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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

【緋緋色金】導火線つき令嬢と冷血従者

【緋緋色金】災厄令嬢の事件簿 ~導火線つき火薬庫と冷血従者~

作者: ワクさん
掲載日:2026/09/13

長いです。

あまり男性読者向きではないと思います。

連載している作品「【芋掘り棒】でスン」のアナザーストーリーです。

【胸焼け注意】な作品ですが、よろしければご覧下さい。



王国、公爵家。

王領を任される「騎士団」には絶対的な人物がいた。


尊称「赤獅子」。ガレス・レオナート・シュタイナー。


堂々たる体躯。

燃えるように赤い髪。


豊かな髭と毛髪は、それこそ「獅子」を思わせた。


性格は豪放磊落。

しかし、その智謀は繊細極まりなく思慮深い人物。


長男には「クレイ」。

母親似の灰色の髪と、虚弱な体質。

内気な性格で、学問や読書を好む。


長女は「フェルム」。

父親似の赤い髪と、強健な体質。

快活な性格で、武術や乗馬を好む。


良妻賢母と名高き妻とふたりの子宝に恵まれたガレス。

日々「王」より任された「王領」の運営を代行し、時には他国との戦へと赴いていた。


彼には家族へ不満がない。

だが、頭を悩ませることはある。


息子の虚弱体質を引き合いに、早いうちに後継を決め、さらに次の世代を設けることを声高に言う者たちがいる。

ガレスも彼らも「クレイ」を後継者として擁立することに異議はない。

だが、まだ年若く虚弱な彼に、このきな臭い時代で家を盛り立てることができるかは不安が募るばかりだ。

せめて、彼を支え得る人物がいれば―――――


そう願うも、もうひとつの「悩みの種」は、意に介さない。


ガレスの「娘」。フェルムのことだ。


これは「導火線つき」と言われた「災厄令嬢」の物語。


【災厄(カラミティ)】フェルムの事件簿。



◇


私の名前はフェルム。

フェルム・ルミア・シュタイナー


「王領騎士団団長」ガレス・シュタイナーの娘。

そして、「公爵令嬢」。


父譲りの「赤い髪」。母譲りの「アメジストのような瞳」。


病弱なクレイお兄様と違って、私は「超健康体」。

だからというか、裁縫とか作法とかそういったものよりも遠駆けみたいな活動的なのが好き。


ということで……今の私は「厩(うまや)」へと移動中。


フフフッ、あともう少し。

ここまで来れば、もう――――――――


「お嬢。裁縫の時間です」


後ろから声をかけられる。


――――チィッ


私は思わず舌打ちをした。

コイツはぁぁぁぁ。


私は振り返った。


「ごきげんよう。ハティ」

私は取り繕った笑みで挨拶をした。


「ごきげんよう。フェルムお嬢様」

ハティは無表情で挨拶を返した。


背が高く、鍛え上げられた体のこの男の名前は「ハティ」と言った。


ハティ・マクスウェル。

父の親友でもある「トリスタン・アドルフ・マクスウェル」の息子だ。


東洋人との間の子供という理由で、家督を継ぐことができない。

だから、お父様の従者として仕えることになった。


サァ―――――


風が雲を押し流す。

陽光が差した。


ハティの白銀の髪が太陽の光を受けてキラキラと輝いている。


う……まぶしっ!


コイツ、本当に「見た目」だけはいい。


「王子様系イケメン」。

中性的な顔立ち。

長い睫毛に縁どられたダークブラウンの瞳。


いっつもムッツリとして感情表に出さないけれど。


スッとハティが近づいてきた。

足音を立てない。

まるでスライドするかのような動き。


私の手にする「鞭」へと手を伸ばす。


「また、脱走を試みましたね」


私から「乗馬用の鞭」を取り上げようとする。

私は咄嗟に身を引いた。


「い、いやぁ……お散歩を」


「散歩に乗馬用の鞭など必要ないでしょう」


くぅ、この淡々とした物言い。

なんか腹立つ。

この「冷血漢」めっ!


「だって……チマチマした作業って、イライラするもの。それよりも乗馬でスカッとしたい」

私は口をとがらせて呟いた。


ハティは私の顔を見た。

ちっ、近いってっ!

