第八話 「袖振り合うも他生の縁」
「最後にたくさんお土産もらっちゃったね」
揺れる馬車の中でハルナはレーヴェの人たちから貰った持たせものを手に広げる。そこには、数日分の食料や傷薬、替えの衣類が並べられていた。
「情けは人の為ならず。オマエの善行が報われたんだよ」
「そういうつもりでみんなを助けた訳じゃないんだけどね。でも、どんな世界だとしても人の心は変わらないんだって感じて嬉しかったな」
「ハルナらしいぜ。……元の世界に戻るために指揮官を倒すだけでなく、困っているみんなのために選民ノ箱庭を討伐するのも忘れないようにしないとな」
そういって特徴的なハルナのポニーテールに視線を向ける。……厳密にはポニーテールに留められた髪飾りにだが。
「そうだね、ユゥちゃんたちの思いも背負っているわけだしね」
髪飾りの送り主━━ハルナが助けた女の子に思いを馳せながら俺たちは決意を固める。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。悪い奴をやっつけてきてね!」旅立ちの際、そう言って俺たちの姿が見えなくなるまで手を振ってくれた彼女の期待には応えなければな。
「っと、もう暗くなってきたな。さっさと目的地に行ってしまいたいんだが」
道中昼寝も挟んだからか、そんな話をしていると気付けば18時頃となっており、夜のとばりが顔を出す時間が迫っていた。人工の灯を造る技術はない世界である以上、深夜帯は中継地に泊まるのが定石なのだろう。運転士から「今日は駅家の宿に泊まるぞ~」との声が聞こえ、馬車の進行が止まる。
「しょうがないよ、安全第一だからね。途中で事故して怪我してもいけないし」
逸る気持ちを抑え、簡易な宿を備えた駅家へと足を運ぶ。小料理屋も兼ね備えており、普通に泊まるには十分な施設だ。
「馬車なんて乗ったことないから予想以上に疲れたな。さっさと飯食って今日はもう寝ようぜ。……もちろん別部屋でな」
混雑を嫌い、チェックインの前に小料理屋へと向かう。そこは宿に付随する飲食店ということもありアルコールの匂いが漂う酒場のような場所で、大規模ではないにしろ数人は踊れそうなダンスステージや棚に並べられた高級そうなお酒が俺たちの目を引いた。アダルトな雰囲気漂う空間に場違い感を感じたが、馬車の運転手もターゲットとしているのか俺たち未成年でも楽しめるメニューもありそうで少し安心する。
「すみませ~ん、注文したいんですけどこれとこれをお願いできますか?」
俺は鶏唐定食を、ハルナはオムライス(こちらもおそらく)を注文しダンスステージから少し離れた席に着く。料理が完成するまでの数十分間はハルナと駄弁りながら潰そうかと思案していると、隣から俺と同年代の青年が声をかけてきた。他の人の邪魔にならないように隅のほうに座ったつもりだが問題でもあっただろうか。
「はじめまして。この辺りでは珍しい容姿だったからつい話しかけちゃいました。僕は旅の吟遊詩人として世界を渡り歩いているから、珍しい物には目がなくてさ」
左目を隠すほど長い前髪が特徴的な少年は自らを吟遊詩人と名乗り話しかけてきた。珍しい物には目がないみたいだが、長い前髪の隙間から見える瞳からは黒い虹彩が覗いていた。レーヴェの人々曰く黒目は珍しいみたいだから彼自身も珍しい容姿だと思うのだが……。
「名乗りもせずにまくし立ててごめんね。僕の名前は、……そうだなイソロクとしよう。新しい詩のテーマにしたいから君たちの話を聞きたいんだけど今時間とかって大丈夫かな?」
「俺たちは……、大丈夫みたいです。袖振り合うも他生の縁って言いますし、今日出会ったのも意味があるんでしょう。答えられることならなんでも答えますよ」
