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ヴァルハラの戦神  作者: 零楓うらん
第三章 【桂木悠真】
14/14

四幕【逃走】

【前回のあらすじ】

蒼の説明で悠真に起こったのは半神化ではない事が明かされた。

それは神堕ち。

似て非なるものだと蒼は言う。

再度天界に向かう蒼。

だが突然の襲撃で悠真達は冥界に行くことに。

蒼からの連絡を待っていたが……。



「ねぇ悠真…………」


「……………なんだ」


「………………連絡…………来ないね…………」


「…………………………………そうだな…………」


最初は気丈にふるまっていたありすも、限界に達したようだった。


洞窟の中で隅でうずくまり、寂しげな表情と不安が漏れ出ていた。

疲弊感はすでにピークを越している。

美味しくない食事。

朝も夜もわからない世界。

いつまでも来ない連絡。

自然と二人の会話は減り、前向きな発言もしないようになっていた。


せめて一つでも楽しみがあったらよかったのかもしれない。

だが俺達は追われている身。

出来るだけ一日を洞窟で過ごしている。

そんな環境ではどうしても精神はすり減る。

この生活の終わりが見えないのがさらに俺達の精神を奪っていく。


「このまま連絡が来なかったら……………」


その先を言うつもりはないのか、ありすは口を閉ざした。

俺もそれに答える気力はない。


連絡が来ないという事は、外の世界では蒼達がやられている証拠かもしれない。

という事は敵は間近まで迫っているかもしれないのだ。

それに俺達は存在が爆弾のようなものだ。

どちらかの意識が今にもおかしくなって暴走を始めるかもしれない。


神になった。

だが、神と言うのは想像よりも万能ではないらしい。

むしろ俺にはその実感が全くと言っていいほど沸かない。

それはありすもだろう。


そもそも今まで出会ってきた神だって人間味にあふれていた。

神様と言うのは、そういうものなのかもしれない。


いや、そういうものなんだ。

だから俺は君丈や縷々と、これまで通りに接することができていた。


だが、いや、だからこそ。

俺達の結果はバットエンド一歩手前だ。






一体、いつまでここで生活することになるんだろうか。






挿絵(By みてみん)

―ヴァルハラの戦神―

三章 四幕【逃走】






「……優斗はね……」


ありすが唐突に口を開く。

俺は岩に腰かけた身体を動かさず、顔だけを軽くありすの方に向けた。

そこには、相変わらず体育座りでうつむくありすの姿があった。


「私を拾ってくれたの。私、外国にいたんだ……」


会話と呼べるものではない。

それはいつか俺が聞こうとしたありすと蒼の関係性、ありすの昔話だろう。


「戦争があってね……。多分小さな紛争だとは思うんだけど……。親はいつの間にかいなくなってた。生きてるのかもわからない。私には日本の血が混ざってるらしいんだけど、正直親が日本人だったのかも覚えてない……。そんな私を拾って育ててくれたのが……優斗なの……」


