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ヴァルハラの戦神  作者: 零楓うらん
第一章 【始まり】
1/14

一幕【出会いの先に】




人々が歩く地上より遥か高い高層ビルの上。

その少女は一人夜の風を感じていた。


「気持ちいい風……」


風がその少女に当たるたびに綺麗な長い茶色の髪が揺れる。

だがその姿を見る者は誰もいない。


「ここに手掛かりがあるはず……」


少女は地上の明かりを眺めていた。

そこに何かがあるわけではない。

ただ街並みを見つめているだけ。

だがそこに何かがあると信じる瞳で。


強い風が少女を襲う。

少女は身じろぎもせず、むしろ気持ちよさそうに目を細めた。

長い髪が揺れるのも気にせず、その風が待つのを待つ。


「オーディン……必ず見つけ出す」


次に目を開けた時、少女は決意を込めた眼差しで眼下を見降し、そしてその身をビルから投げた。




挿絵(By みてみん)

―ヴァルハラの戦神―

一章 一幕【出会いの先に】




技術革命と言うのは科学者の地道な努力の末に、一般市民に唐突に供給される。

唐突と言うのもおかしいのかもしれないが、その全貌を最初から知っている物など今の世の中少ないと思う。

大抵の人はより良い生活、より良い技術にどんな過程があるのかなど気にしない。

気にしたとしてもそれは最初だけだ。


その最初にあたる実験に選ばれたのが成神市。

俺が住む町だ。


最新技術が持ち込まれるまではこの街は極々一般的な町だった。

田舎町と言っても過言ではない。

だが数年前に技術革新が起こり、この町は一躍最新技術が集まる科学都市となった。


高層ビルが立ち並び、人々がせわしなく行き交う。

と、言ってもそれは一部の話しだ。

確かにこの町、成神市は最先端の科学技術が試験的に導入されている科学都市にはなったが、町の中心以外は今でも田舎の雰囲気が残っている。

むしろ中心部に行く人が多くなったせいで過疎化はさらに深刻となったと言える。


そして俺はそんな科学技術の中心の学校……ではなく、過疎化が激しくなった田舎の学校に通っていた。

田舎といっても各学年にクラスは2つあるし、まあ一般的な学校だろう。


「HR始めますよー。席についてくださーい」


最新技術を享受されていても、普段の生活に特段の彩りはない。

確かに数年前と比べれば俺の日常も変わった。

変わったが、いきなり異世界に飛ばされて何もわからないまま放り出されて冒険したり魔王と戦ったりするわけではないのだ。

現実は面白みにかけたわくわくのない日常なのだ。


(転校生か……)


ふと隣の席を見ると、昨日まで隣にいたはずの幼なじみが一個隣の席にうつっていた。

最近では最新技術を享受しようと成神市に人が集まってきているせいで転校生も多い。

学校側もうまく調整ができていないようで、転校生が来るたびに席替えなどが行われていた。

これも今では見慣れた光景、【日常】と言うわけだ。


「………?ぇへへ~♪」


こっちを見ていると勘違いした幼なじみが俺に手を振ってきた。

何も考えてなさそうな朗らかな笑顔。

いつもの笑顔に落ち着くと共に、心配になる。

いつまでものんきなこの幼なじみにはこのままでいてほしい反面、いい加減しっかりして欲しいと言う気持ちがあるのだ。


「まぁ……昔はもっとお転婆だったが……」


どっちがいいかと考えると何とも言えない気持ちになるのだが……。


「はい、では転校生を紹介します。姫野川さん、入ってきていいわよ」


担任がそう言うと、教室の扉が開く。

その先から現れたのは綺麗な長い髪をした女生徒だった。

華奢と言うほど細くはないが、しまりのある身体と言うべきか、とにかくスタイルがいい。

髪型も相まってその風貌はどこかの令嬢を思わせるような美しさだった。


腰まである長いストレートな髪は、教室の窓から入る日光が反射し、きらきらと輝いているように見える。

身長は平均よりも少し高いと言った所だろうか?

