第六十話 「ホーネット③」
「わたくし、本来は戦闘要員ではないのですけれど、ヒュウガ様の頼みですので」
「……ヒュウガ様の命令とあらば」
「いい言葉だ。行くぞ!」
3人は壁になるように私と敵の間に立ち、それぞれが決意の言葉を発しました。そして、……全員が私を守るように戦闘を開始したのです。
「俺はこの女に行くぜ! 勝ったら好き放題してやるから覚悟しとけよ!」
「お生憎ですが、この体はもうヒュウガ様だけのものですので。それに、あなたごときに負けるほどヤワではなくてよ。……それっ!」
最初に動いたのは、唯一の女性であるエセックスをターゲットとした敵兵でした。しかし、エセックスは侮辱の言葉もなんのそのといった表情で、腰に装備していた鞭でその男を拘束したのです。
「ですが、せめてもの情けで手くらいは触らせてあげますわ。ほら、握ってくださいまし」
そして彼女は、拘束状態の男の手を取り、恋人繋ぎのように握りました。……彼女の加護を発動するために。
「うわああ! 俺の手が!」
「あまり騒がしくするとヒュウガ様にご迷惑ですわ。お口はチャックですよ」
「…………!」
【建築家】の精神核保持者であるエセックスが持つ、【石化】の加護。彼女は触れた場所を石化できるその加護で、男の手を石化させ、最後に口を石化し息の根を止めたのです。
「あの女ヤバいぞ! それに、鎧の男はもっとヤバそうだし、リーダーらしきあいつを殺すしかなさそうだぞ!」
無言のまま人知を超えた戦闘力で蹂躙を繰り返すネルソンと、妖艶な笑みを浮かべながら命の灯火を消すエセックス。MBTIを見たことの無い敵兵からすれば、魔法使いのように見える二人との戦いを避けようとするのは当然でしょう。すなわち、3人の中でも勝率が高そうなヒュウガ様に矛先が向くということですが……。
「いいぜ、来いよ。普段はネルソンに任せっきりだから、久しぶりに戦いてぇと思ってたんだ」
挑発ともとれる言葉を受け、敵兵は感情に任せるような剣撃を繰り出しました。しかし、戦闘用の加護を持っていないとはいえ、ネルソン直々の指導を受けているヒュウガ様に雑兵が敵うはずもありません。剣撃は完璧に見切られ、カウンターにより撃沈していきます。
「あらよっと。……でも数が多いな。あと何人くらいだ?」
「おそらく20人ほどですわ。さくっと終わらせてしまいましょう」
その後も、ヒュウガ様たちの一方的な攻撃は続き、私の前に現れた時から数えて10分程度もしたころには場内から敵兵の姿は消え去っていました。
「助かりました。まさか、貴方が来ていただけるとは。……ですが……」
確かに、城内からは敵兵がいなくなりましたが、窓の外を見渡すとワラワラと異国の装備が見えたのです。その数は、ゆうに千を超えており、危機は去っていないことを実感させる光景でした。
「外の奴らをどうするんだって顔だな。案ずるな、残りはネルソンが何とかしてくれる。俺は疲れちまったから、あと頼んでもいいか?」
「……御意」
ですが、そのような心配など彼らには不要だったようです。ヒュウガ様の一声でネルソンは城外へと走り出し、数分もすれば窓の外から多種多様な悲鳴が聞こえてくるようになりました。
「最近、この国がピンチって聞いたから来てみてよかったぜ。エセックスさまさまだな」
ニヤリと口角をあげ、誇らしげな笑みを浮かべながらこちらを見つめるヒュウガ様。
「なぁ、ホーネット。城内の敵を一掃したのは、今まで色々教えてくれたお礼だが、城外の敵を一掃するのは別料金だぜ。対価はもちろん決めてある。ホーネット、俺たちの仲間になれ。それともなにか、まだ俺たちの力を信じられないか?」
自信満々な口調で、私への勧誘の言葉を投げかけるヒュウガ様。その言葉に対し、
「城外の敵を全滅させられたら、仲間に……、いえ、貴方の軍門に降りましょう」
こちらはニヒルな笑みを浮かべながら、皮肉的な言葉で返答しました。ですが、言葉とは裏腹に、彼らの勝利を信じて疑わなかったというのは私だけの秘密です。
「決まりだな」
そこから先は一瞬でした。圧倒的なネルソンの実力を前にして多数の敵兵が離散したこともあり、1時間もすれば再びネルソンが私たちの前に姿を現しました。
「あれほどの軍勢をたった3人で……」
「敵は全員駆逐したぜ。約束通り、仲間になってもらおうか。提唱者の精神核保持者にしてローカスト教国の国王、ホーネット!」
私に向けて、手を伸ばしながらそう発したヒュウガ様。その発言に対して、私は心からの言葉でこう返事しました。
