいんだ。何ができるわけでもない。二人にも心配はかけちまう。それでも俺はこんな中途半端な所で終わりたくない」
「悠真君が無茶することないっ!元々これは悠真君に関係ない事なんだよっ!?」
「………」
その気がないのはわかっている。
でも【関係ない】と言われるのは心に刺さってしまう。
「縷々、その変にしとけ。悠真、それでいいんだな?何が起こるかわからないんだぞ?」
「あぁ、覚悟の上だ」
「わかった」
「わかんないよ!」
「縷々、やめろ。俺達にこれ以上言う事はできねぇよ」
君丈は俺の気持ちをわかってるんだ。
それに自分達が秘密を隠していたと言う罪悪感もあるんだろう。
だからこそ俺の意見を尊重してくれる。
でも縷々は純粋に俺を心配してくれてるんだ。
気持ちがわかっていても、どれだけ俺に嫌な思いをさせようと、俺を守りたいんだろう。
その気持ちは俺も同じなんだよ、縷々。
「よし、わかった。悠真は俺達と来い。俺は悠真のそういうとこ好きだぜ」
キラン☆と音が鳴りそうなウインクでこっちを見る蒼。
正直それはいらない。
その後も縷々はそれなら自分もついていくと言いはじめたり、ずっと作戦に反抗していたが、最後は君丈に何かを言われて大人しくなった。
◇◇◇
作戦はその日の放課後すぐに行われた。
目の前には使われてないはずの準備室。
資料室ともいえるそこにはこの学校の歴史を収めた本や資料などが置かれていると聞いたことがある。
ここに陣取っているならおかしな話だ。
中は人が5人も入れば窮屈になる小さな部屋のはずなのだから。
「本当にここなのか?」
「あぁ、間違いない。大きさの事なら魔法でどうにかしてるんだろ」
ヨルムンガンドも本来の質量に見合わない大きさに変化していた。
なら部屋の大きさを変えるくらい簡単なのだろうか?
神の力がどんな魔法の力を生むのかわからないが、今は納得してここに入るしかない。
「今いう事じゃないけどな、正直悠真がこっちに来てくれて助かった」
「どういう事だ?俺に戦力を期待してんのか?」
「意外性と言う意味ではそういう事もあるかもしれないな。でもそうじゃない。これは悪い大人の考えだよ」
意味が分からなかった。
俺がこっちにくるメリットなんてないはずだ。
「悠真がこっちにいる事で、何かあった時に君丈君と縷々ちゃんが本気で救出に来るだろ?俺とありすだけじゃ正直放っておかれる可能性もあったからな」
「あの二人はそんな奴じゃねぇよ」
幼なじみの関係性が微妙な雰囲気になっているが、それでも俺とあいつらはすぐに元に戻れると信じてる。
だからこそ二人の悪口は許せなかった。
「俺もそう信じてるよ、神の繋がりもあるしな。でも俺とありすの事を三人が完全に信用できないように、俺達も完全には信用できてないんだ。俺達にはその時間を作る時間はなかったからな」
さすがは神と言った所か。
それともこれは蒼と言う人間の観察眼なのだろうか。
俺達が信用しきってない事はお見通しだったってわけだ。
「でも俺とありすは全力でお前を守る。信用される時間なんてこれからいくらでも作れる。だからこれを俺は最初の一歩にできたらいいなとも考えてるんだぜ」
「上手いように言うじゃねぇか。それが本心か確かめさせてくれよ。まあ俺もただ見てるだけで終わるつもりはない。俺には俺の出来る事を精一杯探すだけだ」
「漢だな」
「そこ二人、敵陣前で話ししてる場合じゃないでしょ。開けるわよ」
ありすが扉に手をかけた。
そして一気に開け放ち、中に入る。
すると、蒼が言った通りに中は普通の教室と同じくらいの部屋になっていた。
