第七十六話 「ヤマモトヒュウガ③」
「よし、決めたぜ。これから俺たちは選民ノ箱庭として勢力を拡大していく」
そこから先、俺たちは順調に規模を拡大していく。ネルソンに授けた幹部の加護があれば道を塞ぐ者を薙ぎ倒す事も容易く、気付けばふたつほどの街を支配下に置いていた。
「……センミンノハコニワ……ですか」
「ああ、圧倒的強者であるMBTIを中心とした俺たちによる俺たちのための組織だ。……だが、そのためには俺とお前のふたりではMBTIが足りないな」
そうなってくると、当然さらなる野心だって生まれてくる。もっと権力を持ちたい、……もっと仲間が欲しいなんてな。
「……そういえば、近隣の街で不審死が続いているという話を耳にしました。なんとも、複数の中年男性が石像のような状態で亡くなっているという話です。普通の人間には出来ない犯行かと」
「面白い。急ぎの予定もないし向かってみる価値はあるな」
そうして俺たちは、ネルソンが聞いたとされる真偽不明の噂を検証するために、不審死事件が起きているという街に向かった。
***
「随分と怪しげな街だな」
歩いて半日。辿り着いたのが20時ごろだったのも要因かもしれないが、訪れた町は妖艶な香りが街一帯に広がる、いわゆる夜の街といった場所だった。
「……ヒュウガ様。この街、裏社会の人間が蔓延っていてもおかしくない雰囲気を纏っています。決して私から離れないでください」
ネルソンの言う通り、欲望渦巻くこの街では、人の命を金で買うような裏社会の住人が根城にしていそうな雰囲気を纏っていた。だからこそ、不審死事件の犯人はこの街で犯行を繰り返しているのかもしれないが。
「ああ、だが多少のリスクを取らないとリターンも得られないだろうな。人通りの多い、あっちの路地裏がこの街の中枢だろうし、情報収集のためにも行ってみるか。……万が一の時は頼んだぞ」
「……御意」
周囲に聞かれないように小声での会話を終え、俺たちは情報の眠っているだろう街の中枢に足を踏み入れた。
***
「……下品な通りだな」
路地裏に足を踏み入れると、煽情的な服を着た娼婦らしき女が、客引きのために立ち並んでいる姿が目に入る。自分の母親を思い出させるような不快な光景だったが、俺たちはそんな女には目もくれず路地裏を散策する。
「グフフ。やっぱりレイテちゃんは最高だったなぁ。顔もだけど、なんといってもあの胸。あれを楽しむためなら、借金だってする人もいるんだろうなぁ」
……女だけでなく男も下品だ。道を歩くすべての人物に苛立ちを感じながらも散策を続けていると、ある建物の二階から奇怪な光景が目に飛び込んできた。
「……ヒュウガ様」
「……ああ、あそこに俺たちの探し人がいるみたいだな」
恐怖に顔をゆがめた男が、二階だというにもかかわらず窓から逃げ出そうとする姿が目に入ったのだ。だが、その男の思惑は叶うことなく、体全体が瞬時に石化したと思えば、何者かの手によって建物の中に引き戻された。……その慣れた犯行は5秒にも満たず、たまたまその建物に注意を向けていた俺たち以外の目撃者はいないだろう。
「ネルソン、行くぞ。相手がどんな奴か分からない以上、警戒しておいてくれ」
「……御意」
そうして俺たちは、ゆっくりと建物に侵入した。
***
「あら、わたくしとしたことが犯行現場を目撃されちゃったみたいね」
階段を上ると、そこには俺より少し年上に見える妖艶な女と、窓越しに見えた石化した中年男性の一人と一体が佇んでいた。
「普段であれば目撃者も一緒に始末してしまうのですが……。そちらの白髪の男性の纏う闘気。戦って勝てる相手ではなさそうですわね。……どうでしょう、交換条件といきたいのですが」
殺人現場を見られたというのに、冷静さを崩さない女。俺とそう年齢は変わらないはずだが、これは相当な修羅場をくぐってきているな。
「交換条件?」
