人間に対する憎悪
「くぅ~!」
両手を挙げて背筋を伸ばす僕。大体の水やりは終わりを迎え、やることは全部終った。
いや~それにしても、人助け基、精霊助けをした後は気持ちが良いな~。誰かの役に立ち、そしてその人が喜んでくれる。それが僕にとっての最高の喜びだ。
「ねぇ、そこの人間」
精霊さんは怪訝な顔をしてこちらを見ている。その精霊さんの表情で僕は焦りだす。え、何か僕はやらかしてしまったのか?いや、でも植物とかの水やりをしたからそう言うことではないと思うけど・・・。あ、たぶんこれは、名前くらい教えなさいよね!という意思表示ではないのだろうか?よし、そうと分かれば!
「あ、僕の名前は彼岸花 凩 です。どうぞ宜しくお願いします」
そう言いながら僕はいそいそと何処かのポケットに入っている名刺を取り出そうと、あちこちのポケットに手を突っ込み、名刺を捜索する。
「名前なんてどうでもいい!お前の足下を見てみろ!」
「うおっ!」
精霊さんの勢いに圧倒され、つい声を挙げてしまう僕。精霊さんは、何度も僕の足下を指差して、僕の方を睨み付ける。なんだろう?と思いつつ精霊さんの指差した所を見てみると、そこには僕の足によって潰れた花があった。
「あっ!ご、ごめんなさい!」
慌てて足を退けるが、花は潰れたまま。ああ、僕としたことが・・・なんて事をしてしまったんだろう。これじゃあ、折角喜んでくれた精霊さんの努力が無駄に・・・。正に後悔のどん底だった。その時だった。精霊さんが腰を落として、その潰れた花を右手で覆い被せた。
「これで良し」
精霊さんの表情は見えなかったが、その声は、優しく愛情がこもっているように思えた。精霊さんは、ゆっくりと手を退けると、そこには、綺麗な花が咲いていた。さっきまでの潰れた花ではなく。ちゃんとした花だ。
「す、すごいです!潰れた花が元に戻りました!」
その時、僕の言動がいけなかったのか精霊さんは顔を上げ、僕の方を睨み付けた。
「お前、よくそう言えるな」
「す、すみません」
確かにでしゃばって言うものじゃなかった、と僕は深く反省した。精霊さんは静かに立ち上がり、鋭い視線で僕を見た。
「この子達に水をあげてくれた事には感謝するけど、お前は所詮人間。どんなに自然に対して慈しみの心を持っても、私はお前達に対する憎悪は変わらない」
精霊さんはそう言うと、身体を後ろへと向けた。
「じゃあね、人間。そして、二度とこの森には来ないで」
そう言うと、精霊さんはゆっくりと足を進め始めた。この精霊さんは人間を憎んでいる。たぶん、都市開発の為にいくつも伐採された森林などが原因なんだろう。でも、これだけは精霊さんに言いたい。
「人間は全員がそんな生き物じゃないですよ!必ず何処かにも自然を思いやる人がいます!絶対に!」
すると、精霊さんの足が止まった。それと同時に、ゆったりと風が流れ精霊さんのエメラルドグリーンの髪が靡かせる。
「じゃあ・・・何で森は失われたの?」
「!!」
背中を向けたまま彼女が突如言った一言に、僕は驚きのあまり目を見開く。なぜなら、そんなこと考えていなかったからだ。
「そんな人間がいるならなんで森は失われたの?ねぇ、教えてよ」
精霊さんはゆっくりとこちらを振り向いて言った。彼女の表情を見て、僕はつい目を逸らしてしまう。だって、あんな哀しそうな表情を見てしまったら、僕まで泣いてしまいそうになるから。
「・・・」
言おうと思えば言える言葉なのに、なぜか 言葉が出ない。いや、本当は知ってるから出せないのかもしれない。下手をしたら、精霊さんの心の中での人間への憎悪がもっと悪くなる。でも、ここで動かなくては、精霊さんはずーと僕達人間を恨むことになる。こんなことで、うろたえる自分が情けなく感じた。
「・・・結局、人は綺麗事並べて生きていくのよ。騙して騙されて・・・醜くね」
精霊さんは薄ら笑いを浮かべて言葉を言い終えると、目を閉じて、再び身体を後ろへと向け、足を進め始めた。だが、僕はまだ諦めない。本当に僕が諦めるのは自分が自分を棄てた時だ。
「・・・んなよ」
僕は俯き、独り言のようにか細く言う。精霊さんもよく聞き取れなかったようで、またこっちを振り向く。
「今、なんて?」
精霊さんは眉をひそめて訊く。僕も聞き取れなかった彼女の為にもう一度口を開く。
「ふざけんなよ!」
「なっ!?」
僕の口調が変わって驚いたのか、ただ言葉に驚いたのか分からないけど、今の僕にはそれさえもどうでもいい。今肝心なのは、
「お前は本当に憎んでいるのか?」
この人をもう一度見直す切っ掛けを作らなくては!
「ええ、自分達の欲望で自然を刈り取る人間共が憎くてしょうがないわ!」
精霊さんも負けじと声を荒らげて言う。
「では訊くが、本当に人間を憎んでいるならなぜ行動に移さない!」
「!!」
「お前は本当は人間なんて憎んでないんだろ?人間を憎んでいるならさっさと行動に移せば良いだろ!だけど、お前にはそんな様子も態度も見せない!現に、俺だってこうやってお前と話していられる!」
精霊さんが口ごもる。そして、僕から視線を逸らし、ただ俯くだけ。まるでさっきの僕を見ているようだ。
「どうなんだ、精霊さん?」
俺は精霊さんに問う。散々言ってしまったが、それくらい僕は真剣なのだ。精霊さんの真意を確認する為・・・そして、彼女の為にも。
精霊さんはゆっくりと口を開く。
「私は・・・」