「戦争孤児ってやつか……」


「そう……なのかな……」


よくある話、なのかもしれない。

平和になった今の世の中でも、戦争は起きている。

きっと今もどこかで。

そうでなくても身寄りがない子供と言うのはいる物だ。

その子が幸せに過ごせるかは環境にもよるだろう。


「私は……優斗がいなきゃ……とっくに……」


「………蒼の事が好きなのか?」


「…………どう、なんだろうね……私にもわかんないや……。私は自分の気持ちに整理をつけたつもりだったけど……」


「………そうか」


そんな事を聞いてどうするつもりなんだろうか。

俺はありすにどう思ってほしいんだろうか。


再び二人の間には沈黙が流れる。

空気は重苦しい。


だがそれを変える気力は、どちらにもない。


ただひたすらに目の前の岩を眺めていた。

時間がただひたすらに無常に流れた。





















「ねぇ」


どれくらいの時間が経っただろう。

もうおおよその時間すらも把握しないようになった俺達は、どのくらいの時間が今すぎたのかも把握できなかった。


「優斗」


ありすが久しぶりに口を開いた。

蒼が来たのかとも思ったが、だとしたら蒼の声がするはずだ。

ありすももっと嬉しそうに―――


「ぁ……ご、ごめん……悠真……」


しばらく頭の理解が追い付かなかった。

だが、ありすが何に謝ったのか分かった時、俺は無性に頭に血が上ってしまった。


「今俺と蒼を間違えたのか?」


「ち、違うの……ご、ごめんなさい……」


「間違えたんだな」


「…………ごめん………なさい………」


「一緒にいるのが大好きな優斗じゃなくて悪かったな!!!!」


そんな事を言うつもりはなかった。

言いたいわけもなかった。

ありすは俺の事を今まで何度も助けてくれた。

なのに―――


「ちが、違うの!そんなんじゃなくて!」


「何が違うんだよ!!」


ドン!と拳が岩に打ち付けられる。

俺の手だ。

俺は何を言っているのか。

なぜ拳を岩に叩きつけているのか。

なぜありすを怒鳴りつけているのか。

なぜこんなにも苛立っているのか。

なぜ。


なぜだ。


俺の手は岩に思いっきり打ち付けた衝撃で血が出ていた。

ありすは俺の姿を見て怯え、目に涙も浮かべている。

その姿はまるで小さな子供だ。


普段から気丈にふるまい、最近では色んな表情を見せてくれるようになったあのありすが。

今はただ叱られるのを怖がる小さな子供に見える。

肩を震わせ、身体をさらに縮こませて。


怯えさせたのは俺だ。


そんなつもりはなかったのだ。

決して、怒るつもりなどなかった。


「………………すまん……そんなに怯えないでくれ……」


「うぅん……私が………悪いの………ごめんなさい……………」


沈黙が流れる。

さっきよりも重たい沈黙だ。


自分の理性もコントロールできない。

俺達はもうとっくに限界だった。

このまま本当に連絡すら来なかったら、俺達はどうなってしまうのか……。






◇◇◇






それから数時間たち、俺は気分転換に水を飲みに来た。


今のままではいけない。

だが俺達にはどうすることもできないのだ。


さすがに今のありすに危ないから一緒に来てくれなどと言えるはずもなく、一人で泉で顔を洗い、水を飲んでいた。


それがまずかった。


「目標補足」


唐突に声がする。

その声は明らかにありすの声ではない。

だが聞き覚えのある声だった。

振り返ると、そこには俺達を襲ってきた少女がいた。


「くそ!見つかった!!」


全力ダッシュで森の中を走った。

後ろを振り返る余裕などない。

今は少しでも早くありすに合流し、一緒に逃げなければいけない。

絡みつく木々をはねのけ、傷だらけになりながらも俺は洞窟にたどり着いた。


「ありす!見つかった!逃げるぞ!」


先ほどまでに小さな子供に見えたありすは、俺の一言を聞くとさっきの人物とは思えない速さで洞窟を飛び出した。


「どこにいるの!?」


「わからん!だが泉の方から追ってくるはずだ!!」


「残念。正解はあなた達の上よ」


その声の方を見ると、少女は宙に浮き、俺達を完全に射程内に捉えていた。


「兵装!!」


いち早く飛び出したのはありすだ。

軽装の鎧に金髪の髪で敵に斬りかかっていく。


「くそっ!兵装!!」


少し遅れて兵装し、無我夢中にありすを追った。

空を飛んだことなどなかったはずだが、俺の身体は思ったように空に浮かんでくれた。


ありすは槍を構え、距離を取っている。

だが敵の少女は兵装をする雰囲気もなく、初めて戦った時のようにただ淡々と俺達二人を見ていた。

今の俺達はすでに満身創痍と言っていい。

対してあちらは兵装しなくても俺達を圧倒できる相手だ。


勝ち目などない。


だが、ここで引くわけにもいかなかった。


「いくぞ!」


俺の掛け声で一緒に飛び出すありす。

だが予想通り、俺達の攻撃はかすりもしない。