そんな俺の質問に対し、女は不敵な笑みを浮かべながら胸元のボタンを外し始める。
「二人同時にお相手も可能でしてよ。どういたしますか?」
……なるほど。自分の体を差し出すからこの場は見逃せという事か。
「……下らん。それに、俺たちはお前を殺しに来たわけではない。むしろ精神核の加護を持つお前を勧誘しに来たのだがな」
「……!? あなたたちも特別な加護を持っているのですか!?」
もちろん、そんな相手の提案を受け入れるはずもないし、受け入れたいとも思わない。だが、こちらの提案に対しては予想以上に好感触を得られた。
「ああ、そうだ」
「わたくしを勧誘したいとおっしゃいましたね。……いいでしょう、あなた方のことを信頼したわけではありませんが、わたくしはわたくしのためにあなた方と行動を共にしたいと思います。そうすれば、この忌々しき力について何か分かるかもしれませんし」
「忌々しき力か。おそらく、物体を石化させる類の加護だと思うが、MBTIの力は歓迎されることはあっても忌避されることは無いはずだが」
「……人には色々と過去がありますのよ」
まだ、彼女について知らないことばかりだが、距離はおいおい詰めていけばいいか。そうして新たな仲間を加えた選民ノ箱庭は、勢力拡大を目指し街を後にする……はずだった。
「レイテちゃん。依頼通り、首の回らなくなった債務者を始末してくれてありがとう。……でもね、君が例の不審死事件の犯人だとは知らなかったよ。……500万リーブの懸賞金がついている指名手配犯だとはね」
知らぬ間に階段を上ってきた10人ほどの男が、俺たち━━正確には俺の隣にいる新たな仲間に武器を向けてきたのだ。
「そちらの二人はレイテちゃんが取った客かな? まあ、タイミングが悪かったね。話を聞かれた以上、生かしてはおけないし、三人まとめてここで消えてもらおうか」
圧倒的な人数差もあることから、敵は俺たちのことを甘く見ているようだ。……ちょうどいい。新たな仲間に俺とネルソンの力を見せつけるいい機会だ。
「レイテ……と言ったか。お前は後ろで見ていろ」
「……!?」
自ら戦うつもりだったのだろうレイテを隅に追いやり、俺は鞘から片手剣を抜く。
「悪いな、こいつはもう俺の女なんでね。こいつの敵は俺の敵だ。行くぞ、ネルソン!」
「……御意」
俺とて、ネルソンと一緒に研鑽を積んでいる。そこら辺のザコに負けるつもりはないさ。
「身の程知らずだね。戦いは数だということを教えてあげるよ」
そうして謎の刺客との戦闘が始まった。
***
「弱かったな」
戦闘時間、なんと1分。俺たちの前には一瞬にして十数個の死体が転がっていた。
「随分とお強いですのね。少し見くびっておりましたわ」
「……リーダーとしての威厳を見せなければならなかったからな」
「うふふ。でしたら、これからも格好いい姿を見せていただけるのかしら」
「……期待しておけ」
一連の戦闘を終え、改めて顔を突き合わせる。依然として俺たちを見定めるような表情をしているレイテだが、その顔つきが少し柔和になったように感じるのは、俺の思惑通り威厳を見せられたからだろうか。
「そういえばお名前を聞いていませんでしたわね。これからは行動を共にするわけですし、お伺いしてもよろしくて?」
「そういえば名乗っていなかったな。俺の名前はヤマモトヒュウガ。そしてこいつはネルソンだ」
「ヤマモトヒュウガ様にネルソン様ですね。これからよろしくお願いしますわ」
「深い話は移動しながらするとしよう。行くぞ、ネルソン、レイテ」
「……命を助けていただいたお礼にひとつ教えて差し上げます。レイテというのは、世を忍ぶ仮の姿。本名はエセックスといいますの。裏の世界に生きる私が情報━━それも本名を明かすということで信頼の証と代えさせていただきましょうか」
食えない女だが、物体石化の加護以外にも情報屋としての才能もありそうだ。選民ノ箱庭創設早々に心強い仲間が手に入ったな。