その「顔」でじっと見ないでよぉぉぉ。


「その気持ちはわからないでもありませんが」

目元を、ほんの少し……本当にわかるかどうかってくらいに緩めて言った。


「ですが、『裁縫』も『作法』も『淑女のたしなみ』ですよ」

ほんとうに何の感慨もないようにハティは言う。


「王領騎士団団長『赤獅子ガレス』の娘が、『淑女』なワケないでしょ?私がなんて呼ばれているかあなただって知ってるでしょうに」

私は自嘲して言った。


「『カラミティ(災厄)フェルム』って!『災厄令嬢』ってさ。だったら今さらいいじゃない」

私は吐き捨てるように言う。


「『導火線つき火薬庫』なんだから。いまさら『おしとやか』になんてできない。他の子みたいにかわいくなんて――――」

そう、私はすぐ「カッ」となる。

ケンカを買ってしまう。

だから……


「お嬢は十分にかわいらしいですよ」

しれっとハティが言った。


「は?」

私は呆気に取られてしまった。


「他の人間が嫉妬で言っているだけでしょう。真に受けてはいけません。有象無象の言葉など、その辺の『犬』が人間の言葉で吠えているとでも思えばよろしい」

ハティが私をじっと見つめながら真面目な顔で言う。


いや、「犬」って……「マクスウェルの狂犬」と呼ばれた「貴族殺しのハティ」が言うの?


「闊達で裏表のないお嬢の性格がまぶしいだけですよ。自分にはできないから、そうこき下ろして憂さを晴らしているだけなんです」


それから、ハティは私の「髪」に触れる。


「お嬢の髪はビロードのように美しい。この髪だけでも十分に誇れる。あなたは卑下するところなど一切ないのですよ」

そう言ってハティは私から離れた。


こ、こ、こ、コイツはぁぁぁぁぁぁぁ!


な、なんてことをっ、なんてことを口走っとるんじゃぁぁ!?

「狂犬」ってこういうことなのっ?

「トチ狂っている」ってことなのっ!?


私は耳まで真っ赤になっていた。


「さあ、もどりますよ」と言って歩き始めるハティ。

その手には「乗馬用の鞭」が握られていた。


ハッ!?


騙されたァァァァァ!



◇



王妃さまに招かれた「お茶会」。

その「地獄のお茶会」を終えて、私はふらふらと王城の廊下を歩く。


とても緊張した。

参加者の持つ「圧」が強すぎるから。

というか「クセ」が強すぎる。


だって、参加した他の貴族のメンツがひどすぎる。


ハティの姉でもある「エリーゼ・カナン・マクスウェル」さま。

「白銀の虎」とも呼ばれる戦乙女。


「ティア・シュトゥーテ・フライン」さま。

「神機妙道」と呼ばれる神速の策士。


そこまで年も離れていない公爵令嬢たちのクセの強さったらない。

ゾンビのように倒れないで戦場で無双するとか。

自分のメイドを助けるために10歳そこそこで犯罪組織を潰すとか。


――――あのぉ、この方々の方が「危険人物」ではないのでしょうか。


しかも、守護者「アンジェ・フラン・スカーレット」さままで加わっていたのだから。


アンジェさまは、1000年を生きるハイエルフなんだけれど、見た目は十代前半にしか見えない。

「オカン属性」で面倒見がいいんだけれど、ズケズケ物を言うからよくエリーゼさまとバチバチになる。


ああ、胃が痛い……


この人たちに比べたら、私のどこが「カラミティ・フェルム」なのよ?

