第七十八話 「主人公VS指揮官」
「……もう容赦はしない。俺の手でお前たちを倒す」
翻ったフードから現れた顔は、見覚えのある顔だった。だが、イソロクが見せた表情は、今まで見てきた物腰柔らかな物とは程遠く、眼前の敵をなんとしても滅しようとする修羅の如き物だった。
「……くっ。聞きたいことは山ほどあるけど、落ち着いて話ができる雰囲気ではなさそうだな……!」
交渉の余地もない速度で、殺意全開の剣撃を繰り出してくるヤマモトヒュウガ。おそらく戦闘向きの加護は持っていないのだろう何の捻りもない通常攻撃だったが、ネルソンとの戦闘で疲弊していた俺にとっては、その一撃一撃が命を刈り取る重い物に感じられた。
「ヤマトくん! 今助けに行くよ!」
自分自身でかなり苦戦していることが分かる状況なのだ。外部からの客観的な視点なら、なおさら手助けが必要に見えるのだろう。しかし、
「……悪い。……ここは俺にケリをつけさせてくれ」
この戦いは第三者を入れてはいけない。そんな風に感じた俺は、仲間からの支援をすべて断る。主人公VS指揮官。この世界の、そして俺たちの運命を左右するこの戦闘は、他でもない俺が責任を取りたい。
「イソロク! ……いや、ヤマモトヒュウガ! あんなに優しかったキミがなんで選民ノ箱庭なんて!」
憎悪、執念、怨嗟。様々な負の感情を浮かべる表情からは、未だにイソロクとヤマモトヒュウガが同一人物だとは信じられない。……あの俺たちに優しくしてくれたイソロクの人格はすべて嘘だったのか?
「うるせえ! お前みたいに元の世界でもこちらの世界でも恵まれた環境にいた人間に俺の気持ちが分かるかよ!」
俺の声かけも虚しく、ヤマモトヒュウガの攻撃は止まらない。普段であれば起業家の加護で受け流せる連撃だが、今の俺では半分防御するのが関の山だ。
「そんなこと言ったって、キミにも家族がいるんだろう!?」
「黙れ! 自分の物差しですべてを図るんじゃない! あの世界では俺は孤独……、友達どころか親だって俺の敵だった。だけど、この世界では俺を信頼してくれる仲間がいた。俺はあの世界に戻るわけにはいかないんだよ!」
敵の攻撃を受けては反撃を繰り出し、反撃を繰り出しては敵の攻撃を受ける。お互いの感情をぶつけながら一進一退の攻防は進んで行く。
「だからといって、どんな背景があろうと罪のない人間を雑に扱っていいはずがない!」
「そういうお前たちだって、元の世界で孤立していた俺を助けようとしなかったじゃないか!」
……おそらく、ヤマモトヒュウガには、俺には想像もつかない凄惨な過去があるのだろう。だが、だからといってこちらにも負けられない理由がある。
「この世界では俺は特別だ。元の世界で俺を貶していたような奴らを見下せるほどの力を持っている! 俺の価値を分からない奴ばかりなあの世界など必要ない! お前を殺してしまえばふたつの世界を行き来する唯一の手段が無くなるんだ。必ず殺してみせる!」
感情に身を任せた敵の一撃だったが、向こうも疲れがたまってきたのか見逃しようのない隙が俺の視界に入った。咄嗟の判断で俺は旭光を振り、敵の武器を弾き飛ばした。
「……!」
「……さっきのネルソンからの忠誠心を見る限り、環境さえ違っていればキミもこちら側にいたのかもな。何か凄惨な過去がキミをそうさせたのかもしれないが、俺はこの世界の人を選民ノ箱庭の脅威から救うために、そして、俺とハルナが元の世界に戻るためにここでケリをつける」
戦闘能力が喪失したヤマモトヒュウガを前にして、俺は最後の力を振り絞り渾身の垂直斬りを繰り出す。
「……ははっ。俺はこの世界でも弱者だったというわけか。……みんな、悪い……」
手応え的に、恐らく致命傷だろう。そんな一撃を受けたヤマモトヒュウガは、虚空を見つめながら、かつての仲間たちに向けて言葉を告げる。
「……ヤマモトヒュウガ。出会い方さえ違っていれば、別の関係性を築けたのかもな」
そうして、ヤマモトヒュウガは蒼い結晶をひとつ残し、その場から消え去った。
***
「ヤマトくん!」
「ヤマト!」
「ヤマトさん!」
「ヤマト様!」
死闘を終えた俺の元へ、仲間たちが駆け足でこちらに近づいてくる。
「これで私たち、元の世界に戻れるんだね。やっとお母さんたちに会える……」
涙を流しながら俺に抱き着いてきたハルナをなだめながら、改めて仲間たちに視線を送る。
「……みんなのおかげで指揮官を倒すことが出来た。本当にありがとう」
「いえ、僕の方こそお礼を言わなければなりません。これで兄さんの敵を取れたんですね」
各々、それぞれのベクトルで勝利を嚙み締めていると、俺とハルナの体に異変が起き始めていることに気が付いた。
「おい、ヤマト、ハルナ! 体が消えていってるんだぜ!」
アクイラの発言通り、俺たちの体が幽霊のように半透明になってこの世界から消滅しようとしているのだ。……ヤマモトヒュウガ━━指揮官を倒したのだからこうなるのは当然か。
「……そうですよね。ヤマト様とハルナ様は、異世界に戻るために冒険を始めたのですもの。こうなることは分かっていました。……ですので、この世界に残ってほしいという感情はわたしの我儘であることは分かっていますから」
あれほど元の世界に戻りたかったはずなのに、この世界で手に入れた大切な仲間を前にすると、この世界にとどまりたいと思ってしまう。だけど、元の世界に残してきた人たちのためにもその選択肢を取るわけにはいかないよな。
「そう思ってもらえるだけで俺は嬉しいよ。だけど、もうお別れみたいだ」
そうして、俺とハルナは新しくできた大切な仲間たちに見守られながら、……この世界から完全に消滅した。
(大和さん、ありがとうございました。これで、もう一度ふたつの世界の独立性を保つことができます。このご恩、決して忘れることはありません。……これはひとり言ですが、これから数か月に一度、誤って異世界ゲートを開いてしまう気がします。移動できて二人といった数秒でしょうが、その際に誰かがこの世界に遊びに来たとしても分からないかもしれませんね)
消滅寸前に、聞き覚えのある声が脳内に響いたのは気のせいではないだろう。




