第五十七話 「反撃、開始」
「おいホーネット! オマエの蛮行もここで終わりだ! 俺たちがケリをつけてやるぜ!}
改めて仲間たちと共に宣戦布告を行う。そんな、俺の態度の変わりようにその場にいた全員が驚きを隠せない様子だった。……目前にいる狂王を含めて。
「……なるほど、私の加護はとっくに解けていたようですね。戦力としても期待したので、壊れないよう注意していましたが、このようなことであれば廃人になるほど強く洗脳をかけておくべきでした。ですが、私の元にはこれがあるのをお忘れですか?」
そうして、ホーネットは自身の左後ろに目をやる。しかし、そこには虚空が広がっているだけだった。
「へぇ。これっていうのは彼女のことかい?」
数秒前までそこにいた少女━━シャルンは、加護を全力で使用したハルナの手により俺の隣に移送されていた。
「ハハハ、まったくイラつかせてくれますね。ただ、そいつは私に対して反抗できないように調教しています。どうあがいても無駄なんですよっ!」
そう言い放つホーネットを横目に、俺はシャルンの瞳をしっかりと見つめる。シャルンのいない状況となり反撃を恐れているのか、ホーネットは直接攻撃を躊躇している。これなら……!
「シャルン! キミの本心を聞かせてくれ! キミは一体どうしたい!?」
その隙に、俺はシャルンの感情を揺さぶるような言葉をかける。ヤツの洗脳を解除する方法が分からない以上、考え得る可能性を片っ端から試すだけだ。
「……わたしの本心はご存じの通り、生涯をかけて罪を償うことです。ホーネット様と初めてお会いした時から変わりません」
クソッ、まだ駄目か。でも諦めるわけには……!
「家族の死はキミのせいじゃない! それに、その言葉は本心じゃないだろう! 賊に襲われたときにキミから感じた体の震えは、死を覚悟した人間のものではなかった! キミの……、キミの心に閉まっているホントの気持ちを俺にぶつけてくれ!」
感情に身を任せるだけの俺の言葉。1年かけて培われた呪いに対して向けるには、あまりにも衝動的すぎる言葉。だが……、
「……罰を受けるのは辛いです。わたしだって、普通の女の子として生きたい!」
ほんの少しかもしれないが、俺の思いは彼女に届いたようだ。右目のみから涙を流しながら告げた彼女の言葉は、紛れもなく本心に違いない。
「分かった。だったら俺に任せておけ。必ずキミを救ってみせる」
最後にシャルンの頭をポンポンと叩き、俺は改めてホーネットに視線を戻す。振り向きざま、ハイライトの戻ったシャルンの両目から流れる涙を確認できたし、第二関門は突破しただろう。あとはヤツとケリをつけるだけだ。
「さあ、ホーネット。これで俺の斬撃はオマエの体に通るようになったぜ。もう負けねえ」
改めて月光を構えなおし、臨戦態勢に入る。
「……もう主人公の精神核保持者は諦めましょう。貴方の中にある精神核さえ手に入れれば、あとはどうとでもなります」
相手も腰に携えた片手剣を引き抜き、いつでも斬りかかれる姿勢に移る。以前見たヤツの戦闘力から察するに、決して勝てない相手ではない。……だけど油断して勝てる相手でもない!
「来ないなら俺から行くぜ!」
ハルナは武器を持っていないし、アクイラは近接攻撃向きではない。そして、そんな彼女たちと涙を流しているシャルンの護衛にティルピッツは必須だ。ホーネットと戦えるのは俺一人だ。
唯一の戦闘員として、俺は月光による水平斬りを繰り出す。決してヤツと視線を合わせないように胴より下への攻撃かつ牽制色の強い小さめの動きで。
「甘い! 私とて、戦闘の訓練を怠っていたわけではないのですよ」
だが、そんな攻撃はヤツの刀身でカンと弾かれる。体を掠るくらいはイケると思っていたが、割と容易く受けられたな。以前見た時以上の力を感じられるのは、ヤツが強くなったのか、はたまた俺が力を出し切れていないからか。
「チッ!」
俺は一度剣を引き、手首を動かすだけの突きを繰り出す。ダメージソースではなく、敵を後ろに引かせるのが主目的なその攻撃を通して、いったん距離を取る。
だが、あまり間を空けると敵に加護を使う猶予を与えてしまうため、すぐさま距離を詰め、左手に持ち替えた月光で、先ほどと逆方向からの水平斬りを繰り出そうとしたが、周囲から聞こえてきた声により一瞬逡巡してしまう。
「ホーネット様! 我々がお守りします!」
「この裏切り者! ホーネット様に刃を向けるとは!」
ホーネットの洗脳にかかったままの観衆たちが、客席を飛び出しこちらに向かおうとしていた。その数は千をゆうに超えており、このままでは収拾つかなくなるぞ。
「ヤマト! 後ろはボクたちに任せるんだ!」