高すぎず低すぎず。中途半端になりがちな身長なのに、むしろそれが女性らしさと女の子らしさを感じさせ、とにかくバランスがいい。

俺は男子の中では身長が低い方だが、さすがに俺の方が身長は高そうだが。


まるでお人形のようだった。

普段転校生が来るとはしゃぐクラスメイト達からも、息を呑むような声が聞こえるほどだ。


「皆さん初めまして。姫野川ありすと言います。遠い地から引っ越してきたのでまだこの町には不慣れですが、少しでも早くここでの生活に慣れ、皆さんと良い学園生活が送れればと思っています。どうぞよろしくお願いします。」


綺麗なおじぎについてきた、さらりとした髪の毛先にまでも目が奪われるようだった。

担任に説明され、その子は俺の横までやってくる。


「これからよろしくお願いします」


俺がじろじろと見ていたせいだろうか、視線に気づき一礼する転校生。

興味のなかったはずの転校生に目を奪われ、さらには舐めるようにじろじろと見てしまった罪悪感に襲われ、俺は少しそっけなく返事をしてしまった。


「桂木悠真。よろしく」


なぜか驚きのような感情が目に映ったが、転校生は即座ににっこりと微笑み返し、自分の席に着いた。

自己紹介が返ってくると思っていなかったのだろうか。

意外と失礼な奴かもしれない。


気恥ずかしさを消すために窓の方を眺めていると、次第に授業が始まる。

今日の一限目は歴史。

しかもこの町の人ならだれもが知っている成神市の神話伝承だ。

時々地方にはそういう伝承が残っているが、俺はそんなものに興味はない。


「もし神様がいるなら俺の退屈で憂鬱な日常を壊してみてくれよ」


まだ軽くざわつきが残る教室。

だがこんな綺麗な転校生の話しだっていずれ日常になるのだ。


(もう7月か……)


