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ヴァルハラの戦神  作者: 零楓うらん
第三章 【桂木悠真】
13/14

三幕【神堕ち】

【前回のあらすじ】

新たなる敵と対峙する悠真達。

相手は冷静沈着、実力差も明白。

兵装を身に着けた悠真も、戦闘に自信があったありすもまるで赤子のようであった。

絶体絶命のピンチかと思いきや、そこに現れたのはオーディンである蒼だった。

蒼は明日詳しく説明すると言ってまたどこかに飛び立ち……。

目覚めの朝。

いつもと違う寝心地に、違和感を感じて起き上がった。

そこは学校の教室の一部屋。

暗く、カーテンで常に閉め切られているその場所はよく知っている場所だ。

魔術研究会。

俺とありすは昨日、謎の少女の強襲を受け、わけもわからないまま優斗に言われた通り魔術研究会で泊まることにした。

ロキはまた反発すると思っていたが、蒼から話は聞いていたようで、すんなりと寝場所を用意してくれた。

と言っても床に布団を敷いただけだが。


「俺……戦ったんだよな……」


今までも何度か戦闘はあった。

だが役に立てている感じもなく、ジークフリート戦に至っては俺の意識がないままに終わっていた。

まともに戦ったのは昨日が初めてと言うくらいの謎の充実感があった。


だが謎は何一つ解決していない。

俺達が狙われた事、今までと違い、捕縛する目的だった事、兵装が可能だった事。

何もかもわからない。

だがその答えはあいつが持ってきてくれるだろう。

昨日、俺達を助け、すぐにまた飛び出してしまった人物。

蒼希優斗、オーディンであるあいつが。






挿絵(By みてみん)

―ヴァルハラの戦神―

三章 三幕【神堕ち】






「ちょうど起きた所だったか」


部屋の扉を開けたのは蒼だ。


「優斗、もう用事は済んだの?」


「……とりあえずな」


昨日は俺達を助けた後、明日話すと言ってすぐに飛び出してしまった。

用事が済んだという事は、俺達に今回の事を説明しに来たんだろう。

だがその表情から事態はあまりよくないように思えた。


「ロキ、眷属達はどうした」


「警備に当たらせてる。結局俺を巻き込みやがって」


ロキはいつもの椅子でふんぞり返っていた。

なぜだか今回のロキは少し楽しそうにも見える。


「まあ礼は今度するさ」


「あぁ、たっぷり礼はしてもらう。だが今回ばかりは俺も興味がある。話を聞かせろ、オーディン」


やはり何かを企んでいるのか、ロキの口元は不敵に笑っていた。

優斗はそれを見てやれやれと言った感じで話を切り出した。


「まず俺は謝らんとならん。状況がわからなすぎて混乱してたのは俺もなんだ。もう少し慎重になるべきだった」


いつになく真剣な表情で謝る蒼。

だが謝罪よりも俺は先の話の方が気になった。


「謝罪はいい。それを言ったら俺がそもそも首を突っ込んだせいだろ」


「いや……まあそれはいいんだ。話を戻すか。元凶は俺が渡したオーディンチップだろう。そもそもあれに神の力としてそんな強大な力は入っていなかったはずだ。だが何かしらのトリガーになったのは間違いない。これは悠真にも言ったよな」


「あぁ」


蒼にジークフリートの顛末を聞いた後、俺はさらに詳しい話を蒼から聞いた。

詳しいと言っても、おそらくはチップが原因で、だがあのチップにはそんな力は入ってないという事だけだ。


「そもそも昨日だってオーディンチップは使った。蒼の言う通り、あれで暴走することはなかったよ。それにその力が無かったら俺もありすも殺されてたんだ。今回の一件がそれに関することだったとしても俺は後悔なんてしてないしお前の謝罪もいらないぞ」


優しく見守るような、それでいて心配するような表情を見せる蒼。

何か思うところはあるんだろう。


「まぁ……それに関しては俺も何が正解だったのかわからない。でも結局そこから問題は始まったのも確かだ。それでお前らの命が脅かされてりゃ意味ないんだ」


「ちょ、ちょっと待って!どういうこと!?昨日の子は少なくとも殺すとは言ってなかったわよ!?」


昨日の少女は【捕縛】と言っていた。

だからこそ俺とありすはあの窮地から生還できたともいえる。


「あぁ、あいつらに捕まっても、まぁ……最終的にどうなるかはわからんが、死ぬ可能性はあるだろうな。だが今言ったのは根本的な話だ」


根本的な話?

