第三十五話 「今できること」
「追跡は来ていないようですね」
馬車を動かしてから1時間ほど経過した。どうやら俺たちを追いかけることを諦めてくれたらしく、後方から物音は聞こえてこない。
「ああ。だが完敗だった」
だが、いつまで経っても先ほどの完全敗北が脳内を反芻している。同じ敗北でも希望の見える負け方だったら逆襲の念に燃えるが、あれほどまで一方的だと気持ちも滅入ってしまう。
「あの強さ、反則だよ……。……だけど、あの人たちを倒さないと元の世界に戻れないんだよね」
暗く沈んだ表情のハルナがそう呟く。元の世界に戻るための高すぎる壁を体感した以上、俺とハルナにかかる重圧は非常に大きい。
「足しになるかは分からないけど、戦闘中気絶したときに鎧の男の加護については情報を得られたんだ」
「夢に出てくる主人公の精神核ってやつか?」
「そうだ。主人公の精神核によると、鎧の男は【幹部】の精神核保持者で、その加護は【武芸全能】。おそらく、武器を自由自在に操れるとかいった、高い戦闘能力を与える加護だと思う」
そんな重苦しい雰囲気を打破すべく、俺は主人公の精神核から得られた敵の情報を全員に共有する。
「幹部……ですか。指揮官については何か分かりましたか?」
運転席の方からティルピッツの声が聞こえてくる。やはりそのことが気になるよな。
「……すまない。そのことについて、今は分からないんだ」
「そうですか……。でも、鎧の男の特徴が分かっただけでも大きな収穫ですよ」
「確かにそうなんだぜ。でも、クヨクヨしてても仕方がないんだぜ。次はどうするんだ?」
仲間達からかけられた期待の言葉にうまく回答できず、みんなに気を使わせてしまう。自身の情けなさを痛感したが、明るいアクイラの言葉により、なんとか雰囲気が少し明るくなったようだ。確かにそうだ、いつまでもクヨクヨしちゃいられない。彼女の言うとおり次の目的地を決めないと。
「そうだな。今回の敗戦で、経験値不足と装備の脆さが浮き彫りになった気がするんだ。だから、まず王都レオパルトに向かって装備の強化を考えているんだけど、……どうかな?」
「そうだね。実はさっきの戦闘でレイピアの先が欠けちゃったみたいだし」
俺の提案に対し、ハルナを筆頭に同意の言葉が向けられる。いつまでも悩んでいても仕方がないし、今俺たちにできることを全力で行おう。走り続ける馬車の中で、俺は改めて決意を新たにした。
***
(大和さん、聞こえますか)
この声……、気付かないうちに眠っていたのか。
(聞こえているようでなによりです。先ほど伝えられなかった指揮官についての情報を共有しておこうと思いまして声をかけた次第です)
指揮官か……。情報を万全の状態で聞ける心情では無いけれど、避けては通れないよな。知っていることを教えてくれ。
(分かりました。……指揮官の名前は山本日向、あなたたちと同じ異世界転移者です)
異世界転移者だと!? 名前もどこか聞き覚えのある雰囲気だし、かなり信憑性は高いな。
(彼は数年前━━つまり、あなたたちより大分早くこの世界に転移してきました。この世界では、とある事情から異世界転移のハードルが高くないのでこういう事態が起こるのですが……)
おいおい、どういうことなんだ。その事情とやらを教えてくれないと納得できないぜ。
(確かにそうですね。その事情とは、私と指揮官の精神核の意見の相違……、すみません、外部から物理的な干渉があったようでここまでになりそうです。……ですが、このことだけは最後にお伝えしておきます。指揮官の加護は【精神核の譲受】。つまり、あなたと全く同じものです)
俺の加護と同じ!? 次々と新しい情報が飛び込んでくるのと裏腹に、主人公の精神核の声は徐々に小さくなっていく。まだまだ聞きたいことはたくさんあるのに!
(あなたと適合してから幾ばくか時間も経ちましたし、意識を取り戻した後も記憶は残っているでしょう。今回お話しした情報……、ぜひ有効活用してください。また隙を見つけて話しかけますので、それまで頼みましたよ)
主人公の精神核の言う通り、徐々に意識が現実に戻っていく。名残惜しさが否めないが、今回得られた情報だけでも、二歩も三歩も進展があった。分からないことばかりだが、俺たちは奴を倒すしかないんだ。さあ、頑張ろう。
***
「痛ってぇ~」
馬車の長椅子に座った状態で眠っていたこともあり、全身がバキバキになっている。だが、俺が目覚めたのはそのような体の違和感からではなく、外部からの物理的な刺激━━長椅子を贅沢に使い、横になって眠っていたアクイラの蹴りだったようだ。
「まったくもう……」
そんなアクイラに転がっていた毛布をかけつつ、立ち上がって伸びをする。周囲を見渡すと、幌から差し込む朝焼けが目に入り、現在の時刻をざっくりとだが理解した。
「目が覚めましたか」
そんな風に、一日の始まりへ感傷に浸っていたところ、運転席で出発の準備をしているのだろうティルピッツの声が聞こえてきた。
「ごめん。運転してもらってるのに眠っちまってた」
「構わないですよ。実は僕も皆さんが眠り始めたくらいのタイミングで馬車を止めましたので。ですが、ずいぶんと大きな寝言でしたが、悪い夢でも見ていたんですか?」
寝言、夢? ……そうだ! 主人公の精神核との話について共有しなければ。
「みんな、起きてくれ! 指揮官についての情報を手に入れたんだ!」
その言葉が聞こえたのか、驚異的な寝相をさらしているアクイラと、それと対照的に行儀よく舟を漕いでいたハルナの両方が目を覚ました。はじめの数秒は、二人とも意識が半覚醒といった状態だったが、10秒もすればしっかりとした眼差しでこちらを捕えていた。
「指揮官の名前はヤマモトヒュウガ、……俺やハルナと同じ異世界転移者だ」
「……!?」
案の定といったところだが、ハルナは驚きの表情を隠せない様子だ。だが俺は、そんなハルナを横目に説明を続ける。
「そして、ヤツの加護は俺と同じ精神核の譲受ということも分かった。おそらくこれまで戦ったどんな敵より強力だと思う」
「そうだね。もしかしたら、ヤマトくんの数倍の精神核を持っているかもしれないわけだし」
「でも、ボクたちは4人も仲間がいるんだぜ。決して勝てない相手じゃないんだぜ」
そのような事実に少し弱気になっていた俺とハルナだが、アクイラの楽天的な言葉が雰囲気を押し崩してくれた。
「そうですよ! そのために今からレオパルトに向かうんですから! 乗り心地は悪いかもしれませんが、あと半日我慢してくださいね」
アクイラに続くように、ティルピッツも士気をあげる言葉を告げてくれる。我ながらいい仲間を持ったな。……待ってろよ、ヤマモトヒュウガ!




