第五十三話 「帰路」
「ホーネット様。ひとつ質問なのですが、なぜ今日あの地域で事件が起こると分かっていたのでしょうか? それに、あれほど早く原因が解明できたのには理由があるのでしょうか? 流行り病だとか」
帰りの馬車の中で、俺はふと抱いた疑問を口にした。あの原因解明の早さから察するに、医学もかじっているのだろうか。
「なぜ……ですか。井戸に毒を混ぜたのは私自身なのですから、時間も場所も事件の内容も知っているに決まっています。あのように、たまに私へ敬意を抱かせておかないと反乱の恐れがありますからね。一人二人は死ぬかと思ってましたが、犠牲者がいなかったのは幸運でした」
……!? あの事件はすべて自作自演だというのか!? 人死にが出てもおかしくなかったぞ!?
「…………そういうことだったのですね。合点がいきました」
何とか怒りを押し殺し、反乱の感情を見抜かれないようにする。紛い物だとしても、自分を慕ってくれる人々を無下に扱うなど信じられない。
「明日は工業特区、それも紡績産業を指示している地域に向かいます。今日と違い、間違いなく戦闘が入りますので、武器の手入れをお願いしますね」
「分かりました。必ずお役に立ってみせます」
この口振り……、明日も自作自演で国民の心を弄ぶつもりか。これ以上ヤツの犠牲者を増やさないためにも、早めにケリをつけないと。
決意を新たに2時間弱の帰路を終えると、周囲は暗くなり始めていた。ホーネットは一人自室に向かったため、あとは俺も部屋に戻って寝るだけだが、今日は昨日までとは違う点がひとつある。
「シャルン。今日は一緒に飯でもどうだ? 二人で話したことないし、キミのことを知るいい機会だと思って」
それは、常にホーネットに追従している彼女と二人きりになれる時間だ。ホーネットのことを知るためにも、彼女をヤツの魔の手から救い出すためにも、このチャンスは無駄にはできない。
「いえ、ご心配ならず。わたしは食事のスピードが遅く、ご迷惑をおかけしますので。お誘いは感謝しますが、遠慮しておきます」
だが、俺の思惑はあっさりと否定されてしまった。……いや、諦めてたまるか! 同じ部屋で休息をとる以上、嫌でもコミュニケーションが取れる。そこを狙ってやる!
「分かったよ。じゃあ食事は別々にしようか。また後でね!」
俺の挨拶に対し、軽く会釈をして立ち去っていくシャルン。さあ、俺はさっさと食事を終えて、部屋に先回りしておくぞ。
***
「これで準備万端だぜ」
食事と入浴を速攻で終え、俺は部屋でシャルンの帰りを待つ。少し鬱陶しいかもしれないけど、そこまでしてでもキミについて知っておきたいんだ。
ソワソワと30分ほど同部屋の住人を待っていると、待ち人が扉を開けて部屋に入ってくる。入浴まで済ませたのか、その姿は先ほどまで着ていた外行きの服から、ふわふわとした寝巻に変化していた。寝巻の女の子と密室で会うなんて、ドキドキするシチュエーションに思えるが、不思議と感情が動かなかったのは彼女が妹のように見えているからだろう。おそらく年下だろうし、少し幼げな雰囲気がそうさせているのだろうけど、ハルナと同部屋で一泊したときのようなドキドキは感じなかった。……いや、ハルナを特別視してるわけじゃないけどな!
「そういえば、先日からヤマト様と同部屋になったのでしたね。寝相はいい方なのでご迷惑はおかけしないと思いますが、粗相をしないよう心がけます」
ただ、それは相手も同じだったようで、異性と同じ部屋で一夜を過ごすというのに少しも感情を動かしていない様子だった。年頃の女の子だし、抵抗がありそうなものだけど。
「もう寝るの? よかったらお話ししたいんだけど」
こちらとしても手を出す気はないけれど、その雰囲気が少し気になった。なんだか、最悪乱暴されてもいいというか、自暴自棄になっている印象を受けたからだ。相手を委縮させないよう、普段より一回り優しい声色で話しかける。
「その予定です。もう就寝予定ですので、お話はまたの機会で。……と言いたいですが、そうはいきませんよね。少しなら大丈夫ですので、質問があればお答えしますよ。……もっとも、わたしに面白味のある話なんて出来ませんが」
俺の圧に根負けしたといった感じだったが、俺との時間を作ってくれたシャルン。ここからは俺の腕の見せ所だ。
「そうだな~。じゃあ、まずは好きな動物とか聞いてみようかな。ちなみに俺は大型の肉食獣が好きだよ」
当たり障りのない話でジャブを打つ。本題に入るのはもう少ししてからかな。
「好きな動物……、強いてあげるならウサギでしょうか。ふわふわした触り心地は今でも忘れられません」
雰囲気通りといってはなんだが、彼女の口からは女の子らしい動物の名前が返ってきた。得られた情報はそれだけだけど、いつも感情を押し殺すように生活していた彼女から好みの話が聞けたのは大きな一歩だ。……でも、この時代の人でウサギと触れ合えるなんていいとこの出なんだな。
とまあそんな感じで、徐々に場をあっためるように話を振っていく。最近の天気の話に、趣味の話。世間話で彼女とコミュニケーションを紡いでいくが、ある話題の時に彼女の様子が急変した。
「好きな食べ物ってあるの? ちなみに俺は唐揚げが一番好きなんだ。特に母さんが作ったのが最高だったな~」
何の変哲もない好きな食べ物の話。だけど、俺が発した「母さん」という言葉を聞いた瞬間、彼女は吐き気を抑えるように口元を手で覆った。
「……すみません。少し気分が悪くなってしまって。今日はもう休んでもいいでしょうか。お話の途中なのに申し訳ございません」
「大丈夫!? 俺のことは気にしなくていいから、今日はもう休みな! しっかり体調を回復させるんだよ」
俺のその言葉に彼女は軽く頷き、ベッドの中に潜っていく。……それにしても、何があったのだろう。もしかして、家族が彼女のトラウマなのだろうか。ともかく、今後も話題選びには注意が必要かもしれないな。
そして俺は、シャルンが完全に眠りについたのを確認してからベッドに入り、休息に移った。