話が一向に読めない。

いや、それは嘘だ。

もう俺にはそのあとの言葉が予想できていた。

だがそんな事実認めたくはないんだ。


「このままだと……悠真とありすは死ぬ……もっと正確に言えば確実に殺される」


理解はしたくはない。

だがなんとなくわかっていた。

そもそも意識を奪われた状態であのジークフリートを圧倒できる力だ。

脅威となるのは間違いない。


「ありすには言ったが、悠真に起こったのは半神化だ。人が神の力を手に入れ、暴走した結果。主に眷属とかが力を持ちすぎた時に起こる一種の病気みたいなもんだ。だが普通に生活しててなるもんでもない……眷属がその主人の神を殺したり……殺そうとする力を手に入れた時……とかそういう人の道を外れた時に起きる現象なんだよ」


そもそもそれだと前提がおかしい。

俺は眷属でもなければ神の力を手に入れようとしたわけでもない。

ましてや神を殺そうとしたわけではないのだ。


「だから俺も不思議だった。そもそも起きるはずのない半神化。神の力をどうやって手にしたかわからないが、悠真は何かに触れたんだろう。それについては今もわからん。だがそもそもあの状況自体おかしいことだらけだった。悠真には悪いが、あの時お前は確実に死んでたんだよ。腕を斬られ、出血性のショックで意識を失った。普通の人間はそれだけでも死んでしまう可能性がある。それにあの出血量はとてもじゃないが普通の人間が耐えきれる出血量じゃなかった」


「俺が死んでた……?でも俺は……」


「そうだ、悠真、お前は生きてる。だから俺も動揺してた。状況をきちんと把握できていなかった。結果から言うと、悠真がなったのは半神化じゃない。神堕ちという現象だ」


神堕ち?

つまり神が堕ちる?

なんとなく意味は分かる。

だがそれこそありえない話ではないのか。


「じゃあ俺は死んで神に生まれ変わったとでもいうのか?」


「………わからん。どうしてもピースが足りない。だからお前は何かの力で強制的に神の力を手に入れた……そう考えると一応納得はできる。起きる現象としては似てるんだ。神が魔に堕ちて力が暴走する。まさか悠真が神になってるなんて思わないから俺は半神化だと思ったわけだ」


「でも、それなら結局同じことなんじゃないの?」


「現象としてはな。だが脅威度が段違いだ。それに半神化ならアリスの行動で収まったと思えた。だからこそ今後に問題がなければ俺は安全だと考えていた。だが神堕ちは、名の通り堕ちてるんだよ……。戻ることはない。」


半神化。

つまり半分が神になった状態。

人と神の境を踏み外したという事だろう。

戻ったならば人に戻った。

そういう解釈なんだ。


だが神堕ちはいったん堕ちたら戻ることはない。


「それと問題は悠真だけじゃない。ありす、お前も神堕ちしてるんだよ」


「私が?」


蒼は俺とありすがこのままだと死ぬと言った。

だからその結論に至るのはわかっていた。

だがだとしたら俺が巻き込んだって事じゃないのか?


「そもそも神堕ちは人に移るものでもない。これも……不可解なんだがな……ありす、お前は今、悠真の眷属だ」


「は?待て待て、なんでそうなる」


「だから普通はならない状況がいくつも重なってるんだ。だから俺も読み間違えた」


そもそも神の事を知らない俺が眷属を作れるのだろうか。

さすがに頭が追い付かなくなってくる。

蒼ですら混乱した状況を、何も知らない俺が理解しようとするのが無理な話なのかもしれないが。


「俺は眷属の作り方なんて知らないぞ」


「そうだろうな。そもそも眷属も神になったから簡単に作れるものではない。まあありすには眷属の素質はある事は間違いない。だがそれはあくまでオーディンの眷属としてだ。そもそも神堕ちが眷属を作るというのも聞いたことがない。そりゃ理論としちゃ神ではあるから作れるだろうけどな……普通は両者合意の上で眷属契約は成されるんだ。神堕ちしてるって事は理性なんて残っていない。その中で眷属を作るってのもおかしな話なんだよ」


