1「宇宙の旅路」
※プロローグから読むことをオススメします!
※更新は毎週金曜午後3時を予定しています。
西暦ニ○六八年、地球から約三十光年離れた宇宙空間にて––––––––。
三年前に地球を飛び立ったC-003型長距離宇宙船、通称「キャンバス」は、目的地に向かって順調に航行を続けていた。
二○六五年、人類は持ち合わせていた英知の全てを結集し「キャンバス」を造り上げた。全長七百メートル、全高百十メートルを誇る純白の巨体に十二個の原子炉を搭載し、機関部の中央、三重の防護シェルターの内側にある空間転移装置によって、約三光年の空間転移と四ヶ月の冷却期間を繰り返しながら、目的地を目指している。
船内の設備は思いのほか充実している。重力発生装置によって地球と同程度の重力が維持された環境に、図書館、トレーニングルーム、プールなどが備え付けられ、搭乗者を退屈させないような配慮が為されている。あまり知られてはいないが、バーや漫画喫茶まで存在する。また、主に二十歳前後の搭乗者のための講義も開かれている。軍人として「キャンバス」に乗り込んだ者に対しては受講がほぼ強制されているが、なかなか真面目に出ない者も少なからずいるのが現状だ。
「キャンバス」には二千人が乗り込んでおり、その殆どは現役軍人と研究者で、ごく少数だが政治家や何処かの王族もいた。彼等は各々に用意されたベッド付きの自室で、一応は自由な生活を送ることが出来ていた。
そのような人間の内の一人、三年前、弱冠十二歳で、研究者として「キャンバス」に乗り込んだ青井ソラは、船内の書物室で資料を漁っていた。
「今日は何の調べ物だ?ソラ」
船内時間では火曜日の昼下がり、大抵の人間が仕事や研究に励んでいる時間帯、そんな彼に話し掛ける者があった。少し訛りのある日本語。けれども、ソラにとってはすっかり聴き慣れた声だった。
「アル、今日の地球外環境学の講義、もう始まってる頃だけど、いいの?」
ソラが資料から目を離すこともせずそう言うと、男は少しバツが悪そうな顔をした。
「ん……今日はちょっとな」
「今日は?アル、昨日もサボっただろ。向こうに着いてから補習地獄になっても知らないからな」
「うぐっ、あ、明日は出るよ、明日は」
アルと呼ばれた彼の名は、アルバート・フローレス。ソラの二歳年上の十七歳。三年前、軍人として「キャンバス」に乗り込んだ。スペイン系アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれたハーフで、フロリダで少年期を過ごしたのち、十五歳でアメリカ海軍に入隊した。百八十センチを優に超える長身と、海軍での訓練で手に入れた肉体、それから父親譲りらしい端正な顔立ち。女性からは相当の人気を勝ち獲れそうなものだが、宇宙船の中で彼が女性と関わっているところを、ソラは見たことがなかった。
「ソラ、そういうお前だって、殆ど講義に出てないじゃないか」
「僕はいいんだ、この船でやってるような講義は、地球にいるときに全部受けたからね」
ソラが少し勝ち誇ってみせると、アルは少し悔しそうに言った。
「俺だって向こうに着くまでには、全部の講義を……」
「アル、そういうことは、明日の講義に出てから言いなよ」
ソラとアルは、こんな他愛のないやり取りをしては、いつも兄弟のように笑い合っている。
二人が初めて出会ったのは「キャンバス」が地球を発ってから二ヶ月後、初めて行われた船外訓練のときだった。二人は偶然にも同じ班に配属され、二日間の訓練を共にしている内に、特別なきっかけも無く意気投合した。お互いに、船の中では数少ない同世代であることも後押しして、すっかり親友と呼び合えるような関係になっていた。
「ああ、そういえば」
そう言うとアルは、急に黙り込んだ。いかにも楽しそうな笑い声から一転、二人の間に沈黙が落ちた。
「……そういえば?」
ソラが思わず話の続きを促すと、アルはニヤリとして続けた。
「今夜、向こうに着いてから所属する『隊』が発表されるらしいぞ」
その言葉を聞き、ソラは今日一番の笑顔を見せた。
「今夜!それじゃあそろそろ、着くんだね!」
「ああ、四日後だ」
四日後。「キャンバス」での旅は、四日後に終わる。それはソラとアルが、三年間待ち侘びていた事実だった。
「もしかしたら、もう見えるんじゃないか?」
ソラは少し興奮気味にそう言うと、散らかしていた資料をさっさと片付けて、我先にと書物室から駆け出した。
「ま、待てよっ」
アルが慌てて後を追った。ソラの背中があっという間に見えなくなると、アルは内心舌を巻いた。こういうときソラは、疲れや限界をすっかり忘れてしまうらしい。
ソラは展望室にいた。飾り気のない造りで、壁も床も白塗りの展望室は、操縦室の真上、「キャンバス」の先端部に位置している。ソラが展望室に入ったのはおよそ一年ぶりだった。……というのも、いつ来ても、何もない宇宙空間が広がっているだけの景色に、ソラが興味を持たなかったからなのだが。
「み、み、見えるか……?」
しばらくして、アルもやって来た。書物室から展望室まで、五百メートル程を全力で駆け抜けたアルは、すっかり息を上げていた。
「……うん、見えるよ……」
心ここに在らずといった様子で、ソラは呟いた。
「……ああ、あれが……」
アルが探すまでもなく、彼等の見たかった物は、確かに、そこに見えた。漆黒の中に一つ、青い光。それはとても小さく、それでいて力強い光だった。
「あれが、ヘスティア……」
惑星ヘスティア。「キャンバス」の行き先であり、ある瞬間から、人類が追い求めてきた希望の灯火。
「あそこに、有るんだな」
アルが神妙な面持ちで、ある種の覚悟を決めたように呟いた。
「きっと……ね。そう信じるしか無いよ」
彼等は取り戻さなくてはならなかった。九年前、地球から忽然と姿を消したモノを。ソラが、アルが、地球にあった全てが失ったモノを。人類にとっての、唯一無二の宝を。
白一色の展望室に居た二人の青年は、頭の先から足の裏まで、全てが純白だった。髪の毛も、肌の色も、着ている服も、履いている靴も。
–––––––––地球は、「色」を失っていた。
第1話、読んでいただきありがとうございます。
第2話は3月3日に投稿予定です。ぜひぜひ、読んでみて下さいm(_ _)m
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