高校生活の折り返し地点。

高校二年の俺はあと半分もこの退屈な日常が続くことに飽き飽きしていたのだった。




◇◇◇




時間は昼。

俺はいつものように屋上に来ていた。

幼なじみとご飯を食べるためだ。


俺には幼なじみが二人いる。

一人は昨日まで隣の席にいた埜口縷々。

もう一人は今俺の横でカツパンをむさぼっている新庄君丈だ。


「でよ悠真、不良狩りの女神の噂はもう知ってるか?」


君丈はいわゆる情報通と言うやつだ。

集めてくる内容はしょうもない噂話から最新技術の情報まで様々。

8割はしょうもない噂話だが。

どこで仕入れてくるのかはわからないが、とにかく多岐に渡っていろんな話を持ってくる。


「不良狩りの女神?なんだよその相反した二つ名の女神様は。今時の小学生だってもっとましな二つ名をつけるぞ」


「俺も詳しくは知らねぇけどよ、最近不良を懲らしめている女の子がいるんだとよ」


「不良を懲らしめる?女番長的な奴か?ならそれはただの女番長だろ。」


「そのただの女番長にならない理由があるから女神なんだろ。なんでも超絶美人なんだってよ」


「またその手の話しか……どうせ尾ひれがついてるに決まってる。それにお前、女には困ってないだろ」


君丈はさわやかイケメンと言う言葉が似合う男だ。

サッカー部のエースで男にも女にも分け隔てなく優しい。

そんな君丈を女子が放っておくわけもなく、絶えず色んな女の子から告白されている。

だがことごとく断り続けるせいで、一時期は俺と付き合っているんではないかと噂になったぐらいだ。

もちろんもう一人の幼なじみ、縷々と付き合っている噂も出た事がある。


「悠真、わかってないな。」


「何がだよ。」


「考えてもみろよ?超絶可愛い女の子が不良と戦ってるってだけでなんか燃えるし萌えるだろ!」


「はいはい、そうだな。何か武道でもやってんじゃねぇの。」


正義感にあふれてるやつなら不良を更生させるとか言ってそういう事をやりそうだ。


「超絶可愛いと言えば、今日の転校生がすごかったな~。悠真、席代わってくれよ♪」


「別に代わってやってもいいが、どうするんだよ」


「どうするって?どうもしないけど?」


「じゃあ代わる意味ないだろ」


「悠真……わかってないな……横に美少女がいるだけで学園生活は楽しくなるもんだぜ?」


「……お前は本当に何がしたんだよ……」


そんな事を言うなら誰かの告白を受ければさらに楽しい学園生活が送れると思うのだが。

まぁこれも含めて君丈と言う奴なんだろう。

日常に飽き飽きしながらも、いつも通りの君丈や縷々を見ていて安心もする。

案外日常なんてのはそういうものでいいのかもしれない。


「まぁでもあれだよな~。ああいうのが高値の花って言うか、お嬢様って言うか、違う世界に生きてる感じするよな~。」


「君丈だって負けてないだろ。」


「お?嬉しい事言ってくれるね。俺の事が好きなのか?付き合うか?」


「冗談はやめろ」


「俺は勉強の方はたいしてだからなぁ。才色兼備?品行方正?違うな、なんて言ったっけああいうの」


「その二つもあってると思うが、君丈が言いたいのは文武両道だろ」


「それだ。さすが悠真」


転校初日からその活躍ぶりはすでに校内に知れ渡っているだろう。

午前中の授業ではまだ勉強していない先の授業の内容まで網羅し、家庭科では先生を唸らせる料理を作った。

だが一番目を引いたのは体育の時間だ。


華奢の体のどこにそんな筋肉があるのかと言う超人的な動き。

その運動神経ぶりには正直引くレベルだ。

だが、汗一つかくことなく優雅なたたずまいで何事をもこなしていく姿は、確実にファンクラブがもう出来上がってると思うほどだった。


「案外、姫野川がその不良狩りの女神なのかもしれねぇぞ」


「その発想はなかった……。悠真、お前天才か?」


「天才ではない。あの身のこなしなら確実に何か武道もやってるだろうし、可能性としては考えられるだろ。まあその女神が本当にいるならの話しだけどな」


「謎の美少女転校生……その実態は町を守る正義のヒーローってか?くぅーーー!いいねぇいいねぇ!」


「お前、最近そういうアニメ見ただろ。」


「なんでわかった。悠真、お前天才か?」


「……………」


事実は小説より奇なり。なんて言うが、そんな都合のいい事が起こるわけがない。

女神の話しだって、真実は大した話しじゃなく、尾ひれがついただけだろうし、転校生だっておそらく本当にどこかのお嬢様が何かの理由でうちの学校に転校してきたんだろう。

あくまでイメージだが、お嬢様って幼少から厳しい英才教育を受けてる感じするしな。


「ま、なんにせよ悠真、お前も気をつけろよ」


「何をだよ。お嬢様の隣にいて嫉妬を買う事をか?」