ここまで気を遣えるんだから「導火線付き火薬庫」なわけないじゃない。


この「お茶会」、ほんとうは遠慮したかったけれど、「シュタイナー公爵家」の令嬢として欠席は許されない。


そして「胃痛」しかないお茶会が、ようやくお開きになって私は重い足取りで後宮を後にした。


庭園に面した廊下。

みずみずしい若葉の香りが心地いい。

この重苦しい気持ちも少しは軽くなりそう。


そう思いながら歩いていたら、進む先に3人の若い貴族がいた。

確か、「侯爵家」の子息たち。

今は帝国との戦をしている。

「前線の重要地」を任される彼らの影響力は大きい。


彼らも私に気づいたようだ。

私を見て途端に顔を合わせて囁き合う。


そして、ワザとらしく大きな声で笑い出した。


「ヒャハハハハ」

「キヒヒヒヒヒ」

「フハハハハハ」

なんとも耳障りで下品な声。


「親の七光り」だの「災厄令嬢」だのと聞こえてきた。

「いい年もしてお相手もいない」とも聞こえてきた。

私はそれを無視した。


「オマエ、どうだ?『付き合って』あげたら」

「げぇ、ご勘弁。誰があんなのと」

「体つきは悪くないんだけれど、あれじゃあなぁ」


―――――ムリッ


私のコメカミに血管が浮き出る。


「病弱兄貴のほうがよっぽど『女らしい』ぜ。どっかで取り違えたんじゃないか?」

私がすれ違う時、中の一人が言った。


私は反射的に「おい」と言い返してしまった。


ニヤニヤしたその顔と視線がぶつかる。

いかにも人をおちょくって、その反応を楽しむ「悪趣味」な顔だ。

相手の感情をコントロールできると得意になっている。

手を出せば「勝手にキレた」。

無視すれば「ビビッて言い返せない」。

どちらにせよ「害悪」のそものでしかない下品な連中。


反応を引き出して得意になった奴らの一人がたたみかけようと口を開こうとした。


私は、「拳」を握った。

次に、その「臭い口」を開いたら―――――


けれど、奴らは次の言葉を出すことができなかった。

背後にハティがいたから。


「何の話だ?」

いつにない怖い声。


それは他の者にも伝わったようだ。


「いや……」

「私にはシュタイナー家のご息女を侮辱しているように聞こえたが」

ハティは二の句を告げさせない。


「ハティ……」

私が声をかけようにも、彼の表情は暗く殺意に満ちていた。


「はっ、番犬ごときがなんとも出しゃばった――――」


「それが何か問題があるか」

ハティがぴしゃりと断ち切る。


というか、この殺気に気づいていないの?鈍感なのも才能なのかしら。


「貴殿らの振る舞いが見るに堪えないだけだ。彼女に好く者がいようがいまいが貴殿らには関係のないこと。さらに兄君の『クレイ』様をも侮辱したな?」

ハティが「怒っている」。


「まして、女性一人に数人がかりで悪態をつくなど。出しゃばった真似をなさったのはどちらだろうか。衆人に問うてみようか?いずれにしても彼女に口を出す権利はあなたたちにはない」

正直な話、私は胸が高鳴るのを抑えられなかった。


「この……」

論破されたための逆情か。一人が剣の柄に手をかける。


けれど、ハティは抜かせなかった。

自身の剣の柄を相手の手元に充てて抑えている。あれでは抜けない。


「城の中ですよ」

静かに言うが彼我の差は歴然としている。

それどころかいつでも殺せるのだぞという「狂犬」という風評に違わぬ威圧を込めている。


「う……」

奴らはよろよろと後退した。


そして一斉に足早に去っていった。


「後悔させてやる」

捨て台詞を吐くことを忘れてはいないのだから、奴らは三下としては立派な方か。


その様を見送ってからハティは私に向き直った。


「お嬢。大丈夫ですか」

気遣わし気に私を見る。


「大丈夫」

私はそう答えた。

ハティは眉根を寄せて私の頬に手をあてる。


へ?ちょと……


親指で私の眼尻を拭った。


あ、私、泣きそうな顔をしていたの―――――


―――チャキ


小さな金属音。


「フム。やはりアイツらは『わからせ』てやらねばいけませんかね」

静かにハティは言った。


腰のポーチに手をあてている。

確か、「毒針」を仕込んでいた……


いやいやいや、ちょっと待ってーーーーー!


◇



何も変わらない毎日。


お父さまは時々出兵し、ハティもそれに付き従う。

そして、二人は無事に帰って来る。


心配だけれど、無事に帰ってきてくれるという信頼の方が大きい。


本当なら「戦」などしない方がいいのに。


私は「裁縫」のレッスンを終えて、厨房へと向かっていた。


(ちょっと、小腹が……)


ホント、ストレスがたまる。

こういう時は「甘いもの」にかぎる。


今は使用人たちもそれぞれの仕事をしているから厨房には誰もいないはずだけれど。

まあ、何かあるでしょ。


「あ、お嬢。いいところに」


厨房にはハティがいた。


「ちょうど、焼けたところなんです」

そう言ってハティは「オーブン」から出した鉄板を調理台に置く。


そう言えば「従者」とは「主人の身の回りの世話」をする。

戦場では食事の準備もする。


コイツは料理もできるんだった――――


「ガレスさまに持って行こうと思っていたのですが」


そう言って「ラズベリーパイ」をナイフでサクサクと切り分ける。

良い音。それに、ここまで甘酸っぱい、いい匂いがしてくる。


ちょいちょいっと私を手招きする。


「はい」

そう言って一切れを私の口に突っ込む。


「あちっ、あひぃっ」

私はアツアツのパイを頬張る。


口いっぱいに広がる甘酸っぱさ。

加熱されたことでベリーの酸味が和らいで、心地よい清涼感を感じる。


サクサクとしたパイ生地は温かいままなので、バターの芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。


うんま~~~~!