「ねぇ、もしかして風の槍が出なかったのってそのせいなの?」


ありすが昨日の少女と戦った時にいつもは出せていた見えない力が出せていなかった。

俺は蒼に何かあったものだと思っていたが、あれは俺との眷属契約のせいで本来の力が出せなかったって事だったのか。


「そりゃあそうだろうな。ありすの力は天界のヴァルキュリアって言う天界所属の神が眷属契約した際に貰える力みたいなもんだ。能力は神に依存するからありすの場合は俺の風の力が適用されていた。それが神堕ちの眷属となった状態で使えるはずもない」


「なぁ、俺は一体何ていう神様なんだ?」


「悠真に神の名はない。神堕ちってのはそういうものだしな。そもそも元の名があったわけでもない。いわばフリーの神様、って所だ。そういう点ではこの前のジークフリートやロキ達と一緒だ」


「フリー?じゃあ俺とロキ達の違いって名があるかないか、みたいな話なのか?」


「超簡単に説明するとそう言う事だ。ロキの眷属にはヴァルキュリアの装備はない。兵装は概念みたいなもんだから出来るけどな」


何となく自分の状況は掴めてきた。

俺とありすは現在、名のない神堕ちした神と眷属で、兵装できたのも神の力があったから。

そして神堕ちした神は意識もなく暴れだす脅威がある。

だから昨日の少女は捕縛しようとしたって所か。


「ん?ちょっと待てよ。神堕ちした神は理性がなくなるんだろ?じゃあ俺はどうなるんだよ」


「それも不可解な所の一つだ。悠真とありすは現状安定している。それ自体はない事もないんだがな。神器も名も持たない状態で今の悠真みたいな存在が成り立っている例は見たことがない。逆に言うと、お前らは一種の爆弾なんだよ。いつ爆発するかわからない核爆弾みたいなもんだ。だから昨日の嬢ちゃんはお前らをあまり刺激したくなかった。だからこそ助かったとも言えるがな」


確かに力を使わせたくないと言っていた。

そう言う事だったのか。


「とにかく、あいつらに捕まってもいい未来は見えない。だからと言ってこのまま放置するのもあまりに危険すぎる」


「そこまで言うって事は解決方法があるって思っていいのよね?」


今のままでは無駄に不安を広げただけだ。

蒼ならその解決方法を持ってきてるというのは間違いないだろう。


「まあ原因もわからなければ不可解な状況だからこれも最善とは言えないけどな。取れる手段は二つだ。一つは神化する事。神堕ちは神に戻る事は出来ないって言ったけどな、そもそも悠真に神の名がないから神堕ちしてる可能性が高い。なら神の名を与えれば神堕ちは収まる可能性も高い。だが一旦神堕ちしてる以上、また神落ちしないとも限らない。それに神になるって言ってもそう簡単になれるわけじゃないしな……」


神になるという事は、蒼や君丈、縷々と同じ存在になるって事だ。

それはある意味俺が望んだ結果だろう。

俺は今まで自分のエゴで皆についてきていた。

それが本当の意味で仲間になれるなら悪い事ではない。


「二つ目は堕天することだ。これは正確には神堕ちしたまんまだ。堕天ってのは神堕ちを何らかの力で乗り越えた状態を言う。それこそ神器と名を得たとかな。だがこれはこれで問題もある。難しさは神になるのと同等かそれ以上。それに天界からは追われる身になる。堕天ってのは基本的に天界への反逆者の総称だからな」


どちらにせよ難しい事には変わりがないわけだ。


「それと悠真、これも言っておかなければならない。今ので分かったと思うが、お前が普通の人間に戻る事は一生できない」


「そんな……」


悲観そうな声をあげるありす。

だが俺には大した事実ではなかった。

そもそも君丈や縷々と同じようになりたいとさえ思っていたんだ。

今更人間に戻れないと言われても大した動揺はない。


「まあ神になれば基本的に死ぬこともなくなる。正確に言えば転生だが。堕天に関しても同じだ。状況にもよるが、ロキやジークフリートがいい例だろ。神としての力が足りなければ魂は普通に消滅するけどな。これは普通の人間と一緒だしそんな重要でもないだろ」