「……その提案、喜んでお受けいたします。この私をいかようにもお使いください」
「長かったが、これで何としてでも欲しかった3つのピースが埋まったな。ネルソンの持つ武力、エセックスの持つ諜報力、そしてホーネットの持つ政治力。お前たち『三銃士』の活躍には期待しているぞ」
人生で初めて出会った、心から尊敬できる人間との出会い。今となって振り返ると、私の人生はあの日から始まったのかもしれませんね。
***
あの日から3年。ローカスト教国の国民ごとセンミンノハコニワに降った私は、組織全体の運営を任され、全力でヒュウガ様の野望達成のため働きました。ローカスト教国の国民にとって、ヒュウガ様たちは窮地から救ってくれた英雄です。私だけでなく、彼らも全力でセンミンノハコニワのために働いたこともあり、組織は急成長していきました。ですが、右肩上がりの組織拡大にも、いつかは壁に当たってしまうものです。
「なぜそうも目先の利益だけを追い求めるんでしょう。もう少し組織全体のことを考えていただきたいのですが……」
当初はローカスト教国と同じように、私の加護による徹底的な共有主義を広めていたのですが、組織が拡大するにつれて加護のかけなおしに遅滞が発生し、徐々に人間の欲を抑えられなくなりました。そのため、それらの地域では、個人にある程度裁量を渡す競争主義経済を実施したのですが、人間は予想以上に身勝手な生き物でした。組織ではなく、自分のことだけを考える者が続出したせいで、身内での争いという非効率極まりないアクシデントもあり、センミンノハコニワの組織拡大に明確な停滞期が訪れたのです。
「今発生している問題は、貧富の差の拡大による貧困層からの不満です。衣食住、医療、教育は全員平等に与える? ……無理です、その資金源を富裕層から集めるしかないので、より争いの火種が生じます。それならば、人間以外からお金を集める? ……それも無理そうです。レオパルトで蒸気機関なる技術が開発されましたが、そのレベルの技術力では、人間の管理なしで経済行動を取る機械開発なんてもってのほかでしょう」
人生で初めて味わう挫折の感情に、シャワーを浴びながら反省点を洗い出すのが日課となりました。自分の無力さを痛感しながら、ひとり愚痴を吐くそんな時間に、
「……クッ、どれも駄目です。提唱者の加護がもっと強く、一度見るだけで効果が永続であれば……。他にも、世界中を瞬時に移動できるような他の加護があれば……。ですが、そんなことグチグチ言っても仕方ないですね。私は世界に選ばれた人間です。こんな所で挫けるわけには……!」
鏡を見ながら一言呟いたその言葉に、私の脳が、体が、そして左眼が反応したのです。
「……そうです。私は選ばれた人間だ。世界を自身の手で統べるべきの」
初めて感じた、感情が何かに動かされる感覚。当時の私は気付くことができませんでしたが、それはもちろん私の加護が自分自身に働いたからです。
「……センミンノハコニワのことを考えないのであれば、競争主義地域は現状維持で十分です。ローカスト教国さえあればなんとでもなる。世界を統べるのは私です」
そう覚悟を決め、そこから私は何かに取り憑かれたように私が世界の支配者となれるように動きました。ローカスト教国民の間で高まっていたヒュウガ様への支持を下げようと奔走したり、私の影武者を手に入れるためにホルスト家を手玉に取ったり、様々なことに取り組みましたが、……それらの光景は走馬灯には出てこないようですね。……それもそうです、客観的に見られる今だからわかりますが、私の人生はヒュウガ様と出会った時に始まり、ヒュウガ様と決別した時に終わったのですから。
もっと早く気付くべきでしたが、私の奥底に眠る感情は決して世界を自分のものにしたいというような野心ではなく、ただ私をホーネットとして……、ローカスト王国の少年国王や急速に国家を成長させた敏腕国王という肩書ではなく、私という個人を必要としてほしいという至極単純なものだったのでしょう。ですがもう遅いですね、お迎えがそこまで来たようです。
……ただ、最期までヒュウガ様に反心を隠し通せたのは幸いでした。これなら、ヒュウガ様は傷付くことなく成長を続けられる。……もう私は貴方のお傍に居られませんが、貴方もその仲間たちも出会った時とは比べ物にならないほど成長しています。フフフ、空から貴方の野望達成を見守っていますよ。




