第九話 「冒険者らしくなってきた!」
「おはよう! さっき運転手さんが来て、こっちはもう準備OKだぜ!って言ってたよ。あとはヤマトくんの準備だけだね」
……ん、もう朝か。窓から差し込んでくる陽光が俺に起きろと命令してくるみたいだ。扉の外からハルナの声が聞こえてくるが、おそらく準備完了して俺を待ってくれているのだろう。俺もさっさと支度をして次の町……、キャバリエへ向かえるようにしないと。
「私は運転手さんに10分後には出発できる旨を話してくるから、それまでに準備しておくんだよ」
子供じゃないんだから……という言葉は口には出さないでおこう。男の準備なんて洗顔と歯磨きぐらいだし10分あれば問題ないはずだ。
そそくさと身支度を済ませ、外で待っている馬車にたどり着いた時にはちょうど約束の時間となっており、時間通り出発することができそうだ。
「ここから先、止まる予定はありませんのでお手洗い等はお済ませくだせぇ。それじゃあ出発しま~す」
元の世界に居たとすれば、ヤンスという語尾が似合いそうな運転手が出っ歯を輝かせながら出発の音頭を取る。彼の話によれば、ここからはノンストップで5時間かけて目的地へと向かうとのことだ。
「今から向かう街は、交易路の中心だから自然と商人や旅人が集まってくるらしい。情報収集にはうってつけだな!」
馬車に乗り込み、5時間という非常に長い道のりを歩み始める。スマホのような便利な道具が無い以上、暇を持て余した俺たちは雑談を交わすわけだが、交わされる話題は自然と次の街に関するものへと移っていく。新たな出会いや元の世界に関する情報獲得といった期待8割、未知の文化と出会うことへの不安2割といった感情の中、俺は次の街で真っ先にやりたいことについて話を切りだす。
「それとさ、街に着いたら武器を買っておきたいんだ。選民ノ箱庭っていう物騒な集団がある以上自衛手段は持っておかないと……。精神核の加護だけじゃできることにも限度があるしな」
「そうだね、ビスマルクさんから貰ったお金もまだあるし何か買っておこうか。ヤマトくんはどんな武器にするの?」
「俺は片手剣にするよ。竹刀みたいな両手持ちは俺には合わなかったし、なにより片手剣はカッコいいからな。お前はどうするんだ? ある程度想像はつくけどさ」
「ご名答! もちろん私はレイピアにするつもりだよ。これでも、5年は細剣を握ってきたからそれなりには扱えるはずだし」
そんな感じで、元の世界での思い出話も織り交ぜながら、今後の方針を話し合う。商人たちが他の地方から持ち込んだバリエーション豊かな食事が楽しみだねといった他愛もない話から、元の世界は今どうなっているのだろうといったシリアスな話まで多種多様な会話のキャッチボールを行っていると、5時間という時間はあっという間に過ぎ去っていた。
そして俺たちは運転手に別れを告げ、新たな大地へと足を踏み出す。交易都市キャバリエ、この街で何が俺たちを待ち受けているのだろう。
***
「馬車の中で話してた通り、まずは武器の調達だな。たくさん店があって迷っちまうぜ」
交易都市というにふさわしく、街には武器屋に雑貨屋に仕立屋までさまざまな店が立ち並んでいた。そのうえ、武器屋だけでも片手では数えられないほどの数が客を待ち構えており、選択肢が多すぎて選べないという嬉しい悲鳴に見舞われる。とりあえず、一番近くにあった、剃り残しのない禿頭と整えられた口髭が特徴的な店主のいる店へと向かうとしよう。
「おっ、そこの兄ちゃんと姉ちゃん、ウチの商品に興味あるのかい? 今だったら安くしとくからぜひ買っていってくんな」
イメージ通りの言葉遣いで接客された俺たちは、店頭に並ぶ商品をじっくりと眺める。価格帯と品質を見る限り、この店のターゲット層は駆け出し冒険者のようで、俺たちの持っている路銀でも問題なく買える品揃えだった。また、幸いなことに片手剣はもちろん、少し需要の落ちそうなレイピアまで取り扱っており、目的としていたものはしっかり買えそうだ。
「すいませ~ん。このレイピア貰えますか?」
先に相棒を決めたのはハルナの方だった。店主を呼び止め、武器と引き換えに少しおつりが出る金額を渡す。
「へっ、まいどあり! こちら、おつりは100万リーブね」
「えっ、100万リーブですか!? そんなに貰えませんよ!?」
この世界で生活して数日経つが、1リーブ=1円の感覚でこれまで取引をしてきた。お札がなくすべてコインで取引をすることを除けば元の世界と同じ感覚で買い物ができる。……だからこれもよくあるジョークって奴だろうけど、そのユーモアはハルナには通じなかったみたいだ。
「ハルナ、冗談だよ冗談。近所の駄菓子屋でよく聞いてた、おつりは100万円ねってやつだよ」
「そうなの……!? 店主さんすみません、勘違いしちゃって」
「全然気にしてないから構わないぜ! ほらっ、これが正規のおつりね」
顔が赤くなってしまったハルナとそれに笑顔で対応する店主とのやり取りはつつがなく進行したようだ。さて、俺もお眼鏡にかなった片手剣を自分のものとしに行こうか。
「店主さん、俺はこいつを買います。代金ピッタリなんでおつりはいらないですよ」
少し冗談交じりに、おつりの出ない金額を手渡す。一通りの手続きを終え、まいどありという店主の言葉に見送られた俺たちの手元には、これからの相棒となる片手剣とレイピアが握られていた。これで最初の目標は達成できたようだな。