「え?ロキって神じゃなかったの?」


以前、神殺しの英雄の類と言う話も聞いていた。

堕天は天界の反逆者と言うなら、ロキはそういう点では確かに当てはまる。


「俺様にはそれを成し得る才能があったからな。神器を合わせるなんて芸当ができるのも、こうしてフリーの神として存在ができるのも堕天の力だ。オーディンが言った通り普通は神器が必要だが、俺様にはそれもない。普通に考えりゃ堕天なんかしようとするのが稀なんだよ」


「じゃあ、あの時の燃える剣はなんだったんだ?レーヴァテイン……だったか?」


「だから言ってんだろうが。神器をパクって合わせて自分の神器を作ってんだ」


難易度を置いといたとしても神になるというのはほぼ賭けだ。

だが堕天すると言うのも簡単じゃないらしい。


「まあ貴様の自業自得だ。ざまあないね」


自業自得。

全くその通りだ。

中途半端に神の世界に踏み込んだ結果がこれだ。

俺は一体何を期待していたんだろうか。


「とりあえず今はロキに守ってもらえ。解決方法については俺に心当たりがある。だがその為にもあいつらにはおとなしく待っててもらわないといけない。だから俺はこれからまた天界に行って交渉をするつもりだ」


「蒼……でも……」


「ロキの言う事は気にするな。悠真が自業自得ってんなら、俺がその道を引いたんだ。その責任くらい俺は取る」


俺は何を行ったらいいかわからなくなり、黙ってしまった。

最近の用事は全部俺とありすの為に色々と蒼が動いてくれていたんだろう。

蒼には迷惑をかけっぱなしだ。

もし今回の事が終わったら、何か蒼の手助けをしたい。

その為にも俺は死ぬわけにはいかない。


そうして俺とありすはもう一晩、魔術研究会で過ごすことになった。






◇◇◇






それから数時間たち、俺とありすは特に何をするわけでもなく魔術研究会に引きこもっている。

倒すべき相手だったロキに守ってもらうというのはなんとも変な気分だ。

それにロキは特段俺達に話しかけてくる様子もない。

沈黙に耐えかねたのか、それを破ったのはありすだった。


「ねぇロキ」


「あ?」


心底話しかけられるのが嫌そうな声を出しながら、読んでいた本からこちらに目を向けるロキ。

意外と面倒見はいいのかもしれない。


「私さ、優斗……オーディンが長生きしてるって聞いたことあるんだけど、神ってそんなに長生きなの?」


初耳だ。

見た目からしても同年代だと思っていた。

という事は君丈や縷々も、実はずっと年上なんだろうか。


「そんなわけないだろ。さっきあいつ自身が神は転生するって言っただろうが。普通は人の寿命と同じように神も死ぬ。そして神としての記憶を受け継いで転生すんだよ。あのオーディンが特殊なだけだ。まあ俺様には敵わないがな」


という事は君丈や縷々達はそうではないという事だ。

なんだか少しホッとした。


「じゃあオーディンくらいなんだね、400年以上生きてるのって」


「え?400年?」


せいぜい100何歳とかいう話かと思っていた。

それもあの見た目でと言うのもおかしな話だが、なんとなく神の力の何かなんだろうと想像はできる。

だがさすがに400年と言うのは驚きが隠せなかった。


「あれ?悠真には言ってなかったっけ?親代わりの話も言ってたから話したものだと思ってたけど」


「さすがに聞いてねぇよ……あいつの見る目が変わっちまいそうだ……」


あの飄々とした性格が400年を超えるおじいちゃん?