私はうっとりと「口福」にひたった。


「お口に合いましたか?」

ハティはいつもの「無表情」で尋ねてくる。


私はこくこくと頷いた。


「それはようございました」

そう言って、きれいに切り分けたパイを皿に盛りつけトレイへと移動させる。


「では、これにて」

ハティは一礼をして去ろうとした。


ああ~、もっと食べたかったのにぃ。

名残惜しい思いで見た時だ。


「あ」

すれ違う時、ハティが声を上げた。


「ん?」

私は突然立ち止まったハティに首を傾げる。


「口の端についてます」

そう言ってハティは親指で私の唇の端を拭う。


「取れました」

無意識なのか、ハティは「ペロ」ってその親指を舐める。


お、おおおおおおおっ、おおい!!!


私は顔面から火を吹くような心地になった。

いや、もしかしたら本当に「発火」していたかもしれない。


「では、失礼」

いつもの無表情でカートを押して厨房を出ていく。


コイツはぁぁぁ!

「王子様系イケメン」じゃなきゃ許されない「技」だぞおおおお!



◇


「お茶会」での噂話。

なんということも無い歓談。

そこで、私はある話を耳にした。


「レイモンド侯爵の羽振りがいい?」


私はそれ聞いて驚いた。

たしか、王城の廊下でハティに追い散らされた一人だ。


「レイモンド・ヴァルジエ」は、その名の通り「ヴァルジエ侯爵」の長男。

まだ年若いけれど、「従軍」経験もある。


「なんでも、領内で『銀の鉱脈』を見つけたとか」


そんな話は初耳だ。

城でも噂にすら上っていない。

ということは、「公式な報告にない」ということなのか。


「それに、最近はやっている美しい『緑』の織物。あれもヴァルジエの領内からのようですね」


「なんでも、その美しい色と色あせないことから『至高の緑』とも言われているそうですよ」


いやな予感がする。

「銀の鉱脈」に、「色あせない緑の染料」……


思い過ごしならばいいのだけれど。



◇


それから、ほどなくして王都では恐ろしい「呪い」の噂がたった。


富裕層の「怪死」事件。

原因が不明であるため、何かの「呪い」では、というものだ。


例えば、ある豪商が謎の病による死亡事件。

「緑のタペストリー事件」。

長雨が続いた後、謎の頭痛と嘔吐、皮膚のただれに苦しむようになる。

「プリースト」たちが懸命に「法術」で回復させても効果が得られない。

最期、彼は吐血し、息を引き取ることになる。


例えば、下級貴族の夜会での集団死事件。

「緑の死のドレス事件」。

華やかなドレスで着飾った婦人たちが踊り出すと、次第にめまいを起こす者が増える。そして、呼吸困難で人々が倒れ出す。


そのすべてに「色あせない至高の緑」の織物が関わっていた。

現場の検証を終えて遺品など「焼却処分」をしたときに判明したのだ。

使用人たちが「至高の緑」の製品を焼却したとたん、苦しみだして倒れた。

しかも、すぐに息を引き取ったのだ。

このことから「至高の緑」が原因ではないかと推察された。


ヴァルジエ侯爵にいたっては、「我が家の繁栄を妬んだ者の仕業」と真っ向から否定。

むしろ、被害者として犯人捜索に乗り出す始末だ。



公爵家のお茶会でもそのあたりは話題になった。

特に「軍医」に学んだ「エリーゼ」さまは医術に通じている。

そして、検死結果を知っていた。


「目が落ちくぼみ、皮膚が乾燥してたるむ」

「指先が白く皺だらけ」

「吐き出したものが緑っぽい」

「豪商の場合は皮膚が黒ずんだり、異様に固かったりした」

「内臓、特に心臓における内出血があった」


そういったことをお茶をしながら平然と言う。

お茶会でする話じゃないと思うのですけれど。


そして、お茶会の最後にエリーゼさまが呟いたのを私は聞き逃さなかった。

「『ヒ素中毒』に近いですね」

考え込むような感じのエリーゼさま。


「ヒ素」は「毒」として使われることが多い。

非常に危険なものだ。


けれど、エリーゼさまは、噂になっている「至高の緑」と「ヒ素」については繋がっていないようだ。

まして、「ヴァルジエ侯爵」とのつながりも。


「至高の緑」……ということは「染料」。

「ヒ素」……ということは「染料の原材料」。

「ヴァルジエ公爵」……「銀の鉱山」。


ん?んん?

