第五十八話 「ホーネット①」
「若様。先代の亡くなられた今、あなたがこのローカスト王国の君主でございます」
……随分と懐かしい光景ですね。このドクドクと血が流れ出る感覚から察するに、私の命はそう長くない。おそらくこれは走馬灯というやつなのでしょう。フフフ、せっかくですし流れに身を任せるのも一興でしょうか。
「ですが、5歳の若様には政治の世界はまだお早うございます。我々が全力でサポートいたしますので、若様は我々の言う通りに動けば問題ありません!」
「分かりました! それでは無知な私にご教授ください!」
改めて見ると、幼い私は随分と無能丸出しですね。眼前の大臣のレベルなど、8歳のころには超えていたように思いますが、当時は憧憬を抱ける程度には有能に見えていたのでしょう。ですが、走馬灯の始めがこのシーンですか。確かに、両親の記憶など残っていませんし、当然のことですかね。
「我々に託していただけるとのことですね! 必ずやこの国を導いてみせますぞ!」
***
「若様、この書類に印鑑をお願いいたします!」
「若様、明日の会議で開会の言葉をお願いいたします。我々の用意したこの書状を読むだけで構いませんので」
時代が少し進んだようです。私の姿を見る限り、先ほどの1年後━━つまり6歳の頃でしょうか。たしか、この頃から肩書きだけの国王としての生活に嫌気が差してきた頃でしたね。
「印鑑ありがとうございました! 本日の若様のお仕事はこれで終わりですので、あとは自室でおくつろぎください」
一度も名前で呼んでくれたことのない大臣たちの対応は午前中で終わり、午後からは自由時間となる日ばかりだったと記憶しています。国の象徴が民衆と共に過ごすと神聖性が失われるという大義名分のもと、学校に通うことの無かった私は、その時間を友人たちと遊んだりするのではなく、書庫で帝王学に関する本や歴史書を読み漁る毎日を過ごしました。
今となっては、私が知識を付けることを嫌った大臣たちによる工作だと気付きますが、その対応が逆に政治への関心を持たせるようになったとは皮肉なものです。……本を読めば読むほど、「私は他の者よりずっと優秀だ。現在この国を仕切っている大臣たちよりもずっと」という自信が膨らんでいったのですから。
無能な大臣ではなく、この私こそが国を導くべきだ。その一心で、私は世界中から書籍を集め、さらなる研鑽を積んでいきました。……同年代の子供たちを含め、すべての人から敬して遠ざけられる代わりに、望むものは何でも手に入るという国王の地位を使って。
そのような努力の結果、7歳にもなると、大臣たちを言い負かす事も多くなり自信が確信へと変わっていきました。ですが、多くの歴史が示す通り、幼少の王が権力を取り戻すには政争は避けられません。実際、私の暗殺を企てている大臣の噂も聞きましたし、大手を振って私が権力を握るにはあとひとつきっかけが必要でした。そんな時、8歳の誕生日に大きな転機が訪れたのです。
「なんだこの感覚は!? ですが、これがあれば私の夢が……」
自身の才覚に気付き始めた1年後、私は提唱者の加護、感情増幅に目覚めたのです。無能な大人たちより優れた政治ができるという自信に満ちていた当時の私にとって、MBTIの加護に目覚めるというきっかけは、私の野望開始という鐘を鳴らすには十分すぎるものだったのです。
加護に目覚めた私は、早速大臣たちで実験を始めました。幸運なことか、言葉による人心掌握に関しても才覚があったようで、数日かけて国の要人を支配下に置いてしまえば、あとは芋づる式に国民すべてが私に忠誠を誓うようになりました。そこから、ローカスト教国と名を改め、新しい国家運営に取り組むことにしたのです。
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「皆さん、このローカスト教国ではすべての人々が平等です。一人は皆のために、皆は一人のためにそれぞれの才能を生かしましょう! 大丈夫、私が皆さんを導いてみせますので!」
名実ともに国の王となった私が試みたのは、かねてより温めていた共有主義の考え方による国家運営です。すべての国民が平等に生きていくことを目指し、財産を均等に分け合うというこの考え方は、国家が━━つまり私が国民全員を牛耳られるという点で非常に都合のいいものでした。この考え方における最大の難敵、国民の抱く野心や向上心は感情増幅の加護で押し潰し、私が資材の供給を担い、私が全国民の仕事を指定し、私が経済の動き方を決める。天賦の才を持つ私が、やりたいことをやりたいように出来る国家を誕生させたのです。
