第三十三話☆ 二日目/異世界に憧れるエリスの箸捌
人力車ギルド……。
「ほら、この肉はあまり焼かない方が旨いんだ! ちょっと火に通すだけでみてみろ!」
賢者の石の照明で照されるログハウスの食堂、十人で満席になりそうな食堂内。
油がジュワーっと溶ける音とともに立ち上る白煙と食欲をそそる肉の香り。
食堂を利用しているのはボクとエリスの二人だけ。
領主館ではフランクフルトやポテト等は手掴み。 それ以外はスプーンやフォークでの食事だった。
だけど、目の前のエリスは器用に箸を使い、肉をつまみサッと肉を置いてひっくり返す。
正しい日本人の箸の持ち方に唖然。
「どうしたリュウ? そんな手元ばかり見て……」
ボクの視線に気付いたエリス。
「箸の扱いが凄く上手いんだけどもしかして?」
「その通りだ、これもそっちでの文化だ」
そういいながら正しい箸の持ち方で上下にカチカチと、箸先を鳴らして続ける。
「いつか私も異世界へ転移出来たらと思ってな! 密かに練習したんだ」
どうやらエリス様は異世界……、異世界と呼ばれる僕達の故郷へ転位したいらしい。
ボクの産まれ育った世界へ転移したいだなんて……。
「…………」
僕達の世界を勧めるポイントが無さすぎて言葉につまる。
違う意味で楽しい事は沢山あるし美味しいものはたくさんある。
だけどハッキリ言えば秩序と法律に縛られ、魔法もなければ冒険もないつまらない世界。
「どうしたリュウ? 食べないのか? そっちでも普通にあるのだろう?、ヤキニク!」
と、どうやらこの焼肉という文化もまたこの世界にもちこまれたものらしい。
異世界だからなんの肉を使っているか凄く疑問だった。
血が滴るように肪が溶けほぼ生の状態。
だけどエリスの美味しそうに食べる姿に覚悟を決めて口に運ぶ。
ーーッ!ーー
口の中に広がるほどよい熱と肉の香り、噛めば噛む程広がる肉汁と肉の旨味。
血生臭さは全くなく、お世辞抜きに美味しい!
「うまいっ!」
綺麗な花畑で踊る謎の生物を想像。 思わず箸を落としそうになってしまった。
だけど、この味と香りと食感は……。
「やはり異世界は羨ましいよ! こんな旨いものや楽しい事がいっぱいあるんだろ?」
と、次から次へと肉を焼いては口に運ぶエリス。
そんな彼女の口から漏れるボクの故郷への憧れ。
「やっぱ化物の肉よりも牛や豚が一番だな!」
どうやらこの肉の原料も異世界から持ち込まれたものらしい。
だけど、この世界では化物の肉も普通に食べる風習があるようだ。
「ホラリュウ! もっと食え! こんな旨い上物、滅多に食えるものじゃないんだぞ!」
と、次々に肉を焼いては口に運ぶエリス。
白い煙りがモクモクと立ち上る中、ボクも負けじと肉を焼いては口に運ぶ。
「ちょうどいいからこの世界について説明しておこう」
箸を拡げ、指揮者が振るうタクトのように箸を振り回す姿はまさに僕達の世界からのモノ。
「始まりの町ウェーンはギルドで成り立っているような町だ」
人の事は言えないけど口のまわりをあぶらまみれにさせながら、この世界には沢山のギルドがある事を説明してくれた。
ドラマで放送される食事中のシーンを演じる役者さんの箸捌きもびっくりなエリスは饒舌に説明を続ける。
「リュウきいてるか? ほら! 肉が焦げる前に食え!」
それ以外にも、観光案内ギルド、人力車ギルド、商人ギルドなどの出張所が点在している。とのことだ。
「店主! おかわりだ!」
一枚目の皿を二人で平らげ二枚目、三枚目と箸が続く。
ーージュワァッ!ーー
ほとばしる油と、食欲をそそる肉が焼ける独特な香り!
さらに追加の肉皿に箸をかけて白煙で目がしぱしぱするまでエリスと一緒に肉を焼いて食べる。
パクパクと、一心不乱に肉を貪るぼくとエリス。
彼女の手が焼けた肉をつまみ口に運び、咀嚼。
そしてごくりと飲み込むとなにかを思い出したかのようにその手が止まる。
「おっと……、一応ギルド長に現状報告と途中経過を聴きたいからちょっと待っててくれ……」
と、席から立ち上がり白煙に包まれ食堂の奥へと姿を消した。
ここから途中経過? 電話か何かかな? それともテレパシーとか?
そういえばこの世界での通信手段はどうなってるんだろう?
まさか電話ではないだろうし、携帯電話やスマホでもなさそう。
一番考えられるのはテレパシーや念話。
だけどここまでボクの世界の文化が侵食しているとなると、もっと別の何か!
モールス信号や伝書バト、伝言獣人とか……。
そんな益体もないことを考えていた時だ。
「やぁだぁ~、誰か先客でもいるのかしら~?」
煙ったい食堂の中、こもっていた白煙が流れ食堂利用者の入店を知らせる。
この人力車ギルドの出張所に二人組の女性で声だけの存在。
独特な肉の香りが充満、白煙がたちこめる室内……。
煙りの中でチカチカと細かい光が漂ったように見えた。