「それもなくはなさそうだが……町の不良の事だよ。」


最新技術は町の生活を革新させた。

それは間違いない。

だがその反面、過疎化が進んだ田舎は今、不良たちが増えている。


それは最新技術に反対しているとか、何かに追いやられたとかではない。

むしろ、その不良たちは最新技術のせいで増えたと言える。


「【SA】のせいで増えた不良か……。俺が言うのもなんだが、力を持つと人は強くなった気になるもんだよな」


System Armorシステムアーマー

成神市に持ち込まれた最新技術。

簡単に言うと身体のサイボーグ化だ。


だが機械の腕が露出しているという事もなく、あくまで見た目は普通の人間と変わらない。

だが主に手足にその手術を受けた者は、SAチップと言う特殊なチップを挿入口に入れ、インストールさえすれば様々な恩恵が受けれる。

筋力増強、多段階アーム、簡易バーナー。

様々な種類があるが、主に用途は日常生活のサポートに留まっている。


危険なSAチップなんかは中央で管理し、独自に研究を行っているらしい。

俺ら、一般市民に回ってくるのは比較的安全なチップで、値段も比較的手頃に提供されている。

だが、そんなものでも使い方を誤れば悪い使い道などいくらでもある。

それが最近の不良の活性化と言うわけだ。

人は力を身につけると、日頃の鬱憤を晴らしたく者なのかもしれない。


「悠真はその力で強くなった気になったのか?」


「……どうだろうな……」


俺もSA手術を受けた一人だ。

金さえ払えば手術も受けることができる。

チップだって買える。

試験運用を目的としているだけあり、SAはこの町限定で稼動する仕組みになっている代わりに、かなり安く手術を受けられる。

安いと言っても学生にはかなりの大金だったわけだが……。


「それに悠真……お前の持ってるチップって改造チップだろ?」


光があれば闇がある。

表で普及しているのは日常生活をサポートする程度のものだが、どこからか改造チップと呼ばれる危険な機能を解放するチップが出回っているのだ。


「まぁ俺だって使いどころがなければいいと思ってるよ」


俺はある経緯でそのチップを偶然手に入れた。

普通のチップを買う金が足りず、俺が持っているのはそのチップだけだ。

今まで使う機会は一回も来ていない。


もちろんこの改造チップは不良たちも持っている物がいる。

だからこそ普通に取り締まるのも危険で、放置されがちなのだ。


「そう考えると、女神さまってのもSA持ちなのかもしれねぇな」


「そりゃあそうだろ。じゃなきゃいくら武道をやっていて強くたって、SA持った連中に勝てねえよ。」


「悠真、お願いだからお前はそんな危険な事すんなよ」


「なんだ?不良をやっつけるのは燃えて萌えるんじゃなかったのか?」


「そりゃ知らんやつが勝手にやるぶんにはな。でも悠真がそれをするなら俺は全力で止めるぞ」


「やんないから安心しろ。わざわざ問題事に足突っ込んだりしねぇよ」


普段は飄々としている君丈だが、俺や縷々に危険が及びそうになった時は真面目な顔つきになる。

俺達を真剣に思ってくれている証拠だ。


でも俺だって二人を守りたいと思ってんだ。


「だから俺はこの力を……」


「ん?なんか言ったか悠真」


「なんでもねぇよ。ほら、昼休み終わるぞ」


退屈な日常から抜け出したい。

だがその一方、俺は日常を守りたいとも思ってるんだ。

だからきっと、神様なんて降りてこない方がいいのかもしれないな。




◇◇◇




学校が終わり、俺は今日一日を振り返っていた。

退屈な日常を少し壊すような転校生の登場、不審な女神の噂、不良達の活性化。

中でもとりわけ転校生の事は頭に残っていた。


午前中の授業で注目を浴びた転校生、姫野川ありすはもちろん午後も快調だった。

あまりにも優秀で先生達が不憫に思えたくらいだ。

なんせ、先生の間違いを即座に正してくるのだ。

教える立場としてはたまったものじゃないだろう。


「ありゃしばらくしたら姫野川の勢力で一新されるな」


どんな学校にも仲のいいグループや派閥がある。

もちろんうちの学校にもそういうものがあるが、あそこまで目を引いて人気のある姫野川についていく人は多いだろう。

目立った芽は摘まれがちだが、人は対抗する勢力が大きすぎると諦めるものだ。


「中にはずっといちゃもんつける奴とかもいそうだけど……。まあしばらくは姫野川の話しでもちきりなのは間違いないな」


不良狩りの女神の話しも気にはなる。

もしそれが姫野川が本当にその女神ならなおさらだ。


「それはねぇか……。あのお嬢様が人を殴るとことか想像できないしな」


それにもし本当に姫野川が女神だったとして、俺はどうするつもりなのだろう。

そんな事は危ないと言って止める?

