第二十八話 「久しぶりだな」
「二人は別の世界から来たのですか。……信じがたいですがお話を聞く限り本当のことなんですよね」
大勢の人に見送られ、新たな仲間と共にチハ村を出発した俺たち。4~5日というシャーマンの村までの長旅が始まったわけだが、この時間はお互いのことについて知るいい時間になりそうだ。これから仲間として命を預けあうんだ、コミュニケーションを取りすぎて困ることなんてない。
そんなこんなでお互いの過去や旅の目的を話していると、気付けば出発から12時間ほど経過しており、辺りも暗くなってきていた。チハ村に向かう時は、タイムリミットがあったから急ぎだったけど、今はそれほど急ぐ理由もない。旅の疲れを癒すためにも、駅家でゆっくり休むこととしよう。
「疲れたな~。お腹もすいたし、まずはご飯にするんだぜ。何食べようかな」
駅家に到着したと思えば、瞬時に馬車を降りそそくさと宿に併設された小料理屋に向かうアクイラ。そんな彼女を追いかける形で、俺たちも足を進める。大規模ではない駅家だが、交易の要所となっているのか多種多様な食材の匂いが漂っており、食事に自信を持っている様子が見受けられる。
「失礼するんだぜ!」
子供らしく元気よく扉を開けるアクイラ。数秒後に彼女に追いついた俺たちは、少し遅れる形で中に入った。俺の予想通り、様々な文化が混ぜられた内装をしており、食事には期待が持てそうだ。……だが、その中に気になる人影があった。
「君はイソロクじゃないか。久しぶりだな!」
レーヴェの街を出た初日に出会った少年、イソロクの姿がそこにはあった。そして、その横には、同行者らしき白の長髪が目を引く青年の姿も……。ゆっくり食事を取っているようだし、彼らも中継地点としてここを利用したのだろう。
「……!? なぜ君がここに!? ……まあいいや、何か用かな?」
ただ話しかけただけなのに、想像以上に驚かれた。特に深い意味はなく、せっかく再会したわけだから世間話をしようと思っただけだけど。
「いや、せっかく再開したわけだし世間話でもしようかと思って。……それに、俺たちの新しい仲間も紹介したいしさ」
独断専行していたアクイラをハルナに連れ戻してもらう間に、俺は話を進めておく。
「……ヒュウガ様、あまり素顔を見られたくないので席を外します」
だが、俺が一言口を開くと同時に、隣にいた青年はイソロクに耳打ちをした。言葉の内容は聞き取れなかったが、雰囲気から察するに少し席を外すとの報告だろう。
「僕の同行者はお腹を壊してしまったようで、席を外すとのことです。せっかくなら彼も紹介したかったのだけど、とりあえず僕だけでいいかな?」
おそらく彼も旅の吟遊詩人だろうし、話を聞いてみたかったが、そういうことなら仕方がない。そのうち戻ってくるだろうし、まずはイソロクに新しい仲間を紹介するとしようか。
「構わないよ。じゃあまずは俺の新しい仲間から紹介しようか。……ハルナも苦戦しているようだし、先にティルピッツにお願いしようかな」
駄々をこねているのか、ハルナはアクイラの回収に手間取っているようだ。だったら、まずティルピッツに頼むとしよう。
「そういうことでしたら……。僕の名前はティルピッツ、チハ村で生まれ育ち、つい最近ヤマトさんと行動するようになりました」
簡単な自己紹介を行うティルピッツ。特段変わったところのないものだったが、イソロクはとある単語に強い関心を示した。
「……へぇ、チハ村かぁ。そういえば、最近選民ノ箱庭なる集団から宣戦布告が出されたみたいだけど大丈夫だったかい? 大陸中で話題になってたけど」
「なんとか撃退できました。そして、その時にヤマトさんと出会って今に至るってわけですね」
かつての苦難を思い返すような表情で話を紡ぐティルピッツ。
「ですが、センミンノハコニワはまだ他にもいるそうです。だから、僕はセンミンノハコニワを倒すためにヤマトさんと一緒に冒険を始めたんですよ」
自分の持つ強い覚悟を赤裸々に語るティルピッツ。……だけど、その話を聞いたイソロクの表情が一瞬動揺を見せたのは気のせいだろうか。
「…………分かったよ。選民ノ箱庭に関する情報が手に入れば共有するようにするね。……おそらく、また会うことがあるだろうし」
選民ノ箱庭討伐への心強い言葉が聞けたところ、不満気な表情をしたアクイラがハルナに連れられやってくる姿が見える。そんな彼女に声をかけようとしたところ、俺より先にイソロクの方が反応した。
「……!? エンターテイナー、なぜここに!?」
普段より一回り大きな声を張り上げ、ひとり言を呟くイソロク。彼女がエンターテイナーだということを知っているようだが……、どこかで会ったことあるのだろうか?
「……失礼、騒がしくしてしまったね。…………エンターテイナーさん、君の噂はかねがね聞いているよ。お話しできて光栄だ」
「ボクのことを知っているのか! それは嬉しいことなんだぜ!」
自分を知っている人と出会い、一瞬にして上機嫌になるアクイラ。なにはともあれ機嫌を取り戻してくれてよかった。
「もちろんだとも。精霊使いアクイラといったら有名人だからね。……よければ加護を見せてくれないか?」
「いいんだぜ! せっかくだし、出血大サービスだ!」
その言葉でエンターテイナー魂に火が付いたのか、気前よく加護を披露するアクイラ。その内容は、初対面の時俺たちに披露してくれたものと同じ精霊たちの乱舞だった。……もちろん、その出力は屋内用だが。
「なるほど、出力を上げれば殺傷能力もありそうな加護だ。……相手がMBTIであろうとも殺せそうな程にね」
「ん? 何か言ったか?」
「いやいや、何でもないよ。ずっと見てみたいと思ってたからこの目で見られて嬉しいだけさ。……おっと、もうこんな時間か。そろそろ出発しないとな。……ちなみに君たちはどこに向かっているんだい?」
「ボクたちはシャーマンって村に向かってるんだぜ。ちょっとそこに用があってな」
「シャーマンか……。ならば僕たちとは反対方向だね。もっとお話したかったけど、それは次の機会ということで。またね!」
狙ったようなタイミングでトイレから出てきた青年と合流し、イソロクは店を出た。今回はこちら側の紹介だけで終わってしまったから、次はもっと向こうの話を聞けるといいな。
さて、一段落付いたことだし、当初の目的通り食事をして宿に向かうこととしよう。
***
「……ヒュウガ様、いかがでしたか?」
「2点ほど共有しておきたいことがある。1点目は、ランドルフについてだ。……彼に任せていたチハ村侵攻の件だが、どうやら順調とは言えなさそうだ。早急に向かい現状を確認する。そして、2点目だが、……イラストリアスの仇であるエンターテイナーが主人公に同行している。なんとしてでも、あの一行は抹殺するぞ」
駅家の近くの茂みにて、選民ノ箱庭の臨時会議が行われる。議題はどちらも重苦しい内容だが……。
「奴らは今からシャーマンに向かうとのことだ。チハ村の現状を確認し次第、引き返すぞ。……シャーマンにはフランクリンを残してきた。実力は未知数だが、ある程度はなんとかできるだろう」
「……仰せのままに。……私はあなたに付いていくだけですから」
傍らに停めていた馬車に乗り、二人は西南西へと向かう。彼らはチハ村で何を目にし、何を感じるのだろうか。




