腐女子とドSとオネエ、時々ドM
目が覚めると、まるでお姫様が眠るみたいなレースのカーテンのベッドにいました。
洋館の一部屋のような、そんな感じのするだだっ広い部屋。
もしやして、もしやして、わたしは異世界トリップなるものを果たしたのか?
目が覚めたら、異世界でした★
ってあれか? あれなのか?
でももしそうなら、どこからが夢? たしかに家で起きたあれは夢でおかしくない。むしろ夢の方が納得。でもじゃあこれは何? これも夢?
見たことのない部屋、匂い。これも夢?
やばい、普段使わない方面の頭を回してるから、くらくらしてきた。てか、首がすんごい痛い。
めちゃくちゃ痛いから、やっぱりこれは夢じゃない。夢じゃないけど、この痛みの原因は――。
「やっとお目覚めか? オタクお嬢様」
聞き覚えのある声がした。でもこんな悪意のある声じゃなかった気がする。
わたしは首が痛くて、声のする方を向けない。ちなみにいうと、いまだに起き上がることもできなくて、視線を動かして見える範囲のことしか分かってないんだ。
するとギシッとベッドの軋む音がして、その人がわたしの視界に顔を出した。
「え」
「目覚めたかって聞いてんだよ。答えろ、オタク」
そう言って、高瀬さんがわたしの顎を掴んだ。
「い、いいいたたっ、痛いです!」
いや、マジ痛い! 痛いから! え、あなたさっきの紳士様ですよね? 執事さんですよね? 痛いですよ! 痛い! てか、首が痛くなったの、あなたのせいですよね?!
「痛くしてるんだから当たり前だろ。ほら、答えろ」
え、なんか幻聴聞こえた? 痛いっ、くっそ痛い!
これ少女漫画でいうといい雰囲気になるやつじゃないの?! わたしが「ちょ、やめてくだ、さい!」とかエロめな声だしちゃって、そしたら高瀬さんが「そんな声出したら我慢できなくなるだろ?」とか言っちゃうあんな感じのシーンじゃないんですかえ?
少女漫画とか久しく読んでないけど、この痛みを乗り超えるためだ。ちょっと試そう。
「ちょ、やめてくだ、さぐ……ぎゃあああっ!」
「やめろは、もっとって意味だと俺は解釈してるけど?」
痛い痛いいたたたたっ! その解釈はあってます! 少女漫画では! でも違う! シチュエーションが、え、まじか、まじかよ! まじでがちなハンパねぇドSじゃねぇか、こいつ!
お母さん、ヘルプ! この人まじでやばい! 知ってた?! もしかして知ってて、わたしをこんなやつに……引き渡した?!
そうだ! お母さん、わたしが連れてかれるって! え、まじで? わたし、売られた? わたしこれでもお母さんに愛されてた自覚あるよまじで!
好きなことしなさいって「16になったら捨てるからね★」って意味?! まじで?!
「おい、答えろって言ってんだろ。何、もっと痛くしてほしいの? オタク飛び越えて変態かよ」
勘弁してくれぇぇぇええっ! どんなドSに引き渡してんだ、お母さん!
「お、起きてます! 起きてますから! い、痛いです!」
わたしがギャーギャー叫びながら答えると、高瀬さんはわたしの顎を解放してくれた。
やばいもう何これ、身の危険しか感じない。
「あ、あの……お母たまは……」
「いるわけないだろ。脳みそ使えよ、ドMオタク。お前の母親がお前をこっちに引き渡すって言ったの聞いてただろ? 妄想ばっかしてたか?」
やっべぇ。この人がさっきまでどんなふうに喋ってたか思い出せない。イケメンのドS発言は創作物としては最高だけど自分に向けられるとダメージやべぇよ。すみません、わたしの愛する受け達よ。こんなのにモヘェェとか叫んでてまじすみません。あなたたちはガチで拒んでたのかもしれない。
「あ、あの、高瀬さん、ですよね? えっと、ここにお母さんが、いないなら、その、わたしは今から、どう……」
「当初の予定ではあんたを今から幸佐様に会わせようというスケジュールだった」
そう言って、高瀬さんがわたしの首に手をかけた。
え、待って。待って待って待って待って。
「でも、あんたみたいなオタク女を後継者にするなんて、ラスティアの、幸佐様の威厳に関わる問題だ。……あの方の品格を落とすような真似は許さない」
あの方とか言われても知らねぇよぉ!! 父親蒸発したっていわれてたんだよぉぉ! 好きに生きろってお母さんが言ったんだもん! それでオタクになったからってわたしのせいじゃなくね?! つーか、お前のそのドSのほうがよっぽど威厳に関わるだろ?! わたし間違ってるか?!
