第二十三話 「死線のあと」
「ギリギリ5日か……。間に合ったか?」
レオパルトを出発して5日。早馬を飛ばして俺たちはチハ村へとやってきた。村の入り口らしきところを発見したが、戦いのあとは感じられない。……ということは間に合ったのか?
「ここからは歩いていこう。御者さんを危険な目に合わせるわけにはいかないし」
御者には街の外で待機してもらい、俺たちは自分の足で村を探索する。この方が咄嗟に動きやすいし効率的だ。
「でも本当に争いの形跡がないね。おそらく村の入り口はここだろうし、まだ選民ノ箱庭が来ていないってのが現実的かな」
ハルナの言う通り、ある程度村の中を進んできたが血痕の一滴も見つからない。あの宣戦布告は悪戯だったのかとの考えが脳裏を一瞬よぎったが、杞憂で済んだのならばそれに越したことはない。
しかし、少し油断していた俺たちの耳に、何者かが叫ぶ声が聞こえてくる。
「…………これが僕の全力だぁぁ!」
明らかに平時では出さない雄叫びだった。まさか、戦闘が起きているのか?
「絶対に普通じゃないんだぜ。急ぐんだぜ」
俺たち3人は打ち合わせたかのように同じ方向を向き、走り出した。大変なことになっていなければいいが……。
***
「大丈夫か!?」
声のした方向に向かうと、俺たちより少し年下かと思われる赤髪の少年とオーラを感じる老練の男がその場に倒れこんでいた。まずは二人に話を聞かないと。対応を急いだ俺は駆け足で二人のもとへ向かう。……よかった、息はしているみたいだ。
「ヤマトくん、ちょっと待ってよー」
そんな言葉と共に俺に追いついたハルナたち。その言葉に、二人とも無事そうだと返事をしようとしたところ、俺が口を開くより先に老練の男が言葉を告げた。
「ヤマト……、なるほどな。…………ティルピッツ、もし貴様が加護を手に入れたとしたらどう使う?」
「……センミンノハコニワの脅威からみんなを守るために使う」
「……なるほどな」
倒れた二人の間でコミュニケーションが交わされる。選民ノ箱庭という単語も聞こえてきたが一体二人は何者なのだろう。
「ヤマトといったな。貴様に一つ頼みがある。主人公の加護を使って吾輩の持つ精神核をそこの少年に渡してほしい」
二人の関係性について思案していたところ、予想外の言葉が聞こえてきた。なぜ、俺が主人公だと知っている?
「……なぜ俺のことを知っている?」
咄嗟にそのような言葉が口を突いて出た。
「吾輩がセンミンノハコニワの一員だと言ったら理解できるかな」
男から聞こえてきた選民ノ箱庭の一員という単語。男がすべてを言い切る前に、俺は背中の鞘に手を伸ばしていた。そして、今にも戦闘態勢に移ろうとしていたところ、倒れていたもう一人の人物から声が聞こえてくる。
「ちょっと待ってください。その人は村長を殺した……、決して善人ではありません。だけど、根っからの悪人というわけでもなさそうなんです。……現に僕の弟たちは無傷だ、いくらでも攻撃できる余地はあったのに」
その言葉を聞いた俺は、無意識のうちに鞘から手を放していた。……その内容がイラストリアスのことを思い出させたからだろうか。
「……その甘さが命取りにならないように気を付けたまえよ」
俺たちの行動に対して、男は警鐘を鳴らしてきた。……その表情は言葉とは裏腹に柔らかなものだったが。
「……他の街でお前に似た雰囲気の選民ノ箱庭メンバーと会った。何か事情があるのか? よければ話を聞かせてくれ」
もしかしたらこの男とは話が通じるのかもしれない。そんな一縷の期待を胸に俺は彼に話を促した。……イラストリアスとは出来なかった対話が今回は出来るかもしれない。
「……事情……か。それでは少し昔話でも聞いてもらおうか」
そう語った男は淡々と、自身の過去について話し始める。




