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makeーメイクー

作者: はくびょう



桐生誠実きりゅう せいじ長瀬翼ながせ つばさ八代鈴香やしろ すずか野坂桃のざか もも。以上4名が15番隊候補として一級能力者試験を受けるメンバーだ。」



教室は静まり返った。



「え」



「「「ええぇぇぇーーーー!!!」」」




誰かが言葉を発したのをきっかけに堰を切ったように教室の生徒たちが叫び出した。




「ちょ!委員長はともかく他のメンバーはおかしいだろ!!」



1人の男子生徒がみんなの心を代弁した。


委員長とは桐生誠実のことで、彼はクラスの学級委員長であり、最も一級能力者に近い存在とされていた。

彼が一級能力者試験を受けるのに不満を持っているものはいないようである。


教室中がざわざわとこの事について話している。



「うるせー!!!俺の決定は絶対だ!」



「「「ええぇぇぇーーーー!!!」」」



教師とは思えないセリフで一括され、生徒たちは再び叫んだ。









数日後。




「あれー?なんで俺は一級試験なんて受けることになってるの?」



試験を受けるメンバーが発表された日に休んだ長瀬翼が不思議そうにつぶやいた。



「発表の日に休んだおまえが悪いんだろうが。」



「んー?だってあの日は女の子とのデートの日だったからね。」



誠治は呆れて説教するのも阿呆らしくなった。

そして、黙々とチクチク針を動かしている少女とそれを見つめている少女の方に視線を向けた。



「それで……八代鈴香、おまえは何をやっている。」



「何って……猫作ってる?」



「おまえなぁ……」



「できた!……私の能力は知ってるでしょ?」



八代鈴香と呼ばれた少女がフエルトと糸で作ったぬいぐるみが急に動き出した。

本物の猫というよりは漫画などで出来きそうな可愛らしい姿で猫はくるくる踊っていた。



「わぁー!すごーいすごーい!可愛い~!」



猫に拍手をしているのが野坂桃である。


猫が踊り終えて胸に手を当ててお辞儀している姿は実に愛らしかった。



「それが何の役に立つんだ……。まさか戦闘員が俺だけだなんて言わないよな。」



「そりゃー、委員長のcontrolコントロールほど戦闘向きの能力なんてなかなかないでしょ。機械や武器を自由にコントロール(制御)できるなんてさぁ。」



誠実は学園に入学して3ヶ月しか経っていないのに、その能力は学園中に知れ渡っていた。



「とりあえず、自己紹介しなーい?一応チームを組むことになったんだから、お互いの能力は知っておかないと。委員長は有名人だから知ってるけどねー。」



誠実は他の2人よりはこの男の方がまともかもしれないと思った。



「まず、俺からね。俺は長瀬翼、能力はsearchサーチ。まぁ、千里眼みたいなものだよ。」



捜索系の任務向きの能力だと誠実は前から思っていた。



「知っているとは思うが、俺は桐生誠実だ。能力はcontrolで、あらゆる機械・武器を操ることができる。」



鈴香が感心したようにつぶやいた。



「便利な能力だねぇー。説明書いらずだ。」



誠実は自分の能力を鈴香が知らないことに驚くよりも、奇妙な点で感心されたことに呆れた。

普通なら戦闘能力に着眼するところを彼女はなんとも思っていないようである。



「知らなかったんですかー?委員長の能力って有名なのにー。」



正直鈴香と同じくらい呑気そうな桃が知っていたことに驚くなと誠実は思った。



「私は野坂桃ですぅ。能力はsingシングで、歌で人の感情を動かすことができる能力ですぅ。」



「前から思っていたのが、それって具体的に……」



具体的に何ができるのかと誠実が聞く前に鈴香が口を開いた。



「じゃあ、歌上手なんだねー!今度聞いてみたいなぁ。」



「いいよぉー。」



能力以前にこのメンバーの呑気さに危機感を覚え始めた誠実であった。




最後は八代鈴香の番である。



「私は八代鈴香だよ。能力はmakeメイク。作ったものを実現させる能力かな。」



全員が一通り自己紹介が終わり、そろそろ試験開始時刻となった。



「本当に変わった能力者ばかり集まったな。まぁ、謎が多いが実戦でわかるだろう。」



「委員長もヤケだね。」