いや、ありえないな。

俺は君丈と縷々が守れればそれでいい。


「って……なんだか君丈に影響されすぎたな……姫野川がそもそも不良狩りの女神なわけないんだから……」


いつもなら幼なじみのどちらかと一緒に帰るとこだが、今日は二人とも部活で忙しい様で、一人で帰宅している。

寂しさのあまり独り言をつぶやくぐらいだ。

いい加減それぞれの進路に進む時期だし、俺も幼なじみ離れしないといけないかもしれない。


「まぁ……ずっと一緒だったかな……」


子供の頃からいろんな事をした。

色んな所に行った。

子供らしく冒険ごっこなんてのもした事があったな。


「懐かしいな……あいつらと離れるなんて想像できねぇなぁ」


一人感慨にふける。

考え事をしていると人は周りが見えなくなるものだ。


「……ここどこだ?」


いつの間にか知らない場所に立っていた。

どうやら道を間違ったらしい。

目の前には古びた廃工場。


おそらくSA普及の影響で中央に行ったか、潰す事を余儀なくされた町工場と言った所だろうか。


「町工場……っていうには広いか。これ倉庫だよな」


荒れに荒れた廃工場と倉庫。

うかつに中に入ってから気づいた。


(あれ……こういう所って不良のたまり場なんじゃね?)


「あぁ~?誰だおめぇ~!」


不安的中。

というかこんなお約束の展開ってあるだろうか。


「あ、俺はちょっと迷っただけって言うか……」


「ここを轟さんのテリトリーだと知って入ってきてんだろうなぁ~?」


轟。

その名は聞き覚えがあった。

近くの工業高校で有名な不良のトップの名前だ。

俺が通っている成神第一高校と距離が近く、何かと絡まれて問題事になりやすい。


「その制服、第一の奴だなぁ?轟さんの喧嘩売りに来たんかこらぁ!?」


「いや、本当にちがっ――」


「轟さん!殴り込みっすよ!」


こっちの話しを聞く気はないようだ。

少しイラつく気持ちがあるが、ここで事を荒げてもいい事はない。

どうにかしてこの場を離れることを考えなければ。


だが状況はそれを許してくれなかった。

いつの間にか周りは他の不良共に囲まれ、逃げ道はない。

冷や汗が頬を伝うのと同時、倉庫の奥から体格のいい男がやってきた。


「俺に喧嘩売りに来たやつがいるって出てきてみりゃ、雑魚そうなひょろガキ一人かよ。まぁちょうどいい。俺は今腹の虫どころが悪くてな。憂さ晴らしに付き合ってもらおうか」