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そこから十数年、ローカスト教国は順風満帆という言葉がピッタリな繁栄を繰り広げます。無駄をそぎ落とした計画経済により、他国の数倍の速度での経済成長を見せた我が国が、周辺国家から関心を持たれるのも自然なことでした。
「ローカスト教国王、政治手腕について是非教えていただきたい!」
「若王陛下、我が国と交易を結んでもらえませぬか! ローカスト教国の持つ高い技術力を取り入れたいのです!」
そのため、毎日のように、世界中から私を求める人々がローカスト教国にやってきました。……まあ、それが私目当てなのか、私の肩書や知識目当てなのかは分かりかねますがね。
ただ、そのような日々を送る中、興味深い客人がやってきたのはいつでしたでしょうか。
「おい、この国の王であるホーネットと話がしたい。ここを通せ」
城外での仕事を終え、城へと戻ったある日。漆黒の鎧で覆われた人物を護衛につけた、長い前髪が目立つ少年が、城門で衛兵と言い争いをしている姿が見えました。これまで数多く来国した、少しは利用価値があった為政者たちのような気品は感じられず、当時の私は関係を持つメリットは毛頭ないと判断し、
「私がホーネットです。ですが、こう見えて多忙でして、面会は一部の人に限定しているのですよ。……そうですね、丑の刻のみ光るとされる夜光石を献上するのであれば、面会を考えてもよいでしょう」
存在する場所もどのような形かも分からない、ただ丑の刻のみ光るとされる伝説の石、夜光石を探し出すという無理難題を吹っかけて追い払うことにしました。
「分かった。その夜光石とやらを持ってくればいいんだな。少し待っていろ」
今まで、数百人に同様の提案を出し、全員から同様の返事を聞きました。ですが、誰ひとりとして再び相まみえたことはありません。この男も、その一人でしょう。……そう思っていたのですが。
「ホーネット、こいつがお目当ての品だ。半年もかかっちまったが、これでお前と話せるんだよな」
彼らの存在を忘れかけていた頃、いつものように仕事を終え城に戻ると、手のひらサイズの六角柱型鉱石を手に持ったかつての少年が、かつての護衛と共に私を待っていたのです。
「……!? 随分と面白い人だ。いいでしょう、面会の時間を設けますので私についてきてください」
衝撃の光景でしたが、だからこそ私は彼らに興味を持ち、二人を会議室に案内しました。当時の私は、数時間程度戯れるだけのつもりでしたがね。
「俺は今、MBTIを中心とした世界を目指すために選民ノ箱庭という組織を作っているのだが、優秀な政治家が不足していてな。そこで、単刀直入に言うがお前をスカウトしたい。MBTIというだけでも、高い政治能力を持っているだけでも駄目だ。両方を兼ね備えたホーネットという男を俺は仲間に加えたい」
「……それでは、貴方たちの勢力図や経済状態を見せていただけますか? それを見てから判断をさせていただきます」
彼が開口一番に話した内容は、想像を絶するものでした。MBTIという単語にもですが、それ以上に私を支配下に置こうとしたことが。とにかく、私が誰かの軍門に降る、ましてや格下の相手に対して出来るわけなどありませんし、彼らの情勢を論理的に批評し、引き下がってもらうことに致しましょうか。
「そうだな。俺たちについて知ってもらう必要もあるし、公開できる情報はすべて公開しよう」
ただ、彼の公開した情報は、綻びばかりの内容でした。私のような一流為政者でなくても、多少政治をかじっている者であれば、数年で破綻することが分かる内容に驚きを隠せなかったことを覚えています。
「…………大変申し訳ございませんが、このように不安定な情勢の組織に加わることはできません。ですが、せっかく来ていただきましたし、簡単な助言はいたしましょうか」
現実性の薄い夢に、容易に先が想像できる組織情勢。いつもの私であれば、子供の戯言として受け取り、即追い返していたことでしょう。……いや、話の内容的に、おそらく彼らもMBTIでしょうし、万が一を恐れて、私の加護で自害させていたかもしれません。ですが、彼らを手助けするような言葉を投げかけたのは、老婆心からか、はたまた彼の私を見る目がこれまで出会ったどんな人間とも違ったからでしょうか。
「そうか、ならば今は助言を受け取るだけにしておこう。だが、俺は諦めないからな。お前の言葉を活かし仲間になりたいと思わせる組織を作るから、それまで待っていろ」
年上に向けるものとは思えない言葉を発した少年に対し、私は30分程度の講義を行い、城から帰しました。帰り際に見せた、かつての私を彷彿とさせる野心に満ちた目。私の助言を生かすも殺すも貴方次第ですよ。




