第六十九話 「三人目の三銃士」
「割とあっさり目的の物が手に入ったな。レオパルトに着くまであと少し。ハルナたちの笑顔が目に浮かぶぜ」
俺とティルピッツがレオパルトを出発してわずか4日。特段苦戦することなく、俺たちは打倒ネルソンのための素材である藤の花を入手していた。それもそのはず、リットリオがこの素材を入手できなかった理由は、ひとえに女子禁制の場所に生えているからという理由だけだったからだ。俺たちであれば、管理者である修道院の許可を得るのも容易く、女性陣に申し訳なくなるくらいあっさりと帰路につくことができた。あと1時間ほど馬車に揺られればレオパルトだろう。
「苦戦しないに越したことは無いですよ。これから嫌というほど苦戦するんですから」
男二人、軽口を叩きながらレオパルト行きの馬車を走らせる俺たち。タイミングが悪く御者付きの馬車が出ていなかったから、馬だけ借りてティルピッツに運転をお任せする感じだ。
「はっはっは。それもそうだな、今くらい楽してもバチは当たらないか。……っとあれは!」
そのように俺たちが談笑をしていると、馬車の進行方向にどこか見覚えのある人影がある。……あの姿、レイテじゃないか?
「あれはレイテさんですね。相変わらずセクシーな服を着られてますが……。いずれにしろ、一度止まりましょうか」
そうして俺たちは馬車を止め、一人で峠をさまよっていたレイテに近寄っていく。この先は女子禁制のセンチュリオン修道院しかないけど、何が目的だろう?
「ヤマト様! ティルピッツ様! 見知った顔に出会えるなんて、神はわたくしを見捨ててはおりませんでしたのね!」
こちらが話しかけるよりも先に、仰々しい様子で向こうから話しかけてきた。随分と慌てているようだが……。
「どうしたんですか!? 俺たちでよければ力になりますけど」
「本当ですか! というのも、新天地に向けて旅をしていたところ、らしくもなく道に迷ってしまいまして。センチュリオン修道院に関する記事を書きたいのですが、どちらに向かえばいいのでしょうか?」
なるほど、道に迷ったというわけか。正直なところ、ここから先は一本道で道に迷うことはなさそうだけど何かあったのだろうか?
「それなら僕の持っている地図をお使いになりますか? 僕たちはレオパルトに戻るだけですので、もう必要ないでしょうし」
そんな彼女に対する気遣いから、ティルピッツが手に持っていた地図を渡そうとお互いの手が触れる距離まで接近していく。確かに、俺たちは来た道を引き返すだけだし、地図くらい渡してもいいだろう。しかし、
「……本命はあなたではなく主人公でしたが仕方ありませんね。綺麗なバラには棘があります。そのように、無防備に近づくと危険でしてよ」
油断しきっていた俺たちを待っていたのは、こちらを嘲笑うかのような妖艶な笑みを浮かべつつ、ティルピッツの腕を拘束しているレイテの姿だった。
「な、なんですか!? 体が動かなく……!」
「騙してしまって申し訳ございません。新聞記者レイテとは世を忍ぶ仮の姿。本当は、センミンノハコニワ三銃士の一人、エセックスと申しますわ。ヤマト様、……いいえ、主人公の精神核保持者にしてヒュウガ様の宿敵。あなたが生きていますと、ヒュウガ様の心が陰ります。その首、ここに置いていっていただけますか?」
「ティルピッツ! くっ!」
彼女の触れた部位から、水が浸透していくように体が変化していくティルピッツ。選民ノ箱庭三銃士ということだし、これが彼女の加護だろう。危険を感じた俺は、即座に後方に下がり、距離を取って戦況を俯瞰する。……だけど、ティルピッツを助け出す程の余力はなく、彼の肉体は全身が石のような別の物質に変化してしまった。
「流石の反応速度ですこと。……わたくしは【建築家】の精神核保持者で、その加護は【石化】。手で触れた場所を自在に石化させるこの加護は、距離を詰めることが必須の加護ですので、そのように距離を取られると困ってしまいますわ」
石化か……。それなら、距離を取ってさえいれば窮地に陥ることは無い。分身を繰り出して臨戦状態に入りつつも、一呼吸おいて状況を整理するのが最優先だ。
「……ですので、距離を取られたときの対策はもちろん練っておりますわ。……はあっ!」
……!? レイテ……いやエセックスは腰に手を当てるとスルスルと鞭を取り出し、俺の分身目掛けて投擲してくる。まずい、距離を取れば大丈夫だろうと思い、少し油断していた。
「これであなたの持つ加護の内のひとつ、分身は封じましたわ。さて、戦闘再開と行きましょうか」
鞭にからめとられた俺の分身は、すぐさまエセックスの射程距離まで引き寄せられ石化されてしまう。こうなれば俺一人でやるしかない……!