そこで、私は「ある憶測」が浮かんだ。


あるじゃない!「銀」に間違えられるか、はたまた「銀の鉱脈付近で採掘される」のがっ!

しかもそれは「ヒ素」を含む「猛毒の鉱物」!


いやぁ、まさか「シュタイナー家」令嬢として「鉱物」の勉強をしていたのが役にたつとはね!


……って、あのバカ侯爵っ!

「銀」と間違って?

そんなバカなっ!?


しかも、偶然とはいえ「緑」の生成に使うなんてっ、アホ過ぎる!



◇



「これは……やはり」


採掘場に来て私は確信した。


草木一本生えない「死んだ大地」。

僅かに感じる「ニンニク臭」。


すぐに私とハティは布で顔を覆う。


「我らを不浄より守り給え、清め給え【浄化(ピュリファイ)】」

私はすぐに「浄化」の魔術を使う。

私たちが触れたであろう「毒素」を洗い清めたのだ。


そう、ここは、「銀」の採掘場ではない。


【硫砒鉄鉱(りゅうひてっこう)】つまり、「毒砂」の採掘場だ。


見た目こそ、「銀」に似ているけれど、その正体は「ヒ素」という猛毒を持つ鉱物。

生成物は顔料や塗料の原料にもなるけれど、微量でも毒。

むしろ「殺鼠剤」として使われる劇薬だ。


鉄などに混ぜると「強度」をあげられるけれど……


とにかく「毒性」が厄介。

どうりで、周囲に草木一本生えていないわけだ。


染料として使った織物を使用した「家」の者が体調を崩すのもこの「ヒ素」によるもの。


罪人の鉱夫たちが、戻ってこないのも、採掘時に「ヒ素」にやられたから。

皮膚のただれや呼吸困難もそのため。


そして、この「毒」には有効な対応策がない。

とにかくすぐに「浄化(洗浄)」をするか「硫黄成分(チオール基)」で精製したポーションで排出を促すかしかない。


それだけ危険なものだ。


この一帯は隔離して、民がこの「毒砂」に汚染されないようにしないといけない。


腹立たしい気持ちでいっぱいだ。


「アイツはっ……」


私は歯噛みした。


ハティはそっと私の肩に手を置いた。


「お嬢、戻って報告をしましょう。起きたことはどうにもできない。まずはこれ以上被害が出ないようにしないと」



◇



「待て。そこで止まれ」


私は「死の大地」と化した渓谷を後にし、「ヴァルジエ領」を出ようとした時だ。

渓谷沿いの道で「騎士団」に行く手を阻まれる。

通れる道がここしかなかったから、待ち伏せされていたのかも。


「怪しい奴。身分を証明できるか?」

騎士の一人が言う。


たしかに、領内への不法侵入。

誰何されないわけがない。


私が名乗ろうとした時、ハティがそれを留める。

ハティがフードを降ろし、顔を見せた。


「っ!?」


騎士たちに動揺が走る。


「見覚えがある方もいらっしゃると思いますが、『ハティ・マクスウェル』と申します」

ハティは丁寧な口調で名乗った。

そして、「マクスウェル家」の紋章を見せる。


「な、なぜ……『マクスウェルの狂犬』がここにいる」


「守護者『アンジェ』さまよりの『ご下命』です」

ハティはいつもの無表情で嘘をついた。


でも、ここで「守護者」の名前を出せるのは「ハティ」ぐらいしかいない。

「ハティ」はあのハイエルフの「お気に入り」だから。


「貴族殺し」の事件のとき、私の父「ガレス」、ハティの父「トリスタン」さま、姉の「エリーゼ」さまが助命嘆願をした。

そして、その場に「アンジェ・フラン・スカーレット」さままで乱入して王を説得……というより「脅迫」した。


そこまでの「お気に入り」だからこそ成立する「嘘」。


「その、『命令』とはなんだ?」

騎士団員が尋ねる。


ハティの目が一瞬だが、怪しい光を放った。


「『国が侵されている。とく調べよ』と」

そう言いきった。


その言葉を聞いた「騎士団員たち」は一斉に剣を抜いた。


