復讐if~娘が断頭台の露と消えた母の場合~
もし、よりダークで後味の悪いお話をお好みでしたら「復讐~娘が断頭台の露と消えた母の場合~」のほうを先に読むことをお勧めします。本作とあちらの作品は同じ舞台と似たストーリー展開を基に、異なるテーマで書き分けた作品です。
曇天の中、シャルロットは刑場に引き出された。英雄広場には多くの見物人が集まっている。今か今かと見物人が見守る中、後ろ手を縛られたシャルロットが刑場に引き出されてきた。
執行人の一人が、ぐいっと金髪を引っ張って持ち上げたシャルロットの顔は、当然のようにやつれている。それでも、よく見れば、創生の女神イリスでさえ嫉妬すると噂された美貌の面影を見ることができるかもしれない。湿った空気のせいか、それともここ数週間の牢獄暮らしのせいなのか、シャルロットの美しかった金髪はツヤを失い、シャルロット本人と同じように全く生気がない。
その時、辺りが一瞬明るくなり、少し遅れて雷鳴が轟いた。
ポツリポツリと雨が降り始める。英雄広場にある多くの歴史上の英雄の像のうち刑場の最も近くで気取ったポーズを取っている勇者マルスの像が涙を流しているように見える。
執行人がシャルロットの罪状を読み上げる。シャルロットが学園でいとこのアビゲイルに対して行った虐めの数々である。アビゲイルはシャルロットの母であるクラネスの妹のヴィオレッタの娘で公爵令嬢である。
シャルロットはアビゲイルを、いや、その母であるヴィオレッタを甘く見ていた。
広大な領地を持つ辺境伯令嬢のシャルロットには取り巻き令嬢がいた。だが、公爵令嬢であるアビゲイルにはもっと多くの取り巻きがいたのだ。だが、アビゲイル自体は気の弱そうな女だった…。だから甘くみた。ちょっと虐めれば根を上げると思ったのだ…。だが、あの女の後ろには毒婦のような母のヴィオレッタがいた…。きっとヴィオレッタが裏でいろいろと手を回していたのだ…。
今も目を瞑れば「なんて、陰湿な人なの!」「アビゲイル様の大切にしていた本をこんなにボロボロにするなんて酷い!」「一つ間違えば死んでいたのよ!」などと口々にシャルロットを糾弾する声が頭の中にこだまする。
とにかくシャルロットがいくら身に覚えがないと言っても無駄だった。それはそうだ。シャルロットがアビゲイルを虐めていたのは事実なのだから。実際、階段から突き落とそうとしたのは少々やり過ぎだったかもしれない…。
シャルロットは思う。アビゲイルがアルバート殿下の婚約にさえ選ばれなかったら、こんなことにはならなかったのに…。それは、シャルロットが10才の時だった。シャルロットがあれだけ望んだにも関わらず、アルバート王太子の婚約者に選ばれたのはアビゲイルだった。
確かにアビゲイルは美人だ。それに性格も好い。だけど、美しさなら私だって負けてはいないはずだ…。
本当のところは容姿なんて大して重要ではないのかもしれない。
幸運なことに、シャルロットは母のクラネスに似た美人に生まれた。だが、アビゲイルも金髪碧眼の父ヘデル公爵によく似た美人だ。まあ、シャルロットは自分のほうが、ほんの少しだけ上だと思っているのだが…。結局、軍事力に定評があるベリエイル辺境伯家と、それより家柄の良い公爵家が争い、公爵家が勝った、それだけのことなのだろう。あとは…シャルロットの母クラネスは、アビゲイルの母であるヴィオレッタに比べて娘を王太子の婚約者にしようという熱意で負けていた。母のクラネスはその場にいるだけで目立つような美人であるにもかかわらず万事控えめな性格なのだ。それが、シャルロットをイライラさせることも多い。
シャルロットの罪状を読み上げる執行官が徐々に早口になる。きっと雨が強くなってきたからだ。
「極悪人シャルロットは、いとこであるアビゲイルを毒殺しようとした。アルバート王太子殿下の婚約者であるアビゲイルが死ねば、自分がその後釜に座れると勘違いしたのが、その動機である」
実際、アビゲイルが死ねばそうなったはずだ。私だって影響力のある辺境伯家の娘なのだから…。それにしてもおかしい…だって、私は…。
シャルロットの部屋から、アビゲイルの寝室に置かれた水差しに仕込まれていたのと同じ毒薬が発見されたのが決定的だった。この毒薬の件がなければ、死罪にまではならなかっただろう…。
そもそも、なぜアビゲイルは水差しに仕込まれた毒を飲まなかったのか? アビゲイル自身は不吉な予感がしたとか、そんな曖昧な証言をしている。
