第三十四話 「戦略的撤退」
(大和さん、聞こえますか……)
この声……、精神核だろ? 指揮官は一体何者なんだ!?
(聞きたいことが山ほどあると思いますが、少し落ち着いてください。あまり余裕のない状況ですので、詳しいことは後日話します。とりあえず今は彼らから逃げることだけを考えてください。【幹部】の精神核を持つネルソンですが、その加護は【武芸全能】。今のあなたでは到底太刀打ちできません」
おい、待ってくれ。おいってば!
(……指揮官が近づいてきました。もう時間のようです)
遠ざかっていく声と対照的に、俺の意識は徐々に現実世界へと戻っていく。
***
「はっ!」
「……お目覚めのようだが、もう終わりだ。死ね!」
仰向けとなっていた俺の首元目掛け、指揮官の片手剣が振り下ろされる。
「危ねぇ!」
しかし、咄嗟に起業家の加護を使って横に転がり、すんでのところで回避することができた。あと1秒でも遅れていたら、首と胴体が離れ離れになっていただろう。
「チッ、往生際の悪い奴だ」
ただ、圧倒的不利な状況は変わりない。主人公の精神核の言う通り、この戦闘で目指すべきは勝利ではなく戦略的撤退だ。なんとかして逃げ出さないと……。そう考えた矢先、視界の先に興味深いものが目に入った。フランクリンが使用していたであろう、大がかりな機械たちだ。
「一か八かだ! これでもくらえ!」
俺は、それらの機械目掛け、地面に落ちていた石を投げつける。小さい石ではあったが、起業家の加護を乗せて放ったその一撃は、機械を破壊するのには十分であり、……それらは大きな音を立てて爆発した。
「クソッ、ちょこまかと鬱陶しい奴だ。……だが、前が見えん」
「みんな、この場はいったん逃げるぞ! 戦略的撤退だ」
煙幕により視界を、半崩落した瓦礫により移動を制限された敵は思うように身動きが取れないようだ。概ね想定通りの状況となった今、……仲間たちを率いてこの場は逃走しなければ。
「分かったわ!」
「分かったんだぜ!」
「了解です!」
アクイラの治療のおかげか、全員走って逃げることができるくらいまでは回復しており、俺の号令に従う形で洞窟を後にする。……後方から追跡の足音は聞こえてこない。
「皆さん、あれで逃げましょう」
洞窟の外には、シャーマンにいた人たちが俺たちを運ぶのに使ったのだろう中規模の馬車が停められていた。田舎育ちのティルピッツには馬車を運転する心得があるようで、彼に付き従うように全員で馬車に乗り込む。
「出発します! 久しぶりの運転なのでしっかり捕まっててくださいね!」
逃げるように速度を上げ、人気のある場所まで急ぐ。……宿敵と対面したにもかかわらず傷ひとつすらつけられなかった。悔しい、悔しすぎるが……、今は命があることを喜ばなければ。
***
「……ヒュウガ様、追わなくていいのですか?」
「……これほど距離を空けられればもう追跡は不可能だ。一度仕切り直しになるな」
煙幕が晴れ、洞窟の崩落が収まったころには、ヤマトたちの姿は跡形もなく消え去っていた。
「別に気に病む必要はない。あんな奴らいつでも始末できるさ。それより今は次やるべきことを考えるぞ。……そういえばエセックスから新たなMBTIが見つかったとの情報が入っていたな」
「……承知しました。……すべてはヒュウガ様の望みのままに」
倒すべき敵を取り逃がしたにもかかわらず、淡々とした口調で話を進めるヒュウガ。動揺することなく次の方針を固めた彼らは、ヤマトたちが向かった方角とは真逆の方向へと足を進め始める。