「で、でも、その、幸佐さん? って人は、わたしのお父さんらしいし? そのさすがに首をし……ぐぇぇっ」
まじか! ふざけん、うぇぇっ! 高瀬さんがわたしの首を握りつぶす勢いでしめてきてる。やばい、ほんとに! わたしは高瀬さんの腕を叩いてみるけど、まったく効果が、ないっていうか、むしろ力もっと入った?! 効果バツグンか! って、うまくねぇからぁぁ!
ドSとかそういうくくりじゃないよこれ、もう! やばい、まじで殺される! 本気でやばい! まじで、冗談! う、ううううそ!
「お父さんなんて気安く呼ばないでくれよ、オタク。幸佐様だろ?」
もう何こいつ! 意味わかんねぇ! 苦し、苦しい! ほんとに!
「ゆき、さ、さま」
「そうそう。で、今すぐ後継者は放棄しますって言えよ」
喜んで! 言いたいけど、あなたが言わせないようにしてるんですからね! やばいって、まじで苦しい!
でもなんなの、この地味に息吸える感じ? このいい感じに殺さない感じ! 半殺しってこういうことだよね、きっと!
まじあなたすごいです。
なんだっけ、マフィアなんだっけ。厨二病とかバカにしてすみません。あなたほんとにマフィアっぽいです!!
「わ、たし、こう、けー、しゃには……」
意味わかんないまま殺されかけてる。理不尽だよ、ほんとに。
マフィアのボスとかそんな意味不明な実感のないもの、やらされてたまるか! ふざけんな!
そんなのこっちから願い下げ――。
わたしが勢いのまま、高瀬さんの言う通りに答えようとしたら、扉が勢いよく叩かれた。
「あぁら、ヤダ。トーヤくぅん、おいたしちゃダメよぉ?」
バンバンバンッとすんごい音が響いてる。こんな喋り方だけど、声は男のものだ。
その声を聞いて、高瀬さんがすんごい険しい表情でわたしから離れた。
「ケホッ、ゲッフォ!」
わたしは女子とは思えぬ咳をして、喉の調子を整える。これでわたしの体に何か異常が起きているとしても、なんの驚きもない。むしろきっとどっかおかしくなってる。
もうやだ帰りたい。何これ。泣きそう。
とりあえずわたしを助けてくれたドアの向こうの人の顔を拝みたくて、わたしは仰向けになったまま視線だけ動かして扉の方を見ようと試みる。なんとか視界の隅っこに扉を収めたところで、高瀬さんが鍵を開けた。
そしたらもう壊しかねない勢いで、扉がバァーンッと開いた。
倒れこむようにして入ってきたのはブロンドのショートボブ、綺麗な顔立ちの――。
「やぁん、アタシが怪力みたいじゃなぁい。トーヤくん、ひどぉい!」
――オネエだ。すっごいクネクネしてる。
なんていうかもう、オネエだ。
「旭さん。俺、今気が立ってるんで、ハイテンションはそこまでにしてください」
「ええっ、トーヤくんならいいわよぉ? 苛立ちをすべてアタシにぶつけちゃってぇぇ! アタシ、ど・え・む、だから! きゃあああっ、恥ずかしいぃぃ!」
もっととんでもないのがやってきてしまった。一瞬でも救世主とか思ったわたしの良心返せ。
ドSな高瀬さんならきっと、喜んで痛めつけるだろう。そう思いながら高瀬さんのほうを見たら、高瀬さんは拳銃を取り出した。
え、ちょっと、さすがにそれは……。
「ひゃぁぁん! 死なない程度に外して撃ってぇ!」
まぁぁじかぁぁあ! ドS根性の上をいく、ドM登場したよ!
でもまじでやばいって。高瀬さん、セーフティはずしたよ? 本当に撃たれるよ? てかそもそも拳銃ってなに? え、マフィアだからいいの? てか本当にマフィア?!
こんなドMもマフィアだって言うの?! 信じられるかぁぁぁぁ! 絶対やばい! わたしほんとに変なとこ連れてこられちゃった! やだ、まじで怖い。怖い怖い怖いっ。
「高瀬も、涼風もやめなさい。お嬢様の前でみっともない」
頭が壊れそうなわたしの耳に、すごく冷静な、超いい声が聞こえた。
視界には困り顔でメガネを押し上げる、落ち着いた雰囲気の執事さんが現れた。