5「一歩目」前編
第5話です。
そこにいたのは……
「わたし、水原翔の妹の、水原玲です。おとといは兄がお世話になりました」
白いワンピースを着た、女性というには少し幼い容貌の、黒いのロングヘアの少女だった。
「妹……?あの、お世話になったのは僕らの方だけど……」
突然の出来事に、ソラが戸惑いがちに応えた。
「そうなんですか?でも、兄は二人に感謝してました。それだけ伝えてくれ、と」
……感謝とは?
思い当たる節の無い二人は、さらに戸惑った。
「あの、君も地理隊の?」
アルが話を変えるようにして尋ねた。
「え?そうですけど……」
玲は少し意外そうな顔で答えた。
「あの、失礼ですけど、おいくつですか?」
アルは、知っている限りで、一番丁寧な日本語で尋ねた。
「わたし、ですか?にじゅう…二十三です」
「に、にじゅうさん?!」
あっさりと年齢を答えた玲に、二人は驚き、顔を見合わせた。
「す、すみませんでした!」
ソラは突然に頭を下げた。
「ソラ?どうしたんだ?」
「いいから!」
ソラはそういって、アルの頭を無理矢理下げた。
「な、馴れ馴れしい口をきいて、すみませんでした」
ソラは、数年ぶりに使う畏まった口調で、謝罪の言葉を述べた。
「ああ、いいですよ、いつもの事ですし、気にしてないですから」
いつもの事。それもそのはず、見た目は十代前半の少女なのだ。それに加えて、
「あの、その髪……」
アルは、玲の黒髪を指して言った。
「ア、アル……」
ソラはたしなめようとしたが、
「はい、黒いんです。いいですよ、これもよく言われるので。……地球があんなになった後も、わたしだけ、髪も目も、黒いまま。でも、それから成長が止まってしまっているんです。まるで、色の代わりみたいに」
玲は語り終えると、溜め息を一つつき、
「こんなところではなんです、兄の隊長室に行きませんか?ちょうど、兄から頼まれていることがあって……」
と、続けた。
「そういうことなら……」
アルもソラも了承し、三人は水原の隊長室へ向かった。
「ここです」
三人は、水原の隊長室に辿り着いた。そこは、ウッドの隊長室よりも生活感があり、少し狭く感じるような部屋で、ソファーやテーブルの上には何かの図鑑や写真などが散乱していた。
「意外と、綺麗好きじゃないんですね、水原隊長は」
部屋を見回して、アルは遠慮なく言った。
「ええ、昔から。見た目は清潔そうなんですけどね」
と、玲は苦笑いを浮かべた。
「ところで、頼まれてることって……?」
しばらくして、ソラが尋ねた。
「あの腕時計の解析結果を、お伝えすることです」
「で、出たんですか?」
ソラが食い入るように反応した。
「はい。それも、絶対にびっくりする結果です」
「びっくり?ど、どんな?」
「あの腕時計の部品は、全て色素を失っていました」
玲は簡潔に述べた。
「地球の物、なんですか?」
ソラはやはり、食い入るように尋ねた。
「それともう一つ、時計盤は十四等分されていて、ギアも全て他にない形状の物でした」
ソラの質問にはあえて答えず、玲は続けた。
「今回の解析では、地球の物ではないと結論付けられました」
その言葉を最後に、玲は押し黙った。
「つまり、地球以外に、色を失った星が……」
ソラの推理に、玲は黙って頷いた。
「それも、その星の生命体が、ヘスティアに……」
ソラとアルにとって、地球人全員にとって、その事実は驚愕すべきものであり、同時に恐るべきものでもあった。
地球と同じく色を失い、ヘスティアの存在を知り、辿り着くことができる高度な文明を持つ知的生命体。もし、それらが攻撃的な性格だったら?
「……私たちは、思ったより遥かに、危険な任務を行なっているのかもしれませんね」
「『地理隊』の遠征に、予定の変更は?」
アルは少し焦り気味に尋ねた。
「今のところ、聞いていません。恐らく、他の隊員たちには、この事が知らされていません。知らせたところで、混乱するだけですしね」
玲の静かな分析は、このままでは、遠征の危険度が計り知れなくなることを示していた。
遠征出発まで、あと二日。
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