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第五十二話 「初仕事」

翌日、午前11時ごろに起き、朝食とも昼食とも取れる食事をとっていると、城の入り口からホーネットの声が聞こえてきた。予想より随分と早い帰還だが、定例会議とやらは早めに終わったのだろうか。ともかく、こういう事なら変に城外をウロウロしてなくてよかったな。


「おや、ここにいたのですね。急で申し訳ないですが、午後からは私の仕事に同行してもらいます。おそらく無いとは思いますが、万が一の時は戦闘もできるよう、心と装備を準備しておいてください」


食堂の扉を開け、ホーネットとシャルンが中に入ってきた。ホーネットの仕事への同行か。ヤツについて知れるいい機会だし、断る道理もない。……そもそも、洗脳にかかっているという建前上、断ることなどできないしな。


「承知しました。ホーネット様のご期待に応えられるよう頑張ります」


そんな俺の返事を聞いたホーネットは、集合場所を伝えたのち、満足気な表情で食堂から出ていった。さあ、さっさと飯を終わらせないとな。俺は残っていた料理を口に掻き込んで、早々に自室へと戻ることにした。


***


自室に戻ると、若干家具の位置が変わっており、誰かが中に入った痕跡が見られた。……そうだった、シャルンと同部屋なのを忘れていた。もう部屋の中に気配はないし、入れ違いになったのだろうけど、彼女とは一度サシで話しておきたいな。まあ、同部屋ならいつでも話す機会はあるか。今は、ホーネットに怪しまれないよう、洗脳にかかったふりを続けないとな。


「二本とも問題ないな。万が一の時は頼むぜ、相棒たち」


クローゼットの中に閉まっておいた武器を背中に携え、ホーネットから言われていた集合場所━━城のエントランスへと向かう。俺がたどり着いた時には、ホーネットとシャルンが準備万端といった様子で、待ち構えていた。


「来ましたね。それでは行きましょうか」


ホーネットの言葉を皮切りに、外に用意しておいた馬車で市井へと繰り出す。ホーネット自身の運転により向かったのは、昨日散策したのとは逆方向にある農業特区だった。


「仕事の手伝いとはどのようなことなのでしょう。農業の手伝いでしょうか」


城から2時間弱で辿り着いたこの場所は、昨日散策した農業特区とそう変わらない雰囲気を醸し出していた。おそらく、栽培作物が違うだけだとは思うが、こんなところに連れてきてホーネットは何を考えているんだ?


「今日の仕事は国内の巡回です。王の姿を直接見ることで、国民の士気も上がりますからね。……それに、今日この地域では事件が発生しそうですので」


なるほど、今日は為政者としての仕事をやるわけなんだな。昨日の話によると、ホーネットが国民全員の仕事を決めているとのことだし、国家運営のために現場巡回は必須というわけか。だが、事件が発生しそう? なぜそんなことが分かるんだ。そのような疑問を抱いた瞬間、数メートル先からホーネットの名を呼ぶ声が聞こえてきた。


「ホーネット様、お待ちしておりました。ただ、丁重におもてなしする予定でしたが、今はそれどころではないんです。地域のみんなが謎の疫病に苦しみだして……。どうかお力をお貸しください」


働き盛りといった様子の青年が、焦りながらこちらに駆け寄ってきた。かなり取り乱しながらホーネットに助けを求めているが、そんな姿を目にしてもホーネットは落ち着いた様子で返事を返す。


「落ち着きなさい。ですが、事件発生が巡回日でよかった。私が来たからにはもう安心です。必ず解決しますので、その場所に案内してもらえますか?」


そして、ホーネットの力強い言葉を聞き、落ち着きを取り戻した青年に導かれる形で、俺たちは事件が発生した現場へと向かう。


「こちらです! たくさんの人が今朝から苦しみだして……。昨日までみんな元気だったんです」


案内されたのは、文字通り井戸端会議が開かれるような、地域の中心の場だった。ただ、大きな井戸が目を引くその場所では、楽しく談笑する人々の姿ではなく、たくさんの人々が苦悶の表情を浮かべながら倒れこんでいる惨状が待ち受けていた。


「なるほど……。まずは原因の特定ですね」


そう言ったホーネットは、倒れこんでいた一人に近づき状況を確認する。そんなホーネットに続く形で、他の苦しんでいる人を看病しようと動き出した俺だったが、その動きはホーネットの手により制止された。


「原因は分かりましたから、もう大丈夫です。貴方には看病ではなく、井戸の封鎖をお願いします」


何!? もう原因が分かったのか!? 驚きが隠せないが、俺はホーネットに指示された通り井戸へと向かい、人々が近寄らないよう封鎖をした。


「皆さん! 安心してください。原因が分かりましたよ!」


そうしてホーネットは、井戸の方を指さしながら高らかに原因解明の言葉を告げる。


「この症状は毒を経口摂取した時に起こるものです。それに、昨日は問題なかったとのことですので、即効性の高い水溶性の毒……。おそらく、井戸水が原因だと思われます。となると……」


懐のポケットを探りながら、液体の入った小瓶をいくつか取り出すホーネット。そして、その液体を倒れこんだ人々に一滴ずつ飲ませていく。


「なぜ毒が混ざったのかは分かりませんが、こちらに解毒薬があります。毒を使う刺客と対面した時用に準備していたものですが、国民が困っているというのに出し惜しみは致しません」


毒が全身に回る前に処置できたおかげか、苦しみの声を上げていた人たちも解毒薬を飲んだ瞬間に呼吸が穏やかになっていく。ものの数分で全員に解毒薬が行き渡り、残った解毒薬を井戸の中に投入するホーネット。これですべての処置が終わったという感じだ。


「ホーネット様! 本当にありがとうございました! ホーネット様がいなかったらと考えると本当に……。これほど優秀な王様を持てて本当に幸せです!」


「国王として当然のことをしたまでです。また何か困ったことがあればすぐに助けに来ますのでいつでも頼ってくださいね」


対策に困っていた事件を、いとも簡単に解決したホーネットに対して羨望の眼差しを向ける国民たち。だが、ホーネットは当然のことをしただけだという表情で、国民一人一人をしっかりと見つめながら恩を着せることなく対応する。……ん? あの眼は……!


「さあ、貴方たち。城に戻りましょうか。今日の仕事はもう終わりです」


こちらに振り向いたホーネットから慌てて視線を外す。あの赤く光る左眼……、俺が洗脳にかけられたときと同じ眼だ。あれがヤツの加護のトリガーに違いない。だって、


「ありがとうございます! ありがとうございます! 命を懸けてでもホーネット様についていきます!」


馬車に戻るホーネットを、涙を流しながら見送る国民の姿は少し異常に映ったからだ。その様子は崇拝という言葉ですら生易しいものであり、ホーネットが死ねと言ったら本当に自ら命を絶ちそうなほど、危うい雰囲気を纏っていた。


「承知しましたホーネット様。城までの護衛は任せてください」


あの眼には警戒しなければ。改めて覚悟を決め、城への帰路に就くのであった。

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