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第四十七話 「脳裏に焼き付いた名」

「ホーネット様が来られたわ! みんな準備して!」


距離にして十メートルほどだろうか。起業家の加護で聴力を強化しなくとも耳に届く声量で、かつての宿敵の名を呼ぶ女性の嬌声が聞こえてくる。一体どういうことだ。この光景はまやかしだとでもいうのか。


ホーネットと面識のある仲間二人は当然のごとく険しい表情をしており、その雰囲気からただ事ではない事態が起こったと察したのだろうティルピッツも、気合を入れなおすような動作をしていた。


「みんな、行くぞ。それと門番さん、ここからは俺たちだけで大丈夫です」


好意的な態度を示してくれた門番を置き去りにするように、俺たちは声のした方に駆ける。するとそこには、俺たちの想定した通りの男が、特徴的な糸目で国民に愛想を振りまく姿があった。そして、隣にはもちろん見覚えのある少女の姿も。


「ホーネット! これは一体どういうことだ! ここにいる人に何をした!」


忘れもしない、眼前の宿敵がイラストリアスを殺したあの時の光景が思い出される。自然と交戦的な口調で啖呵を切るような形になってしまったが、俺はこの感情を抑えられない。コイツとはケリをつけなければ。


「ひぃ! ホーネット様、この方々は!?」


「……!? 皆さん、心配しなくても大丈夫です。ここは私が何とかしますので、安全な場所に逃げておいてください。……私の姿が見えない場所にね」


ホーネットは、俺の荒々しい口調に怯える様子の女性国民を逃げるように促し、自身とおつきの少女の二人で俺たちに対峙する。


「何をした……ですか。本心から私に敬意を示し、忠誠を誓っている彼女たちになんて失礼な言葉を使うのでしょうか。……まあ、私の加護で少し細工はしていますがね」


隣にいる無表情の少女と対照的な、ニヤリと煽るような視線をこちらに向けるホーネット。……そうだ、コイツの加護は洗脳じゃないか。この国民性はヤツの加護によって操作されたものに違いない。


「洗脳の加護で強制的に感情を操作してるのに、何が本心から敬意を示してるだ。これ以上オマエの悪事を許すわけにはいかねえな」


いつでも戦闘に移れるように背中の剣に手を伸ばしながら宣戦布告を行う。仲間たちを見回しても、全員臨戦態勢に入っているようだし、いつでも戦えるな。


「そう殺意を前面に押し出さないでください、主人公クン。前回お会いした時は、まさか貴方が主人公の精神核保持者なんて思ってもいませんでしたよ。だから今回は、前回のように戦闘をする気はないんです。お茶でも飲みながらゆっくり話をしたいのだけれどいかがかな?」


まさに俺が剣を抜き飛び掛かろうとした瞬間、ホーネットが胸ポケットから茶葉のような香草を取り出しながら予想外の言葉を発した。戦闘をする気はないだと? なにか企んでやがるのか?


「本当ですか! 楽しくお茶でも飲みながらお話ししましょう! なんて言うと思ったのか。その茶葉はテメエひとりで楽しんでな」


敵の魂胆が見えない以上、会話で隙を見つけながら攻撃の糸口を探る。ホーネットは俺以外には興味がないのか、ほとんどの時間俺に意識を集めているようだが、一向に加護を使う様子は見えない。ただ、ヤツの加護は洗脳だ。加護の詳細が分からない以上、口車に乗せられないよう細心の注意を払いながら少しづつ距離を詰めていく。だが、


「そういう態度を取るのですね。ならば仕方ありませんが、少し荒々しい手段を使わせてもらいますね」


細心の注意を払っていた……つもりだったのに判断が少し遅れた。常時閉じたままだったヤツの左眼が赤い光を放ちながら見開かれた瞬間、俺たちの動きが数秒遅れたのだ。たった数秒、されど数秒。その一瞬の隙は、俺たちの死角から虎視眈々とホーネットの合図を待っていたヤツの部下が、俺たちを拘束するには十分すぎる時間だった。


「この茶葉、いい香りですよね。リラックス効果のある茶葉なのでお気に入りなんですよ。……まあ、そんなことはどうでもいいですね。少し一方的な形にはなりましたが、交渉をいたしましょう」