光が入る窓がそもそもあるのかもわからないが、窓は遮光カーテンのような物で覆われていた。
暗いはずなのに中の様子は良く見える。
電気の類もあるが、窓からも木漏れ日のようなものが少し漏れ出ている。
似たような光景を俺は知っていた。
きっとここは結界の一種なんだろう。
「あ?なんだ?…………お前ら……那覇の野郎しくじりやがったか……」
そこには一人の女生徒がいた。
女生徒と言うには身長が高いが、うちの女生徒用の制服を身につけている。
声も決して低くはない。
顔は少し中性的だが、野性的な女性と言った印象だろうか。
いや、そう思うのは相手がこちらを睨んでいるせいかもしれないが。
「あなた、フェンリルね」
呟いたのはありすだ。
そう言われてみると背格好は似ている。
あの時の声は加工されているような声だったから気づかなかったが、ここは敵の本拠地だと考えるとそれも妥当だろう。
「そうさ、俺様はフェンリル……気高き狼の眷属!てめぇらはここで叩き潰す!」
フェンリルは雄たけびと共に身体を変化させていった。
体格も大きくなり、全身から長い銀色の毛が生え始める。
獣の耳が生え、こちらを見る目は前に見た時より獰猛に見えた。
「まあそう息巻くなよ。楽しもうぜ?」
そう言う蒼の手には昨日見た物よりさらに輝く光の棒、いや、槍を持っていた。
「優斗、グングニル戻ったの?」
「少し力を回復させて形が作れる程度だよ。兵装もできないが、これなら本来の力も使えるはずだ」
「それが勝機か。わかった、サポートする」
作戦会議を待ってくれたのか、それとも痺れを切らしたのか。
フェンリルはその大きな爪を振りかざして突進してきた。
爪と槍がぶつかり、激しく金属音が響く。
最初の一撃を弾いた後は、以前と同じだった。
フェンリルの攻撃は早く、その攻撃は目で追う事が出来ない。
だが蒼がいるからか、前のような防戦一方ではなかった。
俺には分からないが、蒼とありすが槍を振り回し、突いた先で金属音と火花が散っている事から対処できているという事だろう。
「ありすはとりあえず悠真を守る事に集中しろ!できるなら隙も作ってくれ!」
「無茶言わないで!私実戦だってこの前のが初めてだったんだから!」
「ありすなら大丈夫だ。なんとかやってくれ」
「無理!!!」
無理と言いつつもありすは以前と格段に違う動きでフェンリルに対応していた。
これが神の力なのか、それとも蒼という個人がいるせいなのか。
何にしても勝機は見える可能性はある。
だが俺はまたしても何もできないままだ。
(とりあえずSAだけでも起動しておくか。もしかしたら役に立つこともあるかもしれない)
普通のSAの起動音は静かな場所でやっとわかる程度のものだ。
轟のSAは派手な音が出ていたが、俺の持っているチップは威力こそ改造チップのそれだが、中身はごく普通の物。
辺りから激しく金属音が鳴っている今の状況なら敵に気づかれることはない。
まあ気づかれても何もない可能性が高いが。
「埒が明かないな。めんどくせえ、それならこれはどうだ?」
フェンリルが体制を立て直し、二人にでかい一撃を叩き込む。
少し吹っ飛んだが、見事にさばきダメージはなさそうだ
だがそれはフェンリルの作戦通りだった。
「……お前ら、なんで俺に武器を向けてんだよ。俺は味方だぞ?」
蒼とありすの矛先は俺に向いていた。
その眼はかなり厳しい。
恨むような眼でこちらを見る二人。
なぜいきなり敵に回ったんだ?
信用してくれと言っておきながらやっぱり敵側だったのか?