シャルロットの母であるクラネスと年の離れた夫であるブレイゲル・ベリエイル辺境伯は、娘のシャルロットを助けようと奔走した。ブレイゲル辺境伯に至ってはベリエイル辺境伯家の武力をちらつかせさえしたのだ。だが、これがまずかった。ベリエイル辺境伯家の長男であるカニサス・ベリエイルは王家と公爵家側に寝返っていたのだ。カニサスはブレイゲルの最初の妻の息子だ。シャルロットは、この年の離れた兄が自分を可愛がってくれていると思っていたのだが、カニサスは美人だが自己顕示欲の強い妹をあまりよく思っていなかったのだ。
シャルロットはそんな事実に自分の死が決まってから気がついたのだ。シャルロットの父であるブレイゲルは既に当主の座をカニサスに譲って引退している。そして、この場にも来ていない。カニサスに裏切られたことに加えて寄る年波もあり、すっかり気力を失っていると聞く。
だが、母であるクラネスはこの場の少し高くなった貴族用の見物席に座って、少し離れた向いの見物席にいるヴィオレッタを睨みつけるように見ている。こんな場だというのにシャルロットと同じ美しい金髪をしたクラネスは目立っている。クラネスの視線に全く臆することなく不敵な笑みさえ浮かべて睨み返しているヴィオレッタは黒髪だ。
クラネスは娘のシャルロットに実家のスレイン伯爵家にいる時はヴィオレッタから酷い虐めを受けていたと、ことあるごとに話していた。早くに病死したシャルロットの祖母、すなわちクラネスの母の後釜として入ってきたのがヴィオレッタの母だ。その義母とヴィオレッタの二人からクラネスは徹底的に虐められていたのだ。そして、年の離れた辺境伯家に娘をと請われた時、「おじいちゃんのところにお嫁に行くなんて嫌!」といかにも頭の悪そうな駄々をこねたヴィオレッタに代わって、クラネスが嫁いだのだと聞いている。
それでも、クラネスは娘のシャルロットに対して、貴方が生まれてきてくれたから、今はとても幸せだといつも話していた。シャルロットが生まれたのと同じ頃、ヘデル公爵家に嫁いだヴィオレッタが生んだのがアビゲイルだ。ヘデル公爵はブレイゲル・ベリエイル辺境伯と違って若く金髪碧眼でいかにもヴィオレッタが好みそうな男だった。
クラネスは実家のスレイン伯爵家でずいぶん辛い目にあっていたようだ。だけど、シャルロットは思う。クラネスだって、やり返せばよかったのだ。母のクラネスは娘のシャルロットから見ても、ちょっとイライラさせるくらい控えめで善良なのだ。善良なのがいつも良いとは限らない。
シャルロットのいとこのアビゲイルは母のヴィオレッタより父のヘデル公爵に似た美しい少女に育った。だが、シャルロットは自分のほうがより美しく、アルバート王太子の婚約者に相応しいと思っていた。それなのに…。
シャルロットは頭を押さえつけられ、断頭台に無理やり首を乗せられた。一瞬にして見物客のざわめきが静まり、雨の音だけになった。
悔しい…
その瞬間、シャルロットは自分を取り巻くすべてを呪う言葉を叫ぼうとした。だが、それが叶わぬ間に。ことは終わった…。
★★★
ギロチンの刃が落ちシャルロットの命は尽きた…。見物人の歓声が上がる。
あっけない…。クラネスはそう思った。
斬り落とされたシャルロットの首が呪いの言葉を叫ぶことはなかった。劇的なことは何も起こらない。ただ、怒りの表情を張り付かせたシャルロットの首がガラス玉のような目で宙を睨んでいるだけだ…。
「ハハハハハ!」
突然、その場に不似合いな笑い声が響いた。ヴィオレッタだ。
「いい気味だわ。アビゲイルを毒殺しようとするなんて、母親そっくりな悪女ね」
ヴィオレッタの横では、不安そうな目をしたアビゲイルがヴィオレッタを見ている。
ああー、可愛いシャルロット…。
クラネスが目を瞑ると、シャルロットの愛らしい姿が目に浮かんでくる。小さなシャルロット、成長してどんどん美しくなるシャルロット、そして、デピュタントの時のシャルロットは、その性格はともかく、本当に愛らしく、そして美しかった…。
そういえば、あの時は…。