アイコンタクトでハルナに許可を取り、旅の吟遊詩人に同席してもらう。俺たちの話が世界を旅すると思うと緊張するがこれもいい人生経験だろう。
「それはよかった。だったらまずは君たちの名前から聞いてもいいかな? 名は体を表すとも言うし、人となりを表現するうえで大切なものだからさ」
「それもそうですね。俺の名前はコガ ヤマト。そして彼女が……」
「ナグモ ハルナです。よろしくお願いしますね」
イソロクはメモ用紙の一番上に俺たちの名前を記載している。旅の吟遊詩人ということもあり、この世界では珍しいらしい俺たちの名前を聞いても驚かないみたいだ。
「コガ ヤマトさんにナグモ ハルナさんですか。容姿だけでなく名前もこの辺りでは見ないものですね。ご出身をお伺いしても?」
「……信じてもらえないかもしれないけど、実は俺たち別の世界から来たんですよ」
「へえ、異世界ですか。生きていれば珍しいこともあるもんだ」
さすが世界を旅する吟遊詩人といったところか、異世界から来たなんて荒唐無稽な話もすんなりと信じてくれた。彼の質問に答えるように、元の世界での暮らしや気付いたらこの世界にいた話、昨日起こったレーヴェ村での事件を話していると、年も近いし何より俺たちと似た雰囲気を纏っていたことから、徐々にタメ口へと変遷していく。そのような雰囲気の中、時間を忘れるほど話を弾ませた俺たちは、小料理屋からは俺たち以外の人の気配が消え去っているのに中々気が付かなかった。
「そろそろ終わりにしようか。僕も明日は早いからね」
そのような雰囲気を察したイソロクが退店しようと立ち上がった瞬間、店の外から彼目掛けて矢が飛んできた。
「危ない!」
スピードとしては、昨日見たバージニアの投擲かそれ以上だ。しかし、運動家の精神核を持つハルナはそれをも超えるスピードを手にしており、イソロクに殺意を向ける元凶を打ち払うことは容易かった。
「いやはや、どこかで敵を作っちゃってたんだろうね。何はともあれ助かったよ、ありがとう。だけどさっきの君の動き、もしかして最近話題のMBTIってやつかな?」
このような刺客には慣れているのか、何事もなかったかのように質問を投げかけてくるイソロク。そして、その質問はこの世界で生きるものなら当然抱くであろう内容だった。
「実はそうなんです。私と……そして彼もMBTIとして特殊な加護を持っています」
「へえ……。ハルナさんの加護は先ほどの動きだと思いますが、ヤマトさんの加護は?」
「……俺は自分の加護が分からないんだ。どこかで覚醒とかしてくれたらいいんだけど」
旅の吟遊詩人であるイソロクならMBTIについて何か知っているかもしれないし、ハルナと俺は現状について正直に話す。
「手助けしてあげたいけれど僕では力不足だね。これからMBTIについての情報は意識して集めておくから、次に出会ったときは力になれるよう努力するよ」
ただ、現時点では求めていた答えは手に入らなかった。しかし、妙な親近感を感じた旅の吟遊詩人と良好な関係も築けたことから、有意義な時間を過ごせたのは間違いない。……さて、店員の早く退店しろという目線も痛いことだし、俺たちも宿に向かうとしよう。
***
「ネルソン、ご苦労だった。お前の正確無比な狙撃のおかげで、運動家の加護とやらを間近で見ることができたぞ」
小料理屋から出たイソロクは、外で待機していた背中に大剣と強弓を背負った漆黒の従者と合流する。その険しい表情、低い声色はさっきまでヤマトたちと対峙していた時とは似ても似つかないもので、まるで別人のように思える。
「ヒュウガ様のご命令とあらば容易い御用です」
鎧に覆われ人相の分からない男ネルソンと、その主人イソロク……、いやヒュウガは夜の闇の中へまぎれるように姿を消していく。その行方を見たものは誰もいない。




