第三十八話 「発明家」
馬車に揺られること十数時間。一夜を馬車の中で過ごし、気付けば目的地であるクロムウェル山に到着していた。贅沢に光源を使用できる最高級馬車ということもあり、深夜も動きっぱなしだったが、体に違和感は残っていない。体感としても元の世界の下手な夜行バスより乗り心地が良かったんじゃないだろうか。
「よし、この時間からならしっかり探索できそうだ。君たちの力を期待しているよ」
時刻は午前6時ごろ。リットリオの言う通り日が暮れるまで時間はあるし、今日中に目的の物を手に入れて、野宿することなくレオパルトに帰りたいな。
「任せてくれ。俺の持つ起業家の加護でバッタバッタと敵をなぎ倒し、冒険家の加護で二倍の速度で探索してみせるさ。……だけど、山頂への道のりは分かるのか? 地図とかあるなら分かりやすいけど」
「ふっふっふ、アタシを誰だと思ってるんだ。天才発明家リットリオ様だぞ。これらを見たまえよ」
そう言ってリットリオが背負っていたバッグから取り出したのは音叉のようなアイテムだった。一体それはなんだ?
「これはアタシが開発した空間把握装置「空間掌握! オトサ君」だ。素材集めのために世界各地を旅するアタシは、地図なんてない未開の場所を訪れることも多い。その際に、道に迷わないために発明したこの道具は、空気中を漂う音を拾い、その先に何があるかを教えてくれるんだ。例えば、水音が漂っていれば水源、重低音の鳴き声が聞こえれば害獣、そして、音が小さくなれば山頂なんて風にね」
名前にはクセがあるが、その効力は絶大だ。アクイラも精霊の声を聞くことで、大まかな空間把握ができるといっていたが、おそらくこれはそれよりもはっきり認識できるのだろう。
「そして、次は移動記録装置「げんばを ぷらぷらした しょうこだよ」、略して「GPS」だ。この道具は、アタシの今までの行動履歴をすべて記録してくれているから、帰り道に迷うこともないよ。ちなみに、今まで旅したすべての場所に持参しているから、この中にはほぼ完成した世界地図が記されているといっても過言ではないのさ」
そして、空いたもう片方の手で取り出したのは手のひらサイズの円形の道具━━願いを叶える七つの玉を探せそうな形状をした道具だった。こちらもネーミングセンスはおいておいて、技術レベルとしては俺たちのいた世界とそう変わらないものじゃないだろうか。
「すごいな! ボクが加護を使ってやるようなことを道具がやってくれるのか!」
「チハ村ではやっと火薬が使われだしたくらいなのに……。世界は広いですね……」
進んだ技術を知っている俺でも驚いたんだ、この世界の住人である二人が驚くのも無理はない。だが、これほどの技術があれば探索で困ることはないだろう。
「こんな便利な道具があるんなら、問題なく山頂には行けそうだな。それじゃあさっそく出発しようぜ」
「まだ他にも説明したい道具があったけど、仕方がない。残りは帰ってからにするとして、……オトサ君の反応はこっちだ。出発シンコー!」
こうして、俺たちの素材探索という名の冒険が始まった。
***
歩き始めて1時間半程度だろうか、リットリオの道具により迷うことなく山頂への道のりを歩み続ける。何の苦難もないけど、俺たちを同行させた意味はあるのだろうか? それともこれからが本番という感じだろうか。
「この調子なら安全だな。俺たちなんていらなかったんじゃないか」
「コガ君、フラグになるからそういう事を言うのはやめたまえ。……ほら、言ったこっちゃない。進行方向とは別の場所から獣が凄まじい勢いで近づいているよ!」
少し油断気味に軽口をたたいたところ、リットリオから衝撃の事実が告げられる。オトサ君で山中の状況は把握しているはずじゃ。
「なんでこっちに向かってくるんだ!? 刺激しないようにルートは外したはずだろ!?」
「こ、これかも……。悪かったんだぜ……」
そういってアクイラがポケットからお菓子を取り出す。ハチミツがふんだんに使用されたパイ菓子は、人間でも腹の音を鳴らすような匂いを漂わせており、普段甘味に縁のない猛獣が我慢できるはずのないものだった。
「グルルル……」
木々の中から猛獣が姿を現し、その正体が明らかとなる。大型の熊、それが俺たちの前に立ちはだかる外敵だった。
「だけど、起きちまったことは仕方がない。俺が撃退するぜ」
「ヤマトくん! 私も戦うよ!」
人を数人屠っていてもおかしくない威圧感を持つ獣を前にして、俺とハルナ━━武器を持つ二人が仲間を守るため先陣を切る。しかし、
「待つんだ! このサイズの獣を殺すのはまずい。血の匂いに誘われて次から次へと猛獣がやってくるぞ!」
山の探索に慣れたリットリオから、警告の言葉が発せられる。でも、傷をつけずに撃退なんてできるのか?
「ということなら僕に任せてください。相手が血を流すことなく無力化してみせます」
対応に迷っていたタイミングで、後ろから頼もしい言葉が聞こえてくる。ティルピッツ、素手で行けるのか?
「村内にライバルのいなかった兄さんは、熊との組手で修行していました。素手の人間でも熊には勝てます」
その言葉からは恐怖心のようなものは感じられず、兄に追いつくための試練として眼前の敵を捕らえている覚悟が伝わってきた。……ならば、頼んだぞ。
「じゃあ私たちは邪魔にならないところに下がろう。特にアクイラちゃんは危険極まりないんだから」
「そうだな、行くぞ」
危険人物であるアクイラを小脇に抱え、ティルピッツを除く4人は戦闘の邪魔にならなそうなところまで後退する。いざとなれば俺が飛び出して斬撃を繰り出すつもりだが、それは最終手段にしよう。
「いざ、尋常に勝負です!」
「ヴォゥ……」
食餌の邪魔をされ殺気立っている熊に、面と向かって宣戦布告するティルピッツ。もちろん先に仕掛けたのは殺意全開の熊だった。
「本能的すぎる! これなら予知内容も単純だ!」
一裂きで失血死しそうな鋭い爪も当たらなければ関係がない。領事の加護により攻撃を予知できるティルピッツは、すべてを完璧なタイミングで避けきりカウンターによるダメージを蓄積させていく。素手にもかかわらず熊相手にここまでやれるとは。
「これでトドメだ!」
大ぶりな攻撃を避け、絶好のタイミングで繰り出した右ハイキックは敵の頭を大きく揺らしその場に倒れこませた。時間にして5分程度だったが、ティルピッツは宣言通り血を流すことなく相手を無力化した。
「すごいじゃないか! 君を連れてきて正解だったよ!」
「……ありがとうございます。ですが、いつ起き上がるかもわかりませんし先を急ぎましょうか」
そのような光景を目にしたリットリオは、すぐさまティルピッツに近づき賞賛の言葉を浴びせる。そんな言葉を少し顔を逸らしながら受け止めるティルピッツだが、その顔が少し赤いのは戦闘による疲れからではなさそうだ。
「申し訳なかったんだぜ。お菓子は食べ尽くしたから同じ迷惑はかけないんだぜ」
口の周りに食べカスをつけたアクイラと共に、俺たち3人も合流する。ティルピッツの言う通り気絶させただけだから何が起きるかも分からないし、先を急ぐとするか。




