第二十九話 「歓迎ムード?」
「ここがシャーマン……。やっと兄に会えるのですね」
イソロクと出会った駅家を出発してからは、特段問題はなくシャーマンにたどり着くことができた。合計5日の長旅で疲れがないとは言わないが、今すぐ休息が必要……なんてほど疲れてはいない。早く、ティルピッツをビスマルクに会わせてやりたいし、さっそく情報収集に移ろうかな。
「ヤマトくん! あそこに酒場があるみたい。行ってみようよ」
村の中をキョロキョロしてると、隣から元気のいいハルナの声が聞こえてくる。彼女の指さす方向には、情報収集にもってこいと言わんばかりの建物があった。そうだな、とりあえず休憩がてらそこに向かおうか。
「いらっしゃいませ~、注文はいかがなさいますか~? ……! その見た目、旅人さんですよね! 当店オススメのドリンクがあるんですけどぜひ飲んでいきませんか!」
中に入ると、20代前半と見られる元気な女性が俺たちを出迎えてくれた。中には客らしき人たちもちらほらと見られ、それなりに繁盛していそうだ。さすがに、注文もせずに居座るのは失礼だし、何か飲み物でも頼もうか。
「そんなものがあるんですね。でしたらそれでお願いします。……全員未成年なので、ノンアルコールのもので」
「分かりました! でしたら、この村でしか取れない木の実を使ったジュースにしますね! これがオススメですから! ぜひ、ぜひ!!」
仲間たちから反対意見も出なかったため、店のオススメを4つ注文すると、ストックを作っていたのか即座に提供された。少し毒々しい色をしているけど本当に美味しいのだろうか?
「一気にグイッといっちゃってください! 喉越しが最高ですから!」
店員さんに促される形で、俺たちは一息に飲み切る。少しケミカルな味がするが、意外に悪くない。
「美味しかったです! ありがとうございました!」
店員さんにお礼を言い、容器を返す。さて、休憩も済んだことだし、情報収集に移るとしようか。
「すいません。ちょっとお話いいですか?」
ハルナが、昼間から酒を飲んでいる男性二人組に話しかける。幼馴染の俺が言うのもなんだが、彼女のルックスはかなり上位だ。おじさん相手なら俺が話しかけるより心を開いてもらえるだろう。
「おう、嬢ちゃん。見ねえ顔だな」
「人探しのためここに立ち寄りまして……。ツンツンの金髪が特徴的な男性について知りませんか? おそらく青髪の男性と一緒に行動してると思うんですけど」
「金髪の男……。もちろん知ってるぜ、フランクリン様に楯突いたクソ野郎だろ」
最初は愛想の良かった二人だが、徐々に声色が変化していく。そして、気付いたころには急な眠気が俺たちを襲い、意識が落ちる直前に視界に入ったのは、同じように倒れこむ仲間たちの姿だった。
***
地面から感じる冷たい感触で目を覚ます。辺りは暗く、音も反響していることから屋外ではなさそうだが……。一体ここはどこなんだ。
「イッヒッヒ、気分はどうかね」
半覚醒状態の意識を叩き起こし、声のした方向へ視線を向ける。15メートルほど先、そこには長い白髪が特徴的な老人がニタリとした顔でこちらを見つめる姿があった。
「アンタ……一体何者だ!?」
「他人に名前を聞く前にまずは自分から名乗るのが礼儀じゃろう。……まぁ、君たちのことは既に知っているけどね。黒の瞳に黒の髪がトレードマークのヤマトくん、そんな珍しい容姿の人間はこの世界に君しかいないだろう。その特徴を持っている人間を見つけたらここに連れてくるようオモチャに指示できるくらいにね」
俺と老人の激論を聞き、仲間たちが目を覚まし始める。だが、相手だけがこちらの事情を知っているという不利な状況は変わらない。なんとかして情報を引き出さなければ。そう思考を巡らせた矢先、自分の体が拘束されていないことに気付く。わざわざ俺たちの意識を奪ってまで運んだにしては管理が杜撰じゃないか?
「アンタからは俺たちに対する敵意しか感じないが、拘束しなくてもいいのか。俺の意識もぼちぼち戻ってきたころだし反撃の準備は万端だが」
「反撃? 大いに結構! むしろ反撃してもらわなきゃ困るからねぇ。シャーマンの村人の惨殺はあまりに一方的で見ていて退屈だったからね。ワシの究極兵器がMBTI相手にどれほどやれるのかが見ものじゃわい」
そういった老人が指を鳴らすと、奥から、人の形をしてはいるものの全く焦点の合わない生命体が姿を現す。……どこか見覚えのある姿、その姿を見た時、一番初めに声を上げたのはティルピッツだった。
「……兄さん? ……どうしてそんな所に?」
特徴的な赤髪に鍛え上げられた肉体。そこにあったのは、俺とハルナが異世界転移初日にお世話になったビスマルク、その姿だった。
「兄さん? 貴様、コレの弟か! イッヒッヒ、こいつは面白い。兄弟での死闘など実に見ものじゃないか!!」
老人は興奮気味にそう話す。……コイツ、正気じゃない……。
「行けっ、ビスマルク! ワシの加護により限界突破した力を見せてみろ!」
「アウァァー」
老人の指示により、ビスマルクがゾンビのような呻き声をあげながらこちらに向かってくる。その動きに知性は感じられないが、隙も感じられない。正気を失ったとしても長年培った経験は衰えないということか。
「……おっと。興奮してうっかり加護なんて単語を使ってしまったよ。ここまで言ってしまったら仕方がない。ワシは【論理学者】の精神核を持つMBTIで、最近センミンノハコニワに加入したフランクリンじゃ。その加護は【死体操作】、オマエたちが見ているソレもワシの加護で作り出した兵器じゃよ」
……!? 改めて周囲を見渡すと、フラスコやビーカーといった実験器具や、人ひとり余裕で入る大きさの培養液で満ち満ちたカプセルなど、人間や死体を研究できそうな設備がずらりと並んでいた。論理学者のMBTI……。加護は分かった、でも、死体とは言えど、目の前に百戦錬磨のビスマルクの姿があるという現状は変わらない。一体どうしたものか。
「みなさん! ……ここは僕に任せてください。……僕が責任をもって兄さんを終わらせますから」
脳内で対策を練っていたところ、ティルピッツの声が耳に入る。その声量は非常に大きく、共に過ごしてきた1週間ほどの間には聞いたことのないボリュームだった。……だからこそ、彼の覚悟が如実に伝わってくる。
「……分かった。ここはオマエに任せる! ハルナ、アクイラ、行くぞ! 俺たちは大元を叩く!」
「分かったよ!」
「わかったんだぜ!」
二人にアイコンタクトを送り、元凶である老人━━フランクリンに向かって走り出す。人間を道具のように弄ぶ、そんな行動を平気で出来るこの男は許しちゃいけない。
「おおっと、そうはさせんよ。ビスマルク、そいつらを止めろ!」
フランクリンの言葉に即座に反応し、ビスマルクの軌道が変わる。しかし……、
「兄さん。あなたの相手は僕です!」
間に割り込むようにしてティルピッツが動きを止めてくれた。……そして、俺たちはティルピッツが稼いでくれた時間を使い、15メートルほど先にいる倒すべき敵に向かって走り出した。