クラネスは自分のデピュタントの時のことを思い出した。あの頃は既に古びた離れで暮らしていた。伯爵令嬢だというのに身の回りの世話をしてくれるのはアンナだけという生活だった。流行のドレスに身を包んでデピュタントに参加したヴィオレッタに対してクラネスは3年も前に仕立てたドレスを着た。流行から後れているだけでなく、サイズが合っていなかった。ただ、それよりも、もっと許せないのはクラネスが着けていた母の形見のブローチ…母がさらにその母から受け継いだものだ…をヴィオレッタに取り上げられたことだ。母の思い出の品はもうあれくらいしか残ってなかったのに…。あの時はさすがに抵抗した。でも、結局、ブローチを取り上げられただけでなく、ヴィオレッタに暴力を振るったと言われて義母から酷く叱られたのはクラネスのほうだったのだ。
ああー、いちいちヴィオレッタと義母から受けた虐めを思い出していたらきりがない…。
★★★
「お嬢様、ご指示通りにした上、ヘデル公爵家での職を辞してきました」
ベリエイル辺境伯家の領地の屋敷まで訪ねてきたアンナは、クラネスに頭を下げてそう言った。あの離れでたった一人でクラネスの世話をしていたアンナは、クラネスがベリエイル辺境伯家に嫁いだ後は、ヴィオレッタについてヘデル公爵家でヴィオレッタ付きの侍女をしていた。アンナはとても優秀で気が利くから当然の人選だった。
「そう、迷惑をかけたわね」
クラネスの言葉に黙って頭を下げたアンナの髪には白髪が目立つ。アンナがクラネスの母付きの侍女になった時には、スレイン伯爵家の侍女の中でも一番若かったのに…。
「いえ、もう私もいい年ですから」
「それで、アビゲイルは?」
「はい。これまでにも増してアルバート殿下と仲睦まじくされております」
「そう…」
アビゲイルは美しい上にシャルロットと違って性格も好い。
「でも、あなたには嫌な役目ばかりしてもらって申し訳ないわ」
「私は、奥様にはとても良くしてもらいましたから」
アンナが奥様と呼んだのはクラネスの母のことだ。アンナはクラネスの母の時代から忠実に仕えてくれた。
アンナにとってあれは簡単なことだった。
生まれたばかりのシャルロットとアビゲイルを入れ替えることは…。
そう、あれは、生まれたばかりのシャルロットを抱いてクラネスが実家のスレイン伯爵家を訪ねた時のことだ。同じ時、ヴィオレッタもアビゲイルを連れて実家に帰っていた。もともとヴィオレッタは自分で赤ん坊の身の回りの世話するような女ではなかった。だから、アンナにとってそれはとても簡単なことだったのだ。幸いシャルロットはクラネスに似て、そしてアビゲイルはヘデル公爵に似て金髪だった。あの時も、アンナはクラネスの指示を忠実に守って行動してくれた。
その後、自己顕示欲の強い娘のシャルロット…本当はアビゲイルだ…はアルバート王太子の婚約者の座を望んだが、結局選ばれたのはアビゲイルだった。あの時のシャルロットの落ち込み様は見ていて面白いほどだった。
これで、シャルロットがアビゲイルと同じ学園に入学すればどうなるかは自明のことだった。ヴィオレッタによく似た性格のシャルロットなら…。案の定、学園に入学したシャルロットはアビゲイルに執拗な虐めを仕掛けた。私がヴィオレッタにされたようにだ。予想通りとはいえ、本当によく似た親子だ。
ああー、クラネス自身がヴィオレッタにされた嫌がらせの数々を思い出す。
あの時と違ったのは、アビゲイルがシャルロットに嫌がらせをされたと言ってシャルロットを糾弾してきたことである。もちろん、裏で動いたのはヴィオレッタだろう。公爵夫人であるヴィオレッタにとって、そのくらいの影響力を行使するのは簡単なことだ。虐めが事実である以上、事態はシャルロットに不利に動いた。
ただし…。
最後の毒殺の件はクラネスの仕込みだ。水差しが怪しいとアンナを通じてそれとなくアビゲイルに警告したのはクラネスだ。アビゲイルは優しい娘であり、本当はクラネスの娘なのだから、しかも、将来のこの国の王妃だ。
いい気味だわ。
「クラネス、手紙の件は?」
「はい。それも指示通りに。あの手紙をヴィオレッタ様が読むことは間違いありません」
薄気味の悪い笑みを浮かべているクラネスに対してアンナは表情を変えることなく答えた。
「そう」
アンナが残した手紙からヴィオレッタはそれを知ることになる。その時、ヴィオレッタはどんな顔をするのだろう? 自分の目でそれを見ることができないのが残念だ。
ヴィオレッタが自分の娘の首が斬り落とされたのを見て、哄笑したと知ったら…。
ごめんなさいね、シャルロット…。もし、貴方が外見だけでなく心も美しかったら、また別の選択もあったかもしれないわ…。
読んで頂きありがとうございました。
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