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終焉の16歳

結乃ゆの。16歳の誕生日はね、結乃にとって、とっても大切な日なの。その日から世界が変わっちゃうくらい』


 絵本を読んだあと、お母さんがいつも言っていた。今では絵本を読んでもらうことがないから、もっぱらご飯のあとに言ってくる。

 16歳になる数か月前なら分からなくもないけど、小さいころからずっと、わたしはその言葉を聞いていた。


『だからね、16歳になるまでに、自分のしたいことをたくさんしておくのよ?』


 まるで16歳を過ぎたら、何もできなくなるみたいな、そんな言葉だった。

 だから、わたしはその言葉のとおり、好きなことを好きなだけすることにした。




「鈴くん! やぁやぁ、今日うちに来ないかい?」


 学校からの帰り道、わたしは大親友であり大戦友である鈴野すずの総一そういちくんに声をかけた。

 わたしが肩を叩いて声をかけると、鈴くんは無表情で振り返る。


「ああ、結乃ちゃん。ご機嫌だね」

「そうなんだよ! わたしはご機嫌なの! 昨日あげた漫画がね、閲覧数が日間3位になっててね!」

「そうだろうと思った。結乃ちゃん、教室でずっとニヤニヤしながらスマホ見てたから」

「え、マジで」

「うん。閲覧数とかチェックしてるのかなと思いながら僕は見てたけど」


 他の人はどう思いながら見ていたんだろうか。鈴くんが言うってことはよっぽどニヤけてたってことだよ。やばい、キモイって思われてるかもしれない。できるだけ学校ではオタク趣味を発揮しないようにしてるのに。公害と言われないように気をつけてるのに。

 まあ、わたしの一挙一動をいまだに気に留めてるやつなんかいないか。

 そのとき、わたしを見てあいつキモイなって思ったやつもどうせ今ごろ、マクゴナルゴでハンバーガー食べてる。気にするだけ無駄だな、うん。


「でも……今日、結乃ちゃん家に行っていいの?」

「ん? いいよ? てか来てほしいんだよ。というか鈴くんならいつでも大歓迎だよ!」


 鈴くんなら毎日でも来てほしいくらいだ。手伝ってほしい作業がたくさんあるから。でも残念。今日を過ぎたら、また鈴くんに手伝ってもらう日々がくるかは分からない。そう考えると一気に心が荒んだ。


「結乃ちゃん?」

「……気にしないでおくれ。これから先の日々を思って嘆いてるだけだから。そーれーよーり! 今日は夕飯も豪華だからおいでよい!」


 わたしは鈴くんの肩をバシバシっと叩きながら提案する。鈴くんは相変わらずの無表情だ。この鈴くんの表情はテンプレ。きっとクラスで一番表情豊かな田中くんだったら、盛大な困り顔を見せてくれるだろう。


「結乃ちゃんが作るの?」

「まっさかぁ! わたしが作ったら、世界を滅ぼす毒物ができあがっちゃうよぉ! お母さんが作りますぜ」

「じゃあ……行こうかな」

「おいおい、鈴くん。それはどういう意味だぁい?」

「結乃ちゃん、ガラ悪いよ」


 わたしが制服のポケットに手を突っ込んでガン飛ばしてみると、やっぱり鈴くんは無表情で答えた。

 この冷静さを前にすると、わたしがとんでもないおバカに見えてしまう。でもわたしはいたって普通だよ!


「でも、さすがに今日は遠慮するよ」

「ほ?」


 そう言って、鈴くんは本屋の紙袋に包まれたそれをわたしに差し出してきた。わたしは目をパチパチと瞬かせながら鈴くんを見つめた。


「結乃ちゃんが前に欲しがってたけど、次の即売会に向けての印刷代がどうとかで買えなかった本」


 そう告げられ、わたしは急いでその紙袋を破った。「結乃ちゃん、できれば破らないでほしかったな」なんていう鈴くんの優しい声と良心を破り捨てながらわたしは急いで紙袋の中身を表に出した。


「ぬぉぉおおおお!」


 表紙を見てわたしは首を振る。ちなみに周囲には犬の散歩をしているおばさんがいるくらい。

 この男子と男子が絡み合ういかがわしい表紙を公然で表に出しても、それほど問題はない。いや、問題だらけか。でもそんなの関係ない!


「鈴くん! ありがとう! わぁわぁわぁ、これ欲しかったの! うわぁうわぁうわぁ! どうしよう、ふぁぁあああお」

「結乃ちゃん、気持ち悪いよ。お誕生日おめでとう」

「前言は聞かなかったことにしよう、ありがとう!」


 鈴くんがわたしの誕生日を覚えてくれていたこと、わたしの欲しかったものをくれたことが嬉しくて、わたしは無表情の鈴くんの肩をぐりんぐりんと揺らした。

 でもそこで、ハッとわたしは手を止めた。


「結乃ちゃん?」

「これ、鈴くんが買ったんだよね?」


 わたしはわなわなと手を震わせながら鈴くんに尋ねる。

 今わたしが右手に持っているこの本は、男子と男子が絡(省略)だ。つまりヴォーイズラァブだ。

 それを鈴くんが買ったというのか。こんな肌の綺麗な華奢男子、鈴くんが! この、男子と男子が(省略)を買ったというのか!