全く理解できない。


「まあ神と言っても色々だ。さすがにあのオーディンは特殊だが、普通より長生きする神とかそもそも最初から死なない神だっている。性格だって神の記憶が受け継がれるだけで一緒ではないからな。大概は似たような性格だが」


神の事情も一筋縄ではないらしい。

転生するってのはどういう感覚なのだろうか。

想像がつかない。


「もう一つ聞いていい?」


「駄目って言ったらてめぇは聞かねぇのかよ」


「もちろん聞くけど」


「じゃあそんなこと聞くんじゃねぇ」


ロキの事を一方的に悪い奴としてみていた。

だが、こう考えると眷属達がついてくるのもうなずける。

それに一番まともそうなヘル、椿さん、だったか?がなんでロキと一緒にいて、ロキ救出の時も頭を下げたか謎だったが、俺の知らない事情何て幾らでもあるんだろう。


「見た目を変えられるのもオーディンの特性なの?」


俺も疑問に思った所だ。

どう見ても蒼は400歳のおじいちゃんには見えない。

おそらくありすは今の蒼じゃない蒼を見ているんだろう。


「神の特性としては老けずらいってのは共通であるな。あくまで見た目が変わりづらい程度のものだ。幻術で見た目を変えるのは貴様もしているだろ」


「それって兵装がそうって事?」


「そうだ。兵装ってのはな、一種の暗示の魔法だ。自分の強い姿を自分に投影する。自分が強い姿を想像して見た目が変わってなければ興ざめもいいとこだ。だからそういう意味では見た目を変える事はどんな神だって可能だ。だが貴様の意図しているところのオーディンの見た目の変化はあいつの特異性でもなんでもねぇ。それもあのオーディンが特殊ってだけだ。そもそも今のオーディンの特異性なんざ力を奪う事程度だろうよ。本来はな」


「そうなんだ……」


ロキは説明することに飽きたのか、また本を読み始める。

ありすもそれ以上質問することはなかった。


親代わり、と言っていた所に少し納得がいった。

詳しい事情まではわからずとも、今の姿じゃない蒼にありすは育てられたんだろう。

それがいつの間にか恋心に変わっていった。

そんな所だろう。

娘が父親に好きだという言うようなものだったのかもしれない。

それがいつの日か自分と同じ見た目になり、親として見れなくなった……。

と、人の過去についてあれこれ妄想を膨らませる物でもないな。


俺とありすはそのまま床に敷いた布団に寝転がる。

硬い床に敷かれた薄っぺらい布団と毛布。

寝心地は最悪と言えるだろう。

正直疲れが全然取れない。

ありすがなんだか元気がないように見えるのもそのせいなのかもしれない。


「屋内で寝れるだけましだと思え」


ふいにロキがそんな事を言い始めた。

俺の心を読んだのかもしれない。


「まるで外で寝たことがあるみたいだな」


「まあな」


相変わらずロキは本を見ている。

なんだか今日のロキはやたらと優しく見える。

ロキはロキでなにか壮大な人生を送ってきているのかもしれない。

それは、今も昔も。


聞いてみたい好奇心もあったが、ロキはそれを嫌がるように背もたれをこっちへ向けた。

誰にだって聞かれたくない話はある。

思い出したくない過去もあるだろう。


今日のロキは、何かを思い出したのかもしれないな……。


そんな事を考えながら、俺は夢の中に落ちていった。






◇◇◇






「起きろ、くそ野郎共」


ロキの言葉が頭に響く。

前にも感じた頭の中に直接語りかけられる感覚だ。

その声で起こされ、不快に感じながらも俺とありすは身体を起こした。


「くそオーディンからの伝言だ。今すぐ逃げろ」


蒼からの逃げろ、との通告。

その言葉で俺とありすは一気に覚醒する。

おそらく交渉は失敗したのだろう。


あの少女が今にもやってくるはずだ。

もしくはもっと強大な敵が……。


「っても逃げるってどこにだ」


「ここに入れ。ヘルの冥界に繋がってる」


ロキが指さしたのは、以前ロキと戦った場所へ繋がる通路だ。

今はフレイヤのスキーズブラズニルのような異世界への扉と化していた。

だがあの時の神々しさはなく、入ったら異次元に吸い込まれて二度と戻ってこれないようなおどろおどろしさがあった。


「冥界についたら適当な所で身を隠してろ。あのオーディン様が助けに来てくれるだろ。食べ物や水はそこら辺の者を食っても今の貴様らなら害はない。冥界の獣とかはいるだろうがそれも貴様らなら対処できるだろ」


