第四十八話 「この国の一員」
「さあ、主人公クン。早速で悪いのですが、国民に向けて貴方を紹介する簡単な演説を行おうと思っています。貴方は他の人間たちとは違う特別な力を持った存在です。万が一があっては困りますし、国民たちが外敵と判断しないよう周知しておかなくては。……もうすぐシャルンが式典用衣装を持ってくるはずですから、それに着替え次第開始といたしましょう」
城の中に入り、一角にある個室へと案内される。12畳ほどの部屋には、ベッドにクローゼット等、必要最低限の家具が置かれており、生活感はないが誰かが暮らしていることは分かる作りになっていた。そんな部屋でシャルン━━数分前に俺たちと別れた、常にホーネットに追随していた少女を待つ俺たち。だが、彼女が再び俺たちの前に姿を現すまでそう時間はかからなかった。
「ホーネット様、……それにヤマト様。お待たせいたしました」
手にモーニングコートを持ったシャルンが恭しい態度で俺たちに声をかける。そういえば初めて声を聞いた気がするが、消えてしまいそうなハイトーンボイスは、内気かつ女性的な容姿を持つ彼女らしいものだった。
「これを着ればいいんだな。そしてシャルン、ありがとう」
「いえ、わたしに感謝は必要ありません。当然のことをしただけですから」
そんな彼女からモーニングコートを受け取り……、しまった、頭が少しボーッとするから考えなしにその場で着替えてしまった。シャルンが気をきかせて後ろを向いてくれたからよかったものの、不用意な行動だったな。
「よし、これなら国民の前に出しても恥ずかしくないですね。……ですが、国民の仕事が終わる17時半までは少し時間がありますし、演説の前に私たちの自己紹介をしておきましょうか。知っているとは思いますが、私の名前はホーネット。【洗脳】の加護を持つ【提唱者】の精神核保持者で、この世界を統治するために生まれた選ばれしものです」
人々の集まる時間を待っているのか、時間つぶしの雑談としてホーネットたちの自己紹介が行われる。そういえば、ホーネットたちとは仲間のはずなのに彼らについて詳しく知らないのはなぜだろう。だが、今から詳しく教えてもらえるみたいだしどうでもいいか。
「そして、こちらの少女はシャルン。【仲介者】の精神核保持者であり、【感覚共有】の加護を持っている人間なわけですが、……説明するより見せた方が早いですね」
そう言ったホーネットは懐から短剣を取り出し、果物の皮を切るように自身の腕を切り裂いた。……だが、ホーネットの腕から出血することはなく、代わりにシャルンの腕からポタポタと血液が零れ落ちる。見るからに痛そうな出血だが、この程度の傷など慣れっこといった表情で声ひとつ上げていない。
「このように、シャルンには私に加わる痛覚や体の損傷に関する感覚をすべて奪い取るように洗脳……いや自主的に共有したがるよう教育しているのです。貴方も手柄を立てればこの加護を使わせてあげましょう。ぜひ有能さを示してくださいね」
目の前に見える光景とホーネットのセリフ。シャルンを道具のように扱うその事実に心が大きく動いた。こんなことが出来るなんて、正気じゃない。
「ほう、貴方は他の人間に比べ、随分と正の感情が強いようだ。加護のコントロールにはより細心の注意をですね」
だが、再び赤く開眼したホーネットの左眼を見ると、そんな感情の変化も元に戻る。……そうだ、俺はホーネットの仲間じゃないか。仲間に不信感なんて抱くわけがないだろ。
「おっと、気付けばこんな時間ですか。今回は対した演説ではないですが、私が行う演説はすべて、加護の効きが良くなる国民が程よく疲弊した仕事終わりを狙っているのですよ。さあ行きましょうか」
そう言いながら城の3階にあるバルコニーへと向かうホーネットに、俺は付いていくのであった。
***
「我が親愛なる国民の皆さん。本日より我々に新しい仲間が加わりましたのでこの場を借りて紹介したいと思います」
街を広く見渡せる場所で、ホーネットは高らかに国民へと宣言した。流石はホーネットの人望といったところか、見渡す限り全ての国民が行動を止めてこちらを凝視している。これほどまで大袈裟だと少し緊張するな。
「さあ、こちらへ来たまえ」
案内を受け、俺はホーネットの隣に立ち、右手を胸に当てながら一礼する。昔テレビで見た王族の見よう見まねだったが、非難の声も聞こえないし問題はなかったようだ。
「なぜこのように皆様の前で紹介したかというと、なんと彼は私と同じ世界に選ばれたMBTIだからです!」
MBTI、その言葉が告げられた瞬間、聴衆から大きな歓声が上がる。
「MBTIが我々の仲間になったのか! これは必ずや国の発展に繋がります!」
「MBTIについて詳しくは分からないけれど、これってホーネット様が二人になったようなものなんじゃない!」
「バカ! ホーネット様ほどの人物が他にいるわけないでしょ! でも、私たちが束になっても敵わないほどの力は持っているはずよ!」
やはりMBTIっていうのはこの世界で特別な存在なんだな。レーヴェやキャバリエでの出来事を思い出すぜ。……あれ、ホーネットと行った記憶がないけど、一人で行ったんだっけ?
「興奮する気持ちは分かりますが、今は落ち着いてください。何はともあれ、彼は今日から我々の仲間です。困っていれば協力するように。以上」
そう淡々と告げて、ホーネットは城の中へと戻る。たった数分の演説だったが、国民全員が恍惚とした表情でホーネットを見つめていたし、この国で俺のことを知らない者はいないくらい周知が済んだとみていいだろう。そして、俺とシャルンも国民たちを背に向け、ホーネットに追随する。
「実は、早々に貴方の紹介を済ませる必要があったのにはひとつ理由があるのです。私とシャルンはセンミンノハコニワの定例会議に参加する必要がありましてね。しょうもない組織のしょうもない会議ですが、表面上は私はセンミンノハコニワの中枢━━三銃士の一人ですから。……なに、心配はいりません。片道1日の行程ですので、明後日には帰ってこれますよ。そこから、貴方の初仕事と行きましょうか」
国民から見えなくなった場所で、ホーネットは俺たちに振り返り今後の予定を話す。その中で選民ノ箱庭という聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。そうだ、俺は選民ノ箱庭を倒すために旅をしていたんだ。だから、同じく選民ノ箱庭を敵視するホーネットと共に行動を始めて……。……あれ、そうだったっけ?
「それまでは貴方の自由時間とします。先ほど着替えた部屋は貴方とシャルンの共同個室としますので、ゆっくり休んでいなさい。おそらく、先ほどの演説の間にメイドが貴方用の家具を用意しているはずですから」
「分かった。それでは旅の無事を祈っているよ」
少し頭がモヤモヤしながらも、邪念を振り払ってホーネットたちを見送り、俺は単身で案内された部屋へと向かう。そうだな、色々あって疲れたし、ゆっくり寝て体力を回復させるか。