鎖で胴を巻き取られ、地面に叩きつけられる形で俺たち4人は動きを制限される。器用に巻き取られているのか、簡単に振りほどくことはできそうもない。起業家の加護を使って無理矢理破壊するのは可能かもしれないが、屈強なホーネットの部下が十数人がかりで見張っている以上、その隙に仲間たちに何をされるか分かったもんじゃないぞ。クソッ、交渉とやらに応じるしかないのか。


「私の望みはただひとつ。主人公クン、私の仲間になりませんか? 貴方の持つ主人公の加護━━精神核の譲受があれば世界征服も夢ではない。それなりの待遇を用意しますが、いかがでしょう? 悪くない話だと思いますが」


「ふざけるな! 誰がオマエなんかに!」


考えるより言葉が先に出てしまった。だが、ホーネットは激情することなく俺を見つめたまま話を続ける。


「まあそう答えると思っていましたよ。ですが、こうするとどうでしょう?」


ホーネットが右腕を上げると、ヤツの部下が二人ほど俺に近寄ってきた。そして、一人が拘束状態の俺を立ち上がらせ、もう一人が……俺の腹に向けて思い切り拳を振りかざしてきた。


「グハッ! ……へへっ、そんなの痛くも痒くもないぜ」


筋肉の鎧を纏った男から繰り出される強力な一撃。起業家の加護では防御力は強化できないため、ノーガードの体に打ち込まれたわけだから当然無傷なわけがない。だが、強がりだろうとなんだろうと、弱みを見せるわけにはいかない。気持ちで負けたらそこで終わり……な気がする。


「噂通り、覚悟の決まった男です。でしたら、貴方にはこういう手段の方が効果的ですかね」


そう言ったホーネットは、残っていた部下たちに目配せで合図をする。すると、彼らは腰に携えていた剣を抜き、仲間たちの首元にそれをあてがった。


「指揮官からの話によると、貴方はずいぶんと仲間思いのようですね。自身の苦痛にはいくらでも耐えられても、仲間が苦痛を受けるのは耐えられないのでしょう。……さて、もう一度聞きましょう。主人公クン、私の仲間になりませんか?」


おそらく俺が断れば、剣が振り下ろされ仲間たちの命が奪われるのだろう。万事休す、今はヤツの言葉に従うしかない。


「…………分かった、オマエの要求を聞こう」


「要求を聞く……。それはつまり、私の仲間になるという事で違いないですね?」


「…………そうだ」


とりあえず、今俺にできることは上辺だけでもヤツに従うことだけだ。近接戦闘にさえ持ち込んでしまえば俺たちの勝ちだからそれまでの辛抱だ。だが、偽りの忠誠を誓った俺に対しホーネットが見せたのは、勝利を確信した勝ち誇った表情だった。


「フフフ、いい言葉です。ならば早速私に着いてきてもらいましょうか」


その言葉と共に、ホーネットは左眼を開眼させ、怪しい瞳でこちらを見つめてくる。……!? なんだ、この心を直接触られるような感覚は!? だが、違和感を感じた時にはもう遅かった。俺の中でホーネットへの親しみの感情が徐々に強くなっていき、……心はその感情に支配された。


「分かったよ、ホーネット」


……俺、何してたんだっけ? だけど目の前にはホーネットがいるし、私に着いてこいと言っている。とりあえず従っておけば間違いないだろう。なんてったって仲間なんだから。


「貴方たち、そこにいる残党は牢に入れておきなさい。だが、絶対に痛めつけたりはしてはいけませんよ。指揮官の話によると、そこにいる運動家は異世界から来たという話ですからね。どんな能力を持っているか分からない以上、余計なことはしない方がいい」


そう言ってホーネットは、部下たちに残党と呼ばれた3人の移送を指示する。……残党には見覚えがある気がするけど、気のせいだろう。


「ヤマトくん!」


「ヤマト!」


「ヤマトさん!」


「喋るんじゃない! みんな、こいつらがホーネット様に危害を加えないよう、気を付けて牢に向かうぞ!」


残党が俺の名前を呼ぶ声が聞こえたけど、ホーネットの部下が猿轡を嚙ませたようでそれ以降、声は聞こえなくなった。


「もう貴方は彼等のことなど気にする必要はない。さあ、行きましょうか」


ホーネットのその言葉に俺はコクリと頷き、同意を示す。ホーネット、彼に追随する少女、そして俺の3人は国の中心に建てられた大きな城へと歩みを進めるのであった。

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