第六十一話 「After the combat」
「アクイラ! ホーネットは倒した! もう炎を解除してくれ!」
ホーネットの消滅を確認した俺は、すぐさま仲間たちに勝利の報告を告げる。とりあえず今は、仲間たちとホーネットの凶行の犠牲になった人の安全確認だ。
「ヤマト! やったんだな! 実は、みんなが炎に飛び込み始めたタイミングから炎を消すように動いてるんだぜ。たぶん、もうすぐ消えると思うんだが……」
咄嗟の動きでホーネットの遺品━━提唱者の精神核を拾い、仲間たちと合流する。完全に炎が消えた時には、大小様々の火傷を負った人々があらわになったが、幸いなことに命を落とした人はいなかった。しかし、無傷だった人も含め、ホーネットの洗脳から解かれた衝撃からか意識が朦朧としている様子だし、救助活動は俺たちだけでやることになりそうだ。
「ボクが治療に移るから、みんなはトリアージを頼むんだぜ。倒れてる人をダメージ順に並べるんだ!」
「分かったよアクイラちゃん! 私だって見てるだけにはいかないからね!」
「了解! 僕は筋骨隆々な男性を優先して対応します! 伊達に鍛えてないんですよ」
アクイラの指揮下で、俺たちは火傷を負った人々の救助活動に入る。数日離れ離れになってたとはいえ、抜群のチームワークで次々と人々を運び出し、1時間もあれば全員を治療することができた。
「この人で最後なんだぜ。でも、いくらホーネットの洗脳にかかってたとはいえ、ボクたちを侮辱したことは忘れないからな!」
アクイラが思いの丈を話しながら最後の負傷者を治療したタイミングで、改めて仲間たちとの再会を祝す。
「ヤマトくん! 無事でよかったよ。洗脳されたふりをして敵情を探るって聞いた時は心配したんだから」
「ヤマト! ボクもオマエならやりきるって信じてたぞ!」
「ヤマトさん、お疲れさまでした! 何もできなかった自分自身が不甲斐ないですが、今はこの勝負を喜びましょう」
仲間たちから受ける賞賛に対して、俺は笑顔で感謝の言葉を告げる。みんなには心配かける作戦内容だったけど、こうして何とかなってよかった。ただ、その後俺を待っていたのは、大きな衝撃(物理)だったけれど。
「ヤマト様、ありがとうございました……!」
ティルピッツの後ろにいたシャルンが、小動物のように俺に飛びついてきた。軽くノックバックしてしまうほど感情全開でぶつかってきた彼女からは、今まで見たことのない活力が伝わってくる。
「うわっと! でもよかった。これがキミ本来の姿なんだね」
これまでとは別人のような雰囲気に驚きながらも、改めて彼女を救えたことを実感する。そうだ、俺が見たかったのは彼女の笑顔だったんだ。
「ホーネットは俺たちが倒した。これでキミは自由の身だ。これからはキミのやりたいように生きていいんだ」
にこやかな笑顔で彼女にそう語りかける。ホーネットの呪縛から解放された彼女を待っているのは、MBTIと関わりのない幸福な未来だろう。
「やりたいように……ですか。ヤマト様、わたしにはやりたいことがひとつあるのですが聞いていただけますか?」
「もちろん! 赤の他人というわけでもないし、別れる前に聞いておきたいよ」
「わたしのやりたいこと、…………それはヤマト様の冒険についていき、ヤマト様のお役に立つということです」
だが、数秒の逡巡の後、彼女の口から飛び出したのは、俺たちの抱く目的の達成━━つまりMBTIを悪用している元凶である選民ノ箱庭の討伐だった。正直その言葉は嬉しいが……、
「…………おそらくだけど、これから先待っているのはホーネット以上に強大な敵だと思う。これまで以上に危険な旅になるよ?」
これから先は、おそらく選民ノ箱庭中枢クラスの敵との連戦が予想される。俺たちも自分の身を守るので精一杯かもしれないし、生半可な覚悟では連れていけないな。
「わたしとて、ホルスト家の一員。恩義を返さず生きていくなど出来ようもありません。覚悟はできておりますので、この命、ご自由にお使いください」
だが、彼女の瞳や言葉からは、猛獣すら射殺せそうなほど強い覚悟が伝わってくる。彼女のそんな姿を見てそんな言葉を聞き、俺は一瞬の瞬きの後、周囲を見渡す。仲間たちの表情からは少し心配の感情も伝わってきたが、それ以上に強力なMBTI加入を期待する感情が伝わってきた。
「分かった。それほどの覚悟があるなら俺たちは歓迎するよ。よろしくな、シャルン!」
囚われの令嬢に対して向ける気遣いのある言葉ではなく、新しい仲間に対して向けるざっくばらんな言葉で歓迎をする。彼女の加護は、使い方を間違えなければ強大なものだ。これで、俺たちの目的達成にまた一歩近づいたな。
「っとそういえば、ホーネットが持っていた加護の確認がまだだったな」