誠実は委員長という役職を自ら引き受けたことや厳しい言動からくそ真面目な性格だと周りから思われがちだが、真面目は真面目でもそれだけではないようである。


今回の試験は簡単に言うと森でのサバイバルである。

森という不慣れな環境での生活力、臨機応変な対応力、そして戦闘力が試されている。

そして、審査の要になるのはやはり能力をどうそれらに応用するのかにかかっていた。



開始時刻になったため、4人は森に入って行った。






「さて、まず何する?」



森というだけあって今のところ一面の木しか見えない。



「うわぁー、本当に森なんですね~。気持ちよく歌えそうです~。」



「森か……森……うん!次はオオカミちゃんを作ろう!森といえばオオカミだよね!」



「うわぁー!オオカミちゃん!楽しみです~。」



芸術肌の2人にとってここは創作意欲が掻き立てられる場所のようだ。

誠実は額に手を当ててため息をついた。



「とりあえずは森の中を調べてみる必要がある。おそらくそれなりに危険度の高い生物がいるはずだ。比較的に安全な場所を探して拠点とすべきだ。……聞いているのか?」



鈴香は先ほどの猫とは違い毛糸で狼を作っているようである。



「ん?聞いているよ。」



誠実が話している間も黙々とかぎ針を持った手を動かしていた。



「ん~、危険な生物は確かにうじゃうじゃいるねー。でも、そいつらの縄張りに属していないところもちゃんとあるみたい。」



翼は目を閉じたまま森の中の様子を述べた。



「もう調べたのか。さすがだな。」



「うわぁ、委員長に誉められちゃったよ。」



意外そうに翼は目を開けて誠実を見た。



「元々おまえの能力は評価していた。ただおまえ自身のことは素行が悪く、頭が空っぽそうだと思っていたがな。」



「ひっどーい。」



不満そうに言ったその顔には普段通りの笑みが浮かべられていた。



「だが、今回接してみて少し考えが変わった。」



「へぇー?どんな風に?」



「あの2人に比べたらよっぽどまともだ。」



「あははっ! 2人とも可愛くていいんじゃない?」



鈴香の狼は少しずつできてきているようだ。

頭、胴体、耳はできているので、後は手足、尻尾、顔を作れば完成する。



彼らは翼のサーチを頼りに森の中を歩いた。

サーチのおかげで道中は大した危険には遭遇しなかった。



「おまえのサーチを使えば、森の探索は不要か……」



「でもー、このまま何もしないでいたら翼くん以外は試験に落ちちゃいますよ~。」



「ちゃんとわかっているんだな。心配しなくとも一級能力者試験は森を探索するだけの生温い試験ではない。」



彼らは木が密集しているその場所を拠点とすることに決めたようだ。

森の中は木ばかりで普通なら現在地さえわからなくなるはずだが、翼の能力があるためその心配はない。



「んー?こんな感じかな?狼は初めて作ったからなー。でも、結構よくできてる!」



約1名は我関せずというように自分が作った狼のできを吟味していた。



「おまえな……」



「今回の狼ちゃんは動かないんですか~?」



「うん。まぁ、またそういう機会もあると思うしね。」



なんでこいつは一級能力者試験なんて受けているのだと誠実は本気で思った。


そもそもよほどの能力を持つ者でなくてはこの試験を受けることはできない。

今この場にいるということは彼らの担任に選ばれた優秀な人材ということだ。




「おまえ本気でこの試験に合格する気があるのか?」



鈴香は自信たっぷりに笑って言った。



「もちろん。」



その言葉を聞いた翼は驚いたような表情を作った。



「へぇー、意外だね。鈴香ちゃんはそういうの興味なさそうなのに。」



「ふっふっふっ、だって、一級能力者は任務のための経費と報酬がたんまりともらえるんだよ!そしたら、私はそのお金で材料を買っていっぱい作れる!」



一級能力者の称号を持つ者は様々な特権が与えられるのはもちろんのことであるが、それ以外にも特殊任務が与えられる。

一般人ではどうにもならないような難易度の高い任務を一級能力はこなさなくてはならない。

学生であろうとも例外にはならない。



「……そんな理由か。まぁ、やる気があるのに越したことはないがな。」



「そんなとは失礼な!材料って結構高いんだよ!だいたい任務のために作らないといけないときだってあるんだし。」