だんだん見えてくる容姿に俺は冷や汗が止まらなかった。

噂には聞いていたが、轟は全身を筋肉で固めた戦車のような男で、身長も2メートルほどありそうに見える。

実際はそんなにないかもしれないが、俺が身長が低いせいもあって、その圧迫感は俺の足を一歩引かせた。


「ちっ」


あまりに状況の打開策がなさ過ぎて舌打ちが出る。

体格もさながらだが、轟はSA手術を両腕にしていると聞いたことがある。

それはつまり右手だけSAの俺では手数も足りていないという事だ。

どう考えても勝てる見込みはない。


だがここで何もせずやられるわけにもいかない。

相手が一方的に仕掛けてくるなら俺だってあがくだけあがいて見せるさ。


一か八か。

SAを起動させようと右手に意識を集中した時だった―――


「待ちなさい!」


それは一陣の風と共に降り立った。

降り立った瞬間、ふわりと揺れる髪が綺麗で、目を奪われる。

夕方の日光に反射し、淡く光る茶髪の髪は見覚えがある。

今日何度も目で追ったあの髪だった。


成神第一高校の制服の後ろ姿。

いつも見慣れている制服がここまでかっこよく見えた事は一度としてない。


「少年。私が来たからにはもう安心だ」


聞き覚えのある声で、でも聴きなれない言葉遣いで。

でも目に焼付いたその姿を見間違う事もなく、俺はその少女の名を呼ぼうとした。


「ひめのが―――」


だがそれはその少女が振り返ったのと同時にかき消される。

その顔は見覚えのないものだった。

いや、正確には仮面をしていたのだ。


日曜朝八時ににやっている子供向けの戦隊ヒーローの仮面を。


「てめぇ誰だ!ふざけてんのか!」


不良の一人が叫んだ。

そりゃあ戦隊モノの仮面つけた女の子がいきなり現れたらそういう反応になるだろう。

俺だってふざけてるのかって言いそうになった。


「てめぇ……なにもんだ?お仲間さんを助けに来たのは勇敢かもしれねぇが、女一人増えた所で何ができるって言うんだ」


轟が問いかけると、謎のヒーローはゆっくりと俺から轟の方に視線をうつす。

その佇まいに怯えはなく、場慣れしているように見えるのは俺だけだろうか。


「お前達には聞きたい事がある。私にやられて不名誉な事になりたくなければ、この少年を見逃し、素直に情報提供に応じろ。私は無駄な血は流したくない」


「はっ!いい度胸だぜこの嬢ちゃん。もしかしてあんたが噂の不良狩りか?ならお前の伝説はここで終いだ!この俺、轟強矢様の目の前に現れた事を後悔するんだな!」


噂の不良狩りの女神。

それは一瞬頭をよぎった。

だが本当にそうなのか?


どちらにしろ、この子に任せて逃げるなんて事はできない。


「俺も戦う」


「大丈夫だ少年。気持ちだけ受け取っておこう」


さっきから少年少年って、俺と君、同級生だと思うんだけどな。

仮面もこの口調も、身ばれを防ぐためだろう。

おそらく下校中にたまたまこの場面に遭遇し、たまたま持っていた仮面で顔を隠したと言った所か。

……たまたま仮面なんて持ってるか?


なんにせよ一歩も引く姿勢も見せず、俺と協力する気もなさそうだ。

この子が本当に噂の女神なら、むしろ俺は邪魔になるだろう。


(だからといって守られるだけになるつもりはないけどな)


いざという時、それに自分の身くらい守れるようにSAだけは起動させておこう。

あの改造チップなら多少の抵抗はできるだろう。


「本当に勇ましい嬢ちゃんだ。後で泣き喚いても誰も助けてくれねぇぜ!」


SAの起動音が派手に鳴る。

轟のSAが起動した音だ。

本来起動音なんて大した音ではない。

じゃあなぜそんな派手な音がするのか。

答えは一つだ。SAを使った攻撃をしようとしている起動音だろう。

轟は腰を落とし、拳を握って構える。


「君たち不良はどこでも変わらないな」


「そこら辺の奴と一緒にするんじゃねぇ。俺は轟強矢様だ!てめぇのSAに自身があるみたいだが、俺のSAと力には敵わねぇよ!」


そう吐くと同時、轟のひじからジェットのような火が噴きだす。

派手に鳴り響いていたのはロケットの起動準備の音だ。

噂には聞いていたが、ジェットを使って拳を放つ、ロケットパンチと言われている改造チップだろう。


俺はその危険性に、思わず少女を庇う為に動こうとするが、ジェットの速さに勝てるわけもなく。

駄目だ!と思った瞬間の事だ。


キンッ!


