生血を喰らう吸血鬼
静寂と憂鬱とナイフは私という人間にとっては良いものではなかったが、皮肉なことに私という吸血鬼にとっては非常に相性がよかった。
静寂は私が存在するすべての場所を一瞬で冷酷で無機質な空間してくれた。
憂鬱は私を人間という存在であることを否定してくれた。
ナイフは私を人間から遥か超越した存在へと変容を促してくれた。
金属片の無機的なつめたさが私からぬるさを発散させてくれた。
ナイフを真白な手首にあてて引いた。
静電気みたいなピリピリとした痛みで、そんなに痛くなかった。
穴から押し出された血は白雪の上に敷かれた絨毯のようで綺麗だった。
次第に溢れ過ぎた血はボタボタと黒ずんだフローリングの床に落ちた。
私の手首と床との距離が、あまりに絶妙で、私の手首から溢れ過ぎた血は甘美なる花を咲かせているようだった。
その甘美なる花はあまりにも魅力的で、私を求めた。そして私も、求めた。
膝、腹、腕、頬。ありとあらゆる体全身を床に叩きつけた。
そして透明な糸を引いた真っ赤な舌でその甘美なる花を、ねぶった。
フローリングの床と、口内に広がる鉄の冷たさが妙に心地よかった。
もう、何が何だかわからなかった。これは普通なのだ、奇行ではない。
それゆえに何が何だかわからない私は吸血鬼でなければならなかったのだ。