「獣だと?そんなのどうやって―――」


「早くいけ」


早口に説明をして俺とありすはロキに背中を蹴っ飛ばされてしまう。

せめてもう少し優しくする心ってものがないものだろうか。

まあロキなりの優しさではあったのだろうが。




◇◇◇




「いってぇ!」


着いた先はうっそうとしたジャングルだった。

普通のジャングルではなく、暑さなどがあまり感じられない。

植物もなんだか不気味なものばかりだ。

空には太陽も月も見当たらず、薄気味悪い紫の空だった。

明らかに普通の世界ではない。


「ここが冥界なのか?」


冥界と言うからには死者の住む場所的な所だろうか。

ヘルの冥界とか言っていた気がするからおそらくそうだろう。

ヘルは確か地獄だかの管理をしている神の名だったはずだ。

つまりここがヘルの管理する地獄、冥界だという事だろう。


幽霊的なものが出ても特段怖くはないが、ここの雰囲気には慣れそうもない。


ありすの存在を探すと、すぐ横でありすは土埃を払っていた。

当たり前のように来た時の通路は消えている。

俺も立ち上がり、軽く土埃を落とした。


「行くよ」


冷静沈着なありす。

その瞳には強い意志が感じられた。

俺達は生きていかなければならない。

蒼の為にも、自分たちの為にも。






しばらくするとちょうどいい洞穴を見つけた。

ここでしばらく身を潜めようとありすが提案してきた。

ありすは蒼と旅をしていたと言ったくらいだ、こういうサバイバル的な生活は慣れているのかもしれない。

ありすにおんぶにだっこは格好が悪いが、今はありすの言う事をよく聞いておいた方がいいだろう。











食べられそうな木の実や水はすぐに見つかった。

だが見つかっただけで、とてもじゃないが食べられそうな見た目はしていない。

ロキの言う事を信じれば害はないはずだ。

勇気を出して食べてみたが―――


「………美味しくないな」


という感想だ。

贅沢は言っていられないので、いくつかの木の実と水を洞窟に運ぶ。

しばらくはこの生活で我慢することになるだろう。





















「まさかサバイバル生活する時が来るとはな……。一気に疲れた……」


「同意見ね。この環境ではとてもじゃないけど長くはもたないわ」


しばらくすると連絡の一本もあるだろうと、数日は過ごす覚悟を決めた。


大きな葉っぱを敷き布団と掛布団代わりに。

でかい泉でお互いを警護しながらの水浴び。


服は着ている物しかなかったため、多少洗って着まわした。

洗ってから火の近くで干しておけばすぐに乾いたため、そんなに問題はない。

言っていられる環境でもないかもしれないが、お互いの羞恥心の為に最低限の努力もした。


最低限の生活だけは出来ていただろう。































何日たっただろうか。


冥界には朝も夜もなかった。

それもそのはずだ。

朝や夜に必要な太陽がない。

月すらないのだから。


おおよそ五日だろうか。

実際は一週間くらいたっているかもしれない。

時間間隔が掴めないというのは意外と消耗するようで、俺とありすは次第にこの環境に疲弊していった。


連絡の一本くらいは来るだろうと思っていたが、何一つそれらしきものはまだない。


















































二人とも、精神の限界が来ていた…………。











三章

 三幕【神堕ち】

    ―完―


どうも零楓うらんです。

予想外な状況、知らない所で巻き込まれていく悠真達。

そんな二人の精神状態は……。


自分のわからない所で自分達が追い詰められていくと言うのはかなりの精神負担ですよね……。

これは裏話ですが、作中で何日も過ごしているように感じるでしょうが、冥界では言うほど時間は経っていません。

だけど昼も夜もなく、いつ追手が来るかもわからない緊迫した状況。

悠真とありすの精神状況から何日も経過しているように感じているだけです。

ですが当たらずとも遠からず。

数日は過ごしているので精神は擦り切れてしまっています。

そんな二人はどうなってしまうのか!?

それではまた次の話でお会いしましょう。

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