「あ?なんだこりゃぁ!」


振りぬこうとした拳は空中で止まっている。

ジェットは健在で、今も前に進もうとしているが、拳はそれ以上先には進まない。

少女はその場から一歩も動かず、轟をただ凝視しているだけだった。


「くっそ!なんだこのSAは!てめぇなに使ってやがる!」


「ふん。お前はその力で強くなったように勘違いしているようだが、その仮初めの力では私の盾は砕けんぞ」


「なんだと!?調子に乗るんじゃねぇ!」


轟は拳を振りぬこうとしたが、びくともしない状況に痺れを切らし、一旦身を下がらせた。

こちらを睨みつける轟。


だが、問題は轟どころではなくなっていた。

改造チップは色々と知っている。

もちろん俺が知らないチップもあるだろう。

なんせ改造、つまりは自作の物だからだ。


それでも出来る事は限られる。

ある程度の改造チップの目途は立つし、政府も改造チップと思わしきチップの情報を無料で公開して、見かけた場合は通報するようにうながしているのだ。

だがらこんな何が起こっているかわからないチップなど見た事はない。


俺の目には高速で迫る拳を何もしないで止めたように見えた。

腕で掴むでもなく、物やレーザーのような飛び道具を当てるわけでもなく。

ただ少女は立っているだけ。


全く動かずに相手を止められるなんてのはもはや魔法の域だ。


「噂の実力はあるって事か。だが止めるだけで俺に勝てると思ってんのか!?その華奢な腕で殴られても俺はびくともしねぇぞ!」


轟は再度拳を構える。

だがさっきより鳴り響いている音が大きい。

轟は両腕のSA持ち。恐らく両腕でさっきのジェットを使うつもりだろう。

一個でもかなりの速さだったのに、二つとなるとさすがに止められないだろう。

そもそもあんな速度でぶつかれば轟の身体の方が持たないはずだが……。

とにかく今はそれどころではない。


「おい、あれはまずいぞ!」


「大丈夫だ。まぁ見ていろ少年」


次の瞬間、怒号と爆音で突っ込んでくる轟。

避ける様子もなく、だが俺も動く隙などなかった。


キンッ!


甲高い金属音のような音と共に、またもや止まる拳。

そこに不可視の通れない壁があるかのように、轟の身体は静止していた。


「失せろ。小物」


少女が手を一振りする。

強烈な風と共に轟の身体は倉庫の方に吹っ飛んで行った。


何が起きたのか。

何もわからなかった。


轟が突っ込んできたと思ったら、手を振るだけで轟は逆方向に同じ勢いで飛ばされた。

それ以上の説明ができないのだ。

その場には倉庫に突っ込み、周りの物が崩れ落ちる音以外の音はなく、周りの不良も何が起こったかわからないと言う顔で止まっていた。


「少しやりすぎてしまったか」


「………と、轟さんっっっっ!!」


やっと口を開いた不良の一人を機に、慌てて動く不良たち。

負傷した轟を抱えて逃げ惑い、その場は一瞬で俺と少女だけになった。


「はぁ……また収穫なしか……」


ため息をついてこちらを振り向く少女。

俺は俺で状況を把握できず、声を出す事が出来なかった。


「……すまんな、巻き込んで」


助けてくれたはずなのに、なぜ謝る必要があるのだろうか。

それは俺が恐ろしい物を見るような眼で見ているかもしれない。

だが、助けてもらったことは事実だ。

俺はカラカラになった喉にどうにか唾を飲み込み、声を発した。


「……ん……いや、助けてもらったのはこっちだ。ありがとう」


軽く頭を下げる。

その間に少女が振り返って俺に背を向けるのがわかった。

この場から早々に立ち去るつもりだろう。


「なんで……助けてくれたんだ」


なんとなく口に出た言葉だった。

このまま何もわからず去ってしまうのが嫌だったのかもしれない。


「困っている人を助けるのは普通の事だろう。それに……私には私の目的がある」


あくまで口調は変えずに。

俺が知っている雰囲気とはまるで違う。

だからこそ聞いてしまったのだろう。


「姫野川さん……だよな?」


「え…………」


思わず振り返る少女。

まさかと思うが、正体を隠せていると本気で思っていたのだろうか。


なんとなく気まずい空気が流れる。

隠しているつもりだったのなら聞いてはいけなかった。

次の言葉を発することができず、立ち止まっていたが、沈黙を破ったのは少女の方だった。


「な、何か勘違いをしているようだな。君は不良に絡まれて混乱しているだけだ。今日は早く帰りなさい。じゃあ私はこれで」


早口でそう言うと、一陣の風が吹いた。

その風に目を一瞬閉じると、目の前から少女は消えていた。




◇◇◇




次の日、転校生の姫野川ありすは時間ぎりぎりに登校してきた。

皆に丁寧に挨拶して自分の席まで来る。

その横はもちろん俺の席だ。


「……おはようございます」


少し戸惑うような視線を感じたが、何事も無い様に微笑んで挨拶をされた。

その後は俺の方を見ないように自分の席に着く。

俺は正直迷っていた。

彼女は彼女なりの理由があるはずだ。

それを興味本位で聞いてしまっていいのだろうか。


そもそも俺はどうしたいのかがわからない。

危険な事をやめろと言うつもりか?

俺も協力すると言うつもりか?