「拘束させてもらう」

団長らしき人物が言った。


これはもう、完全に「黒」だ。


「レイモンド・ヴァルジエの差し金だな」

ハティは臆することなく言った。


「答える義理はない」

騎士団員が吠える。


その言葉が口火を切った。


一斉に私たちに襲い掛かってくる。


「っ!」

私もマントを跳ね上げ「大剣」を抜く。


「なっ!?『カラミティ・フェルム』まで!」

騎士団員の一人が言った。


だぁれが「災厄(カラミティ)令嬢」だぁぁぁぁぁ!


向かってくる「敵」には容赦しない。

私は「大剣」を振り抜いた。


――――――ドシュッ!


横薙ぎの一閃。

厚いプレートメイルごと断ち割る。


「な、なんてバカ力っ!ゴリラ女めっ」


よ、よりにもよって「ゴリラ」だとぉぉ!


私は「ゴリラ女」と言った騎士へと襲い掛かる。


「【盾(イージス)】!」

相手は私の剣を受けるべく、「盾」の魔術を使った。


けれど―――――――


「戦技【兜割り】!!」

私は意に介さず、「大剣」を振り下ろした。


パキィィィィィン


「盾」魔術が砕ける音共に、「剣」が騎士団員を斬り伏せる。

私は大剣を一振りした。


「練度の低い魔術では私の剣は防げなくってよ」


ふふっ、ちょっと決まったんじゃない?


今度は複数人で向かってくる。


遅い!


私は突いてくる剣をいなし、向かってくるもう1人へと肉薄する。


「ハァッ!」

気合と共に体当たり。

それだけで相手は吹っ飛んで地面を転がる。


背後から追撃をしてくる最初の騎士を振り向きざまに斬り倒す。

そして、ターンをして地面に転がった騎士が立ち上がる前にトドメを刺した。


「つ、強いっ!?」

「誰だ、『親の七光り』とか言ったのっ」

「こんなの聞いていないぞっ」

「血の気多いけれど、大したことないとか嘘だろっ」


騎士団員たちの間に動揺が走る。


「ええい、『災厄令嬢』を討ち取れッ!」

後ろにいる団長らしき男が発破をかける。


こ、コイツぅぅ!まだ言うかっ!


騎士団員たちは「近接戦闘」では敵わないと思ったのか、今度は「攻撃魔術」を放ってくる。

「火球(ファイヤーボール)」とか「石礫(ストーンブラスト)」とか。


「よっ!はっ!ほっ!」

私は軽いステップで飛び跳ねてそれらをかわす。


軽い軽いっ!

こんなの朝飯前よっ。


そんななかで、ハティはといえば――――――


――――ああ、言及しなくていいですね。

相変わらずの「狂犬」っぷりですから。


というか、サクッとこの「魔術」撃ってるの倒してくれないかな?

アナタの「主人の娘」が攻撃されているんだから。


「遊んでいないで、ご自身で倒してください」

私の考えがバレていたのか、ハティが呆れたように言う。


こ、この「冷血漢」めっ!


「くっ、こうなればっ!」


後ろにいた「団長」らしき人物がむにゃむにゃ呪文の詠唱を始める。


「大地を穿ち、その柱にて天をも支えよ――――」


は?今、「大地を穿つ」って言いました?

この狭い「渓谷沿い」でっ?


――――【巨兵の柱(タイタン・ピラー)】!


地面が「ゴゴゴゴ」とか音を立てる。

そして、「狭い渓谷の地面」が隆起を始める。


「ちょ、ちょっと!?」


もちろん、こんな崩落の危険がある逃げ場のないところで「地形変動型」の魔術を使ったら……


「う、うわぁぁぁぁっ!」


嫌な予感が的中しました。

この渓谷沿いの道、地面が崩落。

騎士団員たちは谷川に転落。

はるか下ではバッシャン、バッシャンと水音がする。


たぶん、死にはしないと思うけれど……バカなの?


「お、お嬢っ!?」

ハティの叫び声。


え?


「ボゴッ」という音を立てて私が立っていた「地面」が抉れる。


えええええええ!?


