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オーマ兄弟2

作者: 湯乃屋

空は茜色に、家路を急ぐ人々の影が惜しむように長く、長く伸びるこの頃。


すれ違う誰もが陰に飲まれ、暗く形さえも違って見えるこの頃。


始まりの夜闇に異形のものどもが紛れはじめるこの頃。


逢魔が刻。


魔に逢わぬよう、人々は家路を急ぐ…




日が暮れる頃、決まって嵐は何処かへ出掛ける。


何処へ行くの?すぐ戻ってくるから、待ってな。


何しに行くの?お前が期待するような事は何にも無いよ。


おれも… 邪魔臭いから付いて来るな。


…と、言うわけで一念発起!こっそり付いて行く事にしたのだ!


時刻は午後五時四十五分。傾きかけた夕日にあたりは少しずつ暗くなり始め、嵐はその中をスイスイ、進むにつれてどんどんひと気の寂しいところに進んでゆく…


「こ、ここは!嵐の野郎、おれに内緒でこんな、ふ…風俗店に通っていたのか!」


「顔を真っ赤にしているようじゃぁ、まだ早えな」


飛び出した心臓をキャッチして慌てて振り向いたそこにはいつの間に、嵐がニヤニヤ嫌味顔で覗き込んで、凪は必死で取り繕いたかったのだが、でも…先を歩いていた筈が何で?


「ふふ、ここよりももっとイイトコロがあるぜ、どうだ?」


と、肩に手を乗せられた時だった。ギャァァァァ!っと長く尾を引いて、凪が目を丸くしている間にもわなわなと、全身を震わせながら見る見るうちにその体はみっしりとした毛皮に覆われて行く…!終いに、一匹の大きな狐に変化した嵐はぎろ、とひと睨みを利かせると、覚えてろ、とひとっとびにビルの向こうへ、まるで天狗のように飛んでいってしまった。


「あ、嵐って狐のお化けだったのか?…いやいや、まさか。ってあれ!あんな所に!きっとあれが本物、さっきのは偽者、多分」


一抹の不安は残るものの、新しく見つけた嵐の後姿を改めて、追いかける事にした。




視界は暗く、そこここの街灯に光が灯され始める。嵐は相変わらずスイスイと、狙ったように細い路地ばかりを抜けて、後を追うこっちの事も考えて欲しいと嫌気が差し始めた頃。


「こ、ここは!嵐の野郎、おれに内緒でこんな、旨そうな本格カレー屋に通っていたのか!う、スパイシーすぎて目にしみるぜ」


「あれ、凪じゃないですか。しょうがないなぁ、付いてきてしまったのですね」


飛び出した…以下略。いつの間に、嵐がニコニコしまりの無いにやけ顔で手を振って、凪は一気に気が抜けて、でもいつの間に後ろに回りこんだのだ?


「ばれてしまっては仕様がないですね。ささ、どうです?今日はふんぱつしちゃいましょう!」


「って、ちょっと待てよ、いいのか?今月は余裕ないだろう」


今度は凪が嵐の腕をつかんだ時だった。ギャ!っと一声、凪が声も出せないで居るうちに触れられた肩口からまたしても、見る見るうちに毛に覆われ、あっという間に一匹の大狸に変化して、じろ、と涙目で凪を睨み、覚えてろ、と同じせりふで声を震わせて信じられないような速さで路地に消えてしまった。


「な、何なんだ、今日は。確かに嵐はタレ目だし、狐よりか狸に近いけど…そうなのか?って今度こそ!またまた発見、そうだよな、どっちにしろ、正体突き止めてやるぜ!」


その頃にはすっかり、嵐の正体を突き止める事に夢中で本来の目的などとっくに見失っていた。




すれ違う人もまばらに、とうとう街灯一つない場所にまで来てしまった。すっかり薄暗く、夜が染みてきた中では嵐の姿を追いかけるのに手一杯であたりを見回す暇もない。ここが何処で、どういう経路でたどり着いたのかも分からないが、まぁ何とかなるだろう。


