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夏シリーズ

風鈴

作者: 櫻井 総一

 


 チリンッ


 夏だというのに何をしているんだろう。

 乾く洗濯物を見つめながら、頭の片隅で疑問を浮かべる。

 7月に入り待ちに待った三連休……いやこれから高校生活初めての夏休みというものに突入した私は、昨夜まずは1日寝る!という意気込みで意味もなく、夜更かしをして昼過ぎまで寝る予定だった。

 しかし、学校の時と同じ時間帯に母に叩き起こされ、洗濯物を干すことを命じられた。

 時間は朝の9時。

 おかしい、まだ寝ているはずなんだけど……

 寝不足のせいか頭が上手く働かない。

 自然と動くても遅くなり、素早くやれば15分で終わる作業も、暑さと眠さのせいか30分以上時間がかかってしまった。

 やっとのことで終わり、体力が尽き縁側に座り込んでいた。


 庭付きの一戸建ての家では、普通二階のベランダで洗濯物で干すものだと思うけど、うちでは庭で竿を立てて干している。

 母親はこの縁側がお気に入りだ。


「天気いいなー」


 空を見上げると、太陽がジリジリと自分を焼いていくように感じる。

 夏独特のこの感覚は、私にとって、いやほとんどの人間にとって苦痛なんじゃないかと思う。

 手で影を作り、目を凝らしながら太陽を睨みつける。


「あら、終わったの?」


 母が後ろから声をかけてきた。


「んー」

「……夏休みだからって、グータラしない!」


 別に全ての日をグータラしようなんて思っていない。

 初日の今日だけだのつもりだったのに。

 私は、深く溜息を吐いた。


「辛気臭いわねー」


 誰のせいよ。

 こういう反感的な答えが出てくるのは、まだ自分が思春期という甘えた根性だからだろう。


 チリンッ


 涼しげな音がまた聞こえた。

 音がする方見たら、太陽の光で反射をしている青色の球体のガラス、風鈴だ。


「……出したんだ」


 母は、最初何のことを言っているのか理解していなかったが、私の目線の先を見てあぁっと呟いた。


「夏だからね」


 私の隣に座った。

 母は飽きもせず、毎年この風鈴を出している。

 暑い日差しと汗でベタつく肌、少しじめっとした空気、縁側、そして風鈴。

 これが私の夏の定番だ。


「もうすっかり夏ねー……」

「そうだね」

「フフッ……あんたは夏が好きね」

「は?」


 今、この母親はありえないことを口にした気がした。

 私が、夏が好き?

 まぬけに口を開けている私を見て、母は笑っていた表情を目を丸くさせ、驚いていた。


「どうしたの、驚いて……」

「夏が好きな人間なんているわけないでしょ」


 暑いし、虫もたくさん出るし、ついでに汗も出てイライラする。


「でも、あんた夏になると毎年ここボーッとしてるじゃない」

「そんなことは……」


 否定の言葉を言おうと口を開きかけたが、去年の自分を思い出した。

 母親の言ったとおり、確かに自分はここで夏休みの多くをここで過ごした。

 この縁側で、私をジリジリと焼く太陽を睨んでいた。

 去年だけじゃない、一昨年も、その前も……

 過去に振り返れるだけ思い出すと、全ての夏に私はここにいた。

 そして……


 チリンッ……


 目線をまた風鈴に戻した。

 そう、この音を聞いていたんだ。

 特別な理由もなく、ただここにいたんだ。


「小さい頃、この風鈴の音聞かせたら機嫌良くなってたわね」


 母親は、立ち上がりわざと風鈴を揺らし、音を鳴らした。


 チリンッ、チリンッ


 私は何も言えなかった。

 ただ、酷く驚いていた。今まで自分自身も気がつかなかった一面にでくわし、この感覚はまるでジェットコースターで下りを落ちていくような、爽快感と浮遊感を味わっていた。


「それにしても、暑いわね……冷たいお茶でも飲む?」


 先程の、思春期特有のイラつきや反抗的な態度は消え素直に頷けた。

 私は、立ち上がり母と目線が一緒の高さになる。


「もう、高校生なのね」


 母親は寂しそうに呟き、家の中へと戻ってしまった。

 私も後を追おうとしたけど、なんとなく風鈴に目線を向け先程の母親と同じように指で押して、揺らした。


 少し力が強かったのか盛大に鳴る。



「今年もお世話になります」


 風鈴はチリンッと音を鳴らすだけだった。





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