だが、後方から聞こえてきた頼もしいアクイラの声は、そんな不安を打ち砕いてくれた。以前、オオカミ討伐の際に見せた炎のカーテンで観客の参戦を阻害し、俺とホーネットのタイマン勝負をお膳立てしてくれる。
「助かった! ありがとうアクイラ!」
声だけでアクイラに感謝を伝え、改めてホーネットに斬りかかる。初回攻撃より少し威力を強め、敵にダメージを与えるつもりで。
「小賢しいことをしてくれましたが、ハナから私以外の戦闘力には期待していません。私にとって状況はなんら変わっていませんよ」
表情を一切変えることなく、余裕の様子で俺の攻撃に身構えるホーネット。その表情を崩すつもりで繰り出した攻撃が、ヤツの体に届くまであと数センチだ。
「その程度ですか! 以前、賊との戦闘で見せた姿とは大違いですね!」
しかし、その攻撃も同じように敵の刀身により受けきられる。だが、今回は俺も剣を引くことなく圧をかけ続け、鍔迫り合いの形にもっていく。
距離としては数十センチ。お互いの声どころか表情すらハッキリと見える位置まで間合いを詰め、次の一撃に繋げる。
「この距離まで詰めれば純粋な力比べだ。アンタのその細腕と、起業家の加護を乗せた俺の筋力。どちらが優勢かな」
「そうかもしれません。ですが、距離を詰めることは私にもメリットがあるのですよ」
鍔迫り合いを制しようと持ち得るすべての力を加える俺だったが、意識をそちらに向けるあまり、ホーネットが俺の目を視界に捉えようと画策しているのに気が付かなかった。
「いくら貴方が優勢とはいえ、刃を前にして少しも恐怖心を抱かないとは考えられない。出力最大ですよ」
マズい! すぐさま視線を外そうとするも、ヤツの眼が赤く光るより先に動かすのは難しかった。しかし、
「なんだと!? 効いている反応が無い!?」
理由は分からないが、以前のような意識を奪われる感覚を感じることは無かった。これまで見たことのなかったホーネットが見せる焦りの表情に、イレギュラーが起きたことを察するもこのチャンスを生かさない手はない。
「俺も何が起きてるか分からねえけど、これが現実だ! ここで終わらせてやる!」
鍔迫り合いを押し切り、必殺の十烈紅華に移ろうとしたところ、ホーネットが破れかぶれの一声を繰り出した。
「こうなれば最終手段です! 皆さん、炎の中に飛び込みなさい! あなたたちの悲鳴により奴らの恐怖心を引き出すのです!」
その場にいる全員が、はっきり聞こえるほどの声量でそう叫んだホーネット。本能的に炎に怯えていた観衆だったが、ホーネットの命令はそのような恐怖心を凌駕するほどのものだったようだ。
「ホーネット様の頼み! 命に変えても遂行するのだ!」
客席の最前列にいた者が先導し、炎の中に飛び込もうとする観衆。そんな中、真っ先に飛び込んだのは、忠誠心の高そうな屈強な男だった。
「熱い。熱いぞおおお!」
ちょっとやそっとの痛みではびくともしなさそうな男だったが、炎という原始的な痛みに耐えきれず、野太い大きな悲鳴が周囲一帯にまき散らされる。思わず耳を塞ぎたくなるような聞くに堪えない声だったが、洗脳されている観衆にとってはそれが引き金となったようで、ひとつふたつと声の主の数が増えていく。気付いた時には、後方に待機している仲間たちが無意識のうちに口元に手を当てるほどその声量は大きくなっていった。
「フハハ、主人公ッ! この状況となれば、貴方といえど恐怖心を抱くまでそう時間はかからないでしょう。もう加護の調整は致しません。出力最大で貴方を壊し、私の勝利です!」
勝利宣言を上げ、高笑いをあげるホーネット。劣勢状態からの逆転劇に、勝ちを確信したのかその姿からは油断も隙もダダ漏れだ。だが、俺が待っていたのはこの瞬間なんだよ。
「さあ、降伏するなら今のうちですよ。もっとも、もう許しは……なにっ!?」
ヤツの高笑いが急遽、途中で中断された。客席の中に紛れ、ここぞというタイミングを計っていた旭光の持ち主━━俺の本体による背後奇襲によって。
「油断したな。目に見えるものだけが敵じゃないぜ」
背後からホーネットを一刀両断し、その場に這わせる。卑怯だなんだと言われようが構わない。それほどまで、ヤツの加護は強力で警戒すべきものだったのだから。……だからこそ、そんな加護の力に慢心し、最後の隙ができたのかもしれないが。
「クッ、血が止まらない! 私が、私が負けるというのか……! この世界を統べるべき存在であるこの私が!?」
「ああそうだ。……せめてもの情けだ、苦しませず逝かせてやる」
倒れこんでいるホーネットの心臓を目掛け、俺が旭光を突き刺すと、瞬く間にヤツの体が精神核のみを残し消え去った。因縁深い相手に下すには、あまりにもあっけない最期だった。