「悠真!動くな!」
蒼が叫んだ。
その眼は真剣だ。
俺に敵意を向いたと思ったが、それは誤解だと一瞬で理解させられた。
「……爪?」
二人に矛先を向けられ、俺も身構えようと動こうとした時だ。
首元に冷たい感触が触れた。
目線だけ下に動かすと、俺の首には大きな爪がたてられている。
フェンリルは俺を人質にしたらしい。
「動くなよオーディンとその眷属。一般人のこいつの首なんて一瞬で吹き飛ぶのは、お前らならわかるよな?」
歯を噛みしめる二人の姿がよく見える。
脂汗も滲んでいた。
俺はここについてくるべきではなかった。
こういう状況を想像していなかったわけではない。
それでもここに来るのは俺が決めた事だ。
俺には何の力もない。
だけど。
「蒼、さっき隙を作りたいって言ってたよな?」
「悠真!何を考えてるか知らんがやめろ!お前の命が最優先だ!ここが敵の本拠地だってわかっただけでも俺達は目的を達してる!」
「俺だって自分の命は大事だ。だが時にはそれも賭けなきゃいけない事はあるだろ?」
「やめろ!今は何もするな!」
「ははっ!威勢がいいがお前には何にもできやしねぇよ!眷属でもないお前の動きなんて所作ですぐわかる。動こうとした時点でお前の首と体は真っ二つだ!」
完全に油断している。
俺には何もできないと。
だからこそ、これは有効な一打になるかもしれない。
「悠真!冷静になれ!」
フェンリルの速さは充分にわかっている。
だからこれは当たらないだろう。
「悠真!やめて!」
でも生き物には本能という物がある。
この一撃が自分に危害があると本能で察知した瞬間、生き物は回避行動をとってしまう物だ。
「何をしようっていうのか知らないけど、見せてみなよ、人の足掻きをさ!」
俺の持っている唯一のSAチップは【ザ・パワー】。
筋力を一時的にあげるだけの普通のチップと変わらない代物だ。
だがこれは改造チップ。
その威力は人の域を凌駕する。
フェンリルの位置は俺の斜め後ろ。
俺は起動していたザ・パワーの威力をMAXにして裏拳を繰り出した。
その一撃はいくら人の域を超えていると言ってもフェンリルには余裕で避けれる物だろう。
だが、この一撃は確実に致命傷になる。
ならフェンリルの本能は回避行動をとるはずだ。
その一瞬、どんな生き物でも体制が崩れ、頭と身体の動きはリンクしない隙が生まれる。
「これが一般人のあがきだ!喰らえ!」
「なっ!!」
俺の予想通り、フェンリルは体制を崩す。
後ろに身を引いたため、俺の首元を狙っていた爪は自然俺の首を引きちぎろうとする。
だが、俺はそれを見越してあらかじめ顔を避けておいた。
そもそもこれは当てる気のない一撃。
爪は避けようと事前に動けば避けられる大きさだった。
「うぐっ………」
だが現実簡単にはいかない。
俺の首元には爪先がほんの少し触れる。
だが目論見は成功した。
「蒼!!!!!」
「わかって、る!!!!!!」
蒼から放たれた光の一撃。
それが手に持っていた槍だと気づいたのは、フェンリルがその槍に貫かれた後だった。
槍はフェンリルの身体を一直線に貫き、教室の壁にフェンリルもろともぶち刺さった。
「ぐぁっっっっ!!!!!」
壁にフェンリルの血が盛大に吹き零れた。
と、言う事は無く、刺さった部分にすら血痕は無く、だがその一撃はフェンリルを確実に沈めさせていた。
「お手柄だ悠真。冷や冷やしたしもうやっては欲しくねぇけど、やっぱ俺お前の事好きだわ」
「背中がぞわぞわするからやめてくれ……それよりフェンリルは?」
「心配すんな。あの槍は特別性だ。刺さっても死んだりはしねぇよ。それよりお前は自分の心配をしとけ」
フェンリルが光の槍に刺さったまま、元の女生徒に戻って行く。
それと同時に部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
飛び込んできたのは縷々だ。
「悠真君!!」
縷々が駆け寄り、どこからか出してきたハンカチで俺の首元をそっと抑えた。
俺が思っていたよりも傷は深かったみたいで、ハンカチが触れた瞬間、体が思い出したように痛みを訴えてくる。
「今治すからね……じっとしててね……」
縷々が呪文のような物を小さく唱えると、俺の首元を抑えていた手から小さな光と暖かさを感じた。
回復魔法と言うやつだろうか?
