第七話 「うごめく者」
(古賀大和さん、聞こえますか?)
……!? さっき眠りについたはずだが、脳内に直接声が響くような感覚が俺を襲ってきた。バージニアの精神核を触った時と同じ感覚だけど、声の主も皆目見当がつかないし、一体誰が俺の名前を?
(……当然の疑問ですよね。それではまず名乗りましょうか。私は【主人公】の精神核、あなたに加護を授けた張本人です)
【主人公】の精神核? 精神核が喋るなんて話は聞いていないけど。
(それもそのはず、宿主と意思疎通が可能な精神核は私を含めてふたつ、【主人公】と【指揮官】だけですから)
【主人公】と【指揮官】……。俺以外にも、もう一人いるのか?
(……今日はそのことについて話すために夢の中へお邪魔しました。単刀直入に言います、あなたに指揮官を倒してほしいのです。そのために異世界からあなたを召喚したのですから)
指揮官を倒す? 俺を異世界から召喚した? 一体どういうことだ、詳しく説明してくれ。
(そうしたいのはやまやまですが、もうそろそろ時間のようです。私とあなたは適合したばかりで短時間しか会話ができませんし、この内容も朝起きたら断片的にしか覚えていないでしょう。しかし、元の世界に戻りたいなら指揮官を倒す、このことだけは忘れないでください。言葉や服装に関してはこちらの世界で生活しやすいよう便宜を図ったつもりです。頼みましたよ……!)
主人公の精神核と名乗る者の声がどんどん小さくなっていく。待ってくれ、もっと話を聞かせてくれ!
……声が聞こえなくなると同時に不思議な感覚を感じなくなり、気付けば異世界生活2日目の朝を迎えていた。
***
「こんな夜更けに集まってもらってすまない。ついさっき俺に天啓が入ったから三銃士くらいには共有しようと思ってな。……ホーネットには後で個別に伝えておくから心配しなくてもいい」
外界からの光を遮断され、光源は幾ばくかの照明しかない謁見の間。暗がりに包まれた部屋の最奥に位置する玉座から腰を上げた男は、ひざまずき自身を見上げる者たちに向かって言葉を投げかける。その容姿は玉座に座っていたとは思えないほど若く、長い前髪に隠れた左目からは鋭い眼光が隠れ見える。
「とうとうこの世界に【主人公】が現れたようだ。俺の野望のため、なんとしてでも奴を抹殺しなくてはならない。どんな些細な情報でも報告するように」
「「承知しました、指揮官様」」
頭から足先に至るまで全身を漆黒の鎧に身を包んだ男と、妖艶という言葉を体現したような体型と美しい黒の長髪が特徴的な美女がその男に傅く。
「ホーネットたちの帰還まではいくらか時間があるな。とりあえず、俺とネルソンはどんな奴か偵察してくる。エセックスは引き続き出会っていないMBTIの捜索に当たってくれ」
「情報収集は私の得意とする分野です。必ずや期待に応えます」
少女というほど幼くはなく、妙齢というには若すぎる黒髪の美女がひとつ言葉を交わし、謁見の間から立ち去っていく。謁見の間に残されたのは、指揮官と呼ばれた男と鎧に身を包んだ男の二人だけだ。
「エセックスも向かったことだ、そろそろ俺たちも出発するか。我が選民ノ箱庭の拡大に向けてな」
「指揮官様の仰せの通りに」
「……正体がバレると面倒くさい。外部の人間がいるときは指揮官ではなく名前で呼んでくれ」
「御意。ヤマモトヒュウガ様」
「……そうだった。この世界には苗字という概念がないから全体で一つの名前だと思うよな。俺の名前はヒュウガだ、行くぞ」
【指揮官】山本日向は顔を隠すようにフードを被り、その忠臣である鎧に身を包んだ男━━ネルソンと夜のとばりが下りた世界へと足を進めていく。大和と陽菜は、自分たちが眠りに落ちている裏でこのようなことが起きているとは夢にも思わないだろう。
***
「ヤマトくん、もう10時だよ! こんなにねぼすけさんだったっけ?」
ハルナの声により、夢の世界から引き戻される。普段から登校ギリギリまで寝ていたが、こんな時間まで眠っていることはなかったはずだ。……おそらく、その理由は不可解な夢を見ていたからだろう。
「……不思議な夢を見ていたから寝覚めが悪くてさ。異世界に来たからかなと思ったけど、ハルナはどうだった?」
「私は特に変な夢は見てないかな。だから、異世界に来たのが原因って訳じゃないと思うけど、どんな夢だったの?」
「実は詳しく思い出せないんだ。……ただ、会ったことのない誰かと話をしていて、元の世界に戻りたければ指揮官を倒せって言われたことだけはぼんやりと覚えてるんだけど」
俺はもやがかかった記憶の断片を手探りで拾い集める。誰と話していたかすら思い出せないのに、ただ指揮官を倒せと言われたことは脳裏に残っている。
「指揮官を倒せ……か。だったらひとまずの目標は指揮官の情報収集になるのかな。昨日グラーフさんの言ってたキャバリエって街なら何か分かるかもね」
ハルナの言う通り、倒すべき相手の名前しか分からない状態ではにっちもさっちも行かないのが事実だ。昨日グラーフたちと話したときにこの辺りの街については情報を得ているし、とりあえず人と情報が集まるという噂のキャバリエっていう街に行くのが合理的か。
「そうだな。最後に、この街の人たちへ挨拶してさっそく向かうとするか!」
時刻は11時。少し遅いチェックアウトの後、一宿一飯の恩を告げ宿を後にする。次の目的地は交易都市キャバリエだ。