それどころか、少女の蹴り一つで俺達は軽く吹っ飛ばされてしまう。

以前のような遠慮はない。

だがあまりにもこちらが弱っていて下手に手出しもできないといった様子だった。


「ありす、これじゃだめだ!」


「わかってる!でも!」


俺達がどうにか打開策を練ろうとしている時だ。

天から光に包まれた人物が降りてくる。

一瞬味方の誰かだと期待したが、その期待はあっさりと裏切られた。


「これはこれは。随分と弱ってますねぇ。千里、倒してしまっては駄目ですよ?あくまで捕縛にとどめておいてくださいねぇ。」


空から現れたのは少女の契約している神だろう。

今までの相手とは明らかに違う圧があった。


明らかに日本人ではない高い身長に、顔はにっこりと笑っていた。

その眼もとにはモノクルをかけている。

その神はゆっくりと俺達を観察できる位置まで来ると自己紹介を始めた。


「私の名はヘルメスと言います。そこの千里のご主人様、と言えばわかってくれますかねぇ」


俺達は声を発することができなかった。

決して圧に呑み込まれたわけではない。

むしろ威圧はそんなに感じない。

これは神の圧だ。

神としての格の圧。

今の俺達じゃどうあがいても勝てない。

それが一目見ただけで分かってしまったのだ。


ただでさえやっかいな眷属。

その上勝つのが絶望的な神。

絶体絶命だ。


「返事がありませんねぇ。まあいいでしょう。私はあなた達二人を拘束しないといけないわけですが……なんだか弱い者いじめみたいになっちゃいますねぇ」


俺達二人を見て何事かを考えているようだ。

敵は今すぐ俺達をどうこうする気はないんだろう。

だが戦力では手も足もでない。

俺達はすでに限界。

これでは敵の思うつぼだ。

何か……何かないのか、この状況を打開できるものは……。

出来るだけ遠くに……一瞬で逃げ切れるような……。


「ヘルメス様、私一人で大丈夫です。ヘルメス様はそこで見ていてください」


「そうですねぇ……。それがベストですか。では引き続き千里にお任せするとしますかねぇ」


「ありがとうございます」


冷汗が顔を滴る。

眷属の千里って女の子一人にも勝てる筋はない。

だが俺達は逃げ切ればいいだけだ。

一人ならなんとか隙があるだろうか?


「悠真、私に考えがある」


「なんだ」


「私に掴まって」


何を言い出したのかわからなかったが、少なからずありすはこのの状況を討ち破れるものがあるんだろう。

今はありすを信じるしかない。

俺はありすの腕をすぐに掴んだ。


「いつまでもやられっぱなしじゃないわよ」


ありすの手には小さな鉱石が握られていた。


「魔石……千里!!」


ヘルメスが俺達の行動を察知して叫ぶが、ありすの方が早かった。


「天翔けよ!【次元飛翔】!」


ありすの手に握られていた小さな鉱石が光り輝き、視界が一気に白く染まる。


「そんな隠し玉を―――」


ヘルメスの言葉を最後まで聞き終わる前に、俺とありすはその場から消失した。











◇◇◇











「悠真……大丈夫?」


何が起きたかはわからない。

だが俺達は先ほどの場所にはいなかった。

場所はまだ冥界。

空中にいたはずだが、いつの間にか地面に降り立っている。


それにしても体の内側からぐちゃぐちゃにされたような奇妙な感覚がある。

何をしたかはわからないが、とにかく気持ちが悪かった。


「あり……す……って、お前こそ大丈夫か」


俺の事を心配していたありすは俺にしがみつく形で隣にいた。

俺よりも苦しそうに、息も絶え絶えの状態だ。


「私は……大丈夫だから……でもごめん……すぐに近くの洞窟を探して……連れて行ってくれると助かるわ……」






俺はありすを支えながら手頃な洞窟を探した。

幸いにも洞窟はすぐそばにあり、ありすを寝かせるにも十分なスペースがある。

俺は適当な葉っぱで布団を作り、ありすを寝かせた。


「ありがと……」


「礼はいいよ。むしろありすが助けてくれたんだろ。さっきの……よくわからないので……」


俺にはただ鉱石が光っただけに見えた。

だが俺達はどこかに移動し、俺もありすも体調を悪くしている。

少なからず何度も使える代物ではないだろう。


「魔石……って言うものよ。中に魔法が封じ込まれているの。悠真のSAみたいなものかしらね」


「じゃあ中に入ってたのは移動する魔法ってとこか」


「そう。次元飛翔。一瞬で違う所に瞬間移動できる魔法よ」


「それってフレイヤのスキーズブラズニルみたいなものか?」


フレイヤの神器、スキーズブラズニルは好きな所に一瞬で移動できる神器だ。

そんな物が魔法で再現できるなら神器の価値としては下がってしまうのではないだろうか。


「その失敗作……って感じらしいわ。もっと複雑に呪文を魔石に封じ込められればスキーズブラズニルみたいな事もできるみたいなんだけど……これは欠陥だらけよ…。悠真もそれはわかるでしょ?」