鈴香は物作りの話になると熱がこもるようである。



「そうなのか?おまえの能力は…………おまえら下がってろ。」



「うっわー、うじゃうじゃいるねー。みんな委員長目当てか。」



彼ら以外の受験生が有力候補である誠実を潰しに来たようだ。



「さすが委員長は有名人ですねぇー。」



桃は能天気に感想を述べた。

誠実は既に銃を両手に持って臨戦態勢を整えており、翼は鈴香と桃を連れて後方に下がった。




誠実が両手の銃(麻酔銃)を駆使して戦っているのを3人は見ているだけだった。

誠実のコントロールほど戦闘向きの能力はないという翼の言葉は事実だった。

能力だけでなく身体能力も高いため、危なげなく敵を撃墜していった。



「さっすがだね。委員長は。」



「そうですね~。2人は参戦しないのですか~?」



「俺は裏方だからね~。そういう桃ちゃんは?」



「私は~」




「おい!何人かそっちに行った!……くそっ!」



誠実は3人の元に向かおうとしたが、取り囲まれているため身動きが取れない。

敵は誠実本人より同じチームを組んでいる他の3人を狙うことにしたようである。



「来てるね。どうする?」



鈴香が2人に話しかけた。



「今回は~私がやります~。少し耳を塞いでもらえませんか~。」



「わかった。」



2人が言われた通りに耳を塞いだのを見て、桃は一気に空気を吸い込んだ。



とてもきれいな歌声が桃の口からつむがれた。

心が落ち着く穏やかな歌であった。


しかし、なぜかその歌を聞いた敵がバタバタ倒れていった。



「どういうことだ!それがおまえの能力か!」



ようやく駆けつけた誠実が戦闘を続けながら桃に叫んだ。



「シングは人の感情を動かす能力だって言ったじゃないですか~。私が子守り歌を歌えば誰であろうと寝ちゃうんです~。」



「なるほどな。歌で感情を動かすとはそういうことだったのだな。」



誠実の方はあらかた片付け終わったようである。

3人に近づいた敵たちは桃のシングでぐっすり眠っている。






「んじゃ、そろそろご飯と寝る準備しようか。」



珍しく鈴香から言い出した。



「え~?もうですか~?」



「夜の森は危険だ。早めに準備すべきだろう。」



誠実もそろそろ準備すべきだと思っていたが、先に鈴香が言い出すとは思わなかったようだ。


誠実はいまいち鈴香という人間がつかめないでいた。

始めは女子2人ともただの能天気なやつらという印象だったが、今は違う。

桃の方はマイペースで考えが足りないところもあるが、何も考えていないわけではないということがわかってきた。

鈴香はまだよくわからない。



「それじゃ、俺たちがテントを建てるから2人はご飯の準備をお願いね。」



それぞれがせっせと準備し始めた。



「やっぱり鈴香ちゃんは器用ですね~。」



鈴香は意外にもテキパキと手を動かしていた。

逆に桃はあまりに包丁の使い方が危なかったため、鈴香に別の簡単な仕事を任された。



「そうでもないよ。作るのは基本的になんでも好きだからね。」



「料理も動くんですか~?」



「料理は効果範囲外だよ。料理を実現させても料理は料理でしょ。」



「あ~、確かに~。」



鈴香と桃は楽しそうに笑って準備しているようである。



「あ。」



黙々と作業していたはずの翼が何かに気がついたように声を上げた。



「どうした?」



少し困ったような顔の翼に誠実は尋ねた。



「毛布が入ってなかった。」



テントや毛布といったキャンプ道具は開始前に1チームにつき一つのリュックが渡されていて、全部その中に入っているはずだった。



「はぁ?……係の者が入れ忘れたか。」



「え~、じゃあ、テントの中で敷き布団も毛布もない状態で寝るんですか~?」



桃が心底不満そうな表情でぼやいた。



「敷き布団なら元々入っていない。」



「え~、そんなの硬くて寝れないじゃないですか~!」



「俺たちは遊びに来たんじゃないんだ!それくらい我慢しろ!」



「え~!そんなぁ~!」



「はいはい、2人とも落ち着いてー。」



翼が2人をなだめた。



「それにしても、委員長、敷き布団はともかく毛布がないのはまずいよ。夜の森は冷えるからみんな風邪引いちゃうよ。」



鈴香は料理をしている手を止めた。



「ちょっと待ってて。」