仲間たち全員からの歓迎の言葉も伝え終わり、一段落といったタイミングで俺は一番重大なことを思い出した。ホーネットの持っていた【提唱者】の加護、【洗脳】の詳細についてだ。
「提唱者の加護は、……感情増幅?」
落ち着いて自分自身と向き合えば、持っている加護の詳細は容易に理解できる。だが、本能的に理解した提唱者の加護は、予想と異なる内容だった。
「視界に捉えた者が持つ任意の感情を増幅させることができる……だと? 洗脳ではないというのか?」
【提唱者】の加護、【感情増幅】。その内容は、視界に捉えた者が持つ任意の感情を増幅させることができるというものだった。賞賛の感情を増幅させれば、神のように崇拝させることもできるし、恐怖の感情を増幅させれば、希死念慮まで抱かせることができるという内容のようだ。人心掌握に使うには有用すぎるこの加護を使って、ホーネットは国民を管理していたのだろう。
「ホーネット様の加護はそのようなものだったのですね。用心深い方だったので、本当の内容は決して明かさなかったのでしょうか」
MBTIにおいて、加護の内容は生命線だ。シャルンの言う通り、用心深いホーネットが嘘の内容を喧伝していたとしても不思議ではない。
「そういうことなら、ホーネットがヤマトくんを連れ去る時、必要以上にいたぶったことも理解ができるかな。……納得はできないけど」
ホーネットの真相を知り、仲間たちと振り返りを行っていたタイミングで、先ほど治療した観客たちがぽつぽつと意識を取り戻し始める。しかし、その多くがゾンビのように意味のない呻き声をあげており、少し見ただけで危険な状態だと理解できる。
「ヤマト! あいつらヤバいんだぜ! 外傷は治したはずだから、中身に何か問題が残ってるんだぜ」
「おそらくですが、皆様の心の多くを占めていたホーネット様への崇拝の感情が一気になくなり、心が空っぽになっているのだと思います。感情とは人が人として生きていくために必須のものですので、廃人のようになってしまったのかもしれません」
なるほど。シャルンの言う通り、感情を失い、抜け殻状態となっているのか。ならば……。
「よく聞いてくれ! みんなを駒のように扱う悪逆、ホーネットは俺が倒した。ヤツに抱いていた崇拝の感情は、加護により操作されたものでみんなの本心じゃない! これからは、誰にも支配されることなく自由に生きていいんだ!」
360度すべてを見回しながら、俺はポジティブな感情を誘起するような言葉を発し続ける。少しでもいいから感情の火種を起こせばこっちのもんだ。初めてで細かい操作方法が分からないから出力マックスだけど、これが提唱者の加護ポジティブバージョンのデビュー戦だ!
「俺たちの生き方……。よし、これからは俺たちが中心となって国を運営していくんだ!」
俺の近くにいた人から波及する形で、次々と決意の声が上がっていく。よしよし、うまくいったようだな。この様子なら、自分たちで新しい未来を切り開くことだって簡単だろう。
「早速、それぞれの得意をまとめて国家運営に取り掛かるぞ! っとその前に」
今後、リーダーシップを発揮しそうな威勢のいい男性がこちらに視線を向ける。
「先ほどは大変申し訳ないことをしました。いくら洗脳を受けていたとて失礼極まりない言動を取ったことを謝罪させていただきたい」
男性のその言葉を筆頭に、その場にいた観衆全員が同様の謝罪の言葉を口にする。そこまで気にしていたわけではないが、これで彼らのケジメがつくなら……。
「いえ、コイツらはともかく俺は気にしてないので、これでチャラにしましょうか」
「そういうわけにはいきません! ……そうだ、本日は豪勢におもてなしをさせていただきたいのですが、いかがでしょうか? こう見えても、わたくしは娯楽特区で料理人をやっておりましたので、料理には少し自信があるのですよ」
だが、筋骨隆々な男性いわく、謝罪の言葉だけではケジメがつかないようで、半ば強引に俺たちは国内随一の宿に案内される。まあ、正直なところ今日は疲れたし、いい宿に泊まれるに越したことは無い。ありがたく頂戴するとしようか。
***
豪華な食事と情熱のこもった演劇を楽しめるディナーショーに招待され、束の間の安息を過ごした後、俺たちは絢爛な宿で一夜を過ごす。
「みんな悪い。明日の動きは明日話そう。とりあえず今日は休ませてくれ」
「お疲れ様、ヤマトくん。とりあえずレオパルトで態勢を整えるのもありかもね。まあ、今日の所は休もうか」
理想はこれからの行動指針を決めてから休息に移るべきだろうが、あまりの疲弊感にそれどころではない。リットリオの様子も気になるし、ハルナの言う通り一度レオパルトに戻るか。そんなことを考えながら、用意された自室の扉を開け中に入り、無意識のうちにベッドに身を埋めると、気が付けば眠りに落ちていた。