昨日の戦闘を見る限り、俺は足手まといでしかない。

だが、こう、もやもやするのだ。


「姫野川さん……あの……」


「HR始めますよー。皆さん席についてくださーい。」


声をかけようとした所で担任が入ってくる。

聞いたところで何ができるわけでもない。

でもこのままなのはもやもやするんだ。


姫野川もそうだったのかもしれない。

事は意外と速く進展した。




その日の昼休み。

声をかけてきたのは姫野川の方だった。


「えっと、桂木君……だっけ?ちょっと学校を案内してほしいんですけど……迷惑かしら?」


「あぁ、いいよ。俺でよければ。」


正直あっちから声をかけてくるとは思っていなかった。

あっちは隠したいはずで、打ち明けてくれるなら昨日でもよかったはずだ。

俺が朝に声をかけようとして決心したと言った所だろうか。


二人で教室を出ると、案内してくれと言ったはずの姫野川は俺より早く進んでいく。

わかってはいたが、案内してほしいわけじゃないらしい。

ついて来いという事だろう。




「姫野川さん。聞きたい事がある。」


早切り出したのは屋上についてからだ。

急に足を止めたので、ここで話そうという事だろう。

だが姫野川はこっちを振り向かない。


「昨日の……あれ、ひめのが―――」


「忘れろ」


「……え?」


先程違う声が聞こえた。

いや、ここは俺と姫野川いないはずだ。

ならこの声は姫野川のもの。


それは優しく、皆に笑顔を振りまいていた先程までの姫野川からは到底想像できない、ドスの聞いた低い声だった。


「聞こえなかったか?私は―――」


言葉と同時に姫野川が振り向く。

その目に優しさはなく、別人かと思うほどに冷たい目だった。

なぜかその表情に違和感はなく、普段の姫野川が幻と思うほどだ。


「忘れろと言ったんだ」


感情のこもっていない声。

これは脅しだ。

まるで姫野川がおかしくなって、二重人格にでもなってしまったのかと錯覚する。

だが違う。

これは俺を脅しているのだ。


「忘れろ。それができないなら誰にも言うな」


姫野川の無感情な声、そして冷たい瞳に感情が灯る。


「言ったら殺す」


殺意と言う感情が。


「ちょ、ちょっと待て!なんでそうなるんだよ!そんな重大な話じゃないだろ!?」


「黙れ。これ以上お前と話す事はない」


そのまま俺を通り過ぎて立ち去ろうとする姫野川。

俺は動転しながらも振り向き、姫野川に声をかけた。


「姫野川っ!なんでっ―――」


一瞬立ち止まり、首だけを少しこちらに向ける姫野川。

だがこちらを完全に向くことはなく、あくまで意見は変わらないと言う強い圧を感じた。


「お前には関係のない事だ」


そう言い放ち、屋上の扉を閉める。

何が起こったのかわからない。


少なからず昨日は俺を助けてくれたはずだ。

人を助けるのが当たり前だと言った姫野川。

だが次の日には言ったら殺すと脅された。

普段の振る舞いとも違う完全な冷酷な瞳で。


どれが本当の姫野川ありすなんだ。


姫野川ありすと出会って二日。

たった二日の中で、俺の中で姫野川の印象ががらりと変わってしまった。


「君丈……やっぱり女神じゃなくて女番長の間違いじゃねぇのか……?」




一章

 一幕【出会いの先に】

    ―完―




※本タイトルの七章一幕までは以前に投稿していた物の修正版となります。

今後は週一のペースで一話毎更新していく予定です。

以前の話しを見ていただいていた方には申し訳ありませんが、新しいストーリーはしばらくお待ちください。

修正版としてアップする話数は、大まかな流れは以前の物と同じになりますが、細かい話や文章の書き方を変えているので、もしよろしかったら再度ご覧になって楽しんでいただければと思います。


改めましてはじめましての方、以前読んでいただいた方、作者の零楓うらんです。

この度はヴァルハラの戦神をお読みいただきありがとうございます。

さて、前述しましたが、今後は週一で一話ずつ更新しようと思っています。

ストックが溜まれば、更新の日に章単位で更新をする事もあるかもしれません。

是非楽しみに待っていただけると幸いです。


今回の話しは物語の序盤も序盤。

今後悠真とありすがどのように絡んでいくのかこうご期待!

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