鈴香がリュックを下ろしながら言った。



「何かいい方法でもあるのか?」



誠実は怪訝そうに鈴香のリュックを見つめた。


鈴香のリュックは支給されたものと違って可愛らしいデザインのものである。

鈴香はリュックから白い布とわたを取り出した後、腰に付けてあるこれまた可愛らしいポーチから針と糸を取り出してチクチクと縫い出した。



「また何か作るんですか~?」



桃は不思議そうに鈴香の手元を見つめていた。



「……できた。縫い目がかなり大雑把だけど問題ないでしょ。」



誠実はさらに怪訝な顔になった。



「手のひらサイズの白いクッション……?」



「だから、私のメイクは作ったものを実現させる力なんだって。えい!」



鈴香は作ったばかりの小さな長方形のクッションをテントの中に放り込んだ。


すると、クッションはテントの中で大きくなり敷き布団となった。



「わぁ!ふっかふかです~!」



桃はすぐさまテントに飛び込んだ。



「すごいねー。こんな使い方もできるんだね。」



翼も関心したように桃と敷き布団を見つめた。



「……便利な能力だな。」



誠実はメイクの《作ったものを実現させる》という能力について少し考えてみたが、どこまで、どういった法則で、どれほどの間《実現させる》ことができるのかわからない以上考えるのは無駄に思えた。





鈴香のおかげで毛布どころか敷き布団や掛け布団、枕と一式寝具が揃った。

そして、食事もできたようだ。



「ふふふっ、鈴香ちゃんは女子力高いですね~!」



寝具も揃い、鈴香の指示のもとで作ったシチューもおいしく、桃はご機嫌なようである。



「んー?私は"作る"のが好きなだけだよ。女子力は桃ちゃんの方がよっぽど高いでしょ。」



鈴香の言う通り、桃はかなりおしゃれに気を使っている様子である。



「えー、いろいろ作れる方が女子力高いと思うけどなぁ。」



「それは誤解だよ。少なくとも私の場合は。」



女の子のそういう話に慣れている翼は微笑ましく2人のやりとりを聞いていたが、堅物委員長はそうはいかなかった。



「そんなことより明日の話だ。」



「そうだねー。明日には試験官も動きだすだろうね。」



「試験官は今日のやつらみたいに甘くない。複数で襲ってきた場合、俺だけじゃ流石に対応し切れないぞ。」



「俺ができるのは奇襲の防止と戦場を俯瞰することぐらいだよ。」



「その能力を使えば戦闘に有利になるだろうが、決め手に欠けるな。お前のシングは眠らせる以外に何かできるか?」



誠実が桃の方を向いて聞いた。



「戦闘に関しては~、眠らせる、味方の強化、治癒ー……くらいかなぁー。」



「強化?そんなこともできるのか。治癒は実戦に役立つな。」



だが、やはり補助的な能力で直接攻撃ができるわけではないかと誠実は考えた。



「おまえは今日の戦闘では何もしなかったが……どうなんだ?」



誠実は鈴香に聞いてみた。



「まぁ、試験に合格するためにはこのまま何もしないわけにもいかないからね。」



「具体的に……」




「委員長、そろそろ寝ないと明日に響くよぉ。見た感じ夜襲はなさそうだし、早く寝て早く起きた方がいいよ。」



翼はサーチを使って森の状況を調べたようである。

察しの良い翼は鈴香がまだ能力について話す気がないのに気がついていた。



「……そうだな。」







翌朝。



「ふぁー、まだ眠いです~……」



桃は眠そうにとぼとぼ歩いていた。



「起きろ!ちゃんと前見て歩け!」



「あははっ、お父さんみたい!」



鈴香もまだ眠くてうとうとしていたが、誠実のセリフに目が覚めて笑った。


彼女たちは日の出と共に誠実に叩き起こされたのである。

意外にも翼は誠実より早く起きてサーチで見張りをしていたようだ。



「んー?今日はさすがに委員長を潰そうと考えるバカはいないみたいだね。」



「そりゃ、強い能力者を潰すより試験官にアピールした方が確実だしね。」



鈴香はリュックを漁りながら言った。



「今日も何か作るんですか~?」



「うーん、作りたいけど、今日はさすがにそんな余裕なさそう。」



「だろうな。今日から試験官による選定が始まる。昨日は初めて入った森でどう能力を使って一夜を過ごすかを見られていただけだが、今日は試験官との戦闘で戦闘能力も見られるだろう。」