「ハ!そうか、嵐の奴、巣に帰っていたんだな、なるほど。ふふ、案外毛むくじゃらの子沢山だったりして」


そのときだった。おーい、と声のした方に目を向けると、少し離れたところで嵐が手を振って、呼んでいるではないか。


「おーい凪。そんな顔しなくても、お前が後を付けてきている事くらい初めっから知ってたよ。まぁいつまでも隠し通せる事とは思っていなかったが。せっかく来たんだ、おれの家族を紹介するよ、茶でも飲まんか~?」


見ると、こんもりとした山積みの藁の巣からモソモソと、いたちに似た小さな毛むくじゃらが凪を見つけている。その中にはエプロンをしめた、なんとも滑稽で可愛らしいのも混ざっていて、思わず頬がゆるみ一歩、踏み出した時だった。


バっと、大きな風呂敷のようなものをかぶせられてすぐ近くで慣れた声が釘をさす。


「目を瞑って、十数えるんだ。声に出して、いち、に……」


「え、あれ?嵐?っと、ろく、なな、はち……」


九、十で風呂敷から解放された視界はいつの間にすっかり暗く、名残を惜しんでいた茜空もすっかり、闇色の夜に塗り替えられていた。


そして、視線の先には……さっきと同じ、いや、ついさっきまであんなにはっきり見えていたのが不思議なくらいに暗く、黒く、複数の動物らしいシルエットがあるだけで嵐の姿など何処にも見当たらなかった。


「だから嫌なんだよ、お前を連れてくるなんて」


「あれ?嵐?」


振り返った所の嵐はまだ嵐のままに、呆れ顔でさっきまで凪の頭に被せられていただろう風呂敷を畳んでは深く息を落としている。


「まったく。落ち着いて、足元を見ろ。あと一歩で川にドボンって処だったんだぞ?どうしてお前はこうも狐狸妖怪にかどかわれやすい?それにしたって、ノコノコ付いて行くとは何事だ、仮にもおれの弟分だろう」


「だって嵐、毎日毎日おれに内緒でどっか出掛けてるから」


「銀行だよ。ほら、六時以降は手数料掛かっちゃうだろう?」


「え、それってつまんない!それじゃぁ今までのおれの苦労は!?」


「苦労って…何回かどかわされているんだ?三回?……お前なぁ、自分の体質分かっているのか?超浄化体質。その肝は、そこいらのなまぐさ坊主も裸足の珍味と有名、当然お前の名前も超有名、隙あらば狙われているって、前にも言っただろう?どうしたってそんな、軽率な真似が出来るんだ」


もしかして、嵐が本当にお化けなんじゃないかと思った事を正直に打ち明けてみたが。


「そ…正直落ち込むぞ、その思想。と、ともかく!日が暮れたら危ないから、外出は禁止!それが嫌ならおれを唸らせるような対策を立てなさい」


へぇい。と生返事を返しながらはたと思いついた。おかしい、嵐がこんなまっとうな事を言うなんて、こんな、おれが一言も返せないくらい正しい事を言うなんて。…ははぁ、さては。


ドン!と思いっきり背中を突き飛ばすと、そのまま巣立つんじゃないかと思えるくらいに手をかき回し、器用にかつ、狙ったように脇のぬかるみに頭から突っ込んで、派手な泥しぶきをあげる。


「な、何するんだ!」


「なんだ、ホンモノか。おれはてっきりまた、偽者かと思って触ったんだけど」


うぅ~と、物の怪のように唸って泥まみれの眼鏡を、拭おうとして外した拍子。うわ、と何もない空に向かって飛び上がり、もう一度しぶきを上げるて泥の中。


眼鏡を外したそこにどんな物の怪が見えたことか。


嵐を唸らせるような仕返し、ちょろいもんだ!


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