急転直下。私は宙に投げ出されてしまった。



◇



――――パチッ、パチッ

火の爆ぜる音がする。


私は焚火を前にして暖を取っていた。


木の枝を切って作った急ごしらえの物干しで濡れた服を乾かしている。


ハティはというと、私に背を向けて座っていた。


地面の崩落に巻き込まれ、川に落ちた私をハティが助けてくれた。

溺れる前に自ら引き上げてくれた。


とはいえ、彼も川に飛び込んだから、二人ともずぶ濡れ。


あの「アホ騎士団」は全員下流に流されたみたい。

安全を確認して、こうして濡れた服を乾かしている。


私はどうしていいかわからずに、身を縮こまらせていた。


だって、だってぇぇぇ!

今の私は「裸」なんです。

嫁入り前の娘がっ!


ハティは気遣ってこちらを見ないようにしているけれど。


くぅっ!「王子様系イケメン」相手でも、抵抗はあるのよっ。

私にだって恥じらいってものがあるんだから。


というか、ハティは服を脱がない。

いや、「裸を見たい」わけじゃないんだけれど、そのままじゃ風邪をひかないのかなぁと。


焚火の向こうで背を向けて座っているハティ。


今は長い銀髪を下ろしている。

シャツ一枚の彼。

濡れた衣服がところどころ透けて張りついている。


ハティの鍛え抜かれた体。

引き締まって無駄な肉はなく、細身ながら筋肉の隆起がはっきりと見てとれる。


……ちょっと、これはこれで、いろいろ刺激強いんですけれど?