「まぁ、昨日委員長を狙ったバカ共はあの時点で失格だろうけどね。」



翼は目を閉じてサーチを使いながら言った。



「わざわざ自分で死期を早めるなんてバカですね~。」



1日目はただ森の生活に馴染む努力をすれば良かったのだ。

それなのに、昨日のバカ共はライバル潰しなんかして、言い渡された任務の主旨もわからない無能であると自ら証明したのだ。


そして、誠実は3人の会話を聞いて、こいつらはやはりバカではないんだなと改めて思った。




少し考え事をした後、誠実が口を開いた。



「手っ取り早く終わらせる方法がある。しかも、俺たちにしか使えない方法だ。」



「えー、そんな方法があるんなら早くやりましょうよぉ~!森暮らしは昨日でもうこりごりです~。」



「布団ダメだった?」



「鈴香ちゃんの布団は最高でしたよ~!ただ虫に刺されるし、歩きにくいし……。そろそろ出たいです~。」



「はははっ、女の子にはキツイかもね。」



「うん。ここだと材料が限られててあまり作れないしね。」



このメンバーだと俺がしっかりしなくてはという意識が高まるなと思いながら呆れて言葉も出ない誠実であった。



「まぁ、理由はともあれ早めに片付けるのがいいだろう。」



誠実は先ほどから考えていた作戦を3人に話した。

突拍子もない作戦に3人は少し驚いた様子だったが、笑って快諾した。








一方、試験官たちは未来の一級能力者たちをどう試そうかと心を躍らせていた。

試験はこれから本格的に始まるのである。


これから早朝会議の後一人一人担当のチームに奇襲を仕掛ける手はずである。





「バアァーーーーン!!!!」





そんな彼らの耳になぜか盛大な発砲音と爆発音が聞こえてきた。



「なんだなんだ!」



1人が叫んだ。

一級能力者試験の試験官を務める者たちなだけあって、大きな混乱は生まれず迅速な状況判断に取り掛かった。



「やっぱりそんなに混乱は生まれなかったねぇ。」



「まぁ、奇襲は成功した。後はあいつらがうまいことやっていたら問題ない。」



なんと誠実の提案した作戦とは試験官の本拠地に奇襲をかけることだった。

3人はそんな案が誠実の口から出たのに驚きつつもおもしろそうだと乗ったのだ。




1人の試験官がこの緊急事態を知らせようと叫ぶ。



「奇襲だぁーー!!!」



「くそっ!どうしてここがわかったんだ!」



「あれは桐生誠実と長瀬翼か!」



「長瀬翼……サーチか!はっ、厄介な能力だなぁ!」



火を消すのに一部の人員を投入しつつも、戦闘準備をしっかりしていた。

そして、敵の分析にも余念がないようである。



「うん。桃ちゃんと鈴香ちゃんの方は問題ないみたい。」



「それじゃあ行って来る。お前は隠れて戦況を把握しろ。」



誠実は試験官のキャンプ場に突っ込んだ。

誠実と試験官の戦いが本格的に始まった。





一方、翼の元に鈴香と桃が合流したようである。



「ばっちり眠らせましたよぉ~。後2時間はどんな爆音でも起きません~。」



2人は敵戦力を削ぐために何人かの試験官を眠らせに行っていたのである。



「それにしてもさすがにあの人数の試験官相手じゃ、委員長もやばいんじゃないですか~?」



「そうだねぇ。今のところはうまく立ち回ってるけど……時間の問題だねぇ。」



2人の会話に入らず、誠実の戦いを見つめていた鈴香がぽつりと呟いた。



「………うん。まぁ、いいかな。」



桃は不思議そうに鈴香を見た。



「鈴香ちゃん?」



「このメンバー結構おもしろいよね!人柄も能力も!」



鈴香が満面の笑みで叫んだ。


背後の爆発音に掻き消されずに翼と桃の耳に届くように、ものすごい発見したように、確信したように。





その頃、誠実は苦戦を強いられていた。


数での不利もあるが、いくら誠実が優れた能力や頭脳を持ち合わせていても経験の差は大きかった。

学生である誠実と彼らでは実戦経験が全然違う。



誠実の作戦はうまくいくはずだった。

厄介なくせ者共は桃のシングで眠らせた。翼のサーチがあるため、試験官のメンツや位置を把握するのは簡単だった。


ただ一つだけ誤算があった。

鈴香が何もしなかったことだ。


誠実はこういう状況を作り出せば鈴香はなんらかの形で援護すると思ったのだ。



やはり鈴香に期待するのは無駄なことだったのかと誠実が諦めかけたその時"それ"は誠実の目の前をよぎった。