「今思えば、初対面の時から名前を知られていたり、違和感はたくさんあったな。聞きたいことは山ほどあるが、敵意を向けてくる以上、全力で反撃しないと俺の体が危ねえ。三銃士の力を見せてもらうぜ!」
敵が鞭を使うと分かった以上、即座に距離を詰めるのが最適だ。冒険家の加護である分身は石化の餌食となり、提唱者の加護である感情増幅は自分自身には使えない。俺に出来るのは起業家の加護で身体能力を強化し、根性で敵の攻撃をかいくぐるだけだ。
「当たらなければどうということはないってな」
目で見える軌道に、空中を切り裂く音。そして、肌で感じる空気感から敵の攻撃はある程度予測が出来る。すんでのところで攻撃を回避しながら、徐々にお互いの距離を詰めていくも、20~30メートルあった距離が10メートルほどまで近づいた時に、敵はまたしても予想外の動きを始めた。
「……わたくし、諜報を担うものとして、両利きを身につけておりますの。このように……ね」
なんと、空いていた左腕で隠し持っていたもう一本の鞭を取り出し、二刀流による攻撃を仕掛けてきたのだ。もちろんそのようなことを予測などしていなかった俺は、左手で繰り出された追撃に反応するのが遅れてしまった。
「ヤバい! このままじゃ!」
繰り出された追撃は無情にも両腕ごと俺の胴体を一周、二周と巻き取った。鞭の扱いには長けているのか、かなり複雑に巻き取られたようで、ちょっとやそっとじゃ鞭をほどくことは出来そうもない。……もっとも、鞭の材料がヤワなものだったとしても、敵が眼前に迫っている以上、回避の方法はなさそうだけどな。
「わたくしに二本目を使わせた方はいつぶりでしょう。……ですが、この秘技を見て無事だった方はいらっしゃいませんですの。さあ、チェックメイトですわ」
一歩、また一歩と足音が近づいてくる。……そして、エセックスの手が俺の両手と触れた。
「ぐわぁぁ!!!」
指先、手のひら、そして二の腕。エセックスに触れた場所から徐々に石化が進行していく。
「このままですと、全身が石化するのも時間の問題ですわね。頭部は最後にしてあげますので、最期の時をその目に焼き付けておきなさい」
そして、あっという間に肘から肩にかけてが俺の意思の外にいってしまう。そんな極限の状態の中、俺の脳裏をあるひとつの作戦がよぎる。
「……! リスクが大きすぎるが、……やるしかないだろ!」
肩まで石化が進行した瞬間、俺は全力の頭突きで肘から先を破壊した。腕を切り落としてしまえば、エセックスの手からも鞭による拘束からも離れられる。幸いなことに、石化部位がかさぶたのように蓋をしてくれたおかげで、痛みも出血もなかったようだ。
「あなた……、自分の体なのよ!?」
「決して安くはない代償だが、三銃士を相手にする以上、このくらいの覚悟が必要だよな。さあ、反撃開始だ!」
……肩から先の感覚は無い。でも、足の感覚は普段通りだ。……なら、戦える!
俺の奇行に動揺したエセックスへと繰り出した前蹴りは、型も何もない無造作なものだったにもかかわらず、彼女を数十メートル吹き飛ばした。
「かはっ! おおよそレディに向けるものではなくてよ……!」
「悪いな。今の俺には手加減できる余裕はない。相手が女だろうと、全力で行かせてもらう!」
態勢を大きく崩した彼女に対して追撃を繰り出すべく、俺は瞬時に間合いを詰める。しかし、俺が二度目の蹴りを繰り出すよりも早く、エセックスの両腕が動いた。
「この勝負、あなたの勝ちですわ。……ですが、この心も体も、すべてはヒュウガ様のもの。他の誰かに弄ばれるくらいなら……!」
彼女は自分自身を抱きしめるように両の手で自身の体に触れ、全身を繭に包むように石化させていく。その石化速度は先ほどまでの比ではなく、5秒程度で頭部から足先まで体全体を石化してしまった。
「……まったく、アンタも自分の体を大事にしろよ……」
お互いが体を削りあう総力戦は、形式上俺の勝利で幕を閉じた。そうして俺は、満足に動かない両腕を駆使してティルピッツを背負うと、改めてレオパルトへの道のりに視線を向ける。馬車で1時間なら歩いて3~4時間程度か、やってやれないことはない。疲弊した体に鞭を打ち、一歩ずつ歩みを進めていくのであった。
***
「エセックス……。間に合わなかったか……」
ヤマトたちが死闘の地から立ち去ってから1時間後。ヒュウガとネルソンの二人がその場所に現れた。
「……ヒュウガ様が自室に戻られた後、ボソリとセンチュリオン修道院の名を口にしておりましたので、もしやと思いましたが」
エセックスのひとり言を聞いていたネルソンによってこの場所を訪れた二人だが、一足遅かったようだ。そこに残されていたのは、もう言葉を発することの出来ない仲間の石像ひとつだった。
「……ホーネットに続きお前まで……。だが、お前はまだ死んではいない。必ず石化を解いてやる」
そう発したヒュウガは、エセックスの石像を馬車に乗せ、自身のアジトに帰っていく。その心に様々な感情を抱きながら。