この謎の不快感。

そして使ったありすの動けなるほどの体調不良。

どう考えても諸刃の剣だ。


「本当はここまで力を消費するわけじゃないと思うけど……今の私じゃね……それにここがどこだかもわからない……」


「その力は回復するんだよな?」


「えぇ、少し休めば大丈夫。でもこの手段はもう使えない。魔石は一回使用したら壊れちゃうから……」


ありすは自分の掌の中にある鉱石を見せた。

砕けて小さくなり、鉱石と言うよりもただの石になっている。


「これは本当の最終手段。最後の悪あがき……って所ね。私の力的にもそう遠くには飛べてないと思うし、次の策を考えないと……」


「今は寝てろ。動こうにも動けないだろ」


「そう……ね……そうするわ……」


ありすはすぐに目を閉じた。

ありすが回復した所で次の手などないだろう。

だが少しでも時間を稼げば蒼が助けに来てくれるかもしれない。


ぼぅっと考えていると、俺も疲れで眠気が出てきた。

本当は片方が起きて守っていないといけない。

だがそれすらする体力ももうなくなっている。


「ごめんね……………」


俺が夢の中に入る手前、そんな言葉が聞こえた…………。





















◇◇◇





















いつのまにか寝ていた。

寝ている間に敵に襲われたりする事はなかったようだ。

寝る前と状況は変わってないように見えたが、ただ一点、変わっている物がある。


「ありす……お前泣いてるのか?」


限界が来たのかもしれない。

いや、限界ならとうに来ていたのだ。

泣き腫らした証拠に目元が赤くなっている。

今も頬をつたうように涙が流れ出ている。


「ごめん……考え事をしていて、ちょっと……気にしないで……」


不安で仕方ないんだ。

ありすは俺に顔を見せないように顔を背けた。

どうやら身体を動かせるレベルには回復したらしい。


「敵が怖いのか?」


ありすはゆっくりと首を振る。


「そうじゃない。怖いとかじゃない。…………ただ……」


「ただ?」


「………こうなったのは私のせいだと思って……」


時折ありすは自分のせいだと言っている。

俺としてはありすに助けられた事は何度もある。

確かに最初はありすが巻き込んだようなものかもしれない。

だが、君丈や縷々が神だったのなら、いずれ俺はこっちの世界に足を踏み入れてる可能性はある。

なにより、暴走した時に俺を助けてくれたのはありすだ。


「そんな事ない。俺の事は俺の責任だ。むしろありすには何度も助けてもらってる」


「違う……私が巻き込んだのよ……私は悠真一人すら助けられない………」


「助けてくれただろ。俺が暴走した時だって……助けてくれたじゃないか」


どうやって助けてくれたのかはわからない。

ありすはこの事について頑なに口を割ろうとしないからだ。

だが実際俺は助かった。

むしろそれに関しては俺がありすを巻き込んだと思っている。


「悠真……」


ありすが身体を起こし、未だに止まらない涙を流したまま、俺のそばに寄ってくる。


「これは私の責任なの……私を悠真を守らなきゃいけなかった……」


ありすに責任なんてない。

俺が勝手に足を突っ込んだんだ。

こうなる事は安易に想像ができた。

俺は考えることをやめて、自分のエゴのまま皆にしがみついたんだ。


「ありすに責任なんかないよ……」


ありすは俺にさらに近づく。

泣き腫らした顔がよく見えた。


「だから……責任取らせて……」


「責任って……なんだよ……」


顔が近い。

ありすは限界を超えておかしくなってしまったのかもしれない。

だがそれは俺も同じだ。

ありすの行動を止めようともしない。


「ごめん……違う……私がわがままを聞いてほしいだけ……」


「………だから……なんだよ……」


ありすは俺の瞳をじっと見つめている。

俺もありすの眼を見た。

その瞳はすごく綺麗で、まるで吸い込まれてしまいそうだ。


「なぁ……ありすは……俺のことより蒼の事を考えてろよ……」


不意にそんな言葉が出た。

最後の抵抗だったのかもしれない。

このままだと俺とありすは超えてはいけない一線を越える。

それで今後どうなってしまうのか。

今はそれを考える余裕などない。


「私は……確かに優斗が好きだった……でも、私は降られたの……だから……前に進むために……力を貸して……」


「……………」


俺は何も言えない。

ありすが力を貸してと俺に頼めば、俺はその頼みを聞いてあげたくなる。

それだけ、俺にもありすには貸しがあると思っていた。


「今は何も考えないで……私の……あたまがどうにかなってしまったと……思ってくれていいから……」


ありすの手が俺の顔に触れる。

ありすが求めるなら、受け止めてやらなければならない。

それが……俺の贖罪なのかもしれない。


「ごめんね……今は私を受け止めて……お願い……」


顔の距離が近くなっていく。


近づくにつれてありすの息を感じる。


俺は動かず、ただありすを受け止めた。




唇が触れる。




初めて触れたはずの唇は、なぜか以前にも触れた気がする感触だ。




