第四十九話 「俺は何を……」
「ここでよかったよな」
記憶を頼りに、俺は用意された部屋へと向かう。中に入ると、先ほどまでと違いベッドの数も増え、二人用の部屋へと改造されていた。……女の子と同じ部屋なのは緊張するが、線引きをしっかりすれば大丈夫だろう。
そんな中、俺は背中に背負った武器をクローゼットにしまい、用意されていた動きやすい服装に着替える。だが、少し腹が減ったな。1階に食堂のような場所があったし、とりあえず向かってみるか。
「痛てっ」
そう思い立ち、部屋から出ようとしたところ、俺の身長ほどの本棚にぶつかってしまった。幸い大した怪我はなかったが、その衝撃で数冊本を落としてしまった。
「ちょっと油断していたな。気を引き締めないと」
頭がぼんやりしていることもあり、注意力が散漫になっていたのだろう。改めて自分に喝を入れながら、本を元の位置に戻そうとする。しかし、その中に一冊気になる本があった。
「なんだこれ。ひとつだけ毛色が違うな」
他の本は表紙にタイトルが書いてあり、いかにも小説っぽい雰囲気の本だったが、一冊だけ白紙の表紙を持つノートのようなものが混じっていた。そんな異質な本を目にした俺は、特に深く考えることなく興味本位でその本をペラペラとめくる。表紙の裏に衝撃的な言葉が書いてあるなど微塵も思わずに。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
表紙の裏に、『ごめんなさい』という文字がびっしりと書かれていたのだ。その文字はサイズも形もすべてバラバラで、ただ不安定な感情に身を任せつつ書き殴ったことが容易に想像できる。しかし、あまりの文字の圧に、ページすべてを使って同じ言葉を繰り返しているように思えたが、左下に少しだけ違う言葉が記されているのに気付く。
『……生まれてきてごめんなさい』
『生まれてきてごめんなさい』。そんな命や思い出を蔑ろにする憂いを帯びた言葉を目にして、……俺の感情は大きく動いた。
「生まれてくるべきじゃなかった人間なんていない。いていいはずがない」
ほぼ無意識で喉をついて出たその言葉を自分の耳で取り入れると、靄がかかっていたような脳が徐々にクリアになっていく。そこから、俺が正気を取り戻すまでは数秒とかからなかった。
「……はっ、俺は何をしていたんだ。ホーネットとの対峙中に、ヤツの赤く光る瞳を見たところまでは詳細に記憶がある。そこからは、記憶が少しボンヤリしているが……、なによりまず、仲間たちに連絡を取らないと」
限りある記憶を振り返る限り、俺はホーネットの術中にはまったのだろう。おそらくあの瞳が洗脳のキーだとは思うが、何がトリガーなのかも分からないし、なぜこうして俺が元に戻ったのかも分からない。だが、これは間違いなくチャンスだ。まさか、こんなに早く役立つときが来ると思わなかったが、クローゼットに仕舞っていたズボンから、リットリオ特製の遠距離対話機器━━サウンドリールを取り出し、仲間たちに連絡を取る。頼む、出てくれ。
「ヤマトくん! 無事なの!」
「ハルナ! そっちも無事か!?」
「こっちはみんな無事だよ。君が連れ去られたときは心配したんだから」
リットリオに説明された要領でハルナに通信を繋ぐと、携帯電話と同じ要領で通話ができた。サウンドリールから聞こえてきた、仲間たちの無事を伝えるハルナの声に少し安心する。よかった、とりあえず致命傷を受けたり殺されたりはしていないようだ。
「心配かけてすまない。だけど、もうホーネットの洗脳は解けたから安心してくれ」
ひとまずこちらも無事を報告し、現状を伝える。だが、本題はここからだ。
「……だから、今から今後の動き方を相談したいんだが、周囲の様子は大丈夫か?
この城はホーネットの息のかかった人間ばかりだから注意して話をしたい」
「周囲の様子か……。実は今、地下牢みたいなところに閉じ込められていて、周囲の様子が分からないんだよね……」
都合よくホーネットも席を外していることだし、状況打破のための作戦会議をしようと思ったが、ハルナたちは周囲の状況を把握できない場所にいるようだ。地下牢に閉じ込められているみたいだし、監視の目があればマズすぎる。
「それは問題ないんだぜ。精霊の声を聞く限り、この周辺……少なくとも地下牢内に人はいないんだぜ。だけど、一度スピリットエコーの便利さを知ってしまったから、ボク本来の聴力では物足りないんだぜ」
「それに、材質から判断する限り、この地下牢はかなりの防音性能を誇っているようで、外に音が漏れる心配はなさそうです。……なんのために、これほどの防音性能を備えたのかは考えたくはないですが」
だが、アクイラとティルピッツの口から頼もしい言葉が聞こえてきた。よし、それなら大丈夫だ。
「分かった。だったら、今から今後の動きについて話したいんだけど、そっちの状況を教えてほしい。助けが必要そうなら第一目標をオマエたちの救出にするけど」
「そうだね。さっきも話したように、私たちは地下牢みたいなところに閉じ込められているんだけど、ここに来る途中で私は武器を、ほかの二人はネルウスリンカーとスピリットエコーをそれぞれ没収されちゃってるの。だから戦闘面での力添えは難しそうだけど、着替えや食事はちゃんと提供されてるから、今すぐ救出が必要なわけではないかな。でも、ポケットに忍ばせておいたサウンドリールがバレなかったのが不幸中の幸いだよ」
なるほど。ホーネットは、異世界転移者であるハルナのことを警戒していたようだったし、かなり丁重に扱っているようだな。彼女たちに最低限の生活が保障されている以上、ホーネット撃破を最優先事項にしていく感じにしようか。
「了解。こちらの状況だけど、俺はオマエたちと違って武器を奪われることなく放されている。おそらく、主人公の加護とそれに付随する加護の性能確認も含めての対応だと思うけど、それすなわち俺には戦闘能力が残されているんだ。……だから、こんな作戦を考えたんだけどどうかな?」
俺の状況、そして仲間たちの状況から総合的に判断し、俺は仲間たちに考えた作戦を共有
する。
「分かったよ。だったらその作戦で行こう。何があっても、私たちは君の仲間として行動するからね」
その作戦に、ハルナからの了承を得る。少し賭けの側面もあるが、俺が考えた現状で最高の作戦……のはずだ。吉と出るか凶と出るかは分からないが、今は突き進むしかない。