「うわぁ!なんだこいつは!!」




試験官の1人が反射的に驚きの声を上げた。




その黒く大きな生き物は聞いただけで震え上がりそうな咆哮を一つあげた。





「オ、オオカミー!?」



「そんな次元じゃねーよ!なんだこのふざけた大きさは!」



狼だった。

いや、試験官たちが言う通り狼と言うにはあまりに巨大な生き物だ。


おそらく3m以上はあると考えられる身長に、ひと1人を丸呑みできそうな大きな口……

その凛々しさに誰もが圧倒された。




「お待たせ!」




なんとその巨大な狼の背中に鈴香が乗っていたのである。



「…………はぁ!?お、お前なんでそんなのに乗ってるんだ!」



誠実はやっと思考を取り戻して、鈴香に叫ぶ。

鈴香は先ほどと違って少しムッとした顔をしていた。



「そんなのとは失礼な。私のオオカミくんに。」



「はぁ!?お前の!?…………メイクか!いつの間にそんな……」



「森に入ってすぐに作ったでしょ?」



誠実は昨日鈴香が作った丸々とした二頭身の手の平サイズの狼を思い出しながら鈴香が乗っている巨大な狼を見た。



「あれがどうしたらこうなるんだ!」



戦闘を再開しながら誠実は鈴香に叫んだ。




鈴香の狼も戦闘に加わって形勢は一気に逆転した。

試験官もこの狼と誠実相手ではさすがに分が悪いようである。



「だから、"実現"させるって言ったでしょ!作ったものが動いたり大きくなったりしただけじゃ実現とは言わない!」



鈴香は狼の上で楽しそうに笑っていた。

狼の動きは素早く的確で凛々しかった。



「やはりおまえも一級能力者候補になるだけの能力を持っていたか。」



誠実は呆れたように笑った。



「委員長!上!」



誠実は翼の声を聞いて反射的に上を向いた。

誠実の隙を狙った試験官が誠実の頭上高くにいた。

誠実は素早く麻酔銃を敵に向けた。

空中では逃げ場がない。



「あははっ!全部見えるんだね!」



鈴香は上機嫌であった。



「サーチはそういう能力だからねぇ。」



「でも、見ようとしなければ見れないでしょ!」



鈴香の言う通りだった。

翼の能力はどこだって見えるが一度に見える範囲は限られているようだ。

そして、翼はいつも的確に"見ている"のである。

誠実は薄々気がついていたが、鈴香も気がついているとは思わなかった。


誠実は再び敵陣に突っ込んだ。

その時歌声が聞こえ、身体が軽くなった気がした。

桃の声だった。



「桃ちゃんのこの歌は元気が出るね!」



これが桃の言っていた強化なのだと誠実も鈴香も瞬時に理解した。



「はっ、俺のとこは変人だらけだが、どいつもこいつもくせ者揃いってことか。」



誠実も表情にそれほどの変化はないが、とても楽しそうであった。





戦闘は完全に誠実たちが優勢だった。



後少しで試験官を全員倒せそうなところで、キーンと非常に不愉快な音が全員の耳に届いた。




「……うっせぇ。あー、マイクテス、マイクテス。おまえらそこまでだ。これにて試験は終了とする。」




誠実たちのクラスの担任だった。



「あっれー?先生はちゃんと眠らせたはずです~。なんでもう起きているのですかー?」



桃は不思議そうに言った。

彼らの担任はいつでもやる気なしのだらしない人間だが、その実力は確かなものであった。

よって、今回の試験の総責任者であった。

誠実たちは彼を最も危険人物だと判断して真っ先に眠らせたはずであった。



「あー、あれだよ。寝坊して初めから寝てたからおまえの歌も聞いてなかった。」



「ええぇー!そんなぁ!」



「そんなことより試験終了とはどういうことですか?」



誠実はせっかくやる気だったのに途中で止められたことに対する不満と一級能力者選定はどうなるのかという疑問をぶつけた。




「こんな状況だ。試験の続行は意味ないだろ。他の奴らには悪いが、おまえらが一枚も二枚も上手だったってことだ。」



「ってことはぁ…?」



翼も桃も先ほどまで戦場となっていた場所まで来た。

鈴香も狼から降りている。




「今回の一級能力者は桐生誠実、長瀬翼、八代鈴香、野坂桃の四名とし、これにて第◯回一級能力者試験は終了とする。」





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