目を閉じる。




ありすの唇は柔らかかった。






二人ともおかしくなってしまった。






お互いへの罰なんだろうか。











だが、今この時は……。











触れ合った事のある唇。











その感触を思い出した時。





















俺の心臓は高鳴った——————





















◆◆◆




きっと誰でもよかったんだ。

優斗じゃなくてもよかった。

私はただ愛に飢えている。

こんな自分が情けない。

こんな自分が汚らわしい。

でもこんな自分なんだ。

これも私。


唇が離れた。


悠真は、どんな顔をしているだろうか。


悠真の顔を見れない。


軽蔑しただろうか。


でも、私は満足してしまったようだ。


だって、身体が熱い。


もっと欲しくなる。


どくどくと心臓が高鳴る。


これが愛、と言うものなのだろうか。


満たされていく感覚。


身体中の血が巡る。


悠真の顔は見れない。


でも、悠真も何も言わない。


悠真に罪悪感を与えてしまったかもしれない。


でも私はこんなに体が熱くなるほどに満たされてしまうんだ。


私のわがまま。


それでも今この瞬間だけは本物でありたい。


身体をめぐる血が、私の身体を熱くさせている。


夢の中にいるかのようにも感じる。











ぴちゃ











水の音がする。










べちゃ











この洞窟に水はあっただろうか。











ぴちゃ、ぱちゃ











でも今はそんな事どうでもいい。











ばちゃ、ぴちゃちゃ











だってこんなにも身体が熱い。











ぴちゃ











もっと悠真を感じたかった。











ちゃぷ











悠真と触れ合うために足を動かそうとした。











ちゃぷん











だが足は動かない。











たぷん











私の身体はどうしてしまったんだろう。











ちゃぷ












私は自分の身体を見た。











ぴちゃ











私の身体は、槍で貫かれていた。






「え………」


自分の服が赤く染まっている。

止めどなく、腹部から血が流れ出ているのがわかる。

私の腹部にはよく知る槍が刺さっている。

オーディンのグングニル。

それがなぜ、今私に刺さっているのか。

理解ができない。

思考が回る。


「っっっっ…………」


自分の状況を把握した時、今まで感じなかった激痛が脳内を駆け巡った。

その痛みから逃れようと体が動く。

動く度に私の身体からは命が零れ落ちていく。

グングニルに殺傷能力はない。

いや、そういう風に使えるだけだ。

考えもまとまらないまま、私の意識は遠くなっていく。


だが、私の意識は遠のくどころか、引き上げられてしまう。


「っっっっっ………!!……くぁ……………ぁ……が…………!!」


私の身体からグングニルが引き抜かれていく。


引き抜かれるのと同時に私の中からも色んなものが抜け落ちていく。


全てを抜き終わると、待っていたかのように大量の鮮血が体内から溢れ出した。


悠真の表情は見えない。


きっと暴走が始まったんだ。


「ゆう……ま………」


私の声は届かず、悠真はそのまま洞窟を飛び去ってしまう。




これは報いなんだろうか。




私が巻き込んだ報い。






私が悠真一人守れなかった罰











洞窟の中、一人死んでいく。











ふと、優斗の顔が見えた。
















あぁ、私って奴は………
















最後に出てくるのは優斗の顔なんだ…………。




















なんて傲慢なんだろう。





















それでも、この声が優斗に届くのならば………。





















もし、最後の望みが叶うのならば…………。

























「悠真を………………助けて…………………」
















そして私は深い闇の中へと落ちていった…………。











三章

 四幕【逃走】

    ―完―


どうも零楓うらんです。

精神の限界から狂ってしまう二人……。

ありすはどうなってしまうのか……。


かなりシリアスな回だったかなと思います。

二人の内面が少し見えたでしょうか?

特にありすの雰囲気の違いはどんな過去を過ごしてきたのかを想像していただけると筆者としては嬉しく思います。

詳しい過去は外伝でも取り上げるので、詳しい内容が知りたい人は外伝をお待ちください。

それではまた次の話で会いましょう。

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