「うん。店員さんには変な顔で見られちゃったけど」


 ふぐぉぉぉおお! わたしもその店員さんになりたかった! 今なりたいものを見つけたよ、神様! まじか、まじでか!

 鈴くんが、鈴くんが!


「題材にさせてください」

「次の即売会、エントリーしないんじゃなかった?」


 それを言われて、わたしは一気に肩を落とした。今までキラキラ輝いていたわたしのお目目が闇を携えた。

 そんなわたしを鈴くんが心配顔で見て……いや、鈴くんは安定の無表情だ。でもきっと田中くんくらい表情豊かなら心配顔のはず。


「……そうだよ。そう、はっきり言って昨日あげた漫画でわたしの腐った生活も終わりだよ。この鈴くんがくれた漫画は今日中に読み終わって、わたしの一生の宝にするよ」

「まだお母さんは何も言ってないんでしょ? きっと16歳までにいろんなこと経験しなさいって意味だったんじゃないのかな」


 鈴くんはわたしの母の口癖を知っている。

 だって鈴くんはよくわたしの部屋で作業を手伝ってくれて、夕飯を一緒に食べてくれるから。

 夕飯後の母の不可解な発言は聞き知っているのだ。


 16歳までに、好きなことをしなさいという、母の発言を。

 だから萩本はぎもと結乃は好きなように生きました。

 好きなように生きて、好きなことをして。


「16歳までに経験したのは世間の腐女子の扱いが酷いってことだけだよ!!」


 好きなことをした結果、腐女子になりました。

 最近は好きなカップリングの漫画とか描いちゃってるくらい。でもそれなりに人気はあるんだ。

 そう、わたしは腐女子。動画のコメント見たらなんでもかんでも「腐女子帰れ」って書かれちゃうあの「腐女子」です。婦女子ではありません。


 でもわたしは腐女子であることを後悔してない! むしろ腐女子だから見える世界が広がったって思ってるくらい!

 だからもし16歳の誕生日のあと、わたしに規制がかかるなら、それは由々しき事態なのだ。


「大丈夫だよ。結乃ちゃんのお母さんは結乃ちゃんの趣味まで取り上げたりはしな……」

「わっかんないよ! 明日から全コレクション没収されて! わたしのパソコンの中の(自主規制)を消去されて! ペンタブも壊されるかもしれない!」

「考えすぎだよ、結乃ちゃん」

「考えるよ! 妄想好きだよう! 妄想イズわたしの才能だよ!」


 叫ぶわたしを見て、鈴くんは困り……真顔だ。

 でも真顔なのに、鈴くんはわたしの頭を優しくポンッポンッとなでてくれた。天使、まじ天使。


「結乃ちゃんが才能あるの、僕も知ってるよ」

「鈴くん……っ!」

「僕もあの漫画読んだことあるけど、あの2人がそういう関係になってああいうことするなんて、全然考えつかなかったから。違和感なく描けてすごいと思う。その影響で最近、あの漫画読んだら実はこの2人……って考えるように」

「なっちゃダメだよう! 鈴くん! ごめんね、わたしのせいで! 変な扉開かせちゃってごめんね!!」


 黙れ、わたし。しずまれ、わたし。いいぞもっと! なんて叫んでるわたし出てくるなよ、絶対!

 わたしの腐女子魂がうずいてしまう、やめてくれぇ。


「でももし、本当に取り上げられちゃっても、結乃ちゃんなら大丈夫だよ」

「そんなこと……っ」

「大丈夫。結乃ちゃんなら、自分で趣味は掴み取れるから」


 鈴くん、なんて感動的なセリフを。ネタにしていいですか。ネタ帳、ネタ帳。


「だって、結乃ちゃん。このあいだ僕が先輩とぶつかった時、ネタ帳に書いてたでしょ? 世の中のもの全部、結乃ちゃんは自分の趣味に変えられ……」

「ごめんなさぁぁぁい!」


 ばれてたのか! あの瞬間が! 普通を装って「今日買うものはぁ」とか言ってメモってたわたし、はっず!

 え、まじかよ。鈴くん、まじかよ。ごめんなさい、ネタにしてました。すみません。昨日の漫画にそのときのことを元ネタにしたものあげました。すみません。


「いいよ。結乃ちゃんがそういう子だって、知ってるから」

「それでも友達でいてくれる鈴くん、神ですか。メシアですか。大好きです。まじ天使」


 本当に鈴くんはいい子だ。それに比べて、鈴くんに同人誌描く手伝いさせたりするわたしはなんですか。でも、だって、鈴くん、背景描くのうまいんだもん。

 鈴くんと作業する日も終わるかもしれない。そう思うと、やっぱり悔しくて、悔しくて。


「もし明日から全てを規制された瞬間、わたしは規制の壁を超えて異世界へ行ってやるよ」

「たしかに、それくらい頭が変になっちゃうかもしれないね」


 冷静な鈴くんの返事を聞きながら、わたしは今日の誕生日が終わる瞬間を思っていた。

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