ヤバい、なんだか鼻血が垂れそう。

ハティ、肩幅も広くて腕も太い。

張りついてところどころ透けて見える背中なんか――――――


え?なに、「アレ」。


「ハティ……」

私は思わず声が漏れ出ていた。


「あなた、その『火傷』……」

私の言葉に、ハティはビクリと身を震わせた。


「……御見苦しいものを」

ハティがいつものように呟いた。


「ちがうっ!なんで?そんなヒドイ傷。いつのもの?ちゃんと治して―――」

私は彼の言葉を遮って尋ねた。


「これは……子供のころのものです。もう治りません」

ぽつりとハティは呟いた。

なんだか、少し、震えているようにも見える。


◇



それから、ハティは「火傷」のことを教えてくれた。


彼はここからはるか遠くの「東の島国」出身。

トリスタン・マクスウェルさまの血が濃かったため、銀髪だった。

「銀髪」などいないその国では、「異形の子供」として忌み嫌われた。


母親共々放逐され、物心ついたときには山で暮らしていた。

ある日、麓の村で「お祭り」があった。

あまりに楽しそうだったので、幼い彼は、村に下りた。


ただ、みんなと話したい。

ただ、みんなと同じ場所にいたい。

その楽し気な雰囲気の中にいたい。


それだけだったという。


でも、彼を待っていたのは容赦のない仕打ちだった。

罵詈雑言を浴びせられ、嘲弄された。

それだけではない。

石や松明を投げつけられた。

火矢を放たれ、逃げる途中で、「煮え立った油」をかけられた。


その時の「火傷」だというのだ。


普段、感情を表に出そうとせず、「冷めた」男の素顔を私は垣間見た。


だから、この人は―――――ハティはこうなってしまったのか。

「他人」を諦めてしまったのか……



「服が乾いたころでしょう。お嬢、身に着けたら帰りますよ」

いつもの声でハティは言った。


私は乾いた衣服を身に着けた。


ハティは私が「いい」と言ったので振り返る。


「今話したことは、できるだけ周りの人には言わないでください」

ハティがいつもの「無表情」で言った。


「内緒ですよ」


その言葉は、いつか「厨房」で聞いた言葉よりも苦々しく重く感じられた。


「さて、帰りましょうか」


ハティはそう言って私に手を差し伸べた。


私は彼の顔をまともに見られない。

あんな話を聞かされて、私はどう接すれば良いかわからなくなった。


「お嬢は優しい子ですね」

俯く私に、ハティはそう言った。


顔を上げた私が見たのは微笑んでいるハティ。


私……顔にでていたのかしら。


「赤の他人の辛さを思い遣れる。気遣ってくれるんですから」


ハティの笑顔。

寂しそうな、何かを諦めたような……


でも、何かを「信じたい」と縋るような笑み。


そうだ。

私は知っていたじゃない。

コイツがどういうヤツなのかを。


王城で迷子になった幼い私に、声をかけてくれた優しい兵士さん。

不安で泣きそうな私を笑顔で慰めてくれた優しい兵士さん。

手を引いてお父さまのところまで導いてくれた優しい兵士さん。


私は差し出されたハティの手に、自分の手を重ねる。


この「タコ」だらけで見た目に似合わない無骨な手。

とても大きくて、なんだか安心できる手。


本当は、本当は誰よりも優しいヤツだってことを。

そして、私は、あの時から「ハティ」に―――――



◇



私たちの報告から間もなく「レイモンド・ヴァルジエ」は拘束された。


そして尋問の結果、【硫砒鉄鉱(りゅうひてっこう)】の存在を明らかにした。

「レイモンド」はあれが「毒砂」だと知らなかったらしい。


しかし、彼のしたことに対して抒情酌量の余地はなかった。

多大なる犠牲者を出し、王都を混乱に陥れたこと。

王国の一部の土地を「死の大地」に変えたこと。

結果を目のあたりにして隠蔽をはかったこと。


もはや、「国家反逆罪」に値する。

何よりも、罪人とはいえ人の命や尊厳を奪ったのだ。

とうてい許されるもではない。


――――――こうして、「至高の緑」をめぐる事件は幕引きとなった。


なんとも、寝覚めの悪い話として。



「お嬢。裁縫の時間です」

ハティがいつもの無表情で私に声をかけてきた。


私はそれを恨みがましい目で迎え撃つ。


「どうしたんですか?顔が険しいですよ?」

コイツはしれっとぬかしやがった。


「誰のせいだと思っているのっ」

あまりにとぼけたコイツに私は声を荒げる。


「はて?何のことやら」

首を傾げるハティ。

本気でコイツはなんとも思っていない。


あんなっ!あんなとんでもないことを「親」のまえで言うなんてっ!


思い出すだけでも「顔」が熱くなる。

ホント、どういうつもりよっ!



◇


あの日、私たちは、報告のために急いで「屋敷」に戻った。


気落ちしていた私を気遣ってかハティは私の手を引いてくれた。


屋敷で私たちの帰りを待ち構えていたお父さま。

怒られると思ったけれど、私たちの姿を見るなり、めっちゃ「ニヤニヤ」していた。


「外泊の経緯など説明してくれるな?」

なんともいえないニヤケ面でお父さまが尋ねてくる。


「はい。ご報告いたします」

ハティはいつもの無表情で答える。


「いや、あ~そうじゃなくてだなぁ……」

あてが外れたのか、毒気を抜かれたお父さまはハティの様子に困惑した。


そして、私がハティと手を繋いでいることに気づいて、標的を私に定めた。


「フェルム。ずいぶんとハティと仲良くなったようではないか」


しまったっっ!


私はハティとつないでいた手を慌てて離した。


「ふ~ん、ふ~ん。父は嬉しいぞぉぉ、そうか、そうかぁぁ」

さらに相好を崩して私たちを見る。

きっと私は顔が赤くなっていたのだと思う。


「ぜひとも話を聞かせてくれ。委細を、それはもう詳らかになぁぁ」


意味が重複してるっ!

何をそんなに聞きたいんだっ、この親父はぁぁぁぁっ!


「はあ?」

ハティは何の感情も浮かばないような声で言った。


そして、「ぽん」と何かを察したように手を打つ。


「何も問題ありませんでしたよ。お嬢はちゃんと『女の子』としてりっぱに育っています」


な、何を言い出すんだぁっ!

こ、コイツはぁぁぁぁぁ!!!


「ええ、ええ。それは実に見事でしたよ」


は?なにが―――――


「それはもう、噂に聞く【緋緋色金(ひひいろかね)】のように美しかったです」


あ、ああっ、あああああああ!


ぷしゅ~~~~~


私は「感情の導火線」に火が点く前に「オーバーヒート」してしまった。


そして、ぶっ倒れてしまう。


―――――もちろん、父さまはじめ、皆が絶句したのはいうまでもない。


ホント、コイツは一体何を考えているのよっ!


……ああ、私はこの「ハティ」と今後どう接したらいいのぉぉ

お読みいただいた方、本当にありがとうございます。

もし、よろしければ、リアクションやご評価などしていただけますと幸いです。

これからの執筆の励みになります。


よろしくお願いいたします。

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