「結界の反応があったからすっ飛んできたんだけどな。外からは干渉できなくて焦ったぜ。……とりあえず無事そうでよかったよ」
扉からは君丈も入ってきていたようだ。
俺を見て一息ついた後、フェンリルから光の槍を回収していた蒼の方を見た。
「フェンリルは倒したみたいだな。でもこれで終わりじゃない。そうだろ?」
君丈は視線を蒼と反対側にうつす。
そこは教室の後ろ側で、特にそこには誰もいない。
はずだった。
君丈が声をかけると、徐々にそこに人のような物が現れる。
黒い羽織のフードを目深に被り、顔は少し見えづらい。
だがその羽織からはうちの女生徒の服が見えていた。
「お前はヘルだな?次はお前が相手か?」
君丈は明らかに挑発していた。
身体から少し電撃が漏れ出ていて、少し怒っているのかもしれない。
「私に戦う意志はありません。私はただロキ様の元へ案内するだけです」
ヘルの横にはいつの間にか異空間に繋がっているような、それでいて洞窟の入り口のような不思議な穴があった。
おそらくこの先にロキがいるのだろう。
「へぇ。ロキの元に案内ねぇ?どうするオーディン。罠の可能性も高いが」
「罠だろうが進むさ。何のためにここまで来たと思ってる。それに君丈君も暴れたいんだろ?」
「君はやめろ。しかもヘルの手前オーディンって呼んでやったのに本名の方かよ」
全員が立ち上がり、進む意思を見せると、ヘルは案内する様に穴の中に進んでいく。
俺達はそれぞれの顔を見合わせ、その中に進んでいった。
「悠真君」
だが一人足が止まっている物がいた。
縷々だ。
「本当にこの先にも行くの?」
「もちろん行くさ。この戦いを見届けるために俺はここにいるからな」
「そう………わかった……じゃあ私も行く……でもこんな無茶、もうさせないから」
縷々は覚悟を決めた目で俺の先を行く。
俺も縷々を追うように穴に入って行った。
穴は一本道で、案内する必要が無い様にも思えた。
それを君丈が突っ込むと、ここはヘルの能力とフレイヤの神器【スキーズブラズニル】の力で作られた道らしく、ヘルの許可がないと通り抜けられないらしい。
つまりここは敵の本拠地の中心、結界内という事だ。
たどりついた先は広大な鍾乳洞と言う雰囲気で、高さはドームほどの高さ。広さもそれくらいはあるかもしれないくらい広大な洞窟だった。
その洞窟の真ん中、明らかにその場に合っていない建築物がある。
石か何かで作られたその四角錐状の建築物は小さなピラミッドという所だろうか。
その頂上には王座のような物があった。
距離があり見えづらいが、そこには一人の人間が座っている。
まるで王様のマントを羽織り、頭には小さな王冠の乗っけている。
だがその姿は王様と言うにはあまりにも小さく、王様と言うよりは幼い王子のようだった。
「ようこそ、我が居城へ。お前らは全員、ここで死ね」
その姿は遠く、その顔など見えるはずもない。
当然声も届かないはずなのに、その声はよく聞こえ、顔は不敵に笑っているのがわかる。
明らかに人ではない。
神の姿がどんなものかわからない俺にだってわかる。
あいつが【ロキ】だ。
不敵に余裕の笑みを浮かべるロキと違い、こちらに余裕の表情の者はいなかった。
皆それぞれ険しい顔、怒りの表情、冷静に見つめる顔、それぞれの思いを胸にロキを見ている。
非日常の最終決戦の火蓋が、今まさに落とされようとしていた……。
一章
五幕【信じる事】
―完―
どうも零楓うらんです。
すっかり忘れて投稿が遅れてしまいました……。
トールこと君丈が仲間に加わったことで、心強いながらも内心のもやもやを隠し切れない悠真。
フェンリルとの戦闘も乗り越え、残るは最終決戦のみ!
次回一章完結!
ということで、序章の序章ともいえる一章が終わります。
最終決戦の地で悠真が思うこととは……。